皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

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孤独を感じてしまいます。

いつもありがとうございます。ハスノハに出会い救って頂くことが何度もありました。色々とあり二年がたちました。私は家族を大切にしたい思いが強く、子どものために自分のために今は主人と平和に暮らしています。でも悲しいことに裏切りや苦しかった記憶が頭から離れず、
平和に暮らしているのに孤独を感じます。主人に嫌われまいと自分を抑え、いい妻を心がけています。夫婦なのに相手の顔色を伺うのって悲しいなぁと…本音で話せる夫婦に憧れてしまいます。相手を恐れず、もっと自分の意見が言えるようになるにはどうすればよいでしょうか?
自分の意見を言っても、主人が不機嫌になったり責め立てるように反論してくるのが怖いのです。もっと強くなりたいです。

夫婦関係
有り難し 17
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

守るもの

自分にうそをつきながら生活していくのは苦しいですよね。

この言葉を言ったら不機嫌になるだろうなぁ、とか、こう言う言葉が返ってくるだろうなぁ、とかある程度予想出来てしまうので、言わないでおこっ、てなっちゃいますよね。

でもそこは自分のために言いましょう。変化を怖れない。どうなってもいい。うまく言えなくて取り乱したっていい。責め立てられておろおろしたっていい。

「弱い自分」を自分の中に作って、その自分を傷つけられまいと守りながら旦那さんに接しているような印象をうけました。「弱い自分」という名の赤子を抱えながら、傷つけないように、守らなきゃ、守らなきゃ…。

でもそんな弱い自分なんて居ないんだと思います。自分が勝手に作った自分です。守るものがあるから怖いんです。ないと分かれば怖いものなしです。

ご主人が暴力を振るうような方ならべつですが、そうでなければ、言いたいことはいいましょう。言葉は道具です。相手を傷つけるような武器としてではなく、思いを伝える道具として。
泣きながらだっていいです。伝え切りましょう。私はこう思ってます。と。

文章を拝読したこちらの勝手な解釈からの意見です。参考まで。合掌

回答僧

円通寺

邦元

自分の本質を見抜く

自分とは一体なんなのでしょうか?体のこと?心?多くの方は、自分とはそのように思っているのでは無いでしょうか。
思いや考え方は、あなたではなく、ただ幻のように「思えた」ということがあるだけです。そこをつかもうとすると苦しくなります。

大切なことは、怖いという思いを掴むことではなく、手放す、ということでもなく、そのまんまただの思いに過ぎないから放っておくことです。
あなたの目の働きは、目の前の湯のみ🍵を見るときと、旦那さん👨のを見るときで働きは違いますか?怖いとか言いますか?

同じようにただ働いているだけです。その目の前のお茶を飲んでも、美味しい、まずいという前に、ただ、その味がするのでしょう。そうした体の働きに目を向けて行くと、自然とただ旦那さんを見ることができるようになります。
つまり禅ということです。
緊張感もとれてくると思いますよ。


質問者からの有り難し - お礼

宗像さま、邦元さま、ご回答ありがとうございました。ちゃんと伝えることを怖れていた私にとって、言葉は思いを伝える道具、何か反論されても怖い思いをほおっておく、心にとめておこうと思います。禅についても自分なりに勉強できたらいいなと思います。

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