医療ミスをした医師が謝罪せず保身します回答受付中
2010年から2022年まで通った病院の主治医が,医療ミスをしていることが分かりました.
病気の中,必死に必死に貯めてきたお金で,弁護士さんに調査を依頼しました.結果は,「医師がミスをした事,不適切であることは確かである.しかし,法律の文脈で「違法」と断定できる内容では無い」とのこと.
医療ミスのせいで,私はキャリアおよび多くのものを失いました.後遺症も残りました.(医師のせいで後遺症が残った可能性が著しく高いが,因果関係が100%だと立証できず,訴訟できなかった)
医師に説明を求めたところ,「謝罪はしません,お金も払いません.うちにはもうお金はありません.今,そんなに儲からないでしょ?」と笑いました.
医師は法に守られ,私は人生を失いました.
どうして医師には罰が下らず,医師は何も失わないのですか.
医療ミスが無ければ送れたはずの人生は,私にはありません.医療ミスのせいで失ったものも,私には返ってきません.
生きることが苦しいです.
加害者には罰が当たらず,償いもされず,被害を抱えて生きねばならない人は,どうすればいいんですか.
なぜ医療ミスをし、保身して逃げた医師は謝罪せずに守られるのに、ミスをされた被害患者が苦しみ、金銭的な負担も負わねばならないのでしょう。 苦しいです。
お坊さんからの回答 1件
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集中力は無常、怒りや不幸も無常
大変な状況、心よりお察しいたします。
ただ、私は他人だからこそ敢えて言わせていただきます。
どんな職業の人にもミスはあります。
アナウンサーがニュースを噛むのは人の命には関わりませんが、医師のミスには人の命に関わります。
しかし、それですぐに罪に問われてしまうと、誰も怖くて医療の仕事につけなくなり、結果、救える命も救われなくなります。
その医師も故意に加害しようとしたわけではないのであきらめるしかありません。
誰にでも怠けの煩悩があり、怠けの煩悩は集中力をケチりたい煩悩です。
つまり、誰にでも集中力を切らしてミスをすることがあるのです。
仏様のように悟って怠けの煩悩を克服した者でないかぎり、集中力は無常(必ず途切れる)のです。
先日、私の知人のとある高齢者がある手術を受けました。高齢のため、リハビリがうまくいかずに苦労しているようです。
良くなるために受けた手術で、かえって体が弱ってしまった。これは医療ミスとは違いますが、治療にリスクが伴うことは日常茶飯事なのです。
仏教では、怒りの煩悩は悩み苦しみストレスの原因になると考えます。
あなたが幸せに生きるためには、怒りや恨みを捨てて明るく前向きな思考、失ったものよりも残っているものに目を向ける具体的な思考、できることの中でやりたいことをみつることが有効です。
もちろん、すぐにはそのようになれないでしょう。
しかし、心も無常ですから、いつか怒りや憎しみも変化する可能性があります。
集中力を切らしてミスをするのも無常、不幸な気分が永遠に続かないのもまた無常です。
過去や未来や自分や他人に関する妄想雑念、思考の堂々巡りをストップし、具体的な目の前の作業をやるしかないのでしょうね。
妄想雑念はやらなくても良いけど、人生には他にやらなきゃならないことがたくさんあるので。。。


