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動物との付き合い方

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先日、怪我を負った子猫と出会いました。足を引きずりながら寄ってきて、ずっと啼いているので、家に連れて帰りました。
家に一晩泊め、食事をあげました。怪我が治ってから自然に戻そうと思いましたが、既に足の骨が外れて、怪我からも時間が経過していた様子で、治りそうな様子はありませんでした。近くに、きちんと治療できる獣医もいませんでした。
猫を保護し、飼う事を考えましたが、私と子供は海外に住んでいるので、この場所にあとどれだけの期間住むことができるのか分かりません。不安定な生活を送っています。
猫の寿命を全うするまでこの地にいられればいいのですが、そうではない場合、いつかはこの猫を野良猫に戻さなければなりません。
飼いならすことで、折角持っている野良猫の自衛の習慣も本能も失わせることになるので、それであれば、このまま別れるほうが罪が軽いように思い、猫を庭に放しました。
また、撫でて欲しいと寄ってきても、満足に気持ちに応えてあげられませんでした。
気持ちが通じ合って、この子猫が、私たちの家族になれると期待することが怖かったのです。
しかし、後ろ足を二本失ったこの子猫、やはり保護すべきだったのではないかと、後悔の気持ちもあります。
私はどうすべきだったのでしょうか。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

貴方様は終始、我が立場でなく、猫の立場に立っておられ、過ちはありません。生きとし生けるものは、死ぬべき時がくれば死ぬしかなく、右の道へ進もうと左の道へ進もうと、同じです。私たちは、自分のために、あるいは誰かのために、よかれと思って道を選びます。しかし、絶対の正解は不可知です。他を傷つけないなら少なくともベターではありますが、ベストが何かは永遠にわかりません。江戸時代の慈雲尊者は、本当に死すべきものと達観できれば、「雲霧晴れて朗月を見るが如く、人道もここに明らか、天命もここに明らかなり。」と説かれました。貴方様は、弱き者としての猫を見て精一杯の心を起こし、その生を保つに十全な方法がとれなかったことを縁として、猫の免れ得ない死を感じておられます。そこにある切なさやもどかしさ、そして省みないではいられない思いこそ霊性の発露であり、燈火のような仏心のゆらめきです。どうぞ、答のない問いを問うた経験を大切にして生きられますよう。合掌
※詳しくはブログ『想いの記』内「救えぬ猫への思い」をご笑覧ください。

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おきもち


取り急ぎにて

まりか様

問答の読者の方からお伝えしてほしいという情報でございます。下記ページの内容をご参照頂けましたらと存じます。動物(猫)のシェルターに関する情報でございます。

http://hasunoha.jp/questions/752

※一応、拙生もNPO法人「東京キャットガーディアン」のサイト( http://www.tokyocatguardian.org )を一巡確認させて頂きました上にて投稿させて頂きました。

また拙回答は後日に改めさせて頂きたくに存じます。まだその子猫を保護できるようでありましたら、どうかご一考の程を宜しくお願い申し上げます。

川口英俊 合掌

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有り難し
おきもち


質問者からのお礼

川口英俊様

動物シェルターを教えていただきましてありがとうございます。残念ながら外国に住んでいるため、今、猫を保護できたとしても難しいと思います。入国の際の検疫を越えられないと思います。
また、健康な猫でも、飛行機の貨物室による移動は相当な負担となり、入国前に亡くなることもあると聞きました。自分の無力さが残念でなりません。。

遠藤龍地様

ご返答ありがとうございます。また、慈雲尊者のお言葉も頂きましてありがとうございます。悩んでいる心を「省みないではいられない思いこそ霊性の発露」とおっしゃっていただいて、大変、気持ちが救われました。
ありがとうございました。

aluseusさん

動物愛護センターなどの情報を教えていただき、ありがとうございました。そのようなことは思いつきませんでしたので、大変勉強になりました。
しかしながら、あの子猫を保護することは、もう無理だと思います。既に日が経ちすぎているのです。
実は、子猫を庭に放し、その後思い直して、数日間、昼夜猫を探し回りました。5日目の未明、猫の啼く声に目が覚めて、外に探しに出かけると、その猫と再開することができました。連れて帰ろうと暗闇の中、懐中電灯の明かりと鳴き声を頼りに近づくと、猫は泣き止み、どこかへ消えてしまいました。

昨晩、真夜中まで色々と考えていました。私がもし、alseusさんのように聡明で、愛護シェルターに預けるという方法を思いついていたのなら、もっと良い結果になっていたのではないかと後悔しました。
散々考えましたが、最後にたどり着いたところは、遠藤龍地様のおっしゃっていた「ベストな解は無い」というところでした。
過去に、知人から鳥を数羽預かり、数年間お世話したことがあります。その鳥たちが病気になり、病院の薬を飲ませて直後に死なせてしまったことがありました。

また、数年間の海外生活の中で、別の国ですが、やはり怪我を負った動物を獣医のところへ連れて行き、「1晩は様子を見るが、それでも回復しなければ安楽死させます。」と言われ、不服だったので、動物を連れて帰りたいと訴えましたがその動物を返してもらえず、辛い思いをしたことがあります。
そのような経験から、他人に頼ることに不安を感じ、自分で解決するしかないと思っていました。

別の視点では、鳥を飼っていたときに常々思っていたことは、この鳥たちは、その生涯に於いて天井より高く飛ぶことが無いということです。とても哀れだと思いました。

預かった鳥たちは元々ペットなので、それ以外の選択肢はありませんでした。しかし、今回保護した猫は、怪我はしていたけれど、我が家の庭で、危険を感じると葉の影に隠れ、30センチ以上もある柵を自力で越え、野生のたくましさを見せてくれました。私は、この猫の命を守りたいと思ったのと同時に、この本能も守ってあげたいと感じてしまったのです。

今は、もっと冷静になれていれば、もっと素晴らしい解決策があったかもしれないと思います。しかし、その道に進んでいても、恐らくは別の結果に対して、今と同じように悩んでいたのだとも思います。
グルグルと同じ考えが頭を巡る中で、仏教の道に進まれている方々であれば、どのようにお考えになられるのか知りたいと思いました。私は、ご住職の方々をとても尊敬しています。ですので、お考えを伺い、今後の人生の礎にしたいと思い、質問いたしました。
aluseusさん、親切にしていただいて、大変感謝しています。このご縁を大切にしたいと思います。

補足します

aluseusさんへ

お返事ありがとうございます。そうですね、次の時にはもう少し冷静に対処できればと思います。
ただ、猫に関して言えば野良猫だったと思います。
aluseusさんは発展途上国に住まわれたことはありますでしょうか?
私の住んでいる国は発展途上国です。
野良猫や野良犬だけでなく、野良鶏、野良牛、あらゆる動物がそこら中を歩き回っています。
ちなみに、この猫を探し回っている時にも野良猫と出会いましたが、擦り寄ってくる猫は何匹もいましたよ。
状況が違うと、結果も違ってくるものだと思います。
こちらの国には猫を飼う習慣はないと地元の人は話していました。稀に飼っている人を見かけますが、公園のような大きな庭のある人か、6匹も小さなケージに押し込んでいるか、日本の状況とは大きく違います。
最近、日本ではデング熱が流行っているようですが、私のいる国は普通にデング熱にかかる国ですが、血液検査をする技術がありません。
日本人は、虫歯の治療のために一時帰国する人もいるようです、現地の医療が信用できないので。
私も現地の人をあまり信用していません。
ただ、このようなことを論争するためにこちらで質問をしたのではなく、私自身も、自分のした対応に自信がなく、猫を放すべきではなかったと後悔したのです。しかし探しても、見つけても連れて帰ってこれなかった以上、今となっては術がなく、罪の気持ちを濯ぎたくて、お坊さんに助けを求めにきました。
私が間違っていたことは、自分でも理解しています。ですから、これ以上私の過ちを追及しないでください。

遠藤龍地様
ブログを読ませていただきました。私の悩みに深く寄り添っていただいて、大変感謝いたしております。有難う御座います。
今となっては、あの猫が生きているのか死んでいるのか、それさえもわかりません。しかし、どのような状況であっても、この猫にとっての幸せと平安を願い、祈り続けようと思っています。
そして、この猫との出会いによって得られた気づき、遠藤様とのご縁を大切に、自分の煩悩と向き合って生きていこうと思います。
有難う御座いました。

「動物・ペットについて」問答一覧

病気の愛犬への後悔

初めまして。 私は実家で6歳になったばかりのゴールデンレトリバーを飼っています。 その愛犬が去年の9月に癌になってしまいました。 担当してくださっている先生のお陰もあり、愛犬は一年以上たった今も頑張ってくれていますが、ここ最近弱ってきているなと感じます。 愛犬ががんを宣告されてから今まで、違うお家の子になっていればストレスなくもっと幸せで健康に過ごせたのではないか。愛犬が病気になったのは自分のせいだとずっと考えています。 愛犬がうちに来たのは私が高校生になるころで、高校生の頃は頻繁に親と言い合いをしていました。そのたびに愛犬が吠えて止めに入り、ヒートアップした私が「うるさい!」と怒鳴ったり、言うことを聞かないとすごい剣幕で怒ったり、私が上京する際は引っ越しや進学の準備などで丸一日家を空ける日が多くあったりと、たくさんストレスを与え我慢させてしまったと後悔しています。 私さえちゃんとしていれば愛犬は病気になっていなかったかもしれない。 今までの後悔や、愛犬がいなくなってしまう日を想像しては眠れなくなり、「悪いことばかり考えていては悪い運を引き寄せてしまう」と無理矢理考えないようにしています。ですがこれは愛犬への罪悪感から逃れようとしているズルい奴なのではないかとも思います。 愛犬は6歳で、ゴールデンレトリバーの平均寿命のまだ半分ほどの年齢です 。 愛犬には本当に悪いことをしたと後悔してもしきれないですし、申し訳ない気持ちでいっぱいです。こんなに愛犬のことが大好きなのにかわいそうなことをしました。私のせいでたった一度の一生を良いものにできなかったかもしれない。 そう思うといたたまれません。 愛犬は私たちに楽しい思い出をたくさん作ってくれたのに、私は愛犬に何もしてあげられていません。愛犬用のお守りを買ったりストレスなく過ごせるように心掛けたりしても全て罪滅ぼしをしているようで、なんで最初からもっと愛犬のことを考えてあげられなかったんだろうと後悔が絶えません。 乱文になってしまい申し訳ありません。 慰めてもらいたいわけではなく、後悔と罪悪感に押しつぶされそうだったのですが、同情してもらったり暗い雰囲気になるのが辛く誰にも気持ちを吐き出せず、こちらでお話を聞いてもらおうと書かせていただきました。 お忙しい中、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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生き物殺してしまった

始めて相談させていただきます。 私は、小学低学年頃だと思います。 猫を殺してしまったんです。 小猫です。自分と遊んでいたときです。人間と猫ましてや小猫、身体の大きさから違うのに自分と同じくらいの人だとでとも思ってたんでしょうか、今でもその時を鮮明に思い出すときがあり、すごくなんていうのかぐちゃぐちゃした感情でいっぱいになって泣きながら後悔します。 他にも、祖母が猫が増えるのを嫌って産まれたばかりの赤ちゃん猫を母と一緒に捨てにいくことが何度もありました。 何もできずに家にいた猫を抱えながら赤ちゃん猫の声を聞きました。呆れることですが半ば諦めもあったと思います。救えなかった、最初に書いた事もですが、生き物を飼う、世話することへの責任を持てていなかったと苦しい気持ちでいっぱいになります。 一ヶ月程前に、家の猫が育児放棄してしまった赤ちゃん猫を頑張って面倒をみることがありました。しかし、小猫はみんな死んでしまい、そのことで自分が悪いと、もう少しちゃんと面倒をみていたら…と何度も泣きました。 そのことを心理的なカウンセラーの方に聞いてもらい、家の仏壇でお参りすることを習慣にするようになり、その時、先の書いたことで「ちゃんと面倒見てあげれなくて、責任をとってあげれなくてごめんね。無事成仏してくれますように、少しだけど一緒に生きてくれてありがとう。」とお参りすると、少しぐちゃぐちゃした辛い気持ちが楽になるように感じます。(こんなこと自己満足にすぎないと思いますが)。 猫ちゃん以外にも、たくさん虫、きちんと飼えなかった金魚などの私が命を奪った生き物たちに許してもらえるとは思いません。 けれど、今ここまで生きてきて大きな怪我、病気などしなかったのはハスノハで他の方への、回答で見た見守っていてくれているという事なんでしょうか。 ただ、罰があるなら私が受けます。と思いながら仏壇でお参りするのは良くないんでしょうか。  長々すみません。誰にも言えなかった事を吐き出してしまいました。今も泣きながら文字を打ちました。 我儘だとは思いますが、怒られるのはとても怖いです。  私の相談を見たというだけでも返信いただければそれでも嬉しいです。ありがとうございました。

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動物のご遺体。気持ちの切り替えについて

いつもあたたかいご回答の数々を拝読させていただいております。 今朝、通勤途中の車で、交通量の多い道路を走行中に、既に轢かれてお亡くなりになっている動物(多分猫さん)のご遺体を誤って踏んでしまいました。 車社会の上に田舎なので色々な動物が道路に横たわっているのをちょくちょく見ますし、いつもであればタイヤの間を通すとか、何とか避けるように努めています。 でも今日に限っては亡くなっている場所や対向車の存在や通勤途中の車の流れもあり、車を止めることも行政への報告もできずに、踏む直前に気が付いてビックリして「ごめんね!!?」と叫んだまま、そのまま出勤してしまいました。 ハスノハさんに投稿をしている身ですが、私自身はそれほどスピリチュアルな世界観?というものを本気にしてしまう性分ではなく、都合のいいことを言われれば信じるし、都合の悪いことを言われればなかったことにしてしまう性格です。 今回のことも、動物さんには悪いですが、「そんなところで亡くなってしまっているから、後続車が避けてしまったほうが危ないし、そもそも私が轢いて殺してしまったわけじゃない」という風に思ってしまい、そこまで自責の念にやられているわけではないです。 ただ、タイヤに塩を撒いてみても、なんとなく気が晴れません。轢いた人が悪いといえば、飛び出してきた側はきっと車に恐怖を抱く文化がないでしょうし、飛び出してきた側が悪いといえば人間様なんだから何とか止まれなかったのかといえなくもないし、というか私も避ければよかったわけで、誰もが悪い=誰も悪くないので、逆に誰のせいにもできないというか……。 あまり気持ちを引きずるのも良くないと思いますし、なんとか気持ちを切り替える方法を探しています。 これから車に乗り続ける年月はもっとずっと長いと思うので、同じようなことはきっと起こりうると思います。今のうちに、こういう時の気持ちの切り替えができる智慧を授けていただけませんでしょうか。

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回答数回答 1

闘病中の愛犬への気持ちの持ち方

2年近い肝臓疾患闘病中の14歳の高齢の愛犬へ気持ちの持ち方で悩んでいます  2回の大きな手術、3週間毎通院し、一生懸命に向き合ってきましたが、今年の夏に腎臓も悪くなり食事の回数、投薬、排泄(軟便の為)などお世話が増え、それに伴い疲弊感でいっぱいいっぱいになってしまい、精神的に追い込まれてしまっています  不安、悲しみ、辛い気持ちで毎日過ごしてしまう自分に罪悪感もあります  こんな気持ちで接するのは愛犬によくないことは重々承知なのですが… 苦しい気持ちから逃げたいと思うようになってしまいました ありがたいことに夫はほぼ在宅ワークで時間の許す限りお世話を手伝ってくれます 一人暮らしの娘もたまに家に帰ってきて私の気持ちに寄り添ってくれます こんなにも恵まれている環境なのに、とても前向きになれず、底知れぬ孤独感を感じてしまうこともあります  ネットで色々読み漁ってしまい、前向きになれる方法など参考にしたいのですが、落ち込む一方です  高齢だから仕方ないがないのも承知のはずなのですが… 早く解放されて楽になりたい、でも、楽になるということはつまり… そんな負のループから抜け出せないのです   嫁いだ先と実家が遠かったから、子供が小さかったから、何かと理由をつけ両親の面倒などあまりしてこなかったから、もしかしたらバチが当たったのかもしれないと考えてしまうのです  苦しみから解放されるには、安らかに明るく向き合うにはどのような心持ちでいたらよいですか?  先へ先へと悩む癖もなんとかしたいです どうぞよいお知恵を授けてください よろしくお願いいたします

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昔出会った子猫のこと

5年以上前の話なのですが、田舎で一人暮らしをしていた頃、仕事帰りの道端で子猫に出会いました。 子猫が突然私の原付バイクの前に飛び出してきたので思わずとまると、原付バイクの下に潜り込みました。 捕まえて顔を見てみると、とてもとても可愛らしい小さな子猫でした。今でも鮮明に覚えているくらい愛らしかった… しばらく辺りを探しましたが親猫は見当たらず、連れて帰ろうかどうしようかしばらく悩みましたがいるかもしれない親猫と離れ離れにしてしまうのは悪いと思い、 元いた草むらの道路から離れた場所まで連れて行きました。 何度かついてこようとしていましたが、振り切って帰ってしまいました。 現在私は地元に戻り、家庭を持ち母親になっています。 随分昔の出来事ですがいまだにふと思い出すのです。 あんな小さな子猫を放って帰ってしまった事、 親猫は見当たらなかったのだから保護してあげるべきだったんじゃないか、 運命のような出会い方をしたのに、救ってあげる運命だったかもしれないのに救えなかった事、 あんな可愛い子猫は見た事がなかった。 無事に生き延びただろうか ふと思い出して悲しくなり、自分を責めてしまいます。 その頃は自分がとても辛い時期であり、救ってほしいと毎日思っていたのにその子猫に対しては救う事をしなかった自分が嫌だなと思います。 子猫に当時の自分を投影しているから今でも救ってあげたいと思うのでしょうか。 しょうがなかったと思うようにしても忘れられません。 ただただ元気に生きていて欲しいです。 ごめんなさい。

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ペットを虐待していたことを後悔しています

初めまして。 早速本題に入りますが、私はペットのうさぎ(便宜上、以降は"うさこ"と表記します)を虐待していました。 うさこが我が家に来た当時、私は学校で嫌がらせを受けていました。 悪口や陰口、ばい菌扱いなど、他愛ないものでしたが、その当時は深く傷ついていました。 そのときの状態を、私の親は「精神的におかしかった」と話しています。 そのときの私にとって、うさこは数少ない私の友人であり、家族といっても過言ではありません。 しかし、そんな支えになってくれるうさこを、衝動的に虐めてしまったのです。 うさこと一緒に遊んでしばらくすると、頭がボーっとして、気づいたら他人がうさこを虐めているのを画面越しに見ているような感覚になっていました。 ここでは詳細は省かせていただきますが、すごく酷いことをしてしまいました。 うさこは今では8歳のおばあちゃんになり、幸い大きな怪我はなく、元気に過ごしております。 今も指をなめたり、頭を撫でてとおねだりしたり、ご飯の時間には私や家族の後ろをとことこついてきます。 人なつこく育ってくれてほっとしたと同時に、このままうさこの近くにいてお世話をしていいのか分からなくなります。 私は今でこそ通院して、大分落ち着いたとは思いますが、行動の節々にまだ残虐性と衝動性が残っていると感じることがあります。 時にはそのときの光景や、その行為でうさこが死んでしまったり、怪我をしていたらという光景をフラッシュバックして、その度に自分を殺したくなります。 そんな人間が、うさこや周りの人間と一緒に生活していいのか、そもそも自分のことを人間であると自覚していいのかと考えてしまいます。 気心の知れた友人には既にこのことを話していますが、「うさこは近くに寄ってきてくれるんでしょ?じゃあ許してくれてるよ、一緒にいてあげなよ」と話してくれます。 ですが、私はもう自分が許せません。 どうしても、うさこは本当は苦しい思いを我慢していて、無理して私の元へやってきてくれるのではないかと考えてしまいます。 精神的にももう限界に近いので、誰かに吐き出して懺悔したくなったのでここに書き込みました。 厳しいお言葉も受けるのは覚悟しております。私はどうすればいいのでしょうか。 長文かつ駄文、失礼致しました。

有り難し有り難し 30
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野良猫について

近所に怪我をしている野良猫がいました。 保護しようと餌をあげて少しずつ慣れてきてはいましたが、やはり野良なので警戒はしている様でした。 しかし日に日に怪我が膿んで酷くなっていくので早く保護しようと抱っこして連れて行こうとしてしまったんです。 驚かせてしまって私の腕から飛び出してしまったんです。 その時、車がきてしまい猫が車に飛び出す形になり、後ろ足あたりがぶつかったというか、はねられた様になってしまいました。そのまま草むらに走って逃げてしまい、探しましたが見つかりません。 元々怪我が酷かったのに私のせいで車にぶつかるという新たな怪我をさせてしまいました。あの猫はこのまま亡くなってしまうかもしれない。私が殺してしまった様なものです。しばらくは猫を探してみます。 私の早く助けたいという身勝手な気持ちで、あの猫を余計に傷つけてしまいました。 後悔の念が溢れて止まらないのです。 何故もう少し信頼してもらえるまで待てなかったのかと。 あの猫を探すこと、それ以外に私には何かできることはあるでしょうか? あのこがもし見つからずひっそりと亡くなってしまっていたら、私はあのこに何ができるでしょうか?怖がらせてしまい謝りたいです。

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老猫の看取りについて

以前、相談をしてお答えを貰った者です、あれから色々ありまして、毎日今この時を大切に共に生きようと楽しく生きてきました。今回は前に相談した家の老猫の話です。 前回、居なくなるのが不安で仕方ないと言っていましたが、あの時はまだ老化が出てきたばかりでジャンプをしたりご飯を食べたりと今思えばまだ元気でした。 先月辺りから食欲もなくなり元気もなくなり眠ってばかりで、病院に連れていき検査をしてもらいました。 膵炎と診断され、高齢猫、16歳なのでいつ最期がくるかはわからない覚悟をしていて下さいと言われました。 膵炎の薬は無いとの事で、対処療法として皮下点滴をしに病院に通っています。 次の血液検査で数値が下がっていればいいのですが、そうでなければ治療が長引きます。 高齢猫にとって病院に行くストレスも物凄いものだと思います。 膵炎は痛みが出ると先生が仰っていました。 猫本人は皮下点滴をすることで少しは痛みも楽になっているみたいで、今はゆっくりゴロゴロしています。 私はこの子と出会って沢山の事を教わりました。 だから最良の選択をしてあげたい。 本音を言えばもっともっと一緒に暮らしたい。 でもここまで一生懸命生きて今苦しんでいるこの子にまだまだ頑張って生きろとはさすがに言えないと思いました。 お坊さんに質問です。 人間でも自然死が尊重されつつあります。動物もそうだと思います。 同じ死を迎えるにあたって、私は自然死が良いと思います、何もせずゆっくりと死に向う方が穏やかな死に方になると聞いたことがあります。 ですが、痛みだけは取ってあげたいと思っています。 でもそれは病院で点滴をしなければなりません。 私が愛猫にしている行為はただのエゴでしょうか。 この子を苦しめているのは病気だけではなく私自身なのではないかと思ってしまい、悩んでいます。 私がしている行為、お坊さん方はどう思われますか? お答えを頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。

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