hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

輪廻転生の理解

回答数回答 4
有り難し有り難し 37

初めまして。私は最近、某仏教のテレビ番組にハマっています。
「輪廻転生」のことを知りましたが、疑問に思っていることがあるので、教えてください。

「輪廻転生」には六道があり、魂は6つの世界を旅しているとのこと。
人は死んだら、天界や極楽に行くと聞きました。
でも、生まれた時に今まで魂が旅してきた六道(地獄も含む)の記憶は一切ありません。また、よく「人は死んだら“無(生まれる前の状態)”になる」と聞きます。

地獄や天国というのは、本当に存在するんですか?誰も見たことがないからわからないんじゃないの?と思うんです。
本当にあるなら生まれる時に何らかの地獄の記憶(熱い・痛いなど)があるはずだし、お浄土に行くにも三途の川を渡る際の感覚や閻魔様に出会った時の恐怖、彼岸に渡った記憶や皮膚の感覚というものがあるのかなって。魂になっても、痛みや恐怖を感じるんでしょうか。

私は、できればそういうのがなくて、「死んだら本当にただ無になるだけだよ」って言ってもらう方が安心するんです。
だって、死んでから「生前悪い事をしたから地獄で苦しむ」って思ったら死ぬのが怖いじゃないですか。
天国と地獄の教えというのは、「悪いことをしたら地獄に行くよ。だから、生きている時に悪いことをするなよ。」という解釈と思うのは、どうなんでしょう?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ぶっちゃけ 作り話です

六道輪廻❝思想❞とは、あくまで思想。
民間思想であって、仏教=仏陀(覚者の教え)とは言えません。
仏教であると混同されていますが、輪廻思想というのは仏教以前からインドに根付いていた思想・因習と思って頂ければ結構です。日本にもあの世論があるように、世界各地であの世論は違いがあるのです。
当時インドでは様々な思想・因習が存在していて釈迦は、そういう民間の思想、因習であった六道輪廻という思想からも救われること・輪廻から解脱して悟りをもとめるべきことを説いたのであって、六道輪廻の思想を釈迦が説いたわけではありません。←ここは僧侶の業界でも誤解される所であるように感じます。
日本にもどこの国にもそのような❝因習❞があります。
六道輪廻の思想は仏教ではなく、あくまで民間思想「因習」民間の「あの世論」であって、それが仏教を説明する上で、取り入れられて活用された、という程度でしかありません。
分かりやすく言えば、子供や大人に悪いことをすると地獄に落ちるぞーと、悪いことをさせないための道徳、または昔の心理学と言ってもいいでしょう。
6天上 のぼせ うかれ ハッピー状態(一時的な安楽)
5人間 価値観・思想・理屈に縛られて救いのない状態
4修羅 戦争・けんか・争い状態
3畜生 非・人間的行為をする狂乱状態
2餓鬼 我欲のみの自己中心的な状態
1地獄 苦しんでいる状態。
そういう精神をぐるぐるしてるのが我々の姿であるから、いつまでもそんなところで一喜一憂してループしていても救いが無いからダメだぞ!という戒めです。
六道輪廻という無限ループな生き方を改め、菩提心をおこして7歩目を踏みだし仏道を歩みなさいと説いたまでです。
六道に、7声聞・8縁覚・9菩薩・10仏陀を合わせて、十界といいます。
キリスト教文化でもサンタさん生まれたように、面白おかしく分かりやすく説いた説話系の仏教話というものがあります。説話は、話を通して仏教の教えの中身をわかりやすく伝えるための方便であって、あくまでもメインは、その創作を通じて、伝えんとした中身のほうがメインです。よって六道輪廻の説は、そこから離れて悟りをもとめるべきこと説いたサブ・方便であって、メインはあくまでも、そこから菩提心をおこして、より良きに生まれ変わること、仏道を歩むことです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


神仏にしかわからない

お釈迦様も、未来の予知はなされなかったと思います。ただ、過去世(過去の生まれかわり)を見て、法則に気付き、未来を予測はされたのでしょう。
仏教の教義としては、輪廻転生を前提にしないと成り立たない思想があります。
私の個人的な回答としては、仏教は悩み苦しみを消したり制御したりするための修行をする教えなので、輪廻を信じたほうが悩みが少なくなったり修行の励みになるなら、輪廻を信じた方がよいと思います。
でも、日本では平安時代くらいにみんな地獄行きを恐れたようで、そんな時代背景から、念仏すれば誰でも極楽浄土へ往生できるという浄土宗系が流行りました。
徒然草には、法然さんが「疑いながらも念仏すれば往生できる」と言ったとあります。
疑ってても修行(念仏)してれば仏様が救ってくれるというんですから、あまり気にしなくてもよくなります。

追記
輪廻は、死んだらすぐに違う生き物になるわけで、すぐに新しい身体になると言えるでしょう。
ですから、死後の世界(黄泉の国)という日本古来の神話みたいな感覚とは少し違いますね。
魂のまま過ごす死者の世界はなく、生き物の世界しかないのです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

死後について

めぐみ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

某仏教のテレビ番組とは、ぶっちゃけ寺のことでしょうか。hasunohaの回答僧侶も幾人かご出演されておられますので、番組で疑問に思われたことがございましたら、是非、hasunohaへとご質問下さい(笑)

さて、「輪廻」というのは、ぐるぐるとまわりつづけている如くに、迷い苦しみ続けてしまうありようのことで、「転生」は、心の連続体が展開して続いていくありようのこととなります。

「六道」は、象徴的な心のありようの状態を代表的に六つに分類して表した世界のことで、実際にあるかどうかとなれば、確かに人道と畜生道はありますので、あると言えますが、あとの世界は、あるとも言えるし、無いとも言えるし・・という曖昧な言い方となってしまいます。まあ、心のありよう、状態の大分類と理解しておいて下さい。

死後の世界のことは、仏教において基本的に「無記」(議論したり、考察したりするのが無駄なもの)として扱うべきなのでしょうが、方便として必要な時には語られるべきであるかと存じております。

仏教の場合、死とは、肉体的な死を意味するだけで、肉体は滅んでも、心は存続し、相続していくものであると考えます。肉体のある時における認識とは全く違った微細な意識を扱うことになるのですが、詳しいことは是非これから仏教を学んでいって頂けることでご理解してもらえたらと存じます。

「死んだら本当にただ無になるだけ」・・これは、間違った見解として仏教では退けることになります。断滅論は、虚無や絶無につながり、そのような考え方は極端論として中道から外れることになるため気をつけないといけないものになりますし、何も益となりません。

確かにめぐみ様がおっしゃられているように、天国と地獄の例えは、生きている間における善い行いを奨励するために方便的に説かれている面もございます。「因果応報」というものになりますが、この世界における法則、道理としての「因縁果の法」は仏教の基本的な考え方でもあるため、よく理解していけばいくほどに納得頂けることもあるのではないかと存じます。

とにかく、何でも鵜呑みにせず、疑って、納得するまで吟味するのは大切なことでございます。これからもどうぞ仏教に興味を持ち続けて頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


私は仏様の智慧をそのまま受け止めています。

お釈迦様は悟られた仏様です。
全ての事柄を見通して、私たちが輪廻していることを説かれました。
輪廻の法則は自業自得です。
つまり、良い事をしていれば良きところへ生まれ、悪いことをしていれば悪い所へ生まれます。
この輪廻を遥か昔からずっと繰り返して来たと説かれるのです。
この六道輪廻の繰り返しから解脱して7つ目のいのちの在り様「仏」になる教えが仏教です。
だから輪廻がないというのならば仏になる意味がなくなり仏教ではなくなります。

悟りの境地からみられた「いのち」の在り様が本当かどうか。
それは仏様しか分かりません。
生まれる前の世界また死後の世界については人間の知恵は全く及びません。
だから、知らないことは「無いこと」にして私たちは生活をしているのです。

私は仏教を信仰する信者です。
だから仏様の智慧をそのままに受け入れています。
仏教は仏様の智慧に聞く。
つまりお経に説かれている内容を確かめるのです。

「私は○○と思う」という話は仏教の話ではありません。

浄土真宗の御本尊は阿弥陀如来です。
阿弥陀如来の御利益は「私の行いを帳消しにして来世必ず仏にする」というものです。
だから良い事に励む必要はありません。
ただ任せておけばいいので、死ぬことは決して怖くありません。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

質問者からのお礼

ご回答、ありがとうございました。
私が知りたかった「死後の世界での魂が感じる感覚の有無」「輪廻の世界観」とは少し違う回答を
いただいたようで、内容が難しいなと感じました。
でも、結果的に「死後の世界は仏様しか分からない。私たちは、どんな生き方をしていても阿弥陀様に全てを任せていればいい」というのは、なんとなく分かりました。
実際死んでみないと、本当に来世があるのか、六道があるのかなんて、分からないですよね。
仏教、魂の巡る世界は、不思議でいっぱいで分からない事だらけという事で解釈してみます。

ありがとうございました(^^)
六道というのは、インドから日本に伝わってきたものということなんですね。
やっぱり、悪いことをしたらダメだよっていう教えのためだったんですね。安心しました~(^_^)v
丹下さんの解説が、一番分かりやすかったです。
他のサイトで見たら、「魂は新しいことを経験する為に地上に降りてきて、やることがなくなって飽きたら
また天上(故郷)へ帰って、地上での記憶が消えたらまた地上に降りて・・・」の繰り返しだそうです。
それが、もしかしたら輪廻転生でもあるのかもしれませんね。

「輪廻転生」問答一覧

来世不幸にならない為に今できること

私は、輪廻転生を信じています。 今生は色々な面で恵まれていたので、次の人生どうなるだろう?と少し心配です。 次の人生のために、準備をしたいと考えています。来世も今と同じかそれ以上のレベルの容姿、能力、家庭環境で生まれるためのアイディアがあれば教えて欲しいです。 私の我欲で申し訳ありませんが、次の人生下がるのは嫌だ、怖いという気持ちは、自然な心情だと思ってます。そのための努力は受け入れます。次は生まれてこなければベスト、という思想もあるのでしょうが、 生まれないですむ保証はないので、生まれたとしても下がらないで済む仏教的な方法を知りたいです。 また、容姿の優れぬ人を見下したり意地悪したら、報いを受ける、来世では自分も普通以下の容姿になってしまう、という説をどこかで聞きました。なんとも恐ろしい説です。意地悪はしませんが、自然発生的に、やはり優劣を意識することがありますから。これは自然に心にわくのでコントロール不能です。だからといって、口に出したり行動で差別したりは、していません。心のなかで、やっぱり容姿の優れない女性は大変そうだなぁとか自然に沸いてくるのも罪なのでしょうか?それが悪因悪果になってしまうのでしょうか。 以前は自他の容姿が優れていようがいまいが、そんなこと気にせずいましたが、友人Aが卑屈な性格で自虐発言をする人で、それを聞いていると、私の中でも容姿や能力の優劣の意識が芽生えてしました。 表面上はフォローしていますが、心の中では、否定しきれません。実際に彼女と私とで人生で経験してきたこと、起こる出来事があまりにも違うからです。容姿が優れない女性の人生はハードモードで、素敵な楽しい出来事が少ないんだなと話を聞いたり実際を見ていたら感じました。 仮に来世で容姿のレベルが普通以下になってしまったら、すごく嫌だし、そんなことになったらどうしよう!と怖いです。 この恐怖と心配から、お坊様たちに、仏教的なちえで 助けて頂けたら・・!という質問です。 そんな来世にならないためのアイディアや方策がありましたら、教えてください。   ちなみに 来世のためだけではないですが、 見えない世界を信じているので、 先祖供養やおつとめなどは、人より熱心で、 寄付や親切は人並みか少し多目にしてるタイプです。 他にもできることがあればやっておきたいので、どうぞ教えてください。

有り難し有り難し 42
回答数回答 2

輪廻転生なんて本当にあるの?

2日前に父がなくなりました。 父が生前心配していた、母のことを姉と支えたかったのですが、やることなすこと母も姉も気にいらないらしく実家にいたのですが帰ってきました。 姉は父の近くに住んでいたのにもかかわらず、自身がうつ病だうつ病だと言ってずっと父を心配させてきていました。 そんな姉をみていたので、父は私に近くに住んでほしいとずっと願っていましたが離婚などをしてたためお金がなくなかなかすぐにはとはいきませんでした。 結局心臓発作で倒れたときも母はパニック、姉は動揺してなにもできず、遠くにいる私が救急車をよびました。 葬儀の手続きも私が行い、葬儀のお金も私がすべて支払いました。 それにもかかわらず、母と姉は私の行動に批判をし、折り合いがつかず実家をでてきました。 父がいれば、間をとりもってくれるのにとおもいます。 会いたいのです。 父がいたから私の家族はなんとかまとまっていました いつ会えるのですか? 本当に輪廻転生なんてあるのですか? 科学的には人は死ぬと無になりますよね。 輪廻転生は生きてる人間がそんな考えをしないと、辛いから考えられたお話なんじゃないかとおもいます。

有り難し有り難し 20
回答数回答 2

死んだら輪廻転生しないですよね?

先程、寒いのに蚊が飛んでいたので殺してしまいました。菩薩心を持ちながら感謝の気持ちを持ちながら申し訳ない感情で、手を洗剤で洗い手に付いていた細菌を信じられない数で殺してしまいました。しかし人生上手くいっている人は細菌など意識すらしないでしょう。感謝や申し訳ない気持ちすらなく手を洗い成功しています悟りに近いのでしょうかね。 はてさて、これらの生き物は輪廻転生するのでしょうか?  私にはお婆ちゃんがいましたが、認知症になり自分すら認識できていませんでした。 お婆ちゃんが亡くなりましたがお婆ちゃんという根底の存在?アートマン?それってなんだったのでしょうか。自分すら認識できない彼女の根底の意思とはなんだったのでしょうか? ISISというテロ組織が色々ロケットランチャーで1人を殺害する動画を作っていました。 ロケットランチャーで跡形もなく粉のようになっていました。 死んだ彼はなんだったのでしょうか?原子が組み合わさった物としか思えませんでした。 私が輪廻転生して、また再び人に生まれたとします。それは私ではないのでは?私とは?今の私というのも曖昧です。記憶を喪失したら私? もしそれも私なら今IQが高い人のみ輪廻転生できて、自分すら認識できない人間は輪廻転生してまた人間になったら自分すら認識できない存在? 少子化とは言いますが70億人に人口が膨れています。 さて、それまでの輪廻転生があるとしたら60億人ほどの魂はみんな人間界に一斉に来れたの? 死というのは、ただ肉片になるだけではないでしょうか?そうとしか思えない感情が湧いてきます。 踊って唱えるだけで悟りを得れるのなら、知能の低い人や認知症もそれができないとおかしいでしょう。 やはり救いはなく、死という拷問に近い形の苦しみを受けて全てが抹消されて苦しい気持ちを得たという事実だけが残るのではないでしょうか。 もちろん人生楽しんだ恵まれた人は生まれつき遺伝子や環境に恵まれてるので、仏教も興味なくて人生に何の疑問も持たなくてただただこの世界は楽しみだったという感情に溢れてるんじゃないですか。(それこそもはや輪廻転生のせいというか生まれつきの条件を輪廻転生側が選ぶという暴挙) まあなんであれ死んでも輪廻転生なんてないし素粒子になるだけだよね。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る