お茶碗の数の意味
いつも、いろいろな事を教えてくださり有難うございます。
私の生家(真言宗)では、毎朝、仏壇に御飯を上げるのですが、
小さな茶碗で、必ず「六つ」
それと、子供達用にと、一回り大きい茶碗を「二つ」
合計「八つ」上げます。
御先祖様が六人いるという訳ではありません。
子供の御先祖様は、人数は分かりませんが確かに何人かはいます。
この、お茶碗の数には、何か意味があるのでしょうか?
昔から、そうしていたから当たり前のように、今でも同じように、
やっていますが、
まとめて「一つ」にしてはイケナイのでしょうか?
それとも「六」という数字には何か意味があるのでしょうか?
よろしくお願い致します。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
地域や、その家庭によって決め事があるので、何とも言えませんが
こんにちは。
私は静岡県の曹洞宗の寺で、地域も宗派も違いますが、回答を入れさせて頂きますね。
現在新しく仏壇を求めると、一般的に仏壇には、金属の仏飯器・茶器がついて来ると思います。茶器がひとつ、仏飯器がふたつです。茶器を中央に、左右に仏飯器を置きます。本来はひとつづつで良いのですが、左右対称にして見た目を良くするのが目的のようです。
六という数字で思いつくのは、六道輪廻です。生き物は死ぬと6つの世界(天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄)に生まれ変わると言われています。(これについてはいろいろ書きたいけど省略。hasunohaでもたくさん回答がでているので参考にしてください。)六地蔵さまも、この6つの世界を救うという意味で六体となっています。もしかしたら、そのような意味でどこの世界に生まれ変わっていても供養しますよ、の意味かもしれません。
「子供たち用」とされた2つというのは、もしかしたらお供えしている方の記憶の中に、2人のお子様がいらっしゃった、という事かもしれません。
八という数字には、その形から末広がり、また「たくさん」の意味があります。日本の神様を「八百万の神」(やおよろずのかみ)と言いますが、8,000,000種類の神様がいる、という意味ではなく、たくさんの神様の意味で使っていますよね。ですから「たくさんのほとけさまに」という意味かもしれません。
またご先祖さまの数ではなく、ご本尊様+位牌の本数でお供えをしていることもあるようです。
どちらにしてもすべて私の推測です。あなたの近所でも6つのお茶碗がおまつりされているようでしたら、地域の風習です。地域の歴史に詳しい方や、菩提のご住職に聞いてみましょう。あなたのお宅だけでしたら、ご家族の長老の方に聞いてみると良いと思います。
お茶碗はひとつにしても良いとは思いますが、受け継がれてきた風習、大切にしたいものですね。
質問者からのお礼
光禪さま
お返事有難うございました。
最近は、関心が湧いてきて、いつも「なぜか?」と意味を知りたくなってしまいます。
でも、
父は、「昔から、そうしているから」と、変えていくこと嫌います。
諸行無常なのに・・・