hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

負けるとわかっているから挑まない

回答数回答 4
有り難し有り難し 31

私は人生で勝ったと心から思える出来事がありません
誰と何を競おうといつもいつもいつも負けてしまいます。
自信がなくて、自分を信じていないそんな私。
私は軽音学部という音楽に携わる部活に所属しているのですが、バンドのパート分けの時上手い人が選ばれるという仕組みなのですが、私も懸命うまくなろうと努力してるのですが、競う相手がとても上手い子で頭よくてなんでも出来る子が私と競う形になってしまいました
私は自分が負けるとわかっているので、相手に譲ったほうが気が楽といつもそうしてきました。
しかし、勝ち取りたいという気持ちもあります
相手に譲るか、勝負に挑むか
私はどうしたらいいですか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

挑まなければ、後悔は残ります  チャレンジしてみよう

音楽を勝ち負けのためのやっている訳では無いと思います。でも、バンドのメンバーのパート決めに当たっては、選考があり、上手い下手を競わざるを得ない。そして、競った場合、蒔ける可能性の方が高い。トッポさんにとっては、嫌な状況ですね。

そういう競争の場に立つのは、あまり気分の良いものでは無いでしょう。やめようかな、という気分になるのもわかります。でもね、やめても得るものはありません。たとえトッポさんにとって厳しい結果が予想されることであっても、チャレンジすることに意義があると思います。

他の方の質問への回答に、下記のように書いたことがあります。

アンナ・パヴロワの残した名言と言われるものの中に
「私にとっての成功は、 人々の称賛の中にではなく、
  自分の理想が実現していくという満足感の中にある。」とあります。
http://hasunoha.jp/questions/6923

仮に、バントの希望するパートを得られなかったとしても、それに挑戦し、挑戦するためにレッスンに励んだことはトッポさんの財産となります。今後、仲間と共に軽音楽を続けていくための財産となります。逃げるよりも、ぶつかっていく方が悔いは残らないと思います。今できる最善のレッスンを積んで、挑んでみましょう。

{{count}}
有り難し
おきもち

個別相談可能
 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努めております。決して容易いことでは有りませんが、一期一会の気持ちで相談に、葬儀法事に励みたいと思います。    最初法学部部にで学び、4年間ほど公務員をしていました。(税務署勤務)その当時の学びと経験を終活相談に活かしたいと思います。                                              昭和63年5月に住職となってから、30年が過ぎてしまいました。仏教学・禅学もそこそこ真面目に学んだつもりですが、宗教学・宗教民俗学に力を入れて学びました。そういう分野については丁寧な回答が出来るかも。
一人一人の気持ちに寄り添い、傾聴に徹して、心をほぐしてあげられるよう、努めたいと思います。 それと同時に、完璧に出来るとは限りませんが、其の人が歩むべき方向を一緒に考えてあげたり、次の一歩を踏み出せるよう背中をおしてあげられるよう、努めたいと思っております。

結果はどうあれ挑んでください!

トッポさん

音楽で勝ち負けは本来はないはずだと思います。音楽は楽しむもの。コンクールとか作ったりして、競い合うのはちょっと違うし、うまい子が選ばれるなんていうのもなんだか変だな~という感じがしました。

ところでトッポさんは、ほんとうはけっこう負けず嫌いではないですか?譲るほうが気が楽とか、負けるとわかっているから挑まないというのは、こころのなかでは負けることが、とても嫌だと思っているみたいです。

勝ち負けにはかかわらず、うまくなろうと努力することはとても素晴らしいことです。ぜひ、その前向きに努力する姿勢を大切にしてください。そしてすばらしい音を奏でることができたら、音楽においてはそれが勝者だと思います。

そのがんばった結果、うまくなったら選ばれることもあるかもしれません。それが自然な勝者です。譲る必要もなく、挑むのをやめる必要もないと思います。最大限の努力だけはする。
そして譲るか?挑むか? 挑んでください! できるだけの努力をして挑みましょう!

結果は選ばれても選ばれなくてもいいのです。勝ち負けもどちらでもいいのです。前向きに頑張ることが大事です。がんばってください。仙如

{{count}}
有り難し
おきもち

お釈迦様の教えと瞑想法は苦悩の多いこの世を生きるための「船」のようなものです。 人生には穏やかな波の日もあれば嵐のような日もあります。 どんなときでもお釈迦様の言葉を探すと必要な答えを見つけだすことができます たとえ嵐の日であっても波に飲まれないように「お釈迦様の船」に乗って心静かに瞑想しながら船旅を続けるのが仏教徒の生き方です わたくし≪仙如≫も 抵抗して、もがいてもがいて溺れかけて そんなことがようやくわかってきたところです(まだ溺れそうになることもありますけど!) 苦しいときはもがくのをやめて力を抜いてみてください・・・からだは水に浮かんできます。 そして瞑想してこころを静めましょう。そうすれば自分のこころの中に答えがみつかります。お釈迦様は最期に「自分自身をよりどころにしなさい」とおしゃいました。 諦めないで絶望しないで自分を信じて生きていきましょう。

勝ち負けとか有るのがおかしい

軽音ならもっと自由にやればいいのではないかと思いますよ。
部活に入らなくても、気の合う人や、選ばれない人と集まって演奏すればいいのです。
軽音同好会でも作ればいいのです。
練習しても選ばれずに人前で演奏できないなんてモチベも下がりますよね。
自由にバンドを作って学祭で好きな曲を演奏することを目標に頑張ってはどうですか?
それに、構成は型に囚われる必要はありません。ギターが2人でも3人でも、ドラムが2人でも、ボーカルが2人でも、太鼓や三味線があっても、なんでもありです。そんな自由な音楽が軽音だと思いますよ。

{{count}}
有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答していますが、無知未熟ゆえに質問を読ませていただくことしかできないことも多々ありますがお許しください。 回答は私個人の意見や解釈もあり、場合によっては浄土宗の教義とは少し異なることもあるということをご了承ください。 また、寺の紹介ページに電話相談についても紹介していますのでどなたでも気兼ねなくご利用ください。 ハスノハのお坊さんがもっと増えますように。 合掌 南無阿弥陀仏

良き敗者になれない者は、立派な勝者になれない。

タイトルは、女優のハル・ベリーさんの言葉です。

譲って、負ける。
挑んで、負ける。

「ポジションを競う」という視点では、どちらも負けです。

しかし、「良き敗者」という視点では、どうでしょうか?

最初からあきらめてしまうのか、自分の弱さにとことん向き合うのか?

真の勝敗は、選抜結果ではなく、自分の心が決めるものです。

「立派な勝者」になるためにも、まずは「良い敗者」になる覚悟を決めてみてはいかがでしょう?

「良い敗者」が奏でる音は、「立派な勝者」にも引けを取らないと思いますよ。

応援しています!

合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

質問者からのお礼

本当にありがとうございました

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ