昔ペットの犬を殺してしまった後悔回答受付中
現在30代後半ですが最近になり大学時代に飼っていたペットの犬を殺してしまった事を酷く後悔するようになり毎日苦しいです。
私は機能不全家族で育ちました。父は暴力、母からは毎日「頼むから死んでくれ」「誘拐されて殺されてくれたら食費が浮くのに」等、言葉による精神的苦痛を受けていました。兄弟は知的障害者です。
大学進学を機に一人暮らしを始めましたがそこから精神的に不安定になっていきました。
それまでどこの家庭もこんな生活だと思っていたけれども自分の家族が異常だと自覚したのがキッカケだったと思います。一人になるのが異常に怖くなり当時の彼氏に依存し大学にも行かなくなり24時間常に一緒にいたり、寝ている時に理由もなく恐怖心に襲われて脈が早くなり冷や汗が出たり、一人で「死にたい死にたい」と言いながら家の中をぐるぐる歩いたり…。そんな中で子供の頃から飼うのが夢だった犬を飼いました。最初はとても可愛がっていましたが、なかなかトイレを覚えてくれなかったり無駄吠えが多かったりする事に徐々にイライラするようになり蹴ったりご飯を抜いたりハイターを飲ませたりと虐待するようになりました。そして当時依存していた彼に別れを告げられて酷いショックを受けたと同時に犬が激しく吠え、それに対し自分の中で何かが爆発して犬を掴みアパート4階の廊下から犬を落として殺しました。
死体はそのあと回収してペット葬儀場に運びましたが場所は覚えていません。
あれから15年ほど経ちましたがそれまでこの出来事を何とも思ってなく、なんなら「ペットを殺した」と武勇伝の様に語る事さえありましたが今激しい後悔に襲われ苦しくなりました。大人になるにつれ親兄弟と疎遠になり苦しかった実家の生活が遠い過去になった事や、あの時と比べ友人が増えたり、結婚して優しい旦那と穏やかな日々を過ごしており子供もできたりと精神的に安定してきた心境の変化が理由だと思います。3年前から縁あってうさぎを飼っていますが溺愛し、傷付けるような行為は一切なくしっかり愛し可愛がれています。
幸せな毎日のその反面、殺してしまった犬に申し訳なくて苦しいです。あんなに私の事を好きでいてくれて一緒に暮らしていた彼よりも私に懐いてくれていたほどなのに…。謝りたくても謝れず、投げ捨てたときに想像もつかないほど怖い想いや痛い思いをさせた事が申し訳なく苦しいです。たすけてください…
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
いじめが生まれる心理を学び負の共有をなくせるアクションを
あなたの罪に関してとやかく責めたり、なだめることはここではいたしません。
あなたが弱い立場にある存在に非道な行為をするようになったのはズバリ…
👹親の「せい」です。
ハッキリ親の「せい」と言っておきます。はい。親の「せい」です。ここでいう「親のせい」だというのは、親の影響、影響力によってうまれた心理作用という意味においてです。
ですから、親のせいです。
ですが、それでもあなたの生命活動はあなたのもの。
人は生まれを選べない。
仏教の四苦八苦の生老病死の「生」とは生まれを選べないこと。親ガチャともいわれますが、親や家庭を選べないことです。
私も親を選べずに生まれてきました。
オウム真理教の麻原正晃の子供も親を選べずに生まれました。
スラム街で生まれる子供も親を選べません。
ダライ・ラマも親を選べません。
皇室に生まれる人も親を選べないのです。
あなたの親もまたかくのごとし。
誰もが。そしてあなたの親もその先代から同じようなことをされていたのだと思います。
虐待や負の伝播は3代前、4代前から続いています。
人は負のアクションを受けると💣爆弾ゲームのように自分の所に来ないように人にその負の心理をなげかけようとするものなのです。
だから、毒親が毒のアクションで我が子に悪い酷い影響を与えることからあなたは冷静に脱却・離脱して、ゼッタイに我が子や家族に毒を吐いてはいけないと約束した上で有り難しポチをしてください。
断ち切る、脱却するためにはあなたが影響を受けたアクションを絶対にしないことです。
あなたがもし親からそんな酷いことをされなければ、もっと明るい性格が形成されていたはずなのです。
ならばこそ!親たちから精神的にも出家して、別立場、別存在としての生き方を確立して、「いじめ」という誰も幸せになれない心理を深く学び、根絶するアクションに勤めましょう。いじめというものは自分が優位に立とうとする情けない心理です。自分の弱さをカバーするために、ひどいことをするのです。
その心理のしくみをあなたは人一倍よく知っているはずです。だからこそ、さらによく学びSNSなどを通してこの世界から少しでもいじめやMADなアクションが起こらないよう広めたり、いじめをなくす会などで活動をすると良いでしょう。あなたが生まれ変わるために。今ここで。「生き方を」変える。改悛(かいしゅん)あるのみです。
そのままの心で今を生きるということ
あなたはきっと「改心」されたのでしょうね。
当時は自分が何をしているかも(本当の意味で)わからないまま、むごいことをしておいて武勇伝のように語っておられた、けれど今は、そのかつて誇っていた行為の本質性に気づき、強く後悔し、胸を傷めておられるわけですからね。
さて、どんなことも、それがあなたの「せい」ではないことであっても、やってしまったことを変えることは出来ません。どんなにお嫌でも。もとより人間、出来ることは出来るし、出来ないことは出来ません。ご自身をゆるせないのだとしたら、(今はまだ)ゆるさなくてもいいと思います。そのまま、ご自身をゆるせないまま、罪の意識や強い後悔を抱いたまま、そのままの自分で生きていくほかないのです。
出来ないことは出来ません。過去の出来事それ自体を変えることは出来ませんが、実は、過去も未来も「現在の自分次第」です。ですから、大切なのは今のあなたが、どのように今を生きているか、です。
ご家族のこと、飼っているうさぎさんのこと、めいっぱい愛して、可愛がってあげてほしいと思います。
そして、先に旅立たれたお犬さんのこと、思い出すたび胸が痛まれているのだとしたら、その都度、その都度、手を合わせてあげてください。手を合わせて、「ごめんね」と伝えてあげてください。「(当時の私が)やさしくしてあげられなくて…ごめんね」「(当時の私が)もっと可愛がってあげられなくて…ごめんね」「(当時の私が)受け止めてあげられなくて…ごめんね」と、あなたが思うように思っていることをそのとおり心のなかで伝えてあげてください。本心からお伝え出来れば、それが本物の「ご供養」になると思います。涙が流れることもあるかもしれませんが、その涙こそがあなたの後悔や罪の意識をすこしずつ洗い流してくれるものと思います。
本物のご供養は、亡くなった人や存在に向けられるばかりではなく、同時に今生きている人の心に優しさをもたらし、罪や後悔の心を少しずつやわらかくほぐし、慈悲の雨で洗い流してくれるものです。
簡単な解決策に飛びつかず、ありのままそのままの心、そのままのお姿で、生きていく覚悟をなさっていただきたいと思います。責めるのでもなく、ゆるすのでもなく、心に優しさがあるときには優しく生き、心に後悔があるときには手を合わせてください。
あなたはきっと乗り越えていけるはずです。これからも。
そわか合掌



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