人生の選択を間違えたと思ってしまう
先日帰省しましたが、親と接していて複雑な気持ちになりました。
私の家は古くから有る田舎の本家です。
私は未婚ですがもう子供は望めない年齢ですし、
弟も結婚する気配が有りません。
このくらいの歳になった時には孫がいる事を想定していたと思います。
孫がおらず、年老いた親と中年の兄弟だけという現実が苦しくなりました。
私は自由に育てられ仕事も趣味も充実した生活を送っていましたが
大病をした事もあり時が経ってしまい
子供が望めない年齢となってしまいました。
そもそも結婚願望があまり無かったですが
周りは子育て中の方ばかりなので、
親に孫の顔を見せられない事が情けなく感じる様になり
弟が結婚せずとも女性である私が早く結婚して子供を産んでいたらと
人生の選択を間違えたのではと自分を責めてしまいます。
又、今更ながら自分の遺伝子を残せない事についても苦しく感じます。
私が子供の頃は親戚が多く賑やかだったのですが、
亡くなったり疎遠になり、もう自分の親兄弟しか親族が居ません。
私はパートナーを作る事を諦めた訳では無いですが
もう子供は産めませんし、この歳になって選ばれる自信がありません。
このまま1人で生きていくのかと思うととても苦しいです。
現在、私も弟も親元を離れて暮らしており
家庭内の事で両親とも仲が悪くなってきているので不安しかありません。
こういった事が頭の中で渦巻いていて
今まで何の為に生きてきたのか意味を感じられなくなっています。
アドバイスを頂けると有難いです。
孤独感、劣等感、自責の念、他人への羨み、人生の後悔
お坊さんからの回答 4件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
手にできないと嘆くより大事な縁に恵まれていく生き方を見つめて
実家を訪ねたり、老いていく親を見ますと、寂しさとともに、親に与えてあげられなかったものばかりを考えて、嘆いてしまいますよね。こればかりは、思うようにならないこともあります。親孝行は、結婚し家族や孫に会わせてあげることを強く描きますが、孝行は実はたくさんあるのですよ。
手にしたいと願うものも、変化してしまいます。家族も、若さも健康も、お金も力も、子どもがいたって、それらが頼りになるとは限りません。どうにもならないものを支えにしていくと、生きる道を失ってしまいます。
手にできないと嘆くよりも、大事なご縁に恵まれていく生き方を見つめていきませんか。揺るぎないもの、私たちのいのちの行方を案じて願ってくださる仏様もいてくださるのです。そんな支えにも、手を伸ばしてくださいね。
青空の下、今日を生きる
ご相談いただきありがとうございます。
メイさんは今、
「子どもを産めなかったこと」だけに苦しんでいるのではなく、
“自分が思い描いていた人生”と、
“今、目の前にある現実”の間にあるズレに苦しんでいるのだと思います。
本家・親・孫・親戚の賑やかさ。
きっと幼い頃から、
「いつか自分たちの代へ繋がっていくもの」
として、どこか当たり前に感じていた部分があったのではないでしょうか?
ですが人生は、
必ずしも思い描いた形にはならないことに気が付きますよね…
病気。
年齢。
出会い。
タイミング。
人の人生は、
自分の努力だけではどうにもならないものにも大きく左右されます。
だから今、「もし違う選択をしていたら」
と考えてしまうのですよね…
ですがメイさんの文章をお読みさせていただいて
「人生を間違えた人」というより、
「人生の途中で、大きく価値観が変わった人」
なのだと感じました。
病気を経験されたこと。
裏切りや人の本質を見たこと。
そこから、
「他人に認められるためではなく、日常の幸せを大切にしたい」
と思えるようになったこと。
それは、
ただ失っただけの人生ではなく、
苦しみの中で、「生き方そのもの」を見つめ直してきた
人生でもあると思います。
もちろん、
今感じておられる寂しさは消えないと思います。
子どもを持てなかった苦しみも、
親に孫を見せられなかった申し訳なさも、
ふとした時に何度も出てくるかもしれません。
ですが、その価値観だけが
人生の価値ではないと思います。
人はどうしても「形として残るもの」
だけに意味を感じてしまいます。
けれど実際には、目に見えなくても
誰かに与えた優しさ。
支えた時間。
一緒に笑った記憶。
苦しみながらも生き抜いた姿。
そういうものもまた、他人の中へ残っていきます。
そしてもう一つ。
メイさんは、「選ばれる自信がない」
と書かれていました。
ですが、
それは、「価値がない」という意味ではありません。
病気や孤独を経験した人は、
若い頃のような勢いではなく、「本当に分かり合える相手」
を探すようになります。
苦しみながらも、病を越え、今こうして、
「後悔しない人生を歩みたい」
と思えていること自体、私はそれがメイさんの魅力だと思います。
人生の意味は、何かを後に残すことだけにあるのではありません。
ご相談ありがとうございます。
深いお悩みの中、よくお話ししてくださいましたね。ご実家の本家のこと、ご両親への想い、そしてご自身の大病など、これまで一人でどれほどの重荷を背負ってこられたこととお察しいたします。
仏教では、世の中のすべての事象は「ご縁」によって成り立つと考えます。ご結婚やお子さまを授かることも、ご自身だけの努力や選択でどうにかなるものではなく、無数のご縁の巡り合わせによるものです。大病を乗り越え、今日まで一生懸命に生きてこられたご自身を、「人生の選択を間違えた」と責める必要は全くありません。
「後継ぎを残せなかった」という自責の念は、ご自身への優しさが少し欠けてしまっている状態です。過去の「もしも」にとらわれて苦しむのではなく、今、ここに尊い命があり、仕事や趣味に打ち込んできた豊かなご経験があるということに目を向けてみてください。
人生の意味は、何かを後に残すことだけにあるのではありません。「パートナーを作る事を諦めていない」というお気持ちがあるのなら、ご自身の未来にはまだたくさんの可能性が広がっています。過去を悔やむ手を放し、ご自分を慈しみ、今この瞬間を大切に生きることで、おのずと新しい良縁も舞い込んでくることでしょう。どうかご自身を労わり、焦らずご自分のペースで歩んでいってください。
拝
縁起寺 釋聴法
これから検討なさってみましょう
拝読させて頂きました。
あなたのお悩みを読ませて頂きました。詳細なあなたや周りの方々とのことはわからないですけれど、あなたのそのお気持ちとても伝わってきます。お気持ち心よりお察しします。
あなたがもしも人生を間違えてしまったって思うならば一度立ち止まってみてはいかがでしょうか。今までのことは決してムダではないでしょうし、間違いとは言えません。あなたがこれからを何をどんなふうに生きていきたいのかじっくりとご検討なさってみてもいいかと思います。
あなたは今まで様々な経験なさってきたでしょうからその経験を踏まえてあなたの目指していきたい人生を具体的に考えてみてご計画なさってみて下さいね。様々な選択肢があなたの前にはあると思います。
落ち着いてじっくりと見つめ直してみたり様々な方々からもご意見を伺いながらあなたの未来を開いていきましょう。
あなたを心より応援させて頂きます。至心合掌



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )