体調不良で努力ができません回答受付中
18歳です。2年半の闘病を経て、うつ病が一度は「寛解」となりました。しかし、大学受験のプレッシャーのなかでメンタルを崩し、再び体が動かなくなってしまいました。本当は大学で大好きな心理学を学び、心理士資格を取って、将来は起業もして、同じように悩む子供たちの為にお仕事したいです。そして結婚して子どもも育てたいというたくさんの夢があります。仏教の「四苦八苦」や「諸行無常」、「中道」という言葉の意味も知っています。自分が執着に囚われている「凡夫」であることも頭では分かっています。それなのに、元気な周りの高校生や大学生が羨ましくて仕方がありません。日々の生活も疲れやすく、寝てご飯を食べて寝て、少し元気が出たら散歩と通信制高校の課題を進めて、一日が終わります。ネガティブな感情に支配され、受験勉強や私生活、学校に登校することも頑張りたくても頑張れない今の状況が悔しくて、毎日が本当に辛いです。今体調を整えないと、受験勉強、受験、大学生活、大学での勉強、資格勉強、資格試験、就活、その後も全部体調が付きまとい、努力や生活の基盤があること前提だと思います。今ちゃんとしてないと、良い未来もないと思います。分かっているから、辛いです。
「仏教の言葉など、知識として分かっているのに、心がどうしても追いつかない」というこの理不尽な苦しみに、お坊様方はどのように向き合われますか。今のちっぽけで動けない自分をどう受け入れればよいのか、智慧を貸してください。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
期待しない心がけを保持するのみです。
拝読させていただきました。
プロフィールもご確認させていただきました。
心理学を専攻され、自身の心を侵入させてしまう習慣性が苦悩に変化させてしまうところがあるかも知れません。
物理学などでは分かるように感情を入れて探求をしないように、学ばれる心理学では自身の経験(過去)と突き合わすことをされないように学ぶ心の姿勢が希求されることとお察しします。
答えから申しますと簡潔には「反応しない心」を作ることです。
人は誹謗中傷なども含め、対峙してしまうのは"反応"するからです。
例えば、悪口を言われても反応しなければ、言い手は「あいつはこれでは効かない」と思い込み、対象者から除外します。
反応を楽しむのが、苦楽ともに人間心理には潜在しているのではないでしょうか?
「他人の不幸は蜜の味」とあるように、反応するからこそ、楽しむのが人間の性でもあると思います。
仏教では、悩みを無くす教えではなく、一切皆苦の人生であるからこそ、その煩悶する日々の連続の人生をどのように向き合っていけば生きやすくなるのかを説くのが仏の教えでもあります。
知恵は「脳作用」、智慧は「心作用』です。
たくさんの知識を得ることより、大切なことを知るのが仏教であり、知恵を智慧に転換させ、メタ知識を利他することを念頭にすることが僧侶の務めです。
悩み事は不要ではなく、2500年続く仏教はさまざまな時代変遷を適応しながら生き残りをし続けております。
なぜ仏教は残っているのか?それは「真理を知るからです。」
悩み事を悩み事のままにするのでなく、悩み事が智慧に変換されることもご存知とお察しいたします。
"苦難の中では人は磨かれるが、安逸の中では人は堕落していきます。"
ゆいとさんは他者より悩み事が多いのなら、それは経験者であり、やがて突起された智慧者となることです。
参考程度までに。
合掌


