何も欲しくない
生きることには困っていません。
家族とも友人ともほどほどに良好で、生きるお金はあり、健康とまではいきませんが肉体的に苦しんではいません。
ただ、憧れてきた人や、追いかけてた夢とか、欲しかったもの、自分の執着するもの、
そういうものが手に入らないことがわかってくるうちに、何も欲しくなくなってきました。
思い出すのは、幼少期渇望したゲーム機を親に許してもらえず、大人になってから買ってももうやる元気が全く無かったことです。
こんな具合に、自分にも他人にも期待する元気もなく、激しく楽しいと思えることもなく、ただ食べる、寝る、出す、を繰返すだけのなんかものになったみたいな気分です。
本を読む元気もさほどなく、新しい趣味を探す気にもなれません。
これは仏教的には欲の少ない正しい生き方なんでしょうか。何かを追い求めて一生懸命になりたいかもしれないです。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
これからの人生、出会いや受ける影響に、刺激するものが現れる。
それもまた、満たされているということなのではないでしょうか。
欲があるから苦悩も生みますが、手に入らないが欲しいとも思わない。煩悩を燃やすことはない。しかし、それはそれで、求めるという活力にならない。
人間というのは、何とも不思議というか、面倒な生きものなのでしょうね。
ゲームを大人になってから手に入れても、子どもの頃に求めていたあの熱量はあの頃の願望だったからこそなのでしょうね。
欲があるから目標や活力にもなるが、なかなか思うようにいかず、苦悩する。
満たされていて、強欲さの苦悩はないが、人生の張り合いがない。
あなたに生き方は、究極とも言えますが、それなのに満たされた感がない。
ですが、まだ20代。これからの人生において、出会う中に、受ける影響に、あなたを刺激するものが現れるのではないでしょうか。それまで、この穏やかな瞬間を幸せと感じていきませんか。
夢と目標
ご相談を拝読いたしました。
「何も欲しくない。」
そう感じるようになったのは、欲がなくなったからではなく、何度も失望を経験して心が疲れてしまったからではないでしょうか。
仏教では、執着が苦しみを生むと説きます。
しかし、それは「何も望んではいけない」という意味ではありません。
愚僧がお伝えしたいのは、
望んでも叶いそうもない目標は、もはや目標ではなく、願望です。
願望を追い続けると、人は疲れます。
一方で目標とは、努力によって一歩ずつ近づけるものです。
例えば、毎日十分歩く。
月に一冊本を読む。
誰か一人に親切にする。
こうした小さな目標は、達成するたびに自分を少しずつ前へ進めてくれます。
幼い頃、欲しかったゲーム機を大人になって買っても楽しめなかった。
それはゲーム機が欲しかったのではなく、「子どもの頃の自分の喜び」を求めていたからかもしれません。
残念ながら、時間だけは取り戻せません。
だから過去を追いかけるより、今の自分が少しだけ嬉しいと思えることを探してみませんか。
仏教でいう「少欲知足」は、欲がなくなることではありません。
今あるものに感謝しながら、身の丈に合った願いを持って生きることです。
何も感じなくなった自分を責める必要はありません。
今は少し心が疲れているだけなのかもしれません。
焦って大きな夢を探さなくても大丈夫です。
今日できる小さなことを一つ。
明日も一つ。
小さな積み重ねがあなたに達成感や充実感を与えてくれることを信じていますよ。
その積み重ねの先に、「また何かをやってみたい」という気持ちは、きっと戻ってきます。
人生は、大きな夢だけで輝くものではありません。
小さな目標を積み重ねることも、立派な人生なのです。
これから生きていく中で
拝読させて頂きました。
あなたの今までや今の状況、そしてあなたの心のありようを読ませて頂きました。あなたは毎日生きている中で欲がなくなってしまったように感じるのですね。あなたがそうお感じなさる気持ちなんとなくわかるように思います。お気持ち心より受け止めさせて頂きます。
生きている中では確かにそのように感じることはあるでしょうね。もしかしたら無気力になってしまっているのかもしれないですし、自分の思うものは得られず望み通りにはいかないことばかりで諦めにも似た感覚になっておられるのかもしれませんよね。
現実の世界で生きている中ではそうお感じなさったり思ってしまうことはあります。私もそう思うことは今までありました。私自身に今現在のあり方や生き方は以前私が目指したり望んでいた姿とは違っております。ですから生きることというのはそのような諦めもあるものだと思います。
とはいえど決して不幸ではないと思いますし、このような生き方もあると思いますし、改めて自分の状況には様々な方々ものごとや仏様や神様やご先祖様や様々な巡り合わせに対して感謝する気持ちはあります。
もしかしたらあなたもこれから生きていく中で様々お感じになることもあるのではないかと思います。或いはあなたがこれから生きる中でまた新たに求めていきたいことや興味の湧いてくることにもめぐり逢うかもしれません。その際には素直なお気持ちで求めていきましょう。
あなたがこれからの未来に様々な巡り合わせの中で沢山の素晴らしい出会いやご縁に恵まれ、心から豊かに充実した人生を生きることできますように、大切な方々と一緒に潤いのある幸せな毎日を生きることできますよう切にお祈りさせて頂きます。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )