なにも、成長出来てません自殺したい
十代も20代も、大してなにも努力していません。このまま生きても、希望が見えない、釈迦は34位で悟りを開いたらしいですが、私の場合そこまでもちそうにありめせん。
空っぽで、虚しいオッサンになりました。
今世は駄目だと何度も聞こえてきます。
何かやろうとしても動かない、メンタルブロックが機能する、高校生の子らからこんな感じで、何も変われないならもうダメじゃ無いですか。
仏教の教えもよく分かりません輪廻を止めるために執着を無くせと言う癖に、念仏だの教えだのに執着をしているじゃ無いですか。
辛い修行をしなきゃ極楽に行けないなんてこの世はクソでしか無い。執着を無くせば良いなら自殺が一番手っ取り早くないですか、
完璧主義、性格が悪い
お坊さんからの回答 4件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人生は様々。仏法を聞く人が、自分の生き方に表していくこと。
このまま生きても、希望が見えない。
何かやろうとしても動かない、メンタルブロック。
空っぽで、虚しい状況なのですね。
そして、大してなにも努力していない。
生き方はそれぞれですから、どのように生き どのような道を歩いても、自分次第なのです。信仰を頼る人がいてもいいのだし、その中にいながらも 仏様が人間の人生をどうこう左右なさることはありません。人生は様々。仏法を聞く人が、自分の生き方に表していくことなのです。
仏教の縁の上に、送る人生はあなた次第なのですよ。
大してなにも努力していないということですが、どうしていきたいのか、何を目指すあなたがいるのか。そのために何が必要なのか。一緒に考えていきませんか。
がんばって下さいね
拝読させて頂きました。
以前からのご質問も読ませて頂きました。あなたはこの世をクソだと思っているのですね、執着を無くせばいいなら自殺が一番手っ取り早いと思っているのですね。詳細なあなたのことや今までの人生はわからないですけれども、あなたがそのように思うことは伝わってきます。お気持ち心よりお察しします。
どうか仏様、私をお救い下さい、仏様の極楽浄土へお導きなさって下さいと心からお願いなさり、南無阿弥陀仏なむあみだぶつと一度でもおとなえなされば必ず極楽浄土に往生させて頂けます。ですから辛い修行なさらなくても大丈夫です。
あなたは今まで何もできなかった、成長することできなかったととても悔やんでおられるのですね。
あなたがそう思うのであれば、あなたがしたいことややってみたいことを少しずつなさってみてはいかがでしょう。
あなたのことでもいいですし、あなたの周りの人達の為のことでもいいと思います。
私は40才位までは自分のことしかしませんでしたし、損得ばかり考えて生きてきました。
最近はお寺に勤めて地域の民生委員•児童委員を勤めるようになって少しは人のお手伝いできるようになったと思います、ほんの些細なことですけれどもね。それでもそんな機会を頂いてありがたいなと思いますし、少しずつでも成長させて頂いているように思います。
おそらくあなたにこれから沢山できることはあると思います。
どうか頑張ってみて下さい、あなたを心より応援させて頂きます。至心合掌
混乱しているようですね。
こんばんは。ここまで言葉にされたこと自体、すでに「自分と向き合っている」営みだと思います。楽ではなかったはずです。
私なりに整理すると、あなたの中には
①このままではいけない
②でも動けない
③仏教に何かヒントがある気がする
④けれどよく分からない という状態があるように見えます。
そして一番強いのは、「変わりたいが、変われない」という苦しさではないでしょうか。
その上で一つ、大切な点があります。「執着をなくせば自殺が一番早いのではないか」とありますが、仏教でいう「執着をなくす」というのは、「対象を消すこと」ではなく、物事との関わり方を変えること」なのです。
ですから、自分を消す方向とは違います。
むしろ問いは、「どうすれば動けるか」ではなく、「何が怖くて動けないのか」の方にあるように見えます。
ご自身で書かれている「メンタルブロック」という言葉も、そこに関係しているのかもしれません。どんな失敗を恐れているのか。一歩進んで、「あなたにとって、失敗とは何か?」をです。
ここを、もう少し言葉にしてみませんか。
変わらなくても良いのです
率直なお気持ちを打ち明けてくださりました。まず申し上げたいのは、「もう駄目だ」と感じておられるその苦しみは、決してあなただけのものではなく、人が生きる中で誰もが触れる深い悩みだということです。
「何もしてこなかった」「空っぽだ」とご自身を責めておられますが、こうして苦しみを見つめ、言葉にしている時点で、すでに大切な一歩を歩んでおられます。何もない人など本当はいません。ただ、比べる物差しが厳しすぎて、自分を見失っているのです。
また、「悟り」についてですが、お釈迦様の歩みは特別なもので、それをそのまま自分に当てはめる必要はありません。仏教は、本来「できない自分をどうするか」を問い続けてきた教えでもあります。特に浄土真宗では、「修行ができる人だけが救われる」とは考えません。むしろ、思うように生きられず、弱さや迷いを抱えたままの私たちこそが、そのままで抱きとめられていると説きます。
「執着をなくせ」と言いながら教えにすがるのは矛盾ではないか、という疑問ももっともです。しかし実際のところ、人は執着を自分の力で完全に手放すことはできません。だからこそ、自分の限界を知り、そのままを引き受けてくださるはたらき(阿弥陀の本願)に出遇う道が説かれているのです。念仏は「執着するためのもの」ではなく、「どうにもならない自分をそのまま託す声」とも言えます。
そして、「自殺が一番手っ取り早いのではないか」との思いについてですが、仏教では命を断つことは苦しみの終わりにはならないと受け止めます。なぜなら、苦しみから逃れるために選んだ行いそのものが、さらに深い苦しみの縁となってしまうからです。何より、その選択をしようとするほど追い詰められているあなたを、まず大切にしたいのです。
「変われない」と感じておられるかもしれませんが、人は劇的に変わらなくてもよいのです。今日一日をなんとか過ごした、それだけでも十分に意味があります。動けない日があってもいい。その自分を切り捨てず、「そういう自分もここにいる」と認めることからしか、次は生まれません。
どうか、「もう終わりだ」と決めつけてしまわずにください。今見えている景色がすべてではありません。苦しみの中にあるあなたもまた、見捨てられてはいない存在です。今は大きな答えを出そうとせず、ただ今日を生き延びること、それを大切にしていただきたいのです。
質問者からのお礼
聞いてくれてありがとうございます。
高校時代から漠然と勉強しなきゃ何かを積み重ねなきゃ絶対後悔すると感じていたくせにめんどくさがって何もせずに30歳に
あの時から何か続けていればと毎日思います。
「何が怖くて動けないのか」
自分の足りなさを自覚するのが嫌で問題に向き合えないのです。
しかも、比較してしまう。馬鹿な話、東大や早稲田に行くような人は当たり前にしていることが出来ていない下層の人間だと実感します。
生きてく価値なんて見出せません。
何も成長していません。
例え50歳でようやく何か始めても遅いですし、人間にも期限があるわけですよね。
寿命の短かった時代とは違い、無駄に伸びた現代の地獄では教えも通用しないのではないかと思います。
認知症の年寄りが仏教の求める姿だと思います。
そうなるまで生きれば苦しみも感じませんよって事でしょう?
努力が出来ない、自信が無い、。
何よりつらいのが、たとえ何かを今から得ても、これを昔からやっとけばなあと思ってしまう
人間には使用期限がある。30歳になる絶望、いつまでも思考回路が変わらない
死ね
孤独です



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
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