肉を食べるのが本当にいい?
こんにちは。私は曹洞宗の修行者ですが、宗派を問わず皆さまにお尋ねしたいと思います。
大乗仏教において、菩薩の心は慈悲に満ちている、という理解で合っていますか?僧侶の方々が、「植物と動物を区別するのは間違っている。どちらも命だからだ」と述べているのをよく目にします。その点は理解しています。しかし、食用となる動物の多くは、集約的な畜産施設で飼育されており、飼育下で生まれ、ごく狭い空間に閉じ込められ、幼い頃に殺されています。牛乳の場合も、牛は絶えず人工授精されています。卵の場合、雄のひよこは生きたまま殺されています。
「三種の浄肉」の説明も、私にはかなり説得力に欠けるように思えます。動物は明らかに、それを購入する人々のために殺されています。そうでなければ、養殖場の運営費を何で賄うというのでしょうか?さらに、これは、ある人が他の誰かの代わりに動物を殺さなければならないというシステムを支持することになりませんか?ちなみに、動物が容赦なく殺されるまでに飼育するために必要な水や植物などの資源の量は、人間を直接養うために必要な量よりもはるかに多いのです。
これらはすべて、慈悲の教えや、すべての生き物を救いたいという願いに反するものではありませんか?私たちは、苦しみを可能な限り減らすような選択をするべきではないでしょうか?
お読みいただきありがとうございます。ご返信をお待ちしております。
私は曹洞宗の在家修行者です。仏様の教えと修行を深く大切にしています
お坊さんからの回答 2件
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よい問いかけを起こされました。
こんにちは。まず率直に,よい問いかけを起こされたと感じます。これは上から目線のつもりはなくて,「日常生活の中で埋没してしまう可能性のある問い」を,しっかり言語化されたという意味です。「いのちとは何か。それを,どう接してどう扱うべきか」という問いだと理解しました。
見かけや行動や様々が異なっても,「イヤ私と同じ」という理解ができるのが,「いのち」という捉え方の素晴らしさだと思います。物言わぬかも知れぬが,あるいはモーモー言っているだけのように聞こえるかも知れぬが,私と同じ、ただひとつの命を持った存在なのだ。全ての生き物を繋ぐ考えが、「命を持っている」なのだろうと思います。
私も実際,牧場や「生産施設」を見学して,その有り様を見学したこともあります。
そして私の考える「命の扱い方」は、「せめて私と縁ある命は,丁寧に扱おう」という態度です。「私のために,他の命を奪わないでくれ」というのも一つの態度でしょう。しかし私のできる精一杯は,上に述べた通りです。参加する宴会やパーティーなどでの「残飯」は、なるべく出さないようにする。食卓に上がるものには「頂きます」と念仏唱えてからいただく。物にしても、なるべく使い切ってから捨てる。理想通りにはできないけれど,せめてそれを目指しはする。
私たちが母親の母乳をもらったのだって,彼女の命を分けてもらったのだろう、少なからず彼女のいのちを削ったのであろうと思い、私の縁として返せることは返そう。
そんなふうに思っています。
なのでお答えとしては「可能な限り」とはどんなことか?それをあなたは如何考え、実践しようとしているのか。それをひとまず決めて、やってみることだと思います。
だからこそ輪廻転生からの解脱
農耕する場合でも、トラクターや消毒で虫やミミズが殺されています。
結局、輪廻転生から解脱しない限り完全な不殺生は不可能なのです。
浄土宗では、輪廻転生からの解脱への近道は、極楽浄土に往生することだと考えます。
極楽浄土には地獄・餓鬼・畜生がいないので、おそらく極楽浄土では植物のみの食事となるでしょう。
それを踏まえると、南無阿弥陀仏と念仏を称(とな)えて、一人でも多くの人が来世で極楽浄土に生まれて成仏していくことで、輪廻転生を繰り返すのべ人数が減り、将来の殺生を減らしていくことにつながるでしょう。
なむあみだぶなむあみだぶ
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質問者からのお礼
心より感謝申し上げます。すべての命は、尊厳を持って扱うべきであり、現代では、動物由来の製品を避ける、あるいはその消費を減らすことが可能です。そうすることで、苦しみを軽減し、環境にも配慮した選択となります。これは、仏様の慈悲深い教えと深く共鳴する、最も正しい道だと確信しております。
ご回答ありがとうございます!
完全な不殺生は難しいかもしれませんが、暴力と苦痛を減らすことは可能です。ケージで動物を育ててから殺すことと、植物が枯れないように殺虫剤を使うこととは、搾取という点で大きく異なります。避けられない側面はあるものの、畜産では動物に餌を与えるために、私たちが直接野菜を食べる場合よりも、はるかに多くの昆虫を殺して飼料を作らなければならないという事実も考慮すべきでしょう。


