最期は地球すらもなくなるなら回答受付中
人間はおろか、地球すらも最期には太陽に飲み込まれて消滅すると知りました。一生懸命人間が生きて、やっと築いてきた生き物も自然も文明も文学も歴史も、あらゆるものが最期には消滅するなら、この世は何なんでしょうか?
私はいま死にたいとか、生きることに投げやりになっているわけではありません。むしろ、とても人生が充実しています。今までも自分にできる限り、精一杯生きてきました。
だからなおさら思うのです。この世は本当に儚いものだなと。すべてには終わりがあり、永遠などあり得ないのだなと。
それでも目一杯後悔しないように、生きようと思います。でも時々、どうしようもなくむなしくなります。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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仏様の救いは永遠。願われたいのち、滅びることのない安心。
長い年月をかけて、生命は進化し、いのちを繋いできましたよね。環境に合わせて絶滅や変化を繰り返し、その中に人類は文化を築き、生き永らえてきました。素晴らしい世界に生きているはずの私たちですが、変化は消滅も繰り返していくものであり、見ているこの世界も永遠とは言えないのですよね。遙か遠い未来は、存在しないのかもしれません。
文明の進歩は先が予測できるからこそ、喜びだけでなく恐怖も感じますね。
ただ、私にとって生きているのは「今」ここを生きていくことが希望です。次の世は、次の人類に任せるしかありません。そのために、繋がる今を丁寧に生きたいと思っていますよ。
命には限りがあって、次の世を見届けることは出来ませんが、この命の救済にはたらいてきださる仏様に出遇えた私は、この先も仏様と生き続けていくのでしょう。仏様の世界でね。それは大きな安心であり、今を生きる力(信仰心)にもなっています。
一緒に手を合わせましょう。仏様の救いは、永遠なのですから。ハスノハで、不安や嘆きも確かめ合っていきましょう。願われたいのちは、滅びることはありません。
無常の中にこそ輝く今のいのち
ご相談、誠にありがとうございます。充実した日々を送っておられるからこそ、なお深く「この世のはかなさ」に心が触れておられるのですね。その感覚は、とても自然で、むしろ真実に近づいた心の働きとも言えるでしょう。
仏教では、この世界のあらゆるものは「無常」であると説きます。形あるものは必ず変わり、やがて滅していく。人も、自然も、文明も例外ではありません。おっしゃるように、やがて地球すらも終わりを迎える存在です。
では、この世は何なのか。それは「消えていくものの集まり」であると同時に、「今この瞬間にしか現れない尊いはたらき」でもあります。
たとえば桜は、やがて散るからこそ美しいと感じられます。もし永遠に咲き続けるなら、その美しさに心が震えることは少なくなるでしょう。限りがあるからこそ、一瞬一瞬がかけがえのないものとして立ち現れてくるのです。
むなしさを感じるのは、「永遠であってほしい」という願いと、「すべては移ろう」という現実との間に心が揺れているからです。その揺れ自体が、人としてとても誠実な感受性だと私は思います。
浄土真宗では、この無常の世界にあってなお、「だからこそ今を大切に生きる」という道が示されます。すべてが消えるから無意味なのではなく、消えていくからこそ、今の出会いや営みがかけがえのない意味を持つのです。
そしてもう一つ大切なことは、「意味を完成させよう」としなくてよい、ということです。人生に究極の答えを求めすぎると、かえって空しさが深まることがあります。ただ、与えられた一日一日を丁寧に生きる、その積み重ねがそのまま人生の姿となります。
むなしさが訪れたときは、それを無理に消そうとせず、「ああ、私は今、無常に触れているのだな」と静かに受け止めてみてください。その感覚もまた、深く生きている証です。
あなたが今感じておられるその問いは、決して虚しいものではありません。それは、人生を真剣に生きている方にだけ訪れる、大切な気づきなのです。合掌
大発見を共有できたことに感謝します
コットンさん、人類誰もが根底に抱えてきた深い問いを、ここに届けていただき有り難うございました。
人生が充実しているからこそ感じる虚しさ—その問いの重みを、深く受け止めさせていただきました。地球すら太陽に飲み込まれて消滅する。あらゆるものが最期には消えてしまう。その事実を知ったとき、コットンさんは、大きなショックを覚えたでしょう。だからこそ、「この世は、そして私は何なのでしょうか」と問わずにはおられなかったんですよね。コットンさんの真摯な問いに、心から敬意を表します。
コットンさん、その虚しさは、ご自身のこれまでを丁寧にふりかえることで、捉え方が変わります。さらに、仏教に出遇うことで、あなたに新たな視点が加わります。「あなたがこの世に生み出されたことは、無数の奇跡の積み重ねの結果である」「あなたのこれまでの生活は、多くのいのちの犠牲、多くの人々のつながり、仏さまの導きのおかげの積み重ねである」と。ひとつでも条件が違えば、あなたはこの世に生まれていないし、これまでの充実した生活はあり得なかったのです。
そして、今あなたが充実して生きているということは、周囲に何かしらの影響を与え続けているとも言えます。しかも、それはお互い様です。そしておかげさまです。あなたが誰かに影響を与えているように、あなたもまた、無数のいのちと出来事に支えられて、今ここに生きているのです。この「お互い様」「おかげさま」の発見を、あなたは喜ぶことが出来ます。
「すべてには終わりがあり、永遠などあり得ないのだなと」その通りです。大切な大発見ですね。しかし、本来、明日がわからないいのちを、今日いただけている—この感動や喜びを思い出せた時、「これから先にすべてがなくなるから虚しい」という世俗的視点は、大きく転換されるます。そもそも、明日、私たちがこうして生きている保証は、どこにもありません。地球が50億年後に消滅する前に、私たちは明日死ぬかもしれない。だからこそ、今日、こうして生きていること自体が、奇跡であり、喜びなのです。
経典には、「無常の世を生きるあなただからこそ、常住の国(=西方極楽浄土)に生まれたいと願ってくれ」との喚びかけが記されています。この大切な問いかけがきっかけとなって、今後さらに仏縁が深まることを願っています。hasunohaに相談を寄せていただき、有り難うございました。
質問者からのお礼
宮本龍太さま
お返事本当にありがとうございます。だいぶ前に宮本さまにそのときの私にとっては、現実を見なければならない大変厳しいお言葉をいただき、意識を変え、いまの大変やりがいのある職に就きました。まずそのことにお礼をいわせてください。おそらく、あのとき宮本さまのお言葉がなければ、同じことをずっと繰り返し悩んでいたことでしょう。いま私が人生は無常と思えるのも、人生が前に進んでいる証でしょう。本当にありがとうございます。
げんさんさま
お返事本当にありがとうございます。「そもそも、明日、私たちがこうして生きている保証は、どこにもありません。地球が50億年後に消滅する前に、私たちは明日死ぬかもしれない。だからこそ、今日、こうして生きていること自体が、奇跡であり、喜びなのです。」というお言葉、その通りですね。山の恩人・仲間が本当にたくさん遭難死し、両親・恩師が年老いて弱り、仕事仲間がごっそり異動・退職、お世話になって信頼していた人も家庭の都合で担当を今月末で外れることになり、地球すらも消滅することも知りました。この春は私にとっては、とても厳しい季節となりました。でも今日生きていることを大切にします。本当にありがとうございました。
中田 三恵さま
お返事本当にありがとうございます。私も仏教の信仰心があるので、手を合わせます。そして中田さまを始め、ハスノハで僧侶の方々と繋がり、同じ時代を生きていけることは大変大きな救いです。私はいまの仕事でたくさんの人の前でお話させていただいています。とても大きなプレッシャーにもストレスにもなり大変ですが、その分だけ、自分が生きている実感もあります。私もいまを大切に生きてみます。私は敬虔な仏教徒とはとてもいえませんが、深い信仰心を持つことの大切さを教えていただき、本当にありがとうございました。



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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )