思い出が壊れた出来事が忘れられない
先日とある個人経営のカフェに行きました。
そこは5年ほど前に一人暮らしをしていたときによく行っていたところです。
コーヒー豆の販売もしており、そのカフェで購入した豆をきっかけにコーヒーが好きになった思い出の場所でした。
久しぶりに行ってみようとネットで地図を開いたところ、口コミ欄がえらく低評価でした。
私が通っていたころには悪い口コミはほとんどなく、3年ほど前から急激に低評価が増えているようでした。
店主の接客が配慮に欠けているというものがほとんどです。
何かあったのだろうか?と気にはなりましたが
通っていたころに店主への配慮のなさのようなものは感じたことがなかったため
そのまま店へ行きました。
コーヒーを注文して支払をしようとしたとき、私がレジのカウンターのメニュー表を誤って落としてしまったのです。
小さなアクリル板に入っていて、先のほうにひびが入ってしまいました。
謝罪し、欠けているパーツなどがないか床を確認しようとしたところ
大声で「もう触らないでください!」と言われてしまいました。
沈んだ気持ちで注文したコーヒーを持っていると
店主がコーヒー豆を叩きつけるようにミルに放り投げているのが見えました。
アクリル板自体は100円ショップで売っているようなものに見えましたが、思い出の場所で迷惑をかけたのがいたたまれませんでした。
そのため帰り際に再度謝罪し弁償を申し出ましたが、断られました。
私が「5年ほど前こちらの近くに住んでいて、よく来させてもらっていたんです。なので迷惑をかけて申し訳なくて。それで弁償させてもらいたいのです」と言ったところ
「そうですか。覚えていませんが」
と冷たく言い放たれました。
とてもショックで頭が真っ白になりました。
一人暮らしの寂しい時分にほんのひとときでも人との関わりを与えてくれた場所。
今でも大好きなコーヒーと出会わせてくれた場所でした。
もう何日も経つのに、店主の冷たい態度を思い出して悲しくなります。
ここ数年で店主に何かあったのかもしれない。
そもそも私が怒らせてしまったから。
いろいろな思いが頭を巡り辛いです。
このままではコーヒーを好きな思いまで否定してしまいそうです。
どうやって気持ちを立て直せばよいでしょうか。
お坊さんからの回答 4件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
何かを機に変わっていく。あの頃に感じた居心地や味は良き思い出
それは、残念な出来事でしたね。思い出まで傷つけてしまったようで、寂しく悲しい気持ちになりますよね。
口コミって、お客さんはよく見ていますし、店に求めるサービスや居心地も含めて評価に繋がっていきますものね。
真相はわかりませんが、客の振る舞い(写真を撮る、ネットに載せる、過度なサービスの要求など)で店側も被害を受けたのかもしれませんね。何かを機に、店も人も客だって、変わってしまったのかもしれません。
でもね、あの頃に感じた居心地や味は、良き思い出なのです。それを今に求め傷つくよりも、思い出のままに大切にしましょう。
かつての良き思い出だけを、心にそっとしまっておきましょう。
大切にしていた思い出の場所で、さぞお辛い思いをされましたね。一人暮らしの寂しさを癒してくれた居場所が以前とはすっかり変わってしまっていたこと、そのショックは計り知れません。
仏教には「諸行無常」という教えがあります。人も物も、そして心も、すべてのものは常に移り変わり、同じ状態に留まることはありません。5年という月日の中で、店主の方にも周囲からはうかがい知れない様々な苦悩や出来事があり、良くも悪くも変わってしまったのでしょう。口コミの様子からも、店主の冷たい振る舞いは決してあなたが原因で引き起こされたものではありません。
過って物を落としてしまった際、あなたは誠心誠意の謝罪を尽くされました。ですから「私が怒らせてしまった」と、これ以上ご自身を責める必要は全くありません。
あの時、あなたを温めてくれた一杯のコーヒーと、そこから生まれた「コーヒーが好き」というお気持ちは、紛れもない真実であり、尊いご縁です。現在の悲しい出来事に心を縛られず、「あの時の温かい出会いがあったからこそ、今の豊かなコーヒーの時間がある」と、かつての良き思い出だけを心にそっとしまっておきましょう。
どうかご自身を労わり、これからも大好きなコーヒーの時間を心穏やかに楽しんでくださいね。
拝
縁起寺 釋聴法
祈る
こんにちは。私も一人暮らししていた時期があるので、何だか親近感を持って読ませていただきました。
寂しい経験をされましたね。ご店主に、何かあったのでしょう。お年の頃は分かりませんが、今時の「評価」の仕組みに嫌気がさしているのかも、と推測したりします。
口コミが悪いと、来る人みんなが怖くなる。イチャモン付けられないかって。勿論そんなこと滅多に起きないのですが、一生懸命やってきた人ほど繊細に深く傷ついたりするのは、想像できることです。
本当に、ご縁のかけ違いが大きくなると、人を苦しめてしまう。その力の大きさに慄くばかりです。
私から申し上げられることとしては、「あの店主さんが、願わくば穏やかな気持ちでお店を続けられますように」と祈ること、そして「コーヒーに罪はない」ということです。
私にも、「あの頃」を支えてくれた小さな食堂がありました。今はもうコンビニが立っていますが…思い出は過去のもの。今も私の中にあります。
「コーヒーを好きな思いを否定」は筋違いです。多分あなたはそれを知っているはずですが、今はショックに引っ張られてそれを見失っています。
コーヒーをめぐる思い出が、良いものだけでありたい…そう(無意識にでも)思っているかも知れませんが、それは如何なものでしょう。様々な彩りの思い出もまた、深く人生を耕すことがあるのです。
あなたたくお見守りなさって下さいね
拝読させて頂きました。
そんなことがあったんですね…あなたがとてもショックを受けておられるでしょうしとても悲しい思いをなさっているでしょう。詳細なあなたやお店の方のことはわからないですけれど、あなたのそのお気持ち心よりお察しします。
あなたにとっては大切な思い出でしょうからそのようになってしまっていてはとても悲しく辛くなってしまうでしょうね。あなたがそう思うのももっともだと思います。
そのお店や店主の方に何があったのかわからないですが、きっと何か大きな転換になる様なことが起きたのかもしれませんね。それはご本人でなければわからないですけれどね。
あなたの中ではなかなか割り切れるものではないでしょうけれど、どうかあたたかくお見守りなさってみて下さいね。
もしかしたらこれからの未来にそのお店にも店主さんにも新たな転機が訪れるかもしれません。これからの未来は誰もわからないですが、そのお店に幸いが訪れるように心からお祈りなさって下さいね。私も心からお祈りさせて頂きます。
そのお店に幸訪れますように、あなたがこれからもそのお店の思い出を大切になさり、毎日を心から豊かに健やかに生きることできますように、あなたがこれからも多くの素敵なご縁に恵まれて心から幸せに生きることできますように切に祈っております。至心合掌
質問者からのお礼
あたたかいお言葉をありがとうございました。
人も心も変わりゆくものだと心得、
当時の思い出は大事にしていきたいと思います。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート
◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )