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本当に良かったのか過去との決別の仕方

はじめまして。毎回、皆様の有難いお話し読ませて頂いてます。わたしは、去年ガンの手術をしました。手術後なんとか仕事に復帰しようとしたのですが、体調が優れず、結局周りにも迷惑をかけてやめてしまい、それを見てた妻も、理解してもらえず離婚しました。
妻には、調子悪くて寝てる時でも、ほっとかれて遊びにいかれ、御飯も家事もしてくれませんでした。
なりたくて、こんな身体になったわけでなく今まで一生懸命働いてきたのに、一番辛いときにそれはないだろうと、離婚を選択しました。
今、一人になってやはり急に調子が良くなるわけではないです。仕事もまだ復帰出来てません。
夜、夢でうなされたり、過去に苦しんでいます。
でも、なんとか前に進みたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いします。

老い・介護・看病・病気
有り難し 9
回答 1

質問投稿日: 2015年2月13日 10:29

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

人間の不完全性と守本尊様のご加護

私たちは不完全な生きものです。常に自分の耳目を用いて掴む限られた情報の中から、自分の能力や好き嫌いなどによって取捨選択したものを用いて判断し行動しているので、後から〈過ち〉と判断せざるを得ないような行為をとってしまうことはやむを得ません。また、心は一瞬も休むことなく変化し続け、判断基準も変化します。太平洋戦争を挟んで思想や主張が180度変わった学者や文化人は山ほどいます。だから、確かに〈あの時はよかった〉はずのできごとが、〈なぜあんなことを行ったのか〉という後悔をもたらす場合があるのは当然です。むしろ、後悔せず常に前向きなどという人は若干、注意しておつき合いする必要があります。人生に起こる自他のマイナスをしっかり見つめるところからしか心の確かな成長はもたらされにくいからです。川村敏明医師は心を病んだ方々と共に考えるところから「人間が生きることの本質が見えてくる」と言われ、日々、人生相談を行っている当山もまったく同感です。
 最新の土木技術は、コンクリートの擁壁を用いず、踏み固めた地面へ先が90度以上反り返った鋼鉄の網を敷きつめ、反り返った高さの分だけまた土を盛って踏み固めて同じように網を敷くという工法を編み出し、垂直に近い崖が造られるようになりました。工事現場は心の成長過程そのものです。もちろん心には瞬時の大転換もありますが、そのためには、自覚しないところできっとデコボコをじわじわと踏み固める工事が行われていたはずです。こうしてはたらく心を別ものにすることはできません。変化していればこそ心はいつも新鮮でいられるからです。問題は変化によって心が迷路へ迷い込んだままにならないことです。答の一つは自分を省みるのと同じく、他者の心もよく観たり感じとったりすることです。それは現実の人間を相手にしても、小説や音楽などの芸術に接してもできます。そうすると、其処此処に〈自分と同じような人々〉がいて、〈自分と同じような苦楽〉を生きているという真実に心の目を瞠らされることでしょう。そのできごとは必ず心を楽にしてくれます。もう一つは無心に真言や経文を唱えることです。それはきっと落ちた穴から陽光の当たる平地へと引き上げてくれることでしょう。まず、うなされた時に、守本尊様の真言を唱えるようお勧めします。当山ではたくさんの方々が、そうして次のステップへ進んでおられます。ご加護を祈っています。

3年6ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

ご回答、丁寧にして戴きありがとうごさいました。この教えを戴きまして、感じたことがありました。私は、自分も相手も許せないでいるんではないかと感じました。不完全な自分と相手を許せないで苦しんでいるのではないかと思っています。
ありがとうごさいました。

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