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仏教を学ぶ方法

回答数回答 1
有り難し有り難し 19

少し前に、曹洞宗の信者になるにはどうしたらいいのでしょう?
と、初めての質問をしたハタケです。
前回の質問の回答を読んでまた疑問がでてきてしまいました。

仏教との出会い、縁を大切にし、学んでいこうと決めたのですが、私は信者になりお寺に所属?檀家になると仏教のことを教えてもらえる機会があるのかなと思っていたのです。

しかし、前回の回答で、幅広く仏教を学ぶこと、宗派に拘らず、檀家=信者ではないと、、、
その回答を何度も読んでみて、曹洞宗に入ったからそれで満足、それで信者で終わってしまうのではなく、本気で、正しく、自分自身で学ぶことも大切なのかもしれないと思いました。
しかし、その方法がよくわかりません、、、
本などを読むべきなのか、、
一つ不安なのは、我流で仏教を学んで間違った解釈をしてしまわないかと不安です。
どのように学んでいくといいのでしょうか?
よろしくお願いいたします。

2015年4月8日 8:19

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

井上貫道老師 井上哲玄老師

禅を学ぶなら悟りを得た僧から学ばないと無意味です。
悟ってない僧からは結局、授かるものがなかったです。
普通の人と変わらんわけですから。
私は曹洞宗大本山総持寺で10年安居修行して業界の実状を観て愕然としました。
口先だけのタヌキ老師なんて沢山います。
今は悟ってなくても本山の要職に就けるのです。
この丹下もタヌキと思って頂いて結構です。
指導者がタヌキかホンモノかを見極めるのは各自の自己責任です。
TV出たから、有名だから、本書いてるから、立場エライから、騙されちゃダメです。
大臣ならみんな立派なのでしょうか。いいえ。
「悟りを得た僧」の元で学んでください。
日本にもちゃんと悟りを求めて、実証して、広めている僧侶もちゃんといるのです。
ただ、世間で知られていないだけです。
世間が有名なだけの中身の無いタヌキ僧侶をマトモだと思って信じ込んじゃうのです。
タヌキの傷のなめ合いに騙されてはいけません。
悟りを得てない僧侶が伝える仏教なんて知識・情報だけです。救いがないのです。←ここ重要
そんなものはネットで拾えます。
その者が悟っているかだけを問いましょう。
知識で救われるなら仏教本で十分です。
アナタが味わうべきは悟りの写真やレシピや楽譜やデータでない。生の悟りのテイストです。
識だけ求めても無駄です。
悟りの現物をじかに伝えてくださる指導者から教わるのです。
禅師・師家・布教師という肩書きにも騙されてはいけません。役職なんてローテーションです。本質をよく見極めましょう。
悟りの中身を子細に説き尽くせる僧の元で学べばちゃんと悟りは明らかになります。
悟りを得ている人間の所でないといくら坐禅して意味はありません。
曖昧な言葉でけむに巻く人なんて大体ウソッパチです。
本質を良く見極めましょう。
あなたが本当に救われるかどうかです。
私の個人的なおススメは井上貫道老師 井上哲玄老師 
全国各地で禅会をやってますよ。
ネットで動画もありますので、ご検索を。

2015年4月8日 21:35
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 坐禅会 法話・提唱会 毎週...

質問者からのお礼

まさかのJOJOに、ふつーに笑ってしまいました。
回答をありがとうございます。

丹下様に直接お会いして、お話を伺ってみたいと思ったのですが、埼玉はちょっと遠いので、動画検索をしてみます。

ただ、今回の回答の内容も大切にし、焦らず学んでいきます。

「仏教全般」問答一覧

仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 42
回答数回答 4

どちらの宗派、教えを信じれば良いのか

初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 42
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