自分の本性との向き合い方回答受付中
はじめまして
私は自分の気質や性格が嫌いです
私は幼い頃、気性が荒く、競争を好む、暴力的な子供でした。
負けず嫌いで、何事も勝ちたいと思っていました。自分に負けた子を見ると気分が良かったし、自分より劣っている子を見ると子供ながらに見下していたように感じます。
成長するにつれて、自分の暴力的で醜い部分を自覚し非常に恥ずかしく思いました。周りの友人達のように、勝ち負けにこだわらない、穏やかで優しい人間になりたいと思いました。
今は、穏やかで優しい人間でいれるように意識しています。
でも、時々、他者を蹴落としたい、自分よりも劣った人を見て安心したい、という考えが浮かびます。
その度に、自己嫌悪で落ち込みます。
世の中の人がみんな清く正しい穏やかな人間に見えてきて、自分だけが醜い人間であるように感じます。私の醜い本性がバレたら、親しい人はみんな私から離れていってしまうだろう、と思うと怖くなります。
自分の嫌な部分と向き合うには、どうすれば良いのでしょうか?
お坊さんからの回答 2件
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このような愚かな私だからこそ、阿弥陀様は救わずにはいられない
はじめまして。僧侶の釋聴法と申します。
ご相談ありがとうございます。ご自身の内面にある攻撃性や嫉妬心に気づき、深く苦しんでおられるのですね。そのお気持ち、痛いほど伝わってまいります。
しかし、仏教の視点から申し上げますと、そのような醜さを抱えているのはあなた一人ではありません。仏教では、私たち人間のことを「凡夫(ぼんぶ)」と呼びます。凡夫とは、どんなに立派に見える人であっても、死ぬその瞬間まで、欲や怒り、妬みといった「煩悩」を断ち切ることのできない「愚かな存在」であると定義します。 「自分だけが汚れている」と感じるのは、あなたがご自身の心を誤魔化さず、誠実に見つめているからに他なりません。
浄土真宗の開祖、親鸞聖人は「悪人正機(あくにんしょうき)」という言葉を残されました。「善人が救われるのだから、まして自らの罪深さを自覚している悪人は言うまでもない」という教えです。 ここでいう「善人」とは、自分の力で善い行いができる人のこと。「悪人」とは、自分の心の醜さに絶望し、救いを求める人のことです。 阿弥陀如来という仏様は、清く正しい人を救うためにいらっしゃるのではありません。自らの煩悩に悩み、どうすることもできない苦しみを抱えた「愚かな凡夫」こそを、決して見捨てず、必ず救うと誓われているのです。(「摂取不捨」といいます)
ですから、あなたのその本性を無理に消そうとしなくて大丈夫です。自己嫌悪に陥った時こそ、「ああ、このような愚かな私だからこそ、阿弥陀様は救わずにはいられないのだ」と思い返してください。あなたのその苦しみは、決して孤独なものではなく、仏様の慈悲に出会うための大切なご縁なのです。
機会がございましたら、お寺にお参りして、お聴聞してみてはいかがでしょうか。少し気が楽になるかもしれません。
拝
縁起寺 釋聴法
欠点よりも良さを見ていける人は、幸せを感じやすく、好かれます
どうしようもない私も、受け入れていきましょう。
人より優れていると思い込んでいても、自分に無いものを周りは持っています。自分にも足りないことがあることでしょう。
誰かに支えられて、誰かに助けられて、生きているんだと実感した時に、自分の愚かさにも気づいていける。
あなたは、自分を優位に立たせないと「安心」を感じられないのでしょう。人を落とさないと、上に立てない。でもその安心は、自分を満足させるものであって、誰もがともに喜べる幸せには繋がっていかない。
優れていても、嫌なヤツと関わりたくないものね。そう思われてしまって、自分で大切な人を遠退けてしまっているかもしれません。残念なことです。
人の欠点よりも、良さを見ていける人は、幸せを感じやすく、人からも好かれますよ。
自分の至らなさをちゃんと認めつつ受け入れていく勇気をね。



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◆職場や学校での人間関係がうまくいかない
◆ストレスや不安で日々の生活に支障がある
◆無気力で、人生の目標を見出せない
◆卒業後の進路を決める事ができない
◆別れた交際相手の事を忘れる事ができない
◆家庭不和で毎日の生活が辛い
◆家族や大切な人を亡くして心の整理がつかない
◆何事も悪い方向に捉えてしまい、自己嫌悪に陥っている
◆ついつい他人に辛くあたってしまい、後悔を繰り返す
◆毎日充実した日々を送れるように、仏教の勉強がしたい
など、上記はこれまでの相談の例(ハスノハ以外を含む)です。