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子供の死

はじめまして。
9月にまだ4ヶ月になったばかりの子供が突然亡くなりました。

子供と2人でお昼寝をして、ふと目が覚めて隣を見た時には子供の体は冷たく心肺停止の状態になっていました。
病院で蘇生し、小さな体で最後まで頑張ってくれましたが4日後に亡くなってしまいました。

原因不詳の突然の死に気持ちがついていきません。

数時間前まで私に笑いかけてくれていた姿と、目が覚めた瞬間に見た真っ白になって隣で眠る姿が頭に浮かんで眠れません。

私のせいで亡くなったわけじゃないとお医者様や周りの方に言われてもどうしても同じ空間にいたのに変化に気付くどころか寝てしまっていた自分のせいだと思ってしまいます。

私が笑うと一緒になって笑ってくれた子供の為にも笑顔でいたいのですが、子供の事を考えるとどうしても涙が止まりません。

自分の為にも、子供の為にも前を向いて生きていきたいのにどうしてもできそうにありません。

前を向く為の一歩として、また子供を作ることも勧められましたがまた自分の子供がなくなってしまうのではないかと不安で仕方ありません。

どうすればきちんと子供の死と向き合えて、前を向ける日がくるのでしょうか。助けてください。

身近な人の死
有り難し 104
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

辛いですね。

Mii518さん、こんにちは。

赤ちゃんをなくされたのですね。辛いですね。私も一人の親として悲しみを共有してしまいます。
でも、それはあなたの責任ではありません。生きることは大変なのです。

日本では7歳までは神様・仏様の子であって、親が育てるかどうかまだ確定していないといわれます。それだけ7歳まで育つまでに亡くなる子供が多いのです。だから7歳までなんとか元気に育って欲しいと、七五三で神様に祈りながら育てる儀式ができました。現在は、食料環境や医療が発達しましたから、昔のように死亡率は減りましたが、それでも亡くなる子供は多いのです。
だからあなたが赤ちゃんに愛情をもっていたのであれば、あなたの責任ではありません。

赤ちゃんはたとえ4か月でもこの世に生きたお役があるのです。それは立派な仏さまになることです。長く生きたから素晴らしいわけではありません。短い人生でも人々に幸せを与えた仏さまのような人はたくさんいます。Mii518さんの赤ちゃんも4か月という短い人生でしたが、お母さんは無駄だったと思いますか?私は思いません。もしお母さんが赤ちゃんの死を通じて命の大切さに気付き、これからもっと心を磨いて素晴らしい人間に生きようと考え直した時、4か月の赤ちゃんはお母さんを幸せに導いた一人の人間として素晴らしい人生を送ったことになるのです。

悲しみは急にはいえません。だからお寺での供養があります。夭折してもあなたの大切な子供です。赤ちゃんのことは忘れず、悲しみから短い期間であっても私の赤ちゃんとして生まれてくれて有難う!お母さんはあなたの命の分まで幸せになるよ、という気持ちになれるように生きてください。お母さんが幸せになることを子供は一番に願っています。それだけは間違いありません。

合掌

私も五年前数ヶ月の赤ちゃんを亡くしました。
朝起きると妻と私の間で冷たくなってましてね、それは日々ベットに入る度思い出して悪夢のようでした。
自分に責任はないのはわかっていても何か理由を探そうとするのが我々人間の性のようでして、これではいけないと早く忘れられるように彼の遺品は写真数枚を残してほとんど処理してしまいました。
あれからやっと5年が経ち彼の存在と出来事全てが優しく暖かくだけ感じられるようになりました。

いいですか?赤ちゃんの命はほんの一瞬でもいいから貴女の元に生まれたくて生まれてきたのです。前世で家族だったか親友だったか、若しくは恋人だったのかそれは解りませんがいずれ深い縁に結ばれて貴女を思いこの世に産まれて来たのです。今はもうこの世で目にすることはできないけれども、目に見えないところで、貴女に良きを出会いをもたらしたり、素晴らしい景色にめぐり合わせてくれる事でしょう。
貴女がそうしてクヨクヨせずに喜んで感謝して生きることこそ本当の供養になるのです。

合掌

人の命も、縁のたまもの

辛いお気持ち、お察しいたします。
私も10歳の時、2歳の妹を交通事故で亡くしました。
家族は皆、嘆き悲しみ、家庭が崩壊しそうになりました。
けれども、時間が経つほどに、自然とまた家族が集まって立ち直ることができたのは、信仰があったからこそと思っています。

人の命も、縁のたまもの。
生まれるのが色々な縁の集まりによってならば、亡くなるときもまた、そういうご縁だったのです。
誰のせいでもないのです。
いつかは、嘆き悲しむことを卒業しましょうね。

そして、亡くなられたお子さんに対しては、亡くなられた子なりの愛し方をしてあげましょう。
死んでしまった子はもう愛せない、なんてことはないのです。
大切なのは「ご縁」ですから。


質問者からの有り難し - お礼

お忙しい中ありがとうございます。
お言葉を頂いて、冷静に考えると人との繋がりであったり私自身の成長であったり子供が私に与えてくれたものはとてもとても大きなものだったと思いました。
子供に少しの時間でも私の元に私を選んで生まれてきてくれて、一緒に過ごさせてくれた事に感謝しようと思います。
忘れるのではなく、亡くなった子供の事をこれからも大切にしていこうと思います。
いつか笑顔で幸せだと言ってあげれるように毎日を大事にしていこうと思います。
ありがとうございました。

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