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祖母を亡くして悲しくてたまらないです

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今日母方の祖母を亡くしました。臨終にも立ち合いました。病気でもう長くないとは言われており、遅かれ早かれこういう時が来るとは覚悟していましたが、やはりとてつもなく悲しいです。

小さいころから可愛がってもらい、いつもにこにこしていた優しいおばあちゃんでした。あのおばあちゃんにもう会えないかと思うと悲しくて仕方ありません。今も涙が止まりません。どうすればこの悲しみを克服できるでしょうか。女々しい男で申し訳ありません。ご回答お願い致します。

2014年10月20日 20:35

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

悲しむことも大事。愛情に応えて生きていくことがもっと大事

小さいころから可愛がってくれたおばあちゃんを亡くされ、本当に悲しいことと思います。御愁傷様です。心より哀悼の意を表しますと共に、あばあさまのご冥福をお祈り申し上げます。
「どうすればこの悲しみを克服できるでしょうか。」というご質問ですが、「無理に克服しようと考える必要は無い。」と私は思います。何故なら、人間は感情の生き物です。悲しみを克服しようと思っても、直ちに克服できるものでは無いと思います。悲しみから立ち直るには或る程度の時間が必要であり、中陰供養等「故人を供養する」ための行が必要であると思います。
敢えて分析させていただきますと、
1、 仏教では四苦八苦と言って、「8種類の苦しみがある」と説きます。その1つに愛別離苦という苦しみを説いています。愛する者と別れる事、大切な方との別れることが辛く苦しいものであると説いています。しかし、命ある者は必ず死を迎えます。おばあさまはあなたよりかなり年長ですから、一般的にはあなたより先に死を迎えます。あなたがこの世に生を受けた時点から、ほぼ予定されていたことです。
2、 あなたは、ものごとの道理として、おばあさまが自分より先に人生を終え死んでいく事を理解していると思います。
3、 理屈の上で「死に納得」しても、感情の面で「納得できない。」だから、悲しくて「今も涙が止まりません」という状態なのだと思います。

 あばあさまは仏弟子として御仏の世界に旅立たれたと思います。おばあさまの旅路を応援し後押しするための供養として「初七日から四十九日までの中陰供養」があります。宗派や菩提寺によって流儀の違いはありますが、おばあさまの菩提寺の流儀にしたがって読経・焼香・礼拝・立塔等お勤め下さい。
 それと同時に心掛けて頂きたいことがあります。あなたは生前おばあさまから多くの愛情を頂いたと思いますが、おばさんからの愛情をあなたの現在の仕事・勉学・人間関係に活かしていくことです。要は、「現在のあなたの姿を見て、おばあさんが喜んでくれる」ような生き方を続けていく事です。

 悲しみは完全には消えません。何日経っても、何年経っても、愛する人を喪った悲しみは蘇ってきます。でも、おばあさんの愛情に応える日々を送っていれば、悲しみを蘇らせる以上に美しい思い出を蘇らせることが出来ますよ。

2014年10月22日 23:10
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追善供養・功徳回向について

ミジンコ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

既に御礼を拝見させて頂きました。仏教を少しづつ勉強なさられておられますこと、誠に尊く有り難いことでございます。

「愛別離苦」・・愛別離苦に関しましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いて参りました。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_319854.html

しかし、誠にその現実に直面致しますと、例え頭では理解していたとしても悲しみや苦しみは当然にあるものでございます・・むしろ、吉田様もおっしゃられてますように、それも人間の情としてある意味では大切なことではないかと存じております。

問題は、その「愛別離苦」や数々の苦しみを乗り越えていくために、しっかりと仏教の説く真理について学び修していくことで、やがて解決を目指すことが求められる次第となります。

百箇日忌を卒哭忌とも申しますが、少なくともそれまではまだ無理に悲しみや苦しみを無くそうとなさられるのではなく、その現実を少しずつ受け入れつつに、お祖母様とのご縁を有り難くに感謝なされて、報恩を想い、ゆっくりと心の整理を時間を掛けてなさられていかれるのが良いのではないかと存じております。

そして、できましたら、お祖母様に仏様の善きお導きがありますようにとして、追善供養・功徳回向をして頂けましたらと存じております。このことにつきましては、下記の拙小論をご参照下さいませ。

コラム「追善供養・功徳回向の考え方について」 1~5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52108201.html

追善供養・功徳回向とは、善き行いとしての功徳をお祖母様を含めてのあらゆる迷い苦しみにあるものたちの悟りへと向けて及ぼすものとなります。吉田様のご回答の通りにお祖母様が喜んでくれるような生き方としての善徳の行いにしっかりとこれからも努め励んで参りたいものでございます。是非、共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

2014年11月14日 8:55
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質問者からのお礼

吉田様、私の質問への丁寧なご回答、大変ありがとうございました。本日をもって葬儀は終了いたしました。ご回答を読ませて頂きましたが、私のような者の質問にこれだけ親身になってご回答頂けたことへの有難さと、祖母の事を思いだしてまた涙があふれて参りました。数年前にも肉親を亡くした時から、仏教についての勉強を少しづつ始めて、愛別離苦の苦しみも人間が逃れることが出来ない苦しみであるということは頭ではわかっているつもりでした。ですが、実際それに直面しますととてつもない悲しみでした。吉田様のご回答の通り、祖母が喜んでくれるような生き方を、私のような凡夫でも、していけるよう頑張っていきたいと思います。ご回答頂き、本当にありがとうございました。

川口様もご丁寧なご回答ありがとうございます。祖母が亡くなってそろそろ1か月がたちます。少し気持ちも落ち着いてはきましたが、ふと何かの拍子に祖母の事を思い出し、目がうるんでしまいます。半年位前までは私たちといっしょに外出したりして、表面上は健康そうに見えましたので、末期癌で余命いくばくもないと聞いたときは本当にショックでした。今は祖母の冥福を祈り、しっかりご供養したいと思います。吉田様も川口様も本当にありがとうございます。今後ともお導きをよろしくお願い致します。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

病気の治療を拒み亡くなった元夫の気持ち

元夫はアルコール依存症、うつ病で、最後は肝臓が機能しなくなり亡くなりました。私が関わったのは亡くなる2ヶ月前からでしたが、もうすでに身体は弱っていました。何年も肝臓を患っていたようですが、うつ病もあり治療はしなかったようです。 亡くなる2ヶ月ほど前にはなんとか病院まで連れて行きましたが、絶対に病院には行きたくないという本人の強い拒否があり受診にはいたりませんでした。 うつ病なので、死にたいと言うこともありましたが、やはり子供もいることですからきちんと治療をしてほしかったです。 元夫ですが、やはりまだ何かしてあげられたのではないかと思ったり、どうして命をもっと大事にできないかという怒りがこみ上げたり、また、これから子供に関する相談はできる人が居なくなってしまったという喪失感があったりで、私自身とても混乱しています。 せめてもの救いは亡くなった後の柔らかい表情でした。全てから解放された安堵の表情をしていました。 元夫なのにこれほど喪失感が強くなるとは自分自身も思っていませんでした。 本人が希望しなかったとはいえもう少し体を大事にして子供のためにも長生きしてほしかったです。 私が少しでも楽になるにはどういう風に思考を変えれば良いか。これからどんなふうに元夫が亡くなったことを自分で納得していけばいいのか。 助言していただきたく相談しました。 また、亡くなった元夫の気持ちというか、今どんなふうに残された私たちに言いたいのか、教えていただきたいです

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父に話しかけて受け入れてくれるかな

いつも回答ありがとうございます。大変参考になります。 以前にも申しましたが、今年1月に父が亡くなりました。 私は父の事があまり好きでなく、自ら進んで会話しませんでした。話し掛けられても「うん?」とか「ハイハイ」と言った程度の返事しかせず、ろくに目も合わせませんでした。挨拶もろくにせず、一言二言でした。 去年末母が「お父さん、長生きようせんかもしれん。優しくせんと、後悔するよ」と言い、その約3時間後に父の容態が悪くなり、緊急入院となり、その40日後に帰らぬ人になりました。 今私は、父に毎日線香をあげ、「お早う」や「行ってきます」「お休みなさい」と言った挨拶をしています。 そして「今日こんな事があったよ」とか、「ほら、今日のご飯持って来たよ」等々話し掛けています。 然し私は父の生きている間、殆ど言葉を交わさなかった親不孝者。こんな私が写真に向かって色々話し掛けて、父は受け入れてくれるか不安です。 私の話を「そうか、そうか」と聞いてくれたら良いんですが、もしかしたら「何を今さら」と怒っているのでは無いかと感じてしまいます。「こっちが話しても、ろくに返事もせんかったやないか」と思われているのではと思います。 私としては、父を大事に出来なかった分、母と仲良くして、その姿を父に見て貰い、今の日常の色々な事を報告したいと、色々話し掛けていますが、父には不快感を与えているのでは?と思います。 実際の所、どうなのか判りませんが、父が私の話を怒らずに聞いてくれたら嬉しいなと思います。 「今更話しても遅い」と、思われている場合、私は父に色々話しかけるのをやめるべきでしょうか?

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死にたいと思い続けています。

こんばんは。 私は19年前に、長女を不慮の事故で亡くしました。主人とお風呂に入っていて、目を離したのか、その一瞬で溺れてしまったのです。1歳になったばかりのとても可愛い時期でした。 私は娘の死を受け止められずらにいました。お葬式の日に泣いてばかりいました。そんな私に主人の親戚達が言いました。 泣いていたら、主人を責めてるみたい。 誰も悪くない、事故なんだ。運命なんだ。 泣くのはやめなさいと。 運命?こんな可愛い小さなこの子が死んでしまうのが運命?私は泣き喚いて叫びたかったのですが、できませんでした。 暗く閉ざした部屋で、泣きながら死にたいと思っていましたが、私には4歳の長男も亡くした長女と双子の次男もいて、この子達の為にも頑張る、頑張らなきゃと前を向いたつもりでした。 次男の1歳半検診の日に話しをした、保健婦さんに「ちょっと心が疲れているようだし、頑張り過ぎてるみたい。気持ちを押し込めてるでしょ?」と言われ、専門医に主人と行くといいとアドバイスをして頂きました。 私は、勇気を出して長女を亡くした日から自分の心が辛いって叫んでいる。無理して頑張っている。本当は、あなたのせいで、あなたが目を離したからって責めている。何であの子が死んで私が生きているのかわかない。私も本当は死にたいの。 今後の為にも一緒に受診して欲しいって話しました。答えは無理でした。そんな時間はないと言われました。行きたいなら1人で行ってと。それから、19年間私は心の奥底で主人を責めているのです。そんな自分が嫌で嫌で、その更に上から自分を責めて貶しているのです。死にたい気持ちで心が溢れているのです。時々、そんな自分が崩れて、過呼吸を起こしたり、死にたいと口にしたりするのです。そんな私を主人や子供達は面倒くさそうに、遠くからみているのです。 生きるってなんだろう?19年も経つのに、心が前に向かない私は家族が思うように面倒な人間なんでしょうか?死にたい気持ちが消える日は来るのでしょうか?

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悲しみから抜け出せない

20日の日にとても大好きな父が亡くなりました。 自分は母を4年前に病気で亡くしてます。 その病気の介護のときからの15年間父親と生活していました。 母の死後、父と2人で田んぼをやってコレからはもっと2人で田んぼ大きくして行こうとしていました。ところが去年の4月頃に父に前立腺癌が見つかり、父は入退院を繰り返す様になりました。 それまでは父と2人で楽しく作業していた事が自分1人になり苦痛の作業になり、自分でもどんどん自分がすさんんで行くのがわかりました。 そして12月になり病院から「これ以上治療は出来ないので、緩和治療になります」と言われました。頭が真っ白になりました。そして泣いて泣いて泣きました。 家に戻る事も無く年を越し、1月10日に転院しました。そして改めて父を見て見るとがっしりとしていた身体はヒョロヒョロで、色は白く、お腹の両脇からは尿を出すための管が出ている、そんな身体になりながらも自分が行くと「ちゃんとご飯食べてるか?」「無理はするなよ」と私の事を気遣ってくれます、私は家に帰ると毎日泣きました。1月19日、父は大分弱って起き上がる事はなく、だか問いかけると目を開け「うん」「ちがう」などの返答をしていました、そして夕方に父に「どうする?今日俺、病院に泊まる?」と聞くと、とても嬉しそうに「うん、うん、」と答えてくれました。次の日の朝、「おはよう」と問いかけると目を閉じたまま、何の反応もありませんでした、先生が来て「今日は危ないかもしれないです」と言われました、それからは、父の耳元で「俺は親父が大好きだよ」「親父俺を1人にしないでくれよ」「反応してくれないとわかんないよ」「ほら一緒に田んぼいくべ」など色々言ってました、そしてお昼になり、父の呼吸は止まりました…67歳でした。 それから私は喪主として御葬式を務めあげました。 そして今は大きな家に自分1人となってしまい、家の中、納屋の中、田んぼ、すべてにおいて私が大好きだった、元気だった頃の父の姿が重なって見え、涙が止まらなくなってしまいます。本当に大好きなのです。 また一緒田んぼをやりたい、会いたい、他愛無いことで喧嘩したい、会いたい、話したいです。 ツライ、ツライ、ツライです

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父親の死と子供の心のケア

初めまして。つい一週間ほど前に父親の葬儀を終えました。私は遠方に嫁いだため、最期会うことができませんでしたが一ヶ月ほど前に入院していた父の所へ会いに行っており、その時最後かもしれないと意識はしていたつもりです。が、生前とても可愛がってもらい気にかけてもらっていたし私も父が色々あっても大好きだったので最期会えなかったのを申し訳ないと思ってしまいます。頭の中では、受け入れなくてはならないと分かっているのにもう自分が死ぬまで父に会えないという事実がなかなか受け入れられません。また、今まではあまり深く考えなかった自分の死というのも強く意識してしまい怖さを感じます。時間が流れれば、全て受け入れられる事だとは思いますが、頭の中が色んな感情でゴチャゴチャしてしまい混乱しています。こんな事では優しくて時には厳しかった父に怒られてしまいそうです。 ただ、こんな感情の今の私を支えてくれる家族は勿論います。主人と子供たちは優しく、理解してくれて助けてくれ支えとなってくれています。その中で中学生の長女が初めての身近な死を経験し私以上に悲しみを感じていたようで、体調を崩したり精神的にもやや不安定になっています。私は自分の感情を優先していた事に気付きハッとしました。娘へのケアも考えなくてはいけないと、今になって感じています。娘は祖父の死によって、いつかは親の死が訪れる恐怖もやはり感じているようです。どのように話をしてあげればいいでしょうか? 私自身も、今はまだ辛いし娘と同じように先の事に恐怖も感じています。私も娘も今を乗り越えるために是非ともアドバイスをお願いします。

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死に目にも会えず、苦しくて仕方ありません

お恥ずかしい話なのですが、私は10年ほどお付き合いをしていた、不倫関係の相手がおりました。 私は独身で、相手に家庭がございました。 その彼が先月、55歳という若さで突然病死し、既にお骨になった後、私の耳にその事実が届きました。 奥さまとは長年家庭内別居状態で、私達が付き合い始めた頃に傾き始めた会社も5年前には倒産し、50過ぎで新しい職に就くプレッシャーや強い責任感などから、自分の身体を後回しにした結果でした。 私も貞操観念の欠如と言われるのは承知の上で、自死された彼のお父様と同じことにならぬ様、 彼に寄り添い支え続けた10年でした。 彼は22歳の若さで、会計事務所の所長さんの強い勧めで、5歳年上のお得意様のお嬢さんと訳も分からぬまま結婚し、 私は私で、彼と出会うまでお付き合いをしたことが有りませんでした。 ですから、私達は初めて本当に心から愛し合える相手同士でした。 私達の間柄を知る周りの方々も、 私と付き合う前から、彼の口から奥さまについての苦悩を聞かされており、 世間では、ただただ愛人の側が悪いと言われるけれど、不倫不貞で片付けられない、お互いでないとダメだった強い絆で結ばれていた二人と感じて下さっていた様で、 皆さんがご焼香に行かれるとき、彼の家の中には勿論入れないが、家の外から手を合わせたらどうかと連れていって下さいました。 私には余命宣告を受けている母が一人いるだけですので、彼を亡くした今、この先路頭に迷う人生を思うと恐怖しか有りません。 また、こんな50過ぎのおばさんに、いつも沢山の愛情と安心を与え、大切にしてくれた彼を亡くし絶望で胸が苦しくなります。 誰にでも公平に思いやりを掛ける慈悲深い人でしたから、もうこの世で修行をする必要がないと、 神様が早々に連れていったのかも知れません。 私には霊感が無いため、彼がそばにいる気配すら感じません。 それにホーキング博士が唱える様に、魂もあの世も無いなら、死んでも会えないということになります。 もう死んでも会えないのかと思うと、母に心配を掛けたくないのに、泣けて泣けて、どうしようもなくなります。 人の道に外れた自業自得の人間が、助けを願うのはお門違いと思われるでしょうが、どうかお助けください。苦しくて苦しくて仕方ありません。

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弟が亡くなり混乱しています

昨年11月に弟が57歳で急逝しました。リウマチの痛みとの闘い、胃潰瘍、十二指腸潰瘍も患っており、死因は胃からの出血性ショックでした。私達夫婦の隣室で倒れる音に気づき、様子を見に行ったところ既に焦点が定まらず、救急搬送しましたが心肺停止の状態で、一時、心臓蘇生したものの二時間頑張り、息をひきとりました。弟は人との交わりを好まず、私達夫婦と息子ふたり、叔父、従兄で葬儀を営み見送りました。私達姉弟は、小学生の時に父を亡くしました、祖母と母との家庭で成長、私は結婚で実家を離れ、弟は祖母亡きあとも母と暮らしておりましたが葛藤を抱えた暮らしでした。怜悧で感受性が強く、優しいところもありながら社会のなかでよき部分を発揮することがなかなかできず、職場でも人間関係がうまく結べずしんどいながらも一回の転職で仕事を続けており、仕事に誇りも抱いていたようですが、10年前、母が亡くなったころ、事実上解雇のうなかたちで退職、その後起きた東日本大震災で傷んだ古い実家を畳み、私の家の一室で暮らすようになりました。シニカルなところがあり、私の中の家族とはざっくばらんとはいかないながらそれなりの距離感で過ごしていましたが、感覚の違い(特に私の夫)や、お酒を飲むと不穏な表情を現すことなど私にとっては正直、心痛むこともありました。 また、年数を重ねるほど、実家を処分したお金も目減りしていた様子で、なくなる半年ほどは困窮していたといってもおかしくありませんでした。プライドが高いところがあるので、援助も様子をみながら、障害者年金を数年前から勧め、拒んでいたのをようやく手続きはじめた矢先ありました。いなくなり、私自身、弟のことをかなり気にかけていたことに改めて気づきました。なんとか支えていこう、と思うことがある意味、支えだったのかもしれません。でも、亡くなるまでの期間、苦しい思いをさせていたのでは?拒まれてももっとはっきりとした例えば経済的な支援をしていれば、と悔やまれますし、ただただ寂しくてならず、気持ちが不安定で夫に対して感情を爆発させて怒らせてしまいました。でも、どう気持ちをおさめてよいのかわからないでいます。自分でも困惑しています。どうか、指針をいただけたらと思いご相談しました。

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おじいちゃんの死

4日前に大好きなおじいちゃんが亡くなりました。91才でした。 いつも笑顔で本当に優しかったおじいちゃん。 もう会えないことが寂しくて仕方ありません。 亡くなる前日病院に会いに行ったときはまだしっかり意識はあり、最後に見たのは私が病院から帰る時 「またの またこいのう」という優しい言葉と笑顔でした。その時直感で、これが最期かなという気がしたした。 悲しくて寂しくてふいに涙が溢れます。 そこで、いくつか教えて頂きたいことがあり、お応え頂けたら幸いです。 おじいちゃんの息子(私の伯父)は28才という若さで自死をしてしまいました。 優しい伯父でしたが、きっと色々なことがあり鬱から抜け出すことができなかったのだと思います。 母の弟なのですが詳しいことは聞けませんが、幼い子を残し旅立ちました。 私の伯父も天国にいるのでしょうか? そしておじいちゃんは伯父に会えますか? 私もこれから生き抜き、生涯を終えた時、またおじいちゃんに会えますか? 会えるのは一瞬ですか?一緒に過ごせたりしますか? 残された高齢のおばあちゃん一人の為に私が出来ることは何でしょうか? おじいちゃんが私へ伝えたいメッセージがあれば知りたいです。 沢山質問してごめんなさい。ひとつでも知りたくて、おじいちゃんとの繋がりを確信したいのです。 よろしくお願いします

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