正しいとは思うんだけど回答受付中
ありがとうやごめんねをちゃんと言える人の方が良い。という話をする人が最近やたらと多い気がするんです。
この話をする前提としてなのですが、私はこの価値観は当然その通りだなと勿論思っています。
ただ時々なんでもかんでもその考え方一辺倒に相手に投げてばかりいる人を見かけて少し疑問をもつことが増えました。
感謝や謝罪を表すことは大事だと思います。でもその前提の上で派生した、相手の心情を汲みとろうとすることとか、そこまで想うことがより大事なのではないか、と思うのですが、案外そこまでを言う人が少なくて、なんならそのことを聞くと、「そこまでする相手でもない」と返ってきたりもします。
個人的に思ってることですが、そう返してくる人はもしかしたら、[感謝や謝罪は自分が最低限悪者にならないための形だけの言葉(?)]のようなものになってるのかなと考えてしまいます。
実際「ありがとうやごめんを言えないとダメだよ」って言ってる人に限ってそういう感謝や謝罪を安易に口にする癖に、次に口にする内容が明らかに最初の言葉とは反対の内容を発言してたり、なんかまるで意味を成してない様な気持ちになるんです。
感謝や謝罪をちゃんと言葉にすること
これは大事だし、否定する気は無いんですけど、心のどこかで(本当にそう思って言ってるのだろうか。色んな話をするための体のいい飾りに使われてるのではないか)と考えてしまいます。
もしかしたら私の思い過ごし、或いは普段からあまり口にしてないことの反発なのかもしれないのですが、少し前に知人と喋って以降ずっとそういう人にモヤモヤしていて、久しぶりにここに綴りました。
散文駄文の拙い文章なのですが、何かお言葉を、いただけるとありがたいです。
よろしくお願いいたします。
お坊さんからの回答 2件
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想いをちゃんと相手に伝わるように届けること。良き関係で。
なるほど、考え方一辺倒、そうですよね。
感謝や謝罪を言葉にしても(言葉にされても)、口先だけだと感じることもありますね。それは反対に不快にもなる。
相手に向けた言葉なのだから、相手に伝わって(届いて)こそ。相手がそのように受け取ってくれたのなら、ありがとうやごめんねという言葉でなくても、ちゃんと感謝や謝罪の想いは届いているでしょうね。
届かない中身の無い言葉であれば、ありがとうやごめんねの言葉を発していても、互いの距離は変わらないでしょうし、相手に対しても信用ならないと感じるでしょう。
大切なのは、その想いをちゃんと相手に伝わるように届けること。伝え方は、言葉でも態度でも関係性で通じ合っていけるのだろうと思います。
大切な人たちとは、そんな良き関係でいたいものですね。
できるだけ一つ一つ丁寧に言葉にしていきたいですね
拝読させて頂きました。
あなたがその様に思うこともとてもわかるように感じます。あまり相手のことを考えずに安易にその様に言葉にするのはかえってよくないかもしれません。あなたのお考えを受け止めさせて頂きます。
その状況がどの様な経緯でそうなり自分や周りの方々がどうなっていったのか、それぞれの状況やお気持ちも踏まえたうえで自分の思いをしっかりと言葉にしていくことがとても大切だと思います。
ですからそこにいたる経緯をしっかりと踏まえた上で自分のことや相手への思いをしっかりと感謝や謝罪等の言葉にしていくことが大事ですよね。
ありがとう・どうもありがとうございます・サンキュウ・心より御礼申し上げます…等々
すみません・申し訳ありません・大変申し訳ございません・ごめんね・ごめんなさい…等々
それぞれの言葉はその状況や人と人との関係性によっても大きく変わってきます。その言葉の響き方一つとっても受け取る方の感情も大きく変わるでしょうからね。
いずれにせよ、煩雑に扱わずに相手にしっかりと向き合いながら自分の気持ちを誠意をもって一つ一つ丁寧に伝えていくことがこれからの人とのお付き合いでも大切ですからね。
あなたがこれからの未来に人とのご縁を大切になさり、お互いの思いを誠意をもっておつたえなさり一層大切なご縁を深めていかれ心から充実して毎日を生きることできます様に切に祈っております。至心合掌