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母の死

回答数回答 2
有り難し有り難し 30

母が急死してしまいました。
母が検査入院のまま入院してしまい、気になって帰省した翌日の事です。

暴力から疎遠になっていた兄との事も母の為悔しさを押さえ8年振りに帰省したのに、一言も喋る事なく逝ってしまいました。

偶然死に目に会えて良かったと言われても、気持ちに整理が付かず、後悔と信じられないショックと不安でどうしていいのか分かりません。

死に目に会いに行ったはずじゃないのに、何なの?
私に与えられた罰なのか?なんの為に長年の苦しみを押さえて帰ってきたのか分からなくなってしまいました。

もう今は何もする気が起きなく、このまま消えてしまいたい気持ちです。

子供がいるからしっかりするんだよ。
泣いてるとお母さん悲しむわよ。

言われれば言われるほど、苦しくて苦しくて消えてしまいたくなります。

誰に何と言われようが今は母の事しか考えられません。

どうしていいのか分からないのです。

何故こんな別れ方をしなくてはならないのか。
これから先、誰に気持ちを打ち明けて行けばいいのか。
何故母がこんなに突然死ななくてはならないのか。

今月末には会う約束さえしてたのに。
何故何故と問うばかりです。

母は最期私の事を少しでも考えてくれたのか、話はなかったのか、考え出すときりがありません。
いきなり1人ぼっちにされた気分が拭えません。

私が弱いのか、子供なのか、整理ができません。

2015年3月30日 22:43

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

愛別離苦

どなたもお答えになられないので、失礼ながら回答させていただきます。
愛情が強ければ強いほど、関わった時間が多ければ多いほど 失われた気持ち、喪失感は大きいと思います。
特にお母さまを亡くされるという事は悲しいことですね。
謹んでお悔やみ申し上げます。
かなしい時は悲しいに徹して頂くことが一番です。
色々して差し上げたかったこともおありであったと思います。
お母様を亡くされた、という喪失感が一番苦しいと思います。
毎日、御遺影、お位牌の前でお香を手向けられるなど、生前と変わらぬ在り方で接していってください。
かならず、あなたの心の中でお母様に向き合えるようになります。
それまでは、お母様が安らかであられるよう、宗派によってお唱え事は変わると思いますが、
「南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧」とお唱えをされる事で、お母様は必ず成仏なされることを道元禅師さまは正法眼蔵、道心の巻で説いておられます。
別れと言うのは、あたらしい関わり合いの始まりでもあります。
お母さまは、決して失われる事はありません。
あなたの心の中から誰も奪い去る事はできません。
あなたが心の中で念ずれば、必ず❝応現❞なされます。
失うことをさせないように過ごしてみてください。
決して心の中から消え去る事は無いのだと。
地球から太陽が離れても、宇宙から亡くなることがない様に、姿こそ変われども、あなたのそばであなたの成長をずっと見守っておられます。
「お母さんは、ここにいる。お母さんは、ここにいる」と念じて、自心の中のお母様を見出してください。
すでにお母さまは、沢山の情愛、愛情をあなたに注いで来られたはずです。
月は月自らが光るのではありません。
日によって照らされ、その輝きを分かちます。
暖かさとしてその光が感じられることは無いにしても、闇にはなりません。
あなたはお母さんから沢山の光を頂いたはずです。
その光、暖かさは決して失われないのです。
誰かを照らすことで、お母さんがあなたの中に内在して一緒に歩まれている事を実感できると思います。どうか、光の方へ歩みを進めてください。
あなたのお母さまが成仏なされますよう、微力ながらお念じ申し上げます。
南無帰依仏 南無帰依法 南無帰依僧

2015年4月3日 18:39
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

子どもさんに涙を見せていいんです

ご愁傷様です。
亡くなったお母様に対し、自分が何かできたはずという後悔、どうしてという答えの無い疑問、これらはどなたでも自然に持たれる感情です。弱いからでも子どもだからでもありません。カトレアさんがお母さん思いの心の優しい方だからです。

自分が死ぬことは怖い、他人が亡くなることは悲しい。ですので、お母さまは悲しんではおられません。そのことについてはご安心ください。もちろん、仏さまのお仲間入りをしたのですから、怖さからも離れて、穏やかな温かい気持ちになられています。

また、子どもさんに対して無理に繕わず、お母さんはおばあちゃんが亡くなって悲しくて、つらいとお話しいただいて結構なのです。子どもさんにとっても、そんな心細やかな優しいお母さまを見て育つことは幸せなことではないでしょうか。

2015年4月4日 16:58
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有り難し
おきもち

住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございました。遠方に住んでいる為、写真や花を飾り御線香をあげ母と向き合いたいと思います。

今はまだ、誰にも会いたくない状態で事あるごとに、母が居たら、母が居たら…と思ってしまいます。

御坊さまのおっしゃる通り、今は49日の法要に向け母の安らかな成仏と自分の気持ちが母は一緒なんだと思えるよう心から祈りたいと思います。

母は今どうしているのだろう。
本当に死んでしまったの?

まだまだ時間はかかると思いますが、一生懸命祈りを捧げたいと思います。

数ある質問の中、お気にとめて頂き本当に感謝いたします。
何度も何度も読み返しました。

遠東寺増田僧侶さま。

お返事心より感謝いたします。

母とは遠方の為5ヶ月会って居らず、3月の子供の春休みにみんなで遊びに出掛けようね!と約束し子供共々その日を待っていたところの出来事でした。

また、急遽入院してしまっているから、なかなか電話が繋がらないから何かあったら父に電話するように、と入院先からこっそり電話が来たのが最後の会話となってしまいました。

その為、私の中で逢えず終い。話せず終い。
という思いが強く今もその寂しさ悲しみや後悔の念でいっぱいなのです。

そんな中、分かっていても、なかなか子供達に対してや、普段の生活の中、今まで通りにいきなり明るく何も無かったかの様に切り替えて生活を始める事が自分の中で困難に思える中、
御坊さまから、『涙を見せてもいいんです』とのコメントを見た時、何故かホッとして涙が込み上げてきました。

私にとっては大切な母が亡くなって2度と会えなくなってしまったのは本当に悲しい事でした。

しかし家庭があり、子供が居るんだからしっかりしないとダメ。泣いてたらだめよ!と励ましのつもりで掛けて下さる言葉さえも、その時私にとっては重く苦しい言葉に感じ、何故自分は結婚し、母となってしまっているの?こんなに悲しい事が起きているのに、母の子供として悲しむ事すらならないの?と苦しくて苦しくてたまりませんでした。

悲しんでいいんだよ。
その一言で言い表せないホッとした涙が込み上げてくるのです。

分かっているのです。
ただ時間が欲しいのです。
母の娘に返る時間が。

今は御坊さま方の暖かいお返事を読み返し、母の安らかな成仏を願い祈りを捧げたいと思います。

そして少しずつ前を向いて行けるよう親の顔に戻れるよう努力したいと思います。

長くなってしまいましたが、数ある中、目に止めて頂き本当にありがとうございました。
暖かいお返事。心より感謝いたします。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

婚約した彼の突然の死。生きる糧が欲しい。

先日、長年お付き合いをしていた彼が急性の病で亡くなってしまいました。 亡くなる前のデートで、「来年には籍を入れよう」とずっと待ち焦がれていた言葉をくれていました。 私たちは付き合いも長いですが、本当に仲良しで、喧嘩も少なく、レスもなく、本当に愛し合っていました。 まだ同棲はしていませんでしたので、やっと毎日一緒に暮らせると思っていた矢先、彼は倒れ、帰らぬ人に。 ご家族からお話を聞いた時には、信じられなくて。 何かの悪い夢か、嘘なんじゃないかと。 奇しくも、告別式は私たちの記念日でした。 十何年目の記念日が、お別れの日になってしまいました。 今、すごく会いたいです。 悲しいです。 この辛い今を生きる糧として、彼の赤ちゃんが欲しい。 何か奇跡が起きて赤ちゃんができないか…。 赤ちゃんにはその分、たっぷり愛情を注ぎたい。 赤ちゃんができているかは分かりません。 これは私の願いです。 次の生理が来るのも怖い。 来ないで欲しい。 私に生きる力を与えてくれる生命が宿ってくれないか、願ってしまいます。 本当に彼のいなくなってしまったこの世界に生きることが辛いです。 食事を取るのも悪に感じます。 彼はどんなに苦しかったか。 悔しかったか。 彼は死んでしまう前に、私へメッセージを最後の力で残してくれました。 そこには私への気持ちで溢れていました。 苦しい時に私を想ってくれたこと、本当に嬉しくて。本当に悲しくて。 なるべく早く彼の元に行きたいと願ってしまいます。 私は、彼のいないこの世界で何も頑張ることができません。 これまで生きてきて、早く死にたいと願うなんて初めてです。 自死はできない。 自死は彼も悲しませるし、私の家族も友人たちも悲しませてしまうから。 私も彼と同じ病で同じ苦しみを味わい、死にたいです。 本当にまだ彼のこと愛しています。大好きです。 私はこれから何を糧に生きれば良いのか。見つかるのでしょうか。 苦しいです。 まだまだ修行の足りない私にアドバイスをいただければ幸いです。

有り難し有り難し 11
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大好きな祖父の死が受け入れられません

文才がなく、読み難い文章で申し訳ありませんが、御教授頂ければ幸いです。 小さい頃に両親が離婚をして、祖父母に育ててもらいました。私にとって祖父母は両親以上に親だと思っています。 一昨日、大好きな祖父が亡くなりました。 10年前に末期の前立腺がんと診断され、それから懸命の治療をしてきました。昨年に末期の糖尿病を患い、今度は食事制限が始まりました。 今年に入り、血栓が見つかり、脚がぶくぶくに浮腫んで歩くこともままならなくなった祖父。 先月、いつもの抗がん剤治療のため病院へ行ったら、酸素飽和度が低くなっているため治療が出来ず、そのまま入院。酸素投与をしながら様子を見ることに。 脚の浮腫もあり、入院中も寝たきりで家族とは祖父が帰宅したら家での介護は難しいかもしれないね、と話していた矢先、祖父の容態が急変。 その時一命は取り留めたものの、間質性肺炎を患い「いつ何が起こるかわからない状態」と医師に告げられました。 入院中出来る限りお見舞いに行き、ときには病院へ泊り込み。個室だったため24時間家族の誰かしら祖父の近くにいる状態が続きました。 ある夜、祖父が私のことを呼んだので「何をしてほしい?」と聞いたら「苦しい、痛い、もうおしまい」と祖父が言いました。私はそれを聞いて祖父に隠れて泣きました。私が少しでも長く祖父の傍にいたいという気持ちは祖父にとって苦痛でしかないのだろうかと思い、とても辛かったです。 祖父の最期は家族全員で見守りました。呼吸が浅くなり、そして止まり、心臓が少しずつペースを落としていきました。 死ぬ間際まで耳は聴こえると聞いていたので、ひたすら「じじ、じじ、大好きだよ」と祖父の頭を撫でながら耳元で伝えました。 祖父はどんな気持ちで旅立ったのでしょうか? すごく苦しくて痛くて辛かったんでしょうか? 私の最後の言葉は届いていたのでしょうか? 祖父母の家から徒歩数分のところに住んでいるのに、入院する前になんでもっと会いに行かなかったんだろうととても後悔しています。 医師に言われて、私なりに覚悟をしていたのですが、今も祖父の死を受け入れられません。 入院中脚をさすってあげたり、お口の中を拭ったりしかしてあげられませんでした。もっと沢山お話をすれば良かった。ひ孫を見せたかった。 辛くて悲しくてどうしようもありません。立ち直れません。会いたいです。

有り難し有り難し 10
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友人の死を乗り越える

以前、親友の死について質問をさせて頂きました。そこにあった彼女の死から学び自分らしく生きていくことが大切だというご解答がとても心に響き、前向きに生きてきたつもりです。 しかし、今になってまた彼女を失った悲しみが押し寄せてきて辛いです。 もう3年も経つのに、一時は気持ちが落ち着いていたのにおかしいでしょうか。 彼女の携帯は動いていないのですが、SNSのアカウントが残っているので最近は連日そこにメッセージを送っては涙しています。もちろん既読になることはないのですが、近況を報告したりすると少し気持ちが落ち着くと同時にもういないんだということを再認識して辛いです。 こんなことはやめたほうがいいのは分かっているのですが、どこかまだ受け入れられていないのかもしれません。 さらに、最近また子供を授かることができました。そのことを親友に報告したかったという気持ちが大きいような気がします。 赤ちゃんが部屋の中を見回してニコニコしているのを見るともしかして会いにきてるんじゃないかと思い嬉しいと同時に悲しくなってしまい、涙が出てしまいます。 夜中にお墓参りに行けば会えるんじゃないかなど馬鹿なことを考えて主人を困らせることもありました。子育ては楽しいし、普段の生活は明るく過ごせていると思います。ふとした時に気持ちが落ち込んでしまうのです。 何度も繰り返すこと辛い気持ちは乗り越えることができるのでしょうか。

有り難し有り難し 2
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叔母の死が心に引っかかっています

今年の三月に、お一人様だった叔母がガンで亡くなりました。 彼女は海外生活が長かった為、自己主張が激しく、他人への接し方も物凄く厳しかった上に人の悪口ばかりを言う人だったので、周囲の人達から避けられていました。また、実姉である私の母とも会えば直ぐケンカになってしまう事が多かった為、彼女一人では出来ない身辺の世話は、長年私の役割になっていました。 (私が思春期に入る頃に別の病気で帰国してきた時は勉強面でこちらがお世話になることが多かったのですが、こっちもこっちで反抗期だったのでやはり喧嘩の繰り返し…。落ち着いて接し合う事が出来るようになったのは、私が大学生になって彼女への接し方を学んできた頃からだったと思います。 クリスマスにはお手製のディナーを振る舞ってくれたり、紫陽花の季節には一緒に遠出をしたりと、いい思い出もだんだん作れるようになっていました。) ですが、8年前にガンが発覚して (たまたま私が家を訪ねた時に物凄く体調を崩している姿を発見し、「このまま死にたい」という彼女を泊まり込みで1ヶ月掛けて説得して病院につれていきました) 以降、入院中はほぼ毎日病院に通い、退院しても診察の度に病院まで送り迎えをし…。彼女がだんだんと弱っていくさまを一番近くで見ていました。昨年春に余命宣告された時には涙が溢れて止まりませんでした。 病状が悪化してからも、彼女は先述の通り我が強かったので、在宅介護の方に説得されても頑なに意思を曲げず最期まで自宅にいる事を選びました。最期の日、意識のあるうちに「私の叔母さんでいてくれてありがとう。大好きよ」とお別れをしました。 そして、息を引き取ったあとは、彼女から生前言われていたとおりの手はずを整えて葬儀も終えました。 …なので、何もかもを完璧に終えたはずなんです。終えたはずなんですが、私だけがまだ、叔母の死を受け入れきれてない気がするんです。 叔母が好きそうな猫のグッズを見つけたり、よく一緒に行った場所へ行ったり、出かけるために車の運転席に座ったり…。そんな一瞬にさえも、叔母の存在を思い出してしまって、なんとも言えない気持ちになってしまうのです。 他の人はもう、彼女の死を受け入れて前へ進んでいるのに、このままでは私だけが取り残されてしまったままになってしまう様な気がして、不安でなりません。どうしたら、私も前向きになれるのでしょうか…

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

父の死

回答頂けたらありがたいです。 先日、離れて暮らす74歳の父が4ヶ月間の闘病の末亡くなりました。白血病でした。 入院後すぐに医師から余命数週間から数ヶ月と家族だけに宣告され父に悟られないように平常心で接してきました。 父は「来年は~」と未来の話をしたりして私達家族は「そうだね!早く治さないとね」と苦しくて胸が張り裂けそうになりながら嘘をついて父を励ましていました。 変に優しくしたら悟られると思い4ヵ月の間お見舞いには行くものの、いつも通りの素っ気ない態度を取ったり、車で片道1時間半の病院だったのもあり毎日はお見舞いに行けず、でも毎日行っておけば良かったとか、もっとありがとうの言葉を伝えれば良かった、お父さん大好きだよって伝えれば良かった…と後から後悔が押し寄せてきて泣いてばかりいます。 息を引き取る前に「お父さんの娘で良かったよ、ありがとう」と伝える事は出来たのですが意思疎通も出来ない中で言っても…もっと会話が出来るときに何故言わなかったんだろうとグルグル考えては泣いての繰り返しです。 父が亡くなってからテレビを見て笑うのも、美味しいご飯を食べるのも普通の生活をしている事自体、申し訳ないような罪悪感があり辛いです。 父は私の気持ちを分かってくれているでしょうか? 生きてる時と変わらず見守ってくれているでしょうか? 本当に辛いです。

有り難し有り難し 30
回答数回答 1

祖母の死が自分のせいではないか。

今月祖母が亡くなりました。脳梗塞からの誤嚥性肺炎で、死因は急性呼吸狭窄症候群というものでした。 ここ一年は、胃ろう生活で口から食べることを一切許されない状態でした。 その状態を、不憫に思った私は、施設に往診に来てくれている主治医に、何とか口から食べさせたい旨を伝えて、なんとか、検査入院させてもらえました。結果は、やはり、難しいとのことでした。丁度、胃ろうの交換の時期に当たっていて、いつもはA病院でして貰っていた物を、今回は検査入院できる、B病院で、胃ろうの交換をすることになりました。 入院中は、意識もはっきりしていて、ハナセハしない物の、手は動かせたりしてました。しかし、胃ろうの交換の時、胃の内容物が、逆流してしまい、肺に入ってしまったと主治医からの説明がありました。極めて危ない状態であると言われました。交換から帰ってきた祖母は、とても、苦しそうな呼吸にかわっていて、私は大変なことをおばあちゃんにしてしまったと思いました。主治医は、簡単な処置だから付き添いも要らないですよ、と言われてたので、とても、納得出来ませんでした。そこから、六時間後には、もう、祖母の意識は薄れているようで、マスクタイプの人口呼吸器などを付けて貰いましたが、翌早朝、いきをひきとりました。 私が、口から食べさせたいなんて、思わなければ、相談しなければ、こんな結果にならなかったんじゃないか。おばあちゃんは、息が出来なくて、苦しみながら亡くなったんだと、母や、母のお姉さんに、申し訳ない、いろんなきもちがわっと来て、胸が苦しいです。 ネットとかで調べても、そもそも、胃ろうしてる時点で、延命治療なんだから、とか、胃ろう交換に、耐える体力がなくて、病気や老いの方が、何枚も上手なだけだったとか、でてくるのですが、いつもの、A病院で、いつも通り交換を、していたら、まだ、おばあちゃんは、生きてて、あんな苦しい死に方しなかったんじゃないかと、自分を責めてばかりです。 おばあちゃんは、今どう思っているのでしょうか。

有り難し有り難し 11
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