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生きる権利と死ぬ権利

回答数回答 3
有り難し有り難し 44

病院の診断で、双極性障害に加え、境界性人格障害やアダルトチルドレンと言われました。

疲れました。
ただただ生きる事に疲れてます。

何を頑張っても上手くいかず、病気のせいで差別され、親との関係に悩み…

生きる権利があるなら、死ぬ権利もあるはずなのに、何故認められないのでしょうか。
肉体の苦痛には尊厳死が与えられるのに…
苦痛なまま生きろって残酷だと思いませんか?

もう頑張るの、疲れました。
生きるのも疲れました。
薬飲む生活も疲れました。
不安やイライラ、無気力になるのも疲れました。

解放されたいです。
死にたいです。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

権利はある。それを自由と呼ぶ。

生きている、いや生かされているという事実にほとほと疲れ果てたのですね。

さて、権利という表現が適切かはわかりませんが、

生きる権利があるならば死ぬ権利もあるでしょう。

ただ、「権利を行使」できるかどうかは「ご縁」しだいです。

あなたは生まれたといと思って生まれてきたのですか?

そうではないでしょう。

生まれてきたという事実がある。それがご縁です。

死にたいと思っても死ねるかどうかはわかりません。しかし死にたいと思う自由はあります。

それは残酷ですか?

そうとも言えるでしょう。

しかし、いつだって私たちには内心の自由、つまり「どう思うか」という自由が与えられているのです。

残酷だと思いながら生き、やがて死に果てていく自由も。

希望をもって生き、そして死んでいく自由も。

降りかかってくる境遇にどういう態度で臨むかは私に決める自由がある。その態度から始まる具体的な一歩は、ご縁の中でどうにも思い通りにならないものだけれども、思いがあるかないかで歩みは変わってくるのだと私はいただいております。

「こうしなきゃ」という思いから自分を解放しましょう。

「こうしたい」というあなたの願いを、あなたのいのち自身に聞いていきましょう。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

おっしゃるとおりかとも思います

拝読させて頂きました。あなたのおっしゃるとおりかとも思います。
生きる権利があるのに死ぬ権利はない、確かにそうですよね。

ただ死は刻々と休むことなく私達に近ずいています。それは権利以前の現実です。

私達は今死に向かって突き進んでいることに間違いないです。

それぞれ与えられた生命があり、巡り合わせられています。

長いつらいようでも人の一生はとても儚く短いものです。

あなたにとって病を抱えながら生きることは大変長い苦しみかもしれませんが、それでも与えられた生命です。そしてあなたには与えられた使命や目的があると思います。

病に向き合いながらどうか人が生きることについてこれから学んで頂きたいと切に願います。

私はあなたがいつの日か病を乗り越えて生きる道を見つけて目的を見いだし、円満な人格を持って豊かな人生を歩んで頂きます様にと心からお祈り申し上げます。

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脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラーメンが有名な処です。)これからも皆様のご質問に対して誠心誠意回答させて頂きたいと存じます。まだまだ修行中の身ですので至らぬ点あろうかとは存じますが共に精進して参りましょうね。お寺にもお気軽に遊びに来てください。
ご相談は朝から午後5時まで受け付けております。 人間関係や恋愛のお悩み、自殺願望、大切な方の死に直面した苦しみなど、どんな内容でも構いません。一人で抱え込まずに、ぜひお辛いお気持ちを吐き出してください。 仏様や神様、ご先祖様は、いつもあなたを見守り、聞いてくださっています。あなたが少しでも穏やかな気持ちになれるお手伝いをさせていただきます。

生きる死ぬは権利ではない

私たちは自分で生きていると思っている。自分の判断により生きていると。しかし、生きているのではなく、生かされているということに気づいて頂きたい。

自分の力の及ばないところで、この世に生まれ、なぜだか大きくなり、心臓は動き、怪我をしても皮膚は再生し、呼吸をして、瞬きをして、声はどこからともなく出てくる。目を開けばものが見える。音があれば体の中に入ってくる。物を口に運べば味がする。さわれば触った様な感覚になる。線香があれば香る。全て私たちの思い通りにならないところつまり法により生かされているのです。
何一つ自分なんてものを立てて生きてない。

それなのに、自分というもの(自我)を立てて思い通りにしようとするから、イライラもする。苦しむのです。まず、自分(自我)ありきの生き方をやめると、優しく、穏やかに、楽に生きることが出来ますよ。

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禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺住職。小学校教師。 悩みを吐き出す事で、ちょっと楽になれます。悩みの根本に気づき、明るく爽やかに生きていきたいですよね。 私自身、禅との出会いにより救われた一人です。皆様に少しでもお伝え出来たらと思います。 人は自分の都合を立てて物事に向き合うところがあります。私の回答も期待していたものと違うことがあるかもしれません。その時に素直に聞けるか、回答の内容を否定的に聞くかで救われるかどうかが変わります。疑問は出てくると思います。その時はご相談ください。
ご相談時間は不定期なので、いくつかご都合を教えてください。 ◆小学校教員もしています。子供、家族、ご自身のことお話をお聞きします。 ◆禅のおかげで私も救われました。禅の教えを基に「思い通りにしたい」という自分の都合や価値観から生まれた思い込みをほぐしていくお手伝いをします。 ◆仏教は人生を豊かにしてくれることを感じてくだされば嬉しく思います。

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