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輪廻転生の理解

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有り難し有り難し 29

初めまして。私は最近、某仏教のテレビ番組にハマっています。
「輪廻転生」のことを知りましたが、疑問に思っていることがあるので、教えてください。

「輪廻転生」には六道があり、魂は6つの世界を旅しているとのこと。
人は死んだら、天界や極楽に行くと聞きました。
でも、生まれた時に今まで魂が旅してきた六道(地獄も含む)の記憶は一切ありません。また、よく「人は死んだら“無(生まれる前の状態)”になる」と聞きます。

地獄や天国というのは、本当に存在するんですか?誰も見たことがないからわからないんじゃないの?と思うんです。
本当にあるなら生まれる時に何らかの地獄の記憶(熱い・痛いなど)があるはずだし、お浄土に行くにも三途の川を渡る際の感覚や閻魔様に出会った時の恐怖、彼岸に渡った記憶や皮膚の感覚というものがあるのかなって。魂になっても、痛みや恐怖を感じるんでしょうか。

私は、できればそういうのがなくて、「死んだら本当にただ無になるだけだよ」って言ってもらう方が安心するんです。
だって、死んでから「生前悪い事をしたから地獄で苦しむ」って思ったら死ぬのが怖いじゃないですか。
天国と地獄の教えというのは、「悪いことをしたら地獄に行くよ。だから、生きている時に悪いことをするなよ。」という解釈と思うのは、どうなんでしょう?

2015年5月20日 5:22

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ぶっちゃけ 作り話です

六道輪廻❝思想❞とは、あくまで思想。
民間思想であって、仏教=仏陀(覚者の教え)とは言えません。
仏教であると混同されていますが、輪廻思想というのは仏教以前からインドに根付いていた思想・因習と思って頂ければ結構です。日本にもあの世論があるように、世界各地であの世論は違いがあるのです。
当時インドでは様々な思想・因習が存在していて釈迦は、そういう民間の思想、因習であった六道輪廻という思想からも救われること・輪廻から解脱して悟りをもとめるべきことを説いたのであって、六道輪廻の思想を釈迦が説いたわけではありません。←ここは僧侶の業界でも誤解される所であるように感じます。
日本にもどこの国にもそのような❝因習❞があります。
六道輪廻の思想は仏教ではなく、あくまで民間思想「因習」民間の「あの世論」であって、それが仏教を説明する上で、取り入れられて活用された、という程度でしかありません。
分かりやすく言えば、子供や大人に悪いことをすると地獄に落ちるぞーと、悪いことをさせないための道徳、または昔の心理学と言ってもいいでしょう。
6天上 のぼせ うかれ ハッピー状態(一時的な安楽)
5人間 価値観・思想・理屈に縛られて救いのない状態
4修羅 戦争・けんか・争い状態
3畜生 非・人間的行為をする狂乱状態
2餓鬼 我欲のみの自己中心的な状態
1地獄 苦しんでいる状態。
そういう精神をぐるぐるしてるのが我々の姿であるから、いつまでもそんなところで一喜一憂してループしていても救いが無いからダメだぞ!という戒めです。
六道輪廻という無限ループな生き方を改め、菩提心をおこして7歩目を踏みだし仏道を歩みなさいと説いたまでです。
六道に、7声聞・8縁覚・9菩薩・10仏陀を合わせて、十界といいます。
キリスト教文化でもサンタさん生まれたように、面白おかしく分かりやすく説いた説話系の仏教話というものがあります。説話は、話を通して仏教の教えの中身をわかりやすく伝えるための方便であって、あくまでもメインは、その創作を通じて、伝えんとした中身のほうがメインです。よって六道輪廻の説は、そこから離れて悟りをもとめるべきこと説いたサブ・方便であって、メインはあくまでも、そこから菩提心をおこして、より良きに生まれ変わること、仏道を歩むことです。

2015年5月21日 16:36
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

死後について

めぐみ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

某仏教のテレビ番組とは、ぶっちゃけ寺のことでしょうか。hasunohaの回答僧侶も幾人かご出演されておられますので、番組で疑問に思われたことがございましたら、是非、hasunohaへとご質問下さい(笑)

さて、「輪廻」というのは、ぐるぐるとまわりつづけている如くに、迷い苦しみ続けてしまうありようのことで、「転生」は、心の連続体が展開して続いていくありようのこととなります。

「六道」は、象徴的な心のありようの状態を代表的に六つに分類して表した世界のことで、実際にあるかどうかとなれば、確かに人道と畜生道はありますので、あると言えますが、あとの世界は、あるとも言えるし、無いとも言えるし・・という曖昧な言い方となってしまいます。まあ、心のありよう、状態の大分類と理解しておいて下さい。

死後の世界のことは、仏教において基本的に「無記」(議論したり、考察したりするのが無駄なもの)として扱うべきなのでしょうが、方便として必要な時には語られるべきであるかと存じております。

仏教の場合、死とは、肉体的な死を意味するだけで、肉体は滅んでも、心は存続し、相続していくものであると考えます。肉体のある時における認識とは全く違った微細な意識を扱うことになるのですが、詳しいことは是非これから仏教を学んでいって頂けることでご理解してもらえたらと存じます。

「死んだら本当にただ無になるだけ」・・これは、間違った見解として仏教では退けることになります。断滅論は、虚無や絶無につながり、そのような考え方は極端論として中道から外れることになるため気をつけないといけないものになりますし、何も益となりません。

確かにめぐみ様がおっしゃられているように、天国と地獄の例えは、生きている間における善い行いを奨励するために方便的に説かれている面もございます。「因果応報」というものになりますが、この世界における法則、道理としての「因縁果の法」は仏教の基本的な考え方でもあるため、よく理解していけばいくほどに納得頂けることもあるのではないかと存じます。

とにかく、何でも鵜呑みにせず、疑って、納得するまで吟味するのは大切なことでございます。これからもどうぞ仏教に興味を持ち続けて頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

2015年5月22日 13:36
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

私は仏様の智慧をそのまま受け止めています。

お釈迦様は悟られた仏様です。
全ての事柄を見通して、私たちが輪廻していることを説かれました。
輪廻の法則は自業自得です。
つまり、良い事をしていれば良きところへ生まれ、悪いことをしていれば悪い所へ生まれます。
この輪廻を遥か昔からずっと繰り返して来たと説かれるのです。
この六道輪廻の繰り返しから解脱して7つ目のいのちの在り様「仏」になる教えが仏教です。
だから輪廻がないというのならば仏になる意味がなくなり仏教ではなくなります。

悟りの境地からみられた「いのち」の在り様が本当かどうか。
それは仏様しか分かりません。
生まれる前の世界また死後の世界については人間の知恵は全く及びません。
だから、知らないことは「無いこと」にして私たちは生活をしているのです。

私は仏教を信仰する信者です。
だから仏様の智慧をそのままに受け入れています。
仏教は仏様の智慧に聞く。
つまりお経に説かれている内容を確かめるのです。

「私は○○と思う」という話は仏教の話ではありません。

浄土真宗の御本尊は阿弥陀如来です。
阿弥陀如来の御利益は「私の行いを帳消しにして来世必ず仏にする」というものです。
だから良い事に励む必要はありません。
ただ任せておけばいいので、死ぬことは決して怖くありません。

2015年5月20日 14:26
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有り難し
おきもち

始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

神仏にしかわからない

お釈迦様も、未来の予知はなされなかったと思います。ただ、過去世(過去の生まれかわり)を見て、法則に気付き、未来を予測はされたのでしょう。
仏教の教義としては、輪廻転生を前提にしないと成り立たない思想があります。
私の個人的な回答としては、仏教は悩み苦しみを消したり制御したりするための修行をする教えなので、輪廻を信じたほうが悩みが少なくなったり修行の励みになるなら、輪廻を信じた方がよいと思います。
でも、日本では平安時代くらいにみんな地獄行きを恐れたようで、そんな時代背景から、念仏すれば誰でも極楽浄土へ往生できるという浄土宗系が流行りました。
徒然草には、法然さんが「疑いながらも念仏すれば往生できる」と言ったとあります。
疑ってても修行(念仏)してれば仏様が救ってくれるというんですから、あまり気にしなくてもよくなります。

追記
輪廻は、死んだらすぐに違う生き物になるわけで、すぐに新しい身体になると言えるでしょう。
ですから、死後の世界(黄泉の国)という日本古来の神話みたいな感覚とは少し違いますね。
魂のまま過ごす死者の世界はなく、生き物の世界しかないのです。

2015年5月20日 12:56
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

質問者からのお礼

ご回答、ありがとうございました。
私が知りたかった「死後の世界での魂が感じる感覚の有無」「輪廻の世界観」とは少し違う回答を
いただいたようで、内容が難しいなと感じました。
でも、結果的に「死後の世界は仏様しか分からない。私たちは、どんな生き方をしていても阿弥陀様に全てを任せていればいい」というのは、なんとなく分かりました。
実際死んでみないと、本当に来世があるのか、六道があるのかなんて、分からないですよね。
仏教、魂の巡る世界は、不思議でいっぱいで分からない事だらけという事で解釈してみます。

ありがとうございました(^^)
六道というのは、インドから日本に伝わってきたものということなんですね。
やっぱり、悪いことをしたらダメだよっていう教えのためだったんですね。安心しました~(^_^)v
丹下さんの解説が、一番分かりやすかったです。
他のサイトで見たら、「魂は新しいことを経験する為に地上に降りてきて、やることがなくなって飽きたら
また天上(故郷)へ帰って、地上での記憶が消えたらまた地上に降りて・・・」の繰り返しだそうです。
それが、もしかしたら輪廻転生でもあるのかもしれませんね。

「輪廻転生」問答一覧

死んだら輪廻転生しないですよね?

先程、寒いのに蚊が飛んでいたので殺してしまいました。菩薩心を持ちながら感謝の気持ちを持ちながら申し訳ない感情で、手を洗剤で洗い手に付いていた細菌を信じられない数で殺してしまいました。しかし人生上手くいっている人は細菌など意識すらしないでしょう。感謝や申し訳ない気持ちすらなく手を洗い成功しています悟りに近いのでしょうかね。 はてさて、これらの生き物は輪廻転生するのでしょうか?  私にはお婆ちゃんがいましたが、認知症になり自分すら認識できていませんでした。 お婆ちゃんが亡くなりましたがお婆ちゃんという根底の存在?アートマン?それってなんだったのでしょうか。自分すら認識できない彼女の根底の意思とはなんだったのでしょうか? ISISというテロ組織が色々ロケットランチャーで1人を殺害する動画を作っていました。 ロケットランチャーで跡形もなく粉のようになっていました。 死んだ彼はなんだったのでしょうか?原子が組み合わさった物としか思えませんでした。 私が輪廻転生して、また再び人に生まれたとします。それは私ではないのでは?私とは?今の私というのも曖昧です。記憶を喪失したら私? もしそれも私なら今IQが高い人のみ輪廻転生できて、自分すら認識できない人間は輪廻転生してまた人間になったら自分すら認識できない存在? 少子化とは言いますが70億人に人口が膨れています。 さて、それまでの輪廻転生があるとしたら60億人ほどの魂はみんな人間界に一斉に来れたの? 死というのは、ただ肉片になるだけではないでしょうか?そうとしか思えない感情が湧いてきます。 踊って唱えるだけで悟りを得れるのなら、知能の低い人や認知症もそれができないとおかしいでしょう。 やはり救いはなく、死という拷問に近い形の苦しみを受けて全てが抹消されて苦しい気持ちを得たという事実だけが残るのではないでしょうか。 もちろん人生楽しんだ恵まれた人は生まれつき遺伝子や環境に恵まれてるので、仏教も興味なくて人生に何の疑問も持たなくてただただこの世界は楽しみだったという感情に溢れてるんじゃないですか。(それこそもはや輪廻転生のせいというか生まれつきの条件を輪廻転生側が選ぶという暴挙) まあなんであれ死んでも輪廻転生なんてないし素粒子になるだけだよね。

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回答数回答 1

輪廻があるなら、私は天界も地獄も見て来たのでしょうか?

こんにちは。 前回質問で、輪廻思想がどうも腑に落ちない、と主張した者です。 ただ、輪廻に限らず、事物が「ある」とも「無い」とも断定するのは中道の教えに反すると感じるので、輪廻思想の側からも質問させてください。 輪廻転生があるなら、私は六道あらゆる世界を見て、生きて来た事になりますよね。何しろ仏教の宇宙観は無数劫の時間スケールで成り立ってるのですから。 また、私は、いわゆる地球外生命というものも、必ずどこかの惑星で誕生し生を営んでいると信じています。 そうなると、私の魂(?)は天上界のめくるめく壮麗な世界も体験して来たし、地獄の底の恐ろしい責め苦も受けて来た事になりますよね? また想像を絶するような異星の光景も目の当たりにしてきたのではないでしょうか? 輪廻転生が教えているものって、 「そういう一切合切の有情は、別個に生きているのでなく、過去、現在通して、物質から魂のレベルまで、密接に繋がって生きてるんや。天人も地獄の衆生も、あらゆる命も決して他人事じゃおまへんで。なにせアンタがそれ自身だったんだからな。」 と言っているようにも思えるんです。なぜか関西弁ですが。 そういう所から、いわゆる慈悲って生まれるのでは無いでしょうか? 生前や死後を無記とするのは「智慧」ですが、また輪廻をわが事として受け止めるのは「慈悲」の根源なのかな?とも思います。 この2つの考えは矛盾するものではないとも、私には思えます。 お坊様方は輪廻と言うものをどのように受け止めてるのか、気になったので再び質問させて頂きます。 お考えを聞かせて頂ければ嬉しいです。

有り難し有り難し 15
回答数回答 2

輪廻転生はあるのでしょうか

こんにちは。 私は数年前から一人暮らしをしており、1人の時間も長くなると考え事をする時がしばしばあります。 その中で昔の嫌な記憶を思い出すことがよくあり、思い出した嫌悪感に我慢できずにたまに泣いてしまいます。 自分の性格や人間性のダメな部分に嫌気がさして自己嫌悪に陥るのですが、ああしてこうして育ててくれればこんな人間にはならなかったのに、と親のせいにしてしまう自分に何より腹が立ち、情けなくなります。 もちろん四六時中こうして悩んでいるわけではなく、仕事ができるありがたさや趣味に打ち込める楽しさもあり、普段はポジティブに生活しています。 ですが、人間いつか死ぬのなら、できるだけ早く死にたいなとも考えています。 自分で言うのもなんですが、感受性が豊かな自分にとっては家族も含め人付き合いに疲れてしまい、早く楽になりたいんだと思います(叱られるかもしれませんが… 死後の話でよく『輪廻転生』と耳にします。 私は現時点で20数年しか生きていませんが、もし人間として生まれ変わるのなら、またこんな人生を送らなければならないのならないのは御免だなと思います。 やはり死後の魂は何かに形を変えて生まれ変わるのでしょうか?だとしたら魂の数には限りがあるのでしょうか? もう一度生き物に転生せずに済むのなら、魂ごと消えてしまいたいです。

有り難し有り難し 27
回答数回答 3

輪廻の主体

輪廻転生の事を考えると胸が痛くなります。何故仏教は命を一回限りとしないのでしょうか。 もちろん今ある生も今生限りのものですから人生が一回限りであることには変わりありません。 ただ殉教、殉死、心中等を遂げた歴史上の偉人の前世や来世が全く下らない物だったかもしれないと思うと胸が張り裂けそうになります。 自分の運命や人生を全面的に肯定して死に切ったとしても、過去世や来世の全く違う人生によって矛盾をきたしたものになるとしたらどうでしょうか。 「七度生まれ変わって朝敵どもを皆殺にしたい」と言って自決した楠木正成が果たして貧民街の子供に生まれ変わる事は無いと誰が言えましょう。 彼は生まれ変わりを願いましたが、あくまで自分の人生を貫き通す意思であり、運命愛に過ぎません。 生涯不犯を誓って異国で命を落とした宣教師達の前世がどこかの売春婦であると考えただけで吐きそうになります。 もしそれで良いのならこの世での清貧、忠義や誠意も全く無意味なものとなりますから。 ただ輪廻思想が広大無辺な仏教の歴史の中で偉大な説法者達に受け継がれてきたものである事は否定できませんし、 私は至らぬ凡夫ゆえ仏教の各宗派の前提とする輪廻の教義まで仔細には存じ上げません。 仏教では、特に自性を認めない中観派では何が輪廻するとされているのでしょうか? 水車を廻す水や携帯を動かす電気のように、「私」ではない、「私」の生み出す執着そのものが輪廻するのでしょうか? 執着が輪廻するのであれば悟りを得た=執着を滅した釈迦が解脱に入られたと解釈できるように思えますが。

有り難し有り難し 36
回答数回答 3

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