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生後27日の娘を亡くしました

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5月の25日に、娘が亡くなりました。
7月に四十九日を行います。
日蓮宗のお墓に入ります。

私は、娘のお骨の一部を手元に置こうか悩んでいます。
彼女の死は受け入れています、しかしさみしく思い、分骨を考え
ています。
しかしそれが、彼女にとって良いのか解りません。

私の思いは、彼女に早く生まれ変わってほしいと願っています。
どのような形でもいいのでもう一度逢いたいです。

そもそも人は亡くなったら、どのような道を進むのでしょうか。
この年になってお聞きするのはお恥ずかしいのですが、どうかお答えください。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

子は善知識

ひろさま
はじめまして、なごみ庵の浦上哲也と申します、よろしくお願いします。

この世に生まれ出て1ヶ月にも満たないお嬢さんを亡くされたとの事。筆舌に尽くし難い悲しみの中にいらっしゃるのではないかと存じます。ただただ、衷心より哀悼の意を表します。

分骨するのがお嬢さんにとって良いのか悪いのか。
彼女が生まれ変わってくれるのか。
亡くなった人がどのような道を歩むのか。

いずれも、明確な答えの出ない問いだと思います。
hasunohaの僧侶10名に聞けば、10の返答があるかもしれません。

その上で私の思うところを申しますと、亡きお嬢さんは仏さまとなって、縁ある方々に大切な問いかけをしていらっしゃるのだと思います。

子や孫を亡くす事を「逆縁」といいます。祖父母や両親を亡くすのは、つらく悲しいことであっても、順番と割り切ることが出来なくはありません。
しかし自分より下の世代が亡くなるのは、より深い悲しみを生じさせるものです。でも、その悲しみが深ければ深いほど、遺された者に問いかける力は強くなるのではないでしょうか。

すぐにとは申しません。1ヶ月後でも5年後でも30年後でも、大切なお嬢さんが亡くなったことが ひろさんにとって大切な気づきの縁となった時、彼女は仏さまとしての命を生きていると言えるのではないかと思います。

ひとつの歌を、お伝えします。
「夢の世に あだに儚き 身を知れと
        教えて還る 子は善知識」

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

恥ずかしいことはありません

お疲れ様です。ひろさん
この度はいろいろと大変でしたね
心境をお察し致します

私の考えを述べさせていただきます

あなたの娘としてこの世で出会えたこと
それは大きなご縁です
きっといろいろな意味があったことでしょう
またご縁あってこの世でなくてもお会いすることはできると思います

亡くなってからの道はいろいろありますが
私は生まれ変わると思っております
今は仏になり、この世でのことをその世界でお伝えしているのではないでしょうか

あと質問についてですが
決して恥ずかしいことはありません
そのような場であり
ぜひいろいろお聞きください

             合掌

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鈴木秀彰
人の寄り添える僧侶をテーマに活動中! 僧侶、理学療法士、心理カウンセラー...

誰もがたった一つの命

謹んでお悔やみを申し上げます。
悲しみの中で、お伝えしづらい事ではありますが、少しでも前向きになって頂ければと思い、お伝えさせていただきます。
わたくしが参列をさせていただきましたお葬儀の中で、お母さんのおなかの中で半年を経て亡くなられてしまったお子様がおられました。
また、生まれた直後にすぐ、亡くなられてしまったお子様もおられました。
葬儀には、当然ながらお母さまは入院中で参列なされておられませんでした。
葬儀の導師さまをはじめ、会場参列者がお母さまの居らっしゃられない中、皆涙を流していました。
皆待ち焦がれて、授けたい名前も考えられ、本当に悲痛で、皆一同が同じ気持ちになって涙しました。
悲しい中にありながらも、生まれて間もないお子様の命は会場の一人一人に、命の本当のはかなさ、尊さをさとしてくださいました。
生命の誕生とは、これほどまでに生と死とが背中合わせであろうとは…、と、皆が自らを含めた命の尊さを感じ入りました。
亡くなられたお子様には、生まれ変わりを願われるのも良いのですが、固有の尊重の念を持っていただくことが、正しい供養となります。
生命という存在は、たとえ同じ生物であっても、代わりは存在しないのです。
双子、三つ子であっても、それぞれが固有の存在で、代わりはいないのです。
だからこそ命は尊いのです。
それ故に、生まれ変わりを願われる事は、彼女にとっては今は悲しい事です。
きちんと彼女の固有の生命の尊厳に向き合って頂き、全宇宙にたった一人しか存在しなかったお子様に対して、生まれ変わりではなく一生命としての尊厳の尊重をして差し上げること!が彼女が一番喜ばれる一番の供養です。
そうすることによって、心の中で今すぐにあなたは彼女に会うことができます。
もちろん、次なるお子様も彼女によって望まれ、授かれることでありましょう。
一生命への尊重、敬愛、追慕、供養の念を馳せることで、今後も姿は無くとも活きた仏さまとして、影響力として、導きを示してくださいます。
49日は、手放してあげることが供養です。
一周忌は仏さまとしての一歳の誕生日、三回忌は三歳の誕生日です。
命の大切さ、尊厳、無常、慈悲を伝えてくださった小さな小さな確かなる仏様です。
今後も、ひろ様をお見守り下さりますように。合掌

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

水子さん

ひろ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

もう四十九日忌は終わられた頃ではないかとお察し申し上げます。

拙生にも流産した子の経験がございますが、その時には本当に苦しみ、悩みました。

その子の父であると共に、僧侶として、その子をしっかりと送ってあげなければ・・水子地蔵尊前における法要の読経では声が震えてしまい、不覚にも涙が止まりませんでした・・

それから夫婦共に立ち直るのに五ヶ月ぐらいは掛かりましたでしょうか・・次の子(長男)の妊娠により、正直、「あぁ、あの子が帰ってきてくれたのかも」と夫婦共に喜んで、色々な不安もありましたが、何とか乗り越えて、無事に産まれてきてくれました。

毎月二十四日には定例の水子供養と共にその子のご供養も続けておりますが、例え、帰ってきてくれたのではないにしても、きっと御仏様、菩薩様方のお導きにより、善き仏縁を得られて、善き赴きにあるのではないだろうかと存じております。

亡くなられた方は、最短で三週間後から最長でも七週間(四十九日間)までの中で次の行き先が決まることになると言われております。

もちろん、日蓮宗さんであれば、霊山浄土への往詣によって、釈尊の下で悟り・涅槃を目指すことになるのが最良となりますでしょうし、もしも、授戒・引導を受けられてはいるものの、あるいは例え、授戒・引導もなく、追善供養もないとして賽の河原で迷ってしまってしまわれている水子さんがおられたとしても、その時は地蔵菩薩様がきっとお導きなさられることになるのではないかと存じます。

また、もしもまだ人として生まれる因縁が残っていたり、御仏様、菩薩様方の下でご修行に励まれてはいても、もう少し人間道で頑張って修行してきなさいとなりましたら、この世に戻ってこられる、生まれ変わられることもあるのではないだろうかと存じております。

そういたしますと、もう一度、生まれ変わったその子と逢えることだってあるかもしれません。

もしかしましたら、次の子がそうかもしれませんし、また他の子がそうかもしれません。そういう気持ちとなることができれば、例え他の子であっても、もしかしたら・・と思うと、どこか皆への気遣い、優しさ、親切な気持ちにも繋がることとなれば、それはそれで尊く有り難いことになるのではないかと存じております。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

祖母の死

長文になりますがご了承ください。 先月、母方の祖母を亡くしました。 死因は入院先の病院で食事をとっていた際に喉を詰まらせてそのまま心臓が止まってしまったそうです。 入院は今回が初めてではなく過去に何度か熱が出て高齢のため念のため入院という事はありました。 しかし今回は治療も終わっており退院日も決定していて退院日前日の入院先での食事中の出来事だったようです。 100歳を超えていて自分で食事をすることはできなかったので看護師の方に食べさせてもらっていたんだと思います。 自分で食事をしていて喉を詰まらせてしまったのであれば百歩譲ってしょうがなかったのかなって思えるのですが、看護師が食べさせて喉を詰まらせたということが本当に納得できません。 祖母の食事を担当してくれていた方が注意してくれていれば喉に詰まらせる事はなかったのではないかとつい思ってしまいます。 帰省した際に父と2人きりで話す時間があり、父も死因に納得いっていない様子だったのですが、母は病院を責められないと言っていたそうで本人がそう言っている以上、母の気持ちを尊重しようということになりました。 小さいときからとても可愛がってもらっており、一人暮らしのため県外に住んでしまったのと最近だとコロナの影響もありなかなか会いに行けていなかったのですが、必ず祖母の誕生日には親戚一同、施設に集まってお祝いするのが恒例になっていました。 来年の誕生日会をするのをすごく楽しみにしていたので本当に悲しいです。 母は普段から辛い事や悲しい事はあまり表に出さない性格で、私も似ている部分はあるのでそんな私でも悲しみに耐えられず葬儀も涙が止まらなかったのに亡くなった連絡をくれたときも、霊安室に一緒に行ってくれたときも、葬儀中も母の涙を見ることがなく気丈に振る舞っている姿を見て胸が苦しくなり今も思い出すと涙が出てきます。 ずっと泣いてばかりではいけないしいつかは受け入れなくてはいけない事はわかっているのですが、死因に納得いっていないことが余計に引きずってしまいます。 身近な人の死を経験するのは今回が初めてではないですが、立ち直れる気がしません。 夜になると祖母のことを思い出しては泣いての繰り返しです。 どうしたらいいのかもうわかりません。 ご教示いただけますと幸いです。宜しくお願い致します。

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8月末に母が亡くなりました

8月末に母が亡くなりました。 実家のマンションのリフォームの関係で悩んでおり、私も色々と協力したり、 お金の面でも工面すると話していました。 母は判断力も低下しており、寝不足気味の様でした。 私も話を聞いていて憔悴してしまっていました。 母に安定剤をもらいに病院に行こうと、話していた矢先、 母は「病気とかじゃないんだよ」と言っておりましたが、 父が自宅にいるときに黙って外出し、私も仕事をしていた時に母は川へ行った様で入水し、溺水で亡くなっていました。 あくる日、帰宅していないので、警察に捜索願を出していた所、散策をしていた方に中洲で亡き母を発見されたようです。 生前は一緒に出かけたり、ご飯を食べに行ったりと大変仲が良く、趣味も近く友達の様な存在で、もう一生会えないと思うと寂しくて悲しいです。 解剖の結果、死因は溺水で不慮の外因死ということでしたが、 今も気持ちの整理がつきません。 どうか安らかに眠ってほしいです。 母に寄り添ってあげられなかった罪悪感が拭えません。 この先気持ちを整えていくには何が出来るでしょうか? 母の事、大好きでしたので、母に会えない私の一生なんて、短くて構わないと思ってしまいます。

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友達の死について

先日僕の通っていた学校の友人Aが自らの手で命を断ちました。 その子とは同じ職種であり、良き友人としてこれからも色々僕たちでして行こうと約束していました。 実は学校在学中にも別の友人Bが自らの手で命を断ちました。 この二人も友人同士でした。 Bはもともと心がとても弱く未遂をたくさん起こして来ている子でした。 でも僕とAと接しているうちにだんだん症状が緩和されて来たのでたすが、突然心に負担のかかる出来事が重なってしまい、亡くなってしまいました。 僕とAは自分が力になれなかった事にとても後悔しそんなバカな事するべきでは無いと思いました。 こんな出来事がありAがこんな事をするなんて微塵も思いませんでした。 でもよく考えてみれば、僕とAの職業はとてもストレスがかかり将来の不安が付き纏います。地元からも離れ簡単に帰って来れる場所では無いど田舎に住んでいました。 相談できる友人もすぐ近くにいなかったと思います。 先月にも結婚をし家庭という不安をのしかかり 色々混ざり合っていたかもしれません 今回も色々重なり合っていたかもしれません。 先月に会った時はそんな予兆は感じられませんでした。 でもそれが間違いで何か小さいsosを出したかもせのしれません。 ただ僕がAのsosにBの事もあり勝手な思い込みで拾ってあげれなかっただけでは無いか 僕は何故同じ過ちを繰り返してしまったのか、Bは助けてあげれたのでは無いかと心がとても苦しいです。 この気持ちどう整理をつけたら良いでしょうか?

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