崩れそうです
前回、旦那の体調不良と転職についてご相談しました。その際、雨や風は必ず止むとありがたい言葉を頂き支えにしてきました。
ですが、その前に崩れてしまいそうです。旦那にとって社長である私の父に、体調のこと、今後の身の振り方について相談したところ、それはそれは酷い言葉ばかりをかけられ、旦那も限界にきています。旦那の病気は、原因不明の完治しないとまで言われ、痛みのあまり自死を選ぶ方もいらっしゃるような病気です。
いつもそうでした。私の人生や選択について、いつも親が口を挟むのです。金を与えてやってるんだから、言うことを聞けとでも言うように。特に父です。父は幼い頃から愛情を受けずに育ちました。そのせいなのか、人への愛情の傾け方、傷つけ方が異常で、時に相手が家族であっても人として吐いてはいけない言葉を平気で吐きます。
今もそうなのです。旦那は、頑固だし、人の言うことをあまり受け入れられないし、時には弱い人です。しかし、私たち家族のことを想い、父の会社への転職を決めました。それ故に体と心を壊してしまったのです。その彼に、田舎に帰れだの、娘は置いていけだの、ダメ人間だの、どうして娘はお前みたいなやつと結婚してしまったんだだの、、、もう父が何をしたいのか分かりません。
現状が変わらないことはないと分かっています。ただ、ただ、皆仲良く暮らしたいだけなのです。平和に平凡に。穏やかに。
いっそ私がいなくなった方が、自分がどれだけ酷い事をしてきたのか、それにどれだけ娘が苦しんだのか、父に気付かせる事が出来るのではとさえ思ってしまいます。
もう疲れました。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
因縁因果のこの世界。まだ「果」じゃない。
>いっそ私がいなくなった方が、自分がどれだけ酷い事をしてきたのか、それにどれだけ娘が苦しんだのか、父に気付かせる事が出来るのではとさえ思ってしまいます。
そうかも知れません。お父様は、きっと自分の立場や、「娘は自分がいなきゃなにもできない」という事に驕っているのでしょう。
「お父様の前からいなくなる」
「お父様を捨て、田舎に戻る」
というのは、あなたのためにも、旦那様のためにも、そしてなによりお父様のためにも良い選択かもしれません...。
驕れる者は、いつかその驕りで自らを滅ぼしてしまいます。そのような暴言を平気で吐ける人間というのは、必ず恨みを買い、恨みは呪いとなって暴言を吐いた人の元に戻ってきます。「人を呪わば穴二つ」ですね。
そうなる前に、だれかがお父様を救ってあげなければなりません。
あなたが目の前からいなくなり田舎へ戻ってしまえば、きっとお父様は少なからずショックを受けるでしょう。そして、「なぜあいつはいなくなったのか」と考えるでしょう。
そこから、何年かかるかはわかりませんが、いつかお父様が「おれが悪かったのか」と思ってくれるよう、神様仏様にお祈りするしかないのかも知れませんね....。
「逃げるは恥だが役に立つ。」まさにそうかもしれません。ときには、情けなくとも、悔しくとも辛い未来があっても、逃げなければならない時もあるでしょう。
仏教では「因縁」「因果」を説きます。
原因があり、縁という環境や道程に影響され結果が出る。
よく、悩む人は「こんな悪い結果になったのは、私の行いが悪かったんでしょうか」とお聞きになりますが、それは違います。
悪い状況というのは、自分の行いに関係なく訪れる「縁(環境)」なのです。
結果が原因となり、縁が原因となり、無限の因縁因果の絡まりで出来ているのがこの世界です。
まだ結果は出ていません。ここから、良い結果に導くのはあなたと旦那様次第です。
時には諦め、ただ祈るしかない事もあるでしょう。
それでも神仏に手を合わせ、人を憎まず、穏やかに過ごせることが出来れば幸いです。
人が迷う時
大変お辛い状況の様ですね、前回の質問と併せて拝読しました。
さて、お二人の人生です。親が口を挟もうが決めるのは自分たちです。このままただ待っていて雨や風が止むこともあるかもしれませんが、現実的には雨宿り先を探したり、晴れている場所へ移動するのが賢明でしょう。
私が少し気になるのはさくらんぼ様の希望と、ご主人の希望をきちんとすり合わせできているのかな?と感じました。
お父様も含め「皆仲良く暮らしたい」と思うのは娘として無理もないでしょうが、ご主人はどう考えているのでしょう?
また前回は公務員の給料では生活は苦しい、ご主人には能力があるのにもったいないと話されていましたが、ご主人はどうしていきたいと考えているのでしょう?
お父様の考えはこれまでの環境もありすぐに変わる事は難しいのではないでしょうか?ご主人も頑固ならば近くにいるとぶつかるのは目に見えているような気がします。
お父様の意見はお父様の意見です。お二人の今後のことはお二人で話し合い決断すべきでしょう。
お父様に気づいてもらうことを目的とするのでなく、ご主人の心身の回復と、お二人の希望するライフスタイルのすりあわせを目的として、雨風をしのぎながら歩んでください。
仏道でも目的のわからない、覚りに近づかない修行はいくらしても効果がありません。きちんと目的地をみすえ、地図の通り一歩一歩あゆむことが大切です。
「私たちは無知によって道に迷うことはない。自分が知っていると信じることによって迷うのだ。」
とはジャン・ジャック・ルソーの名言です。
山で遭難した時、「私は道が分かっている」と信じ闇雲に進む人はさらに奥深く迷っていきます。「道がわからない」と素直に認める人はその場にとどまり救助を待つことができます。
主人の気持ちがわかっている、二人の希望はわかっているとわかったことにするのでなく、今一度お互いの事をわからないものとして認め、手を取り合い支えあって目的地を見据えてください。
追記
お父様のそばにいたいのですね。しかしそれはお父様のためですか?「後悔したくない」という自分のためではないですか?思い通りにはならないのです。お父様が安心するためにもあなたは問題から逃げずにきちんと選択をしなければなりません。どんな選択でも後悔はあります。それをも引き受けれるのが一人前の人間です。
質問者からのお礼
逃げたいです。私じゃない誰かになりたいです。
旦那と冷静に話したくても、話せる状況ではありません。冷静に未来を考えたくても、考えられる状況にありません。旦那をとことん傷つける父の言動と、旦那が仮にでも私の親である両親を罵る状況と、唯一味方でいてくれると信じた母は、そんなに嫌ならば離れろ、あなたたちは甘いの一言で見放されました。
私はどうしたら良いのでしょうか。どこに逃げれば良いでしょうか。もう1人では、旦那だけでなく自分すらも支えられません。
有難い言葉を頂きながら、申し訳ありません。私は弱いのです。
逃げられないのは、病気でいつ死ぬかわからない父を見放し、逃げ、その間に父が亡くなれば一生の後悔につながるとわかっているからです。