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動物との付き合い方

回答数回答 2
有り難し有り難し 12

先日、怪我を負った子猫と出会いました。足を引きずりながら寄ってきて、ずっと啼いているので、家に連れて帰りました。
家に一晩泊め、食事をあげました。怪我が治ってから自然に戻そうと思いましたが、既に足の骨が外れて、怪我からも時間が経過していた様子で、治りそうな様子はありませんでした。近くに、きちんと治療できる獣医もいませんでした。
猫を保護し、飼う事を考えましたが、私と子供は海外に住んでいるので、この場所にあとどれだけの期間住むことができるのか分かりません。不安定な生活を送っています。
猫の寿命を全うするまでこの地にいられればいいのですが、そうではない場合、いつかはこの猫を野良猫に戻さなければなりません。
飼いならすことで、折角持っている野良猫の自衛の習慣も本能も失わせることになるので、それであれば、このまま別れるほうが罪が軽いように思い、猫を庭に放しました。
また、撫でて欲しいと寄ってきても、満足に気持ちに応えてあげられませんでした。
気持ちが通じ合って、この子猫が、私たちの家族になれると期待することが怖かったのです。
しかし、後ろ足を二本失ったこの子猫、やはり保護すべきだったのではないかと、後悔の気持ちもあります。
私はどうすべきだったのでしょうか。

2014年9月3日 13:29

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

貴方様は終始、我が立場でなく、猫の立場に立っておられ、過ちはありません。生きとし生けるものは、死ぬべき時がくれば死ぬしかなく、右の道へ進もうと左の道へ進もうと、同じです。私たちは、自分のために、あるいは誰かのために、よかれと思って道を選びます。しかし、絶対の正解は不可知です。他を傷つけないなら少なくともベターではありますが、ベストが何かは永遠にわかりません。江戸時代の慈雲尊者は、本当に死すべきものと達観できれば、「雲霧晴れて朗月を見るが如く、人道もここに明らか、天命もここに明らかなり。」と説かれました。貴方様は、弱き者としての猫を見て精一杯の心を起こし、その生を保つに十全な方法がとれなかったことを縁として、猫の免れ得ない死を感じておられます。そこにある切なさやもどかしさ、そして省みないではいられない思いこそ霊性の発露であり、燈火のような仏心のゆらめきです。どうぞ、答のない問いを問うた経験を大切にして生きられますよう。合掌
※詳しくはブログ『想いの記』内「救えぬ猫への思い」をご笑覧ください。

2014年9月3日 14:38
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有り難し
おきもち

取り急ぎにて

まりか様

問答の読者の方からお伝えしてほしいという情報でございます。下記ページの内容をご参照頂けましたらと存じます。動物(猫)のシェルターに関する情報でございます。

http://hasunoha.jp/questions/752

※一応、拙生もNPO法人「東京キャットガーディアン」のサイト( http://www.tokyocatguardian.org )を一巡確認させて頂きました上にて投稿させて頂きました。

また拙回答は後日に改めさせて頂きたくに存じます。まだその子猫を保護できるようでありましたら、どうかご一考の程を宜しくお願い申し上げます。

川口英俊 合掌

2014年9月3日 15:52
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

川口英俊様

動物シェルターを教えていただきましてありがとうございます。残念ながら外国に住んでいるため、今、猫を保護できたとしても難しいと思います。入国の際の検疫を越えられないと思います。
また、健康な猫でも、飛行機の貨物室による移動は相当な負担となり、入国前に亡くなることもあると聞きました。自分の無力さが残念でなりません。。

遠藤龍地様

ご返答ありがとうございます。また、慈雲尊者のお言葉も頂きましてありがとうございます。悩んでいる心を「省みないではいられない思いこそ霊性の発露」とおっしゃっていただいて、大変、気持ちが救われました。
ありがとうございました。

aluseusさん

動物愛護センターなどの情報を教えていただき、ありがとうございました。そのようなことは思いつきませんでしたので、大変勉強になりました。
しかしながら、あの子猫を保護することは、もう無理だと思います。既に日が経ちすぎているのです。
実は、子猫を庭に放し、その後思い直して、数日間、昼夜猫を探し回りました。5日目の未明、猫の啼く声に目が覚めて、外に探しに出かけると、その猫と再開することができました。連れて帰ろうと暗闇の中、懐中電灯の明かりと鳴き声を頼りに近づくと、猫は泣き止み、どこかへ消えてしまいました。

昨晩、真夜中まで色々と考えていました。私がもし、alseusさんのように聡明で、愛護シェルターに預けるという方法を思いついていたのなら、もっと良い結果になっていたのではないかと後悔しました。
散々考えましたが、最後にたどり着いたところは、遠藤龍地様のおっしゃっていた「ベストな解は無い」というところでした。
過去に、知人から鳥を数羽預かり、数年間お世話したことがあります。その鳥たちが病気になり、病院の薬を飲ませて直後に死なせてしまったことがありました。

また、数年間の海外生活の中で、別の国ですが、やはり怪我を負った動物を獣医のところへ連れて行き、「1晩は様子を見るが、それでも回復しなければ安楽死させます。」と言われ、不服だったので、動物を連れて帰りたいと訴えましたがその動物を返してもらえず、辛い思いをしたことがあります。
そのような経験から、他人に頼ることに不安を感じ、自分で解決するしかないと思っていました。

別の視点では、鳥を飼っていたときに常々思っていたことは、この鳥たちは、その生涯に於いて天井より高く飛ぶことが無いということです。とても哀れだと思いました。

預かった鳥たちは元々ペットなので、それ以外の選択肢はありませんでした。しかし、今回保護した猫は、怪我はしていたけれど、我が家の庭で、危険を感じると葉の影に隠れ、30センチ以上もある柵を自力で越え、野生のたくましさを見せてくれました。私は、この猫の命を守りたいと思ったのと同時に、この本能も守ってあげたいと感じてしまったのです。

今は、もっと冷静になれていれば、もっと素晴らしい解決策があったかもしれないと思います。しかし、その道に進んでいても、恐らくは別の結果に対して、今と同じように悩んでいたのだとも思います。
グルグルと同じ考えが頭を巡る中で、仏教の道に進まれている方々であれば、どのようにお考えになられるのか知りたいと思いました。私は、ご住職の方々をとても尊敬しています。ですので、お考えを伺い、今後の人生の礎にしたいと思い、質問いたしました。
aluseusさん、親切にしていただいて、大変感謝しています。このご縁を大切にしたいと思います。

補足します

aluseusさんへ

お返事ありがとうございます。そうですね、次の時にはもう少し冷静に対処できればと思います。
ただ、猫に関して言えば野良猫だったと思います。
aluseusさんは発展途上国に住まわれたことはありますでしょうか?
私の住んでいる国は発展途上国です。
野良猫や野良犬だけでなく、野良鶏、野良牛、あらゆる動物がそこら中を歩き回っています。
ちなみに、この猫を探し回っている時にも野良猫と出会いましたが、擦り寄ってくる猫は何匹もいましたよ。
状況が違うと、結果も違ってくるものだと思います。
こちらの国には猫を飼う習慣はないと地元の人は話していました。稀に飼っている人を見かけますが、公園のような大きな庭のある人か、6匹も小さなケージに押し込んでいるか、日本の状況とは大きく違います。
最近、日本ではデング熱が流行っているようですが、私のいる国は普通にデング熱にかかる国ですが、血液検査をする技術がありません。
日本人は、虫歯の治療のために一時帰国する人もいるようです、現地の医療が信用できないので。
私も現地の人をあまり信用していません。
ただ、このようなことを論争するためにこちらで質問をしたのではなく、私自身も、自分のした対応に自信がなく、猫を放すべきではなかったと後悔したのです。しかし探しても、見つけても連れて帰ってこれなかった以上、今となっては術がなく、罪の気持ちを濯ぎたくて、お坊さんに助けを求めにきました。
私が間違っていたことは、自分でも理解しています。ですから、これ以上私の過ちを追及しないでください。

遠藤龍地様
ブログを読ませていただきました。私の悩みに深く寄り添っていただいて、大変感謝いたしております。有難う御座います。
今となっては、あの猫が生きているのか死んでいるのか、それさえもわかりません。しかし、どのような状況であっても、この猫にとっての幸せと平安を願い、祈り続けようと思っています。
そして、この猫との出会いによって得られた気づき、遠藤様とのご縁を大切に、自分の煩悩と向き合って生きていこうと思います。
有難う御座いました。

「動物・ペットについて」問答一覧

生き物を売る仕事

ホームセンターでパート従業員として働いています。 夏になり、カブトムシとクワガタムシの生体が入荷してきました。 私は、ペットショップなど、「生き物(いわゆる愛玩動物)を販売すること」に疑問があり、反対もしています。 生体の販売が無い職場を選んで、今の会社に就職したつもりでしたが、「季節商品」として、生き物が入荷する事を予測できませんでした。 昆虫が入荷してきて、愕然としたのは、世話をする従業員が一人もいなかった事です。ペット担当の社員は、昆虫が苦手で触ることもできません。 去年はどうしていたのかと話を聞くと、「餌やりはしていたものの、マット(ケースに敷く木のチップや土)の交換やケースの掃除はしていない」「コバエだらけ」「生体にカビが生えた」「売れなくてほとんど死んだ」と、笑いながら話していました。他の社員も店長も、見て見ぬ振りだったようです。 死んだ個体の申告などはなく、イコールお咎めもなく、売れ残りは回収(回収後どう扱われるのかはわかりません…)、店舗には損害がないことも、生き物を扱う事への意識の低さを増長している印象でした。 そして今も、その雰囲気です。 昆虫たちの世話は、私が一人でしています。気まぐれに手伝うフリをしてみたり「ちゃんと世話してえらーい」などと声をかけてくる従業員はいますが、継続的に世話をしようとする姿勢の人間は一人もいません。 短い一生を、狭くて不衛生なケースの中で過ごさなければならなかった生き物たち。誰にも愛情をかけられず、無視され続けて死んだ生き物たち。 可哀想で胸が痛くなりました。 生き物が入荷した時点で、退職を申し出ようとしました。が、私が世話をしなければ、去年と同じ事が起きます。 結局、辞める事が出来ずに、2ヶ月が経ちました。 昆虫達の世話は好きです。 しかし、やはり生き物を売る仕事が嫌です。 また来年、昆虫達は入荷してきます。私が辞めてしまったら、誰が世話をするのでしょう…。 明日も仕事です。憂鬱で仕方ありません。退職をしても良いのか、そうでないのか、ご意見を頂きたく思います。

有り難し有り難し 20
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子猫を見殺しにしてしまいました。

産まれたばかりの子猫を見捨ててしまいました。 20数年前、まだ自分が小学生だった頃、住んでいた団地の部屋の物置に野良猫がどこからか入り込んで二匹の子猫を産んでいました。発見した母親はすぐさま私と弟に捨てておいで!と命じ、私と弟は言われるがまま近所の植え込みにまだ産まれて間もない子猫を放置してしまいました。数日後、子猫を捨てた近くで友人と遊んでいると道端に一つだけ段ボールが置いてあり、もしやと思い中を覗くとあの時の子猫の一匹が中にいました。もう一匹は見当たりませんでした。誰かが私達が捨てたあと発見して入れたのだと思います。子猫は先日の雨で濡れてとても衰弱しており、友人の家に連れ帰って介抱していたのですが、私は子猫を連れ帰ってのがバレたら段ボールに入れた人に怒られるなどと思ってしまい、友人を促し遊んでいた場所に戻り介抱していた子猫をまた段ボールの中に戻してそのまま立ち去ってしまいました。私は自分が怒られたくないという理由で目も空かない産まれたばかりの子猫を二回見捨ててしまいました。子猫二匹がそのあとどうなったかは分かりません。おそらく助からなかったと思います。勝手な話、大人になってからこの事を思い返し、介抱し続けていればもしかしたら助かったかもしれない子猫に対して罪悪感を感じています。同時に自身の保身の為に子猫を見捨てた自分の卑怯さや半端な優しさを見せてしまった事を後悔し自己嫌悪しています。 せめてもの罪滅ぼしのつもりで動物愛護の団体に毎月寄付をしていますが、これをしても過去は変えられないしあの子猫二匹が助かるわけでもないと思ってしまいます。母猫にも悪いことをしてしまいました。私はどうすればよいでしょうか。 どうか意見をお聞かせください。よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

犬の寿命

私は2005年に故母が大きなオスの白いペキニーズをブリーダーから飼って、翌年に奥さんとして小さなメスの白いペキニーズを新しいペットショップで飼いました。 白ペキの2人はもう14歳と13歳になりました。 色々ありました。母が入院の末に死に、私もヘルパーになるもリストカットして辞めて、ソーシャルゲームで散歩が遅れたり、急かしたり。 睡眠障害で寝れなくなったら、愛犬たちは体を押さえつけて寝かしつけたりしてくれたけど、夜中、無意識に食べてしまう病気で、起きて目にけがをさせてしまったり。 最近は、私に彼女ができて、私も働けるようになり2人と愛犬2人の4人で寝ています。しかし、お金がなくて歯石を病院で取ってあげれなくて歯がボロボロで、お腹も壊し気味です。 彼らは本当にかわいいです。犬種的にも呼んでもきませんし、芸も覚えませんが、吠える時は日本語の様に伝わってきます。 オスの顔は、私や亡くなった弟そっくりです。 私は本当に飼い主として失格です。でも、人並みに長生きしてほしいと感じています。50歳以上に…。 質問です。動物は自分たちが食べるだけで精いっぱいでアリとアブラムシの関係みたいな共存の関係じゃなければ助け合わないのに、何故、犬や猫って、子どもの様に愛される様になったのでしょうか? 何故、ペットは寿命が短いのでしょうか? ご教示を宜しくお願い申し上げますm(__)m

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

病気の愛犬

愛犬の病気が治りません。以前も大きな手術をしていて何回も入院してきました。毎日不安で不安でたまりません。治療もあまり経過がよくなく今日も愛犬は具合が悪そうです。 以前は、突然、具合が悪くなり夜間の救急にも何回も通いました。そこの医者の中に信じられないかもしれませんが、私に対して馬鹿にしてくるようなスタッフがいました。担当の先生は、診察の時は親切にしてくれましたが、一番近い救急がそこしかなく二次診療機関もまた必要ならそこに行かなくてはならないかと思うと憂鬱で仕方ありません。 そういうストレスもあり、愛犬の具合が悪いと私まで体調が悪くなるようになってしまいました。毎日つらいです。つらいのは愛犬のほうなんだから、私がまいっていてはいけないとは思うけど、正直つらくなります。 家族には、こんな時にグズグズしてないで愛犬の食事を作るなら早く作れ、などどやされたりそれなら自分が作ればいいだろ、などと思いながら昨日も過ごしました。 また、別にいる同居の家族は非常に無責任で雪の降る寒い日に体調の悪い愛犬を留守番させる際暖房を危ないからといって消して行って、帰ってきたら愛犬が呼吸も荒くてひどいことになっていました。それなのに、そんなの大丈夫だとか平気で言い放ち腹が立ちます。 ここのところ、正月も深夜も関係なく病院通いの毎日で、それで良くなるのならば苦ではないけれど、今は治療の見通しも立たないのでそれが不安でたまりません。 以前、危篤的な時には延命のお唱えを心の中でしてみましたが、神様に病気を治してください、とお願いするお唱えみたいなものはありますか? また、こんな時はどういう心構えでいたら良いでしょう。何かアドバイスあればお願いします。

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野良猫の死が辛くて抜け出せません

夕方、我が家の車の下に、か細い声で鳴く猫がいる事に気付きました。 見てみると、かなりの傷を負っていて、痩せ細り、衰弱していました。 近寄っても攻撃的ではなかったため、動物病院に連れて行こうかとも思いましたが、我が家には室内犬がおり飼うのは難しいし、ならば手を出さない方がいいのか等考えているうちに夜になりました。 夜、やはり気になり、外に確認に行こうとドアを開けたら、ドアの前に座っていて、家の中に入ってきました。 犬が居るので部屋に入れることはできませんでしたが、玄関に箱を置き、その中に毛布を入れてくるんで様子を見ていました。 そうしているうちに、一緒に暮らしたいという思いが湧いてきました。 ネットを見てみたら、犬と猫を飼っている人達の記事があったりして、なんとかなると思えてきました。 朝になったら動物病院に連れて行って、なんとか我が家の子にと考えていました。 そして朝、その子は亡くなりました。 あの時こうしていたら、救えていたのかもしれない…等考えて、頭から離れません。 涙が止まりません。 その時最善と思ってやっていても、それしか方法がなかったとしても、どんなやり方をしていても、命あるものが亡くなった後には、あの時こうしていたら違っていたかも等何かしらの後悔の念が出てくるというのは、母の死で経験しています。 仕方のないことと分かっていても、辛くて辛くて仕方ないのです。

有り難し有り難し 5
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