人間関係が原因で退職を繰り返す
いつもありがとうございます。
パートナーのことでご相談させて下さい。
中途で入った会社。
仕事を一生懸命やると、はじめは教えてくれ、一緒にやってくれる先輩、仲間。
が、仕事を覚えてきて、更に一生懸命やると徐々に距離をとられていく。
愚痴を聞かされ、そんなにやらなくていい、とひかれる。
でも、仕事はできるようになり一生懸命やるから上役たちには、かわいがられ、多少職域職権もこえたところまで、期待され求められる。
まわりに合わせて、テキトウにやる のは自分には苦しい。
上から都合よく求められることは断ればいいけれど。
どこへ行っても、大体 同じような流れになり仕事そのものでなく、人間関係で心と体をいためて辞めることになる。
この繰り返しで、心身共に疲弊して適応障害と診断されました。
仕事から離れて休んだら、現在は人がこわくて外に出るのもやっと。
仕事しなきゃと思っても、焦りと自己嫌悪が増幅するばかりで動けず。
通院先の担当心理士さんに、自分の状態を自分で伝えた方がいい、と私が言っても、慰さめられるだけで何も変わらないから、と伝えず。
このような状態の相手にお坊様でしたら、なんと声がけされますでしょうか。
現在、話し相手がほぼ私のみ。
私は
時間かかるのは仕方ないし、かけなきゃいけない時期だと思う。勢いで再就職できたら、(性格上)仕事はできると思う(やらなきゃという、義務感があれば動けてしまう)。 でも、そうしたらまた同じことの繰り返しになって、体も心も壊れる。
専門家(医療)の力を借りて、一つ一つ立て直さないと、と伝えているのですが。
本人の心に届く伝え方が出来ておらず、行き詰まりを感じています。
お考えをお聞かせ頂きたく、よろしくお願い致します。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
怒りはストレスの原因になる
欲・怒り・怠け・プライド等の煩悩はストレスにつながります。
「人間関係が原因で退職した」と言う人は、微妙に問題をぼやかしているのです。
他人への怒りの煩悩(自分の怒りによって自分でつくり出した脳内分泌物)のせいで疲れてしまったのです。
欲・怒り・怠け・プライドの煩悩は誰にでもありますが、過去や未来や自分や他人に関する妄想雑念が増えると、それらの煩悩が起動している時間や回数が増えるので、ストレスが増えるのです。
なので、「今・ここ」の事実に関係ない妄想雑念や、思考の堂々巡りに素早く気付いてストップすることが大切です。
同じ情報の中で10分考えても答えに大差ないことは、10時間考えても同じ。ただ疲れるだけです。
妄想雑念(過去や未来や自分や他人のこと)という重たい荷物は、持つ必要のある瞬間だけ持てば良いのに、思考の堂々巡りで重たい荷物を持ち続けていれば、脳・神経のぎっくり腰(メンタルヘルス不調)になるのは当然なのです。
つまり、人間関係が原因で退職を繰り返す人は、本人の性格が暗すぎる(怒り悲しみを引きずる)のです。
毎日、職場を1歩出たら仕事の人間関係のことは一切忘れることが大切です。
仕事中も、人間関係のことを考えずに作業に集中するならストレスは減ります。
ボクサーは殴られても競技を楽しんでいます。相手とのケンカ(人間関係)ではない場合、肉体的にハードな仕事でも人はけっこう耐えられる。
妄想雑念で脳内でケンカしていれば、殴られてもないのにストレスになるのです。
暗い(怒りを引きずる)思考回路はパンチよりも毒なのです。
環境や状況を変えてもいいと思います
拝読させて頂きました。
あなたが仕事なさっている中で上司や同僚や先輩や仲間との関係に疲れ果ててしまって仕事することできなくなってしまっていること読ませて頂きました。あなたがこれからどうすればいいのかとお悩みになっていることも伝わってきます。詳細なあなたのことや周りの状況はわからないですけれどもあなたのそのお辛いお気持ちを心よりお察しします。
組織の中で働いているとそういった面でとても大変ですよね、面倒ですし気を遣ってしまってどうしたらいいのか自分では分からなくなっていってしまい袋小路にはまってしまうような感覚に陥ってしまいますよね。あなたがそう思ってしまうのもわかるように感じます。
以前私も何千人もいる企業で働いていてそういった状況はとてもよくありました、人によっては真逆のことを言っている場合もありましたから何がホントで何がウソか、何を信じて誰を信じればいいのか皆目見当つかなくなってしまいますからね。あなたがそう思うのも当然かとは思います。
人はそれぞれその時その時で都合のいいようなことを言いますし、勝手な解釈もするものですし、損得で心変わりもするものです。
ですから今言っていたことが明日にはコロコロ変わっていることもあるのです。目先の損得勘定で人の顔色を窺って変わってしまうものです。ある意味それが世の中でもありますし、人の心のありようでもあります。
ですから人間不信になってしまうこともあるでしょうし、そのような中で働くことの意義や意味を見出せなくなってしまうこともあるでしょう。
私自身もサラリーマンの頃にはそう思って精神的に追い込まれてしまいました。
今私はお寺に勤務しています。少人数の職場ですし、あまりあれこれと人の顔色を窺って仕事はしなくなっています。ましてウソいつわりを言うことも言われることもなくなりました。お寺なので自分で仕事を主体的にできるのも精神衛生上もいいのかと思います。
もしかしたらあなたも環境を変えてみたり、働き方を変えてみることもいいのではないかと思います。働く環境によっても或いはそこにいる人によっても大きく変わるでしょうけれども、今までとは違った形で働いてみたり、状況を変えていくのも有効ではないかと思います。
あなたが思い感じることもあなたのお考えもここでおっしゃって下さい、あなたを心よりお待ちしております。至心合掌
質問者からのお礼
早々にありがとうございます。
今のパートナーを見ていると、合った職場に出会うだけでも、たいへんな奇跡に思えてしまいます。
が、今は焦らない をのんびり伝え続けてみようと思います。