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生後27日の娘を亡くしました

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5月の25日に、娘が亡くなりました。
7月に四十九日を行います。
日蓮宗のお墓に入ります。

私は、娘のお骨の一部を手元に置こうか悩んでいます。
彼女の死は受け入れています、しかしさみしく思い、分骨を考え
ています。
しかしそれが、彼女にとって良いのか解りません。

私の思いは、彼女に早く生まれ変わってほしいと願っています。
どのような形でもいいのでもう一度逢いたいです。

そもそも人は亡くなったら、どのような道を進むのでしょうか。
この年になってお聞きするのはお恥ずかしいのですが、どうかお答えください。

2015年6月19日 18:33

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

子は善知識

ひろさま
はじめまして、なごみ庵の浦上哲也と申します、よろしくお願いします。

この世に生まれ出て1ヶ月にも満たないお嬢さんを亡くされたとの事。筆舌に尽くし難い悲しみの中にいらっしゃるのではないかと存じます。ただただ、衷心より哀悼の意を表します。

分骨するのがお嬢さんにとって良いのか悪いのか。
彼女が生まれ変わってくれるのか。
亡くなった人がどのような道を歩むのか。

いずれも、明確な答えの出ない問いだと思います。
hasunohaの僧侶10名に聞けば、10の返答があるかもしれません。

その上で私の思うところを申しますと、亡きお嬢さんは仏さまとなって、縁ある方々に大切な問いかけをしていらっしゃるのだと思います。

子や孫を亡くす事を「逆縁」といいます。祖父母や両親を亡くすのは、つらく悲しいことであっても、順番と割り切ることが出来なくはありません。
しかし自分より下の世代が亡くなるのは、より深い悲しみを生じさせるものです。でも、その悲しみが深ければ深いほど、遺された者に問いかける力は強くなるのではないでしょうか。

すぐにとは申しません。1ヶ月後でも5年後でも30年後でも、大切なお嬢さんが亡くなったことが ひろさんにとって大切な気づきの縁となった時、彼女は仏さまとしての命を生きていると言えるのではないかと思います。

ひとつの歌を、お伝えします。
「夢の世に あだに儚き 身を知れと
        教えて還る 子は善知識」

2015年6月19日 21:35
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有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

恥ずかしいことはありません

お疲れ様です。ひろさん
この度はいろいろと大変でしたね
心境をお察し致します

私の考えを述べさせていただきます

あなたの娘としてこの世で出会えたこと
それは大きなご縁です
きっといろいろな意味があったことでしょう
またご縁あってこの世でなくてもお会いすることはできると思います

亡くなってからの道はいろいろありますが
私は生まれ変わると思っております
今は仏になり、この世でのことをその世界でお伝えしているのではないでしょうか

あと質問についてですが
決して恥ずかしいことはありません
そのような場であり
ぜひいろいろお聞きください

             合掌

2015年6月21日 15:56
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有り難し
おきもち

鈴木秀彰
人の寄り添える僧侶をテーマに活動中! 僧侶、理学療法士、心理カウンセラー...

誰もがたった一つの命

謹んでお悔やみを申し上げます。
悲しみの中で、お伝えしづらい事ではありますが、少しでも前向きになって頂ければと思い、お伝えさせていただきます。
わたくしが参列をさせていただきましたお葬儀の中で、お母さんのおなかの中で半年を経て亡くなられてしまったお子様がおられました。
また、生まれた直後にすぐ、亡くなられてしまったお子様もおられました。
葬儀には、当然ながらお母さまは入院中で参列なされておられませんでした。
葬儀の導師さまをはじめ、会場参列者がお母さまの居らっしゃられない中、皆涙を流していました。
皆待ち焦がれて、授けたい名前も考えられ、本当に悲痛で、皆一同が同じ気持ちになって涙しました。
悲しい中にありながらも、生まれて間もないお子様の命は会場の一人一人に、命の本当のはかなさ、尊さをさとしてくださいました。
生命の誕生とは、これほどまでに生と死とが背中合わせであろうとは…、と、皆が自らを含めた命の尊さを感じ入りました。
亡くなられたお子様には、生まれ変わりを願われるのも良いのですが、固有の尊重の念を持っていただくことが、正しい供養となります。
生命という存在は、たとえ同じ生物であっても、代わりは存在しないのです。
双子、三つ子であっても、それぞれが固有の存在で、代わりはいないのです。
だからこそ命は尊いのです。
それ故に、生まれ変わりを願われる事は、彼女にとっては今は悲しい事です。
きちんと彼女の固有の生命の尊厳に向き合って頂き、全宇宙にたった一人しか存在しなかったお子様に対して、生まれ変わりではなく一生命としての尊厳の尊重をして差し上げること!が彼女が一番喜ばれる一番の供養です。
そうすることによって、心の中で今すぐにあなたは彼女に会うことができます。
もちろん、次なるお子様も彼女によって望まれ、授かれることでありましょう。
一生命への尊重、敬愛、追慕、供養の念を馳せることで、今後も姿は無くとも活きた仏さまとして、影響力として、導きを示してくださいます。
49日は、手放してあげることが供養です。
一周忌は仏さまとしての一歳の誕生日、三回忌は三歳の誕生日です。
命の大切さ、尊厳、無常、慈悲を伝えてくださった小さな小さな確かなる仏様です。
今後も、ひろ様をお見守り下さりますように。合掌

2015年6月22日 22:18
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

水子さん

ひろ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

もう四十九日忌は終わられた頃ではないかとお察し申し上げます。

拙生にも流産した子の経験がございますが、その時には本当に苦しみ、悩みました。

その子の父であると共に、僧侶として、その子をしっかりと送ってあげなければ・・水子地蔵尊前における法要の読経では声が震えてしまい、不覚にも涙が止まりませんでした・・

それから夫婦共に立ち直るのに五ヶ月ぐらいは掛かりましたでしょうか・・次の子(長男)の妊娠により、正直、「あぁ、あの子が帰ってきてくれたのかも」と夫婦共に喜んで、色々な不安もありましたが、何とか乗り越えて、無事に産まれてきてくれました。

毎月二十四日には定例の水子供養と共にその子のご供養も続けておりますが、例え、帰ってきてくれたのではないにしても、きっと御仏様、菩薩様方のお導きにより、善き仏縁を得られて、善き赴きにあるのではないだろうかと存じております。

亡くなられた方は、最短で三週間後から最長でも七週間(四十九日間)までの中で次の行き先が決まることになると言われております。

もちろん、日蓮宗さんであれば、霊山浄土への往詣によって、釈尊の下で悟り・涅槃を目指すことになるのが最良となりますでしょうし、もしも、授戒・引導を受けられてはいるものの、あるいは例え、授戒・引導もなく、追善供養もないとして賽の河原で迷ってしまってしまわれている水子さんがおられたとしても、その時は地蔵菩薩様がきっとお導きなさられることになるのではないかと存じます。

また、もしもまだ人として生まれる因縁が残っていたり、御仏様、菩薩様方の下でご修行に励まれてはいても、もう少し人間道で頑張って修行してきなさいとなりましたら、この世に戻ってこられる、生まれ変わられることもあるのではないだろうかと存じております。

そういたしますと、もう一度、生まれ変わったその子と逢えることだってあるかもしれません。

もしかしましたら、次の子がそうかもしれませんし、また他の子がそうかもしれません。そういう気持ちとなることができれば、例え他の子であっても、もしかしたら・・と思うと、どこか皆への気遣い、優しさ、親切な気持ちにも繋がることとなれば、それはそれで尊く有り難いことになるのではないかと存じております。

川口英俊 合掌

2015年7月15日 5:38
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

祖父の死を受け入れる覚悟ができません

初めて質問させていただきます。 拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。 現在唯一存命の祖父が長くないと言われました。 最初にその話を聞いたのは3年前のちょうど今頃の時期でした。 当時、祖母が亡くなって2年。一人暮らしを始め、なかなかうまくいって楽しい生活を送っていると聞いていました。 そんな祖父も寄る年波には勝てずそれほど難しくなかったのですが心臓の手術をすることとなり。そしてわずかな確率で併発すると言われていた脳梗塞を発症しました。 あれから3年。 病状も徐々に回復し、リハビリを頑張りそれでも麻痺は残ったため 1人で生活はできなくなってしまいましたが、施設に入り それなりに楽しく生活していました。 しかし先月再度脳梗塞を発症し、今度こそ寝たきりになってしまいました。 そして2週間前。 母からもう余命3ヶ月と伝えられました。 でももしもう一度脳梗塞を発症したらそれより短くなってしまうこともあると言われました。 私は頭が真っ白になり久しぶりに大声で泣きました。 そして私は今祖父母の家にいます。 両親に生後半年の息子を預かってもらって1人で来ました。 幼い頃から休みになるとよく来て遊んだ思い出がたくさんあるこの家に。 寂しくて、悲しくて着いてからずっと涙が止まりません。 祖母の仏壇の前で連れて行かないでくれと泣き、ふとした瞬間に様々な思い出が蘇ってはまた涙しの繰り返しです。 まだ祖父には会えていません。 明日病院にお見舞いに行く予定ですが感情を抑えられる自信がありません。 でも今回の面会が最後になるのは確実です。 後悔がないように、そして最後は笑顔で。 そう考える度に終わりが近いんだと思い知らされまた涙が止まりません。 幼い頃から私達姉弟を文字通り溺愛して1番可愛がってくれた祖父。 大人になってからも会いに行けば昔と変わらず可愛がってくれる祖父でした。 私の結婚も心の底から喜んでくれ、息子の写真も施設の部屋に飾ってくれて。 お盆になったら息子を連れて会いに行こうと話していた矢先の余命宣告でした。 人はいつか亡くなるって分かっていても。 でもその覚悟と気持ちの整理ができません。 どうしたら良いのでしょうか。

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仕事と父の死について

いつもお世話になっております。 突然ですが、先月の20日に医療過誤で父が他界しました。 それから1週間仕事をお休みを頂いて、今月から復帰しました。 新人という事もあり、仕事も覚えられていない中で1週間のブランクは大きく、失敗ばかりで先輩に呆れられてしまいました。 父の死に目にも立ち会えなかった事、生前父に恩返しの1つも出来なかった事、それら全てを見たくないと逃げるように仕事に行きましたが、仕事は失敗ばかり。家に帰れば父の姿はなく、現実が襲ってきて、帰って来るなり泣きながらシャワーを浴びて寝るという日々を過ごしてます。 会社の先輩には、もう少しお休み頂いても良かったんじゃない?と温かいお言葉を頂きましたが、社会人なのにいつまでも悲しみに暮れて仕事が出来ません。なんて言い訳が通用する訳もなく、殆ど気力で仕事をしてました。 けど気力でなんとかなるほど仕事は甘くなく、失敗ばかりして先輩には迷惑ばかり掛けてしまってます。 失敗すると自己嫌悪で半日は引きずるタイプで、泣き虫なのに泣いたら先輩に迷惑だと涙を堪えて、家に帰れば現実を受け入れられず泣いて。 会社の先輩方はいい人達ばかりで、父の死の事には触れず、仕事だけをきちんと向き合ってくれます。 それなのに私は、仕事は身が入ってない、覚えは悪い、失敗すると自己嫌悪オーラを放つ、キツく言うと泣く…… こんな自分が心底嫌で仕方ないです。 まだ四十九も新盆もあるのに、こんな 調子で母を支えられるのか不安です。 母は自分の心配だけしてればいいから!と言われましたが、頼りない姉のせいで私がしっかりしないといけないので、仕事中もこれからの事を考えて不安になってしまいます。 こんな負のループで何事も上手く行きません。 どうかこれからの事ご教示いただけないでしょうか。

有り難し有り難し 1
回答数回答 1

恩師の死から現実が混乱する

こちらで恩師の死について何度も質問させて頂きましたが、相変わらず受け入れられない日々が続き一年以上たちました。でも一瞬、失った悲しみを感じることがあり急に号泣したり名前を呼んだりしてしまいます。でもまたすぐに理解できず、何事もなく普通に戻ります。自分では意識していないのにとうとう体の不調も出てきました。離人感に襲われたり、急に不安になったり、自分がもう一人いるような感覚になり、おかしくなりそうな自分を必死に閉じ込めるような感覚です。きっと内科的には異常はなさそうで、心療内科へ行くべきですが、行きたくありません。薬漬けにされたくもないです。 私は病んだり恩師の死にストレスを感じている意識はありません。でも、受け入れられず、理解もできず。。なのに恩師に会えない。一年も会ってないなんて不思議なあり得ない感覚です。 私自身とても戸惑っています。恩師と一緒に仕事していた頃の元気でパワフルな姿と、病気で痩せ細り変わりゆく姿も、同一人物とは思えず今も元気でいるような感覚もするし、でも病気になって亡くなった現実もたまに感じるし、自分でも混乱中です。あまりにも衝撃的な出来事だったのだと感じます。ゆっくり何年もかけて咀嚼しながら受け入れていくつもりでしたが、時間が経てば経つほど、自分の中で分離していくというか。元気な恩師がいる世界と、亡くなってこの世にいない世界を私が行き来しているような感じです。そのため、今が何曜日なのか今の季節が夏なのか冬なのかも分からなくなってしまうことがあります。恩師の死だけでなく、現実そのものが狂っていくような、ずれていくような。。 今いるこの世界も現実も、夢のような気がします。かといって、毎日泣いたり病んだりしていません。普通に過ごしています。体の不調や離人感を除けばいたって普通です。たまに混乱することがありますが、気持ちは消して病んではいません。専門家にかかるのが1番なのはわかっています。きっとそれが1番だと思います。でもその前に、ここで聞いてもらいたくて。私の心や体の不調はお医者様に任せようと思います。でも、また違った目線で私と恩師のことを見てくださいませんか、、

有り難し有り難し 18
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心が苦しくて苦しくて

長分ですが、経緯をお話します 先月前夫が突然亡くなりました。 大動脈解離でした。 私と子供達が骨を拾いました。 昔から嘘ばかりをついて、お金でも、ものすごく苦労させられました。が、楽しい事もあったりで憎みきれず、生活を立て直す為5年間別々に暮らしましたが、孫の世話の為、近々また家族一緒に暮らすよう家の購入準備していました。 今だに嘘ばかりで亡くなってからわかりましたが、今年に入ってから仕事を辞め、働いているふりをしていました。さみしかったのか半同棲の女もいました。その女が倒れていたのに救急車を直ぐに呼ばなかった為手遅れで、私達は最期に間に合いませんでした。 私には「家族と一緒に暮らしたい」と言って家族で住む家を一緒に見に行ったりしていたのに、裏切られたようで。 私も強がって「一緒に暮らすまでは」と思い優しくしなかったし、頻繁に会わなかったし。 私がもっと早く家を決めて一緒に暮らしていたら、例え倒れても直ぐに病院に運んで半身マヒでも生きていただろうと自分を責める事しか出来なくて。 何が本当で何が嘘なのか、もう本心を聞く事も出来なくて、心にポッカリ穴が空いたようで、ただただ、さみしくて会いたくて、会って本心を聞きたくて。 四十九日までは愛する人の傍にいると聞きましたが、どっちにいるのかわからないし。さみしくて悲しくて。そんな事ばかり考えてて心が悲鳴をあげて心います。 助けて下さい。

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最愛の父の死が辛いです。

初めて質問させていただきます。 よろしくお願い致します。 五日前に父が他界しました。 元々肺気腫で通院していたのですが、日常生活に問題なく、いつも愉快で楽しくて明るい父でした。家族みんな本当に仲良しでした。 それが、私が引いた風邪を拾ってしまい、高熱を発し……救急車を呼んで即入院。 たった4日で眠るように逝ってしまいました。 指定難病を持っている母には父の死が耐えきれず体調をガタガタと崩したため、親戚の助けを借りながら通夜や葬儀は私が全て取り仕切り、骨上げまで必死に頑張りました。 父は母を本当に大事にしていて、母を守るのを生きがいにしていた人です。 そんな人がいなくなり、母は日に日に気持ちが弱っていっています。 私も最愛の父の死を受け止められず、弱っている母の前で号泣してしまったり、母を守りきることが出来ません。 もし風邪を移さなかったら? 父が風邪を引いた時すぐに病院に連れて行っていたら? 24時間父に寄り添っていたら? 後悔と罪悪感で押し潰されそうです。 母の前でも、街の中でも、気がつけば父を呼び、涙が溢れてしまいます。 ふとした拍子に胸から痛みが駆け抜けます。 このままでは母にさらに負担をかけてしまいます。 でも父に会いたい・父の死が辛いんです。どうしても表に出てしまう。 私は父の死を乗り越え、母を守りきることができるでしょうか? すごく辛くて、苦しくて寂しいです。 どうすれば母を元気づけてあげられるでしょうか? 父に会いたい。 風邪を移してしまったのを謝りたい。 最愛で最強のお父ちゃんだったと伝えたい。 苦しくて苦しくて……。

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