hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

地震に対する恐怖心や不安が強いです

回答数回答 3
有り難し有り難し 72

またいつか大きな地震がくるのではないか・・・と考えてしまい、
不安な気持ちが消えません。

私はもともと心配性で、どんなことに対してもネガティブに考える癖があります。
いろんな心配事の中でも、特に怖いのが、いつか起こるかもしれない大地震です。

最近、不安と恐怖心で、物事に集中できなくなったりする自分がいて困っています。
起こるかどうかも判らない未来のことにとらわれて、今やるべきことに集中できない・・・そんな自分に嫌気がさして落ち込んだりもします。

恐怖心・不安感がずっとあり、気持ちを切り替えられず、ぼうっとしてしまいます。
やらなくてはいけないことが沢山あるのに、なかなか進まず、自分はだめなやつだと思ってしまいます。

こういった不安を気にしないで、やるべきことをやれるようになりたいです。
どうしたら心の平穏をとりもどせるでしょうか?

不安感・恐怖心を軽減させるためのアドバイスをいただけると
助かります。よろしくお願いします。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

今を生きるだけです。

はじめまして。亀山純史と申します。仏教は今(今日)をどう生きるかを説く教えです。昨日(過去)はもう私たちの手を離れてしまっている世界であり、明日(未来)はまだ私たちの手の中にやって来ない世界です。なので、私たちに出来ることは、今(今日)を生きるだけです。いつ起こるかわからない未来の出来事に対しては、まずは「備えあれば憂いなし」で、考えられうる備えはしておきましょう。あとは、今日という曰を精一杯生きて行くだけです。
少しでも参考になれば、幸いです。

【補足】
毎日、精一杯生きることは正直疲れることでしょう。そんな時は、「私は生きている」ではなく、「私は今日も様々な関わりあいの中で生かされた」と考えてみればよろしいかと思います。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1300件を超えました


hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...

身体は今のことしかない

あなたの体がカメラであるとします。
カメラは絶対に過去を撮影できない。未来も撮影できない。
あなたの体がマイクであるとします。
マイクは絶対に過去の音も未来の音も集音できない。
いつでも今の音しか拾いません。
カメラとマイクとは目玉のコト、耳の事です。
つまりこれから先に起こる事は、起こったその時にのみ、対処、対応すればいいのです。
✖地震が起きたらどうしよう ではなく
〇地震が実際に起きたら、その時、冷静に対応する ように致しましょう。
いま 本当に 目の前のものを見つめる事から始めてください。
そこに未来も過去も無いはずです。
✖過去を思い 未来をここにひきよせて 今現在をとこやみにする
〇今のみで あとさきなきが真の法 過去も未来も今の一念
この二つの道歌をゆっくり味わってみてください。
私たちの身心は過ぎ去った過去の事はとどめていないし、いまだ来らざる未来の事は、ミジンも起こっていないのです。
「過去や未来なんて コトバだ」 了叡

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1300件を超えました


丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

不安や恐怖の根本原因について

かえで様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

大地震・・確かに不安で心配になりますよね・・

実は、その昔、地震予知の研究していましたが、東日本大震災を機にどこか虚しくなって諦めました・・

さて、以前にも同じようなご質問にお答えをさせて頂いております。

問い「自然災害が怖いです」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002996507.html

『・・自然の脅威には逆らえない・・それを受け入れるのも必要なこと、無常の理趣を認めるべきだと。もちろん、後々に後悔しないためにも防げることであるならば、防ぐことに努力するのは大切なことです。防災・減災にできる限り取り組むべきであります。しかし、どうにもならないことは、本当にどうにもならないのだと受け入れて諦めることも大切なことでございます。・・』

『・・良寛禅師は、「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬる時節には死ぬがよく候 是はこれ災難をのがるる妙法にて候 かしこ」と述べられておられます。災難にあっても、しっかりとそれはそれとして現実を受けとめて、冷静にその時にできることをできる限りに対処していくことが肝要となります。いまだ起こってもいないことにあれこれと思い悩んでも詮無きこと、杞憂なることでしかありません。とにかく目の前の現実の一つ一つと真摯に向き合って、なすべきことをなしていかないといけないという次第でございます。・・』

とにかく、不安や恐怖というものには、必ずその原因がございます。

仏教では、その原因を無明(根本的無知・真理を知らない愚かな状態)であるとして、その無明の対治に取り組むことになります。

無明の対治のためには、特に智慧と福徳(方便行・善徳行・慈悲利他行)という二資糧を円満に積むことが必要となります。もしも、本格的に不安や恐怖を克服なされたいとなりましたら、是非、仏教の修習にお励みを頂けましたら有り難くに存じております。

不安や恐怖につきましては、下記の各問いにても扱わせて頂いておりますので、お時間のある時にまたご参照下さいませ。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_321055.html

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1300件を超えました


川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

お礼がとても遅くなってしまって大変失礼しました。
回答していただいた亀山 純史さん、丹下 覚元さん、川口 英俊さんどうもありがとうございます。

「関わりあいの中で生かされた」という考え、はっとしました。
周りの人にお世話になっているとはいえ、自分の意思で生きているような感覚でいました。
しかし、いろいろな関わりあい、環境によって偶然今日も生かされているのだと気づくことができました。

何か問題がおきたら、おきたそのときに対処すればいい・・・その通りですよね。
解りやすい例えと、道歌も教えてくださってありがとうございます。
自分の頭で考えてたときよりも、「今のことだけ」ということについて、腑に落ちました。

地震について科学などである程度予知できるようになればいいですが、
仮に精度があがっても天気予報のようなもので、絶対ということはないと思います。
紹介していただいた良寛禅師の言葉はとても潔いですね。関連のリンクもありがとうございます。
「不安定」が本質ならばそのことを気に悩んでも仕方ないと思えました。

おかげさまで地震のことにとらわれることは、ほとんどなくなってきました。
他の不安や悩みでくよくよすることは今でもありますが、
いただいた回答を読み直すことで、それらの不安についても「仕方ない」と
置いておくことができるようになってきました。
新しい視点をありがとうございます。

「事件・犯罪・災害・戦争・コロナウィルス」問答一覧

危険だとわかっていて買い物に出ました

コロナ禍になり、ついに自分の地域にも感染者が出ました。 自分の周りにも濃厚接触者の人が出て来ましたが一人は陰性、もう一人の方は検査待ちといった状況です。 なのでどちらかに陽性であれば私は濃厚接触者ということになります。 そんな中友人に遊びの誘いを持ちかけられましたが自分の周りが少し危ないということで遊びは延期になりました。 その後自分は資格試験があり県内の街の方へ行くこととなりました。 その際に友人とは「危ないから試験終わったらどこにも寄らないで帰る」と話し、実際に試験が終わった際にもそうしようとしていました。 しかし自分は試験が終わった気の緩みから買い物だけなら…と街中の行きつけの店に入りマスクをずらした状態で化粧品のタッチアップを受けました。 その後楽しい気持ちのままにSNSにそのことを書きましたが、これを友人が見ていたらしく誰がと書いていたわけではありませんがSNSに「自分が誰かに移すとは思わなかったのか」「バカなのか?」と書き込んでいるのを見ました。 時間帯的にも重なるので間違いなく自分のことを指していると思いました。 怖くなりました。 嬉しさがあったとはいえ気が緩んで街中のお店に入ってしまったこと。それを友人も見ている場所に書き込んでしまったこと。もしかしたら自分も濃厚接触者となるかもしれないとわかっていたのに人が多いところに行ってしまったこと。 罪悪感を感じています。 あのまま試験が終わったあと、自分の立場を考えて帰ればよかったのに。 自分を庇うわけではありませんが手洗い消毒等の対策はとっていたものの、もしまわりの人に陽性反応が出たらということ。 状況が状況だけに後悔だけが浮かびます。周りの人達が無事であることを願うことしかできないです。

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

コロナ鬱かもしれません

私は母親が大好きで会いたくて話したくて甘えたいのですが、母は基礎疾患があるので、自分がもしコロナウィルスを持っていてうつしてしまうのが恐くて会いに行けません。父にも姉にも姪っ子にも会いたいのですが、同じく恐くて会いに行くのが億劫になっており、もう半年以上会っていません。 私はとても敏感になってますが、周りの友人や彼氏は、コロナに気を付けてはいるけど、普通に飲みに行ったり旅行に行ったりしてるので、何で自分はこんな不安になってるんだろう、馬鹿らしいなと思ってしまいます。自分も気にしすぎず過ごせたら1番良いのですか、やっぱり会いに行くのは恐くて行けない、でも会いたくて堪らなくなり涙が止まりません。 仕事中もそのような事を考えてしまい涙が出てきて暫く職場に戻れませんでした。 友達や彼氏にこの気持ちを愚痴りたいと思いましたが、そもそもコロナをそこまで気に留めてない人に話しても理解してもらえずもっと苦しくなりそうだと思い相談できず、誰にこの気持ちをぶつけていいか分からず質問させて頂きました。 どうしたら周りの人と比較せず自分の考えに自信を持てますか?また家族に会えない寂しさをどうしたら埋めれますか? あと、不安症な性格はどうしたら治せますか?

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

コロナ禍での心気症

こんにちは、只今コロナ禍の中就活をしている学生です。 1番気になってるのは身体のことなのですが、項目としては生き方を選択させていただきました。少し長くなるかもしれませんがお付き合いください。 4月に少し体調が悪く、コロナを患ったかもしれないという思考になり毎日朝起きれるのか、いつ死ぬのか、1ヶ月後にはいないと考えるようになりました。テレビの放送予定などを見るのも、その日生きているか不安だったぐらいです。 しかし5月後半から、自分はコロナではなく難病や重篤な病気にかかって弱っていってるのではないかと感じるようになりました。身体も変な症状は実際かなり起きているのです。ですが、複数の病院へ行っても異常が見つからず鬱ではないかと言われました。オンライン上でも、心気症(自分が重篤な病気に罹ってると囚われること)また身体表現症状だと説明されました。 それでもまだ何らかの症状が出たりするので、いつ死ぬのかと毎日ビクビクしながら生きています。まだ若いのにと涙が止まらない日もあります。 同居している家族には言えず(コロナも罹るのが怖いというよりは罹ったら親に責められるかもしれないという思いが強かったです。私が体調を崩したら母は私を責めるのでしんどくても言い出せません)4月から必死に恐怖を隠して生きています。 体調に関しては気になるところの部位が色々変わったりしていますが、毎日3食栄養のあるものを食べ、できるだけ寝ているので幸せなことですし感謝しています。 それでも死んでしまうのではないかと怖いのです。お医者様の言う通り精神的なものだったらいいのですが、、   この先どんな心で生きていったらいいのでしょうか?「死は怖くありません」とか言われても20歳前半でそれは受け止められないので、生き方を教えてください。 これまで、誰よりも運があったし毎日周りにも神様にも沢山感謝してきました。今も感謝はしていますが、恐怖に支配されすぎており、自分が自分じゃないようです。 部屋の掃除をしていたら、自分は死ぬからその前に掃除しているのでは?とか就活の日記を書いていたら、これが最後の日記と呼ばれるようになるのかも、とこんなことばかり考えてしまいます。 こんな私に喝をいれてくださいませんでしょうか。 長々とすみません、貴重なお時間頂戴いたしました。

有り難し有り難し 20
回答数回答 2

職場の人達が敵に見え、どん詰まりです。

10年以上自分の得意分野の音楽にかかわる仕事をしてきました。 数年前、職場の人からの対応で人間不信になりました。 さらに最近追い打ちをかけるようなことが職場内でありました。 涙も枯れるほど泣きどん底まで落ちた結果 「この人たちは私のことをどうでもいいと思っている。講師がトップでパート勤務の私はどうでもいい存在と思っている。例え音楽レベルで講師と同じかそれ以上の実力を持っていても、この人たちは結局役職で人を判断している。だったら私もこの人たちのことをどうでもいいと思うよう努めよう。でないとこれ以上は自分の身がもたない」と思うようになりました。 当然そんな歪んだ思考したくもありません。 でもそう思わなければやっていけなくて、ある時糸が切れました それ以来、勤務日数を減らせるだけ減らしイベント業務には一切参加しないようにしました。 こんなのでも続けている理由は新規のお客様が私の勧めで楽器を買ってくれたときの喜びが大きいからです。 でも外部からくるお客さんなんて物凄く少なく、ほとんど身内のみで成り立っている職場のため、その「身内」が敵ばかりで喜びである外部のお客さんがほとんどいない状況で、これ以上やっていけるのか悩んでいます。 働けるだけでも感謝しなければと意識を変えようと何度も何度もトライしてきました。 でもあの出来事はもう頭から消し去ることはできません。 私の捉え方に問題があるのかもしれませんが、10年以上経ってもそんな自分は結局変えられていません。 仕事にやりがいを感じて職場の人たちとも息がぴったりで上司にちやほやされ毎日やる気に漲っている人と会話しなければならないのが苦痛で苦痛でしかたありません。 さらに、例えばこつこつトイレ掃除をするパートさんはぞんざいに扱われ、人手不足だからとバイトでたまに臨時に使われる講師がちょっとはたきでその辺りをはたいただけで「よく働くねえ!」と褒める、そういう風潮にももう我慢できません。 そうするしかないから逃げることにしたのに、逃げたことを軽蔑されてるのも伝わってきます。 「方向性が定まらない時は一旦流れに任せましょう」という自己啓発の本を読みましたが、流れに任せて何年経過したことか…。 どん詰まり状態の扉を開くにはどうすれば良いでしょうか。 アドバイスを頂きたいです。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 21
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る