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娘の死、その後

回答数回答 8
有り難し有り難し 52

お世話になります。
いつも励まされております。亡くなって4ヶ月、来月には16歳の誕生日を迎えます。
朝5時半、お手洗いで倒れていた姿は何度もフラッシュバックします。
4時には声を交わしていた娘、一週間前前は二女と買い物、プリクラの元気な姿、翌日は卒業式、誰が悪性腫瘍がらあったなんて思うでしょうか、今でも信じられません。
そのお手洗いの意識のないのがわかる、普通じゃないと感じたあのショックもあり、引っ越しを考えています。
ただ、やはり引っ越しもありじゃない?てかたもたくさんいますが
中にはお姉ちゃんとのここでの思い出がなくなるんだよ!て言われるかたもいて気持ちは引っ越しに向かっていますが、もしかして長女はここに居たいんじゃないかとか考えてしまいます。
前向きに考えたいのに、いつもいいのかなて悩んでしまいます。

2013年7月4日 9:03

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お坊さんからの回答 8件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

じゅんちさん

こんにちは。
愛する娘さんを、亡くされた悲しみ、お辛いですね。
月日が解決してくれるなんて言ったりしますが、それはなかなか難しく、経てばたつほど 思いは増すものです。残されたものにとっては、本当に辛い苦しみです。

私なら どうするでしょうか。。。この場にいたい、離れたい。
今、仏となり、 私たちの側に いつでも一緒なんですよと言われても、その姿は 煩悩がある私からは見えませんから、時には寂しさが募るでしょう。どこに行っても。

じゅんちさん ご家族の、お気持ちが少しでも 落ち着くのでしたら、引っ越しも良いかもしれませんね。前に進むためにも。ご家族皆さんが 出された答えが、娘さんも 望んでおられる事だと思いますよ◎
ただ、お手継ぎ(菩提寺)の お寺様とは、これからも 大切な ご縁を繋げていただきたいなと思います。娘さんとの 尊い仏縁を 大切に、ありがとうと感謝できるときまで。

2013年7月4日 11:32
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有り難し
おきもち

はじめまして(*^^*) 中田みえです。 住職として、中学生の息子の母親...

4ヶ月、13ヶ月、24ヶ月

じゅんちさま。

もう4ヶ月、でしょうか。それとも、まだ4ヶ月でしょうか。
どちらも感じる事があるでしょうが、15年以上の歳月をかけて築いた母娘の関係性です。短い期間で悲しみが癒えるものではないと思います。お辛い日々が続きますね。

欧米ではグリーフケア(近親者喪失による悲嘆ケア)は13ヶ月を基本とするそうです。
「その人が居ない1年プラス1ヶ月」という事のようですが、でも私は、最低でも24ヶ月は必要ではないかな、と思っています。「その人が居ない季節」を2巡りしていくうちに、徐々に実感していくのです。

もちろん2年でスッキリするという事ではありませんよ。特に逆縁(年少の者が先に亡くなる)の場合、完全に受け入れるなんて事は出来ないのかもしれません。

引越の件ですが、楽しい思い出の場所を無くすのか、辛い思い出の場所を無くすのか。どちらを選ばれても一長一短ではないかと思います。じっくりとお考え下さい。

ただ、亡くなった方が霊となってその場に居る、なんて心配はしないで下さい。
長女さんは仏さまとなって、いつも何処でも、じゅんちさん家族を見守って下さっている、と私は信じています。

2013年7月4日 9:42
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有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

誰からもその存在を忘れ去られたとき、人は二度目の死を迎える。

なまんだぶつ。
じゅんちさま。

悲しみがなかなか消えないからこそ、私どものような僧職の役割が必要なのかなと、じゅんちさまとのやりとりを拝見して改めて感じました。

タイトルと似たようなことを、海賊漫画で出てくる船医の師匠が言っていました。
ですがそれよりもずっと前に同じことを言っていたお坊さんもいました。

本願寺3代 覚如さんの息子、存覚さんという方が浄土見聞集という書物に書かれていたようです。
死後、3年経ってこの世を見てみると死んだ私のことなんかみんな忘れてしまっている。
私の存在が消え去ってしまったことを深く悲しんだそうです。

体は死んだかもしれませんが、遺された人の心に残っているうちは故人は二度目の死を迎えなくて済む。
大切な人が死んだ悲しみより、その事を忘れた悲しみの方がもっと深い。
その事は心に留めておいてください。

ネットで検索すれば出てくると思いますが、悲しみからの回復には四つの段階があると言われています。

引っ越ししようがしまいが、じゅんちさまやその家族のなかから娘さんのことが消えることはないと思います。
ですから、引っ越しに関しては娘さん以外の要件で判断されても大丈夫です。

浦上さんもおっしゃられていますが、悲しみの回復には時が必要です。
その場その場の痒いところに手が届くような返事はできないこともありますが、またお気持ちを聞かせてください。
他のご姉妹さんのことも大切に。
なまんだぶつ。

2013年7月5日 12:00
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おきもち

『壊してしまうのは一瞬でできるから、大切に生きてと彼女は泣いた』 という...

思い出は永遠

じゅんち様へ

この度は愛する娘さんを亡くされ、その悲しみ大変辛いことと思います。

人の思い出はずっと心にいることができます。
その人が忘れることがなければ
まずは残された自分たちが今どうしたいのか
そこが大切なことではないでしょうか。

分からないときは
長女さんに問いかけてみましょう。
何か答えが返ってくるかもしれません。

             合掌

2013年7月20日 9:55
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おきもち

鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...

じゅんちさん、こんにちは。

亡くなった家族のために、それほどまでに考えること。ひとりの人間として、すごいことだと思います。
そして、そのように考えるのが人間でもあるのかな・・とも思います。さらには、考えた上で、行動するのが人間でもあるのかな・・とも。
たとえば、恐山に行く。ムカサリ絵馬。・・・お墓参り、仏壇に毎朝お水をあげる、もそうでしょうか。

ただし、それは母親のつとめとして、家族のつとめとして、人間のつとめとして、という「強制は無い」ものでしょう。
誕生日を祝うのも、祝いたいからです。悲しく思うのも、悲しいからです。
引っ越したいのも引っ越したいから、引っ越したくないのも引っ越したくないから。

じゅんちさんが思うように、次女さんも、夫さんも、いろいろと思い出すことがあるようですね。
「家族の思い出」という視点、には「楽しい思い出」「悲しい思い出」の振れ幅があるように感じます。このグラデーションについて、ご家族とお話しされることをおすすめします。その家に住むのは、ご家族ですからね。

2013年7月4日 15:08
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有り難し
おきもち

「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

人生は喜怒哀楽がつきもの。

 愛する娘さんを、亡くされ、中々気持ちが楽にならないと思います。私はなぜここに悩みを打ち明けたかわかる気がします。腫れ物にふれるような話題。面と向かい誰が話せますか?私ならできません。周りの空気が・・・。となってしまいます。専門医?行ける気分になるまで少し時間がかかりそう。同じ立場のコミュニティー?あなたの悩みなんて私に比べたら・・・。などと言われそう。色々負のことを考えると思います。あくまでも私ならですよ。この中で「そんなことないよ。」とあなたが思えるなら、是非利用してください。
 私はあなたのような立場の人が面と向かってもし来た場合、上記のことは言えません。このようなサイトの相談室だから言えるのです。やみくもにあちらどうですかと丸投げしたり、娘さんが見守っていますよという方便も不器用なので言えません。
 一番つらいのは喜びたいときに喜べず、怒りたいときに怒れず、哀しいときに哀しめず、楽しいときに楽しめないことです。
 もし、私の回答を読んで、怒りを覚えるならどうぞ怒ってください。哀しめるならどうぞ哀しんでください。誰にも相談できない気持ちをもっとこのサイトを利用してぶつけてください。
 人間は生まれた時から、ひよっとしたら生まれる前から死というものと隣りあわせかもしれません。僧侶になれば毎年正月に遺偈(辞世の句)を作ります。年に一回は家族で死について考えることも大切になると思います。
 引っ越しについてですが、経済的事情、近所付き合い、お子さんの学校の事もありましょうですから、一時的な感情で決断せずにもう少し落ち着いてから考えてもいいと思います。
 最後にこのご縁を大切に思います。デリケートな話題なので不愉快な思いをさせたのかもしれませんが、自分がもしこの立場ならと考えたことですので失礼がありましたらお許しくださいませ。

2013年7月5日 2:39
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有り難し
おきもち

ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

じゅんち様。

こちらでの相談はもう何回に成られましょうか…

こちら以外にも何処かでご相談は為さって居られましょうか?
こちらだけでなく、実際にお顔とお顔を合わせてのご相談を為さって居られるのでしょうか?
もしなさって居られないのなら、どうぞ「実際にお顔とお顔を合わせてのご相談」を為さって下さいませ。ネット相談の限界を超えて居るのではと懸念し、此の様にお奨めする次第です。

2013年7月4日 11:13
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有り難し
おきもち

色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

辛いのは仕方がありません。

引っ越しと言うことになればこちらで相談するより、
家族で話し合われた方が良い問題と思います。
「フラッシュバック」と言う感情が出てくるのであれば
専門医に相談するのも良いかもしれません。
悲しみを和らげる方法に「TFT」と言う手法もあります。
http://www.jatft.org/stress-caring.html
同じような境遇の人が集まるサイトを探して
相談するのも良いでしょう。
こちらで相談することで心が安まるのならそれも
良い方法です。
しかし悲しんでばかりで亡くなった娘さんを
苦しめるようなことはしないであげて下さい。

2013年7月4日 14:43
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有り難し
おきもち

50代、妻と娘2人。 若い頃はタイやインドなどアジアを中心に10年程旅行...

質問者からのお礼

まだ、そういう集まりにいけるほどでもなく、お寺さんも親の知っているかたに納骨などお願いしたのでそんなに聞いてもらうほどでもなくこちらに聞いていただくことで落ち着けているのだと思います。
様々なアドバイスをいただき感謝いたします。

ありがとうございます。こちらに相談する私の気持ちをわかっていただけて嬉しいです。どこかにいくとか足を運んで面と向かってができないのです。話を聞いてくれる一緒に泣いてくれる長女の友達ママもたくさんいますが、こちらに打ち明けるのとは違う気がします。こちらに聞いていただく事が落ち着いたりするんです。

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有り難し有り難し 11
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有り難し有り難し 22
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有り難し有り難し 14
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大好きな祖父の死が受け入れられません

文才がなく、読み難い文章で申し訳ありませんが、御教授頂ければ幸いです。 小さい頃に両親が離婚をして、祖父母に育ててもらいました。私にとって祖父母は両親以上に親だと思っています。 一昨日、大好きな祖父が亡くなりました。 10年前に末期の前立腺がんと診断され、それから懸命の治療をしてきました。昨年に末期の糖尿病を患い、今度は食事制限が始まりました。 今年に入り、血栓が見つかり、脚がぶくぶくに浮腫んで歩くこともままならなくなった祖父。 先月、いつもの抗がん剤治療のため病院へ行ったら、酸素飽和度が低くなっているため治療が出来ず、そのまま入院。酸素投与をしながら様子を見ることに。 脚の浮腫もあり、入院中も寝たきりで家族とは祖父が帰宅したら家での介護は難しいかもしれないね、と話していた矢先、祖父の容態が急変。 その時一命は取り留めたものの、間質性肺炎を患い「いつ何が起こるかわからない状態」と医師に告げられました。 入院中出来る限りお見舞いに行き、ときには病院へ泊り込み。個室だったため24時間家族の誰かしら祖父の近くにいる状態が続きました。 ある夜、祖父が私のことを呼んだので「何をしてほしい?」と聞いたら「苦しい、痛い、もうおしまい」と祖父が言いました。私はそれを聞いて祖父に隠れて泣きました。私が少しでも長く祖父の傍にいたいという気持ちは祖父にとって苦痛でしかないのだろうかと思い、とても辛かったです。 祖父の最期は家族全員で見守りました。呼吸が浅くなり、そして止まり、心臓が少しずつペースを落としていきました。 死ぬ間際まで耳は聴こえると聞いていたので、ひたすら「じじ、じじ、大好きだよ」と祖父の頭を撫でながら耳元で伝えました。 祖父はどんな気持ちで旅立ったのでしょうか? すごく苦しくて痛くて辛かったんでしょうか? 私の最後の言葉は届いていたのでしょうか? 祖父母の家から徒歩数分のところに住んでいるのに、入院する前になんでもっと会いに行かなかったんだろうととても後悔しています。 医師に言われて、私なりに覚悟をしていたのですが、今も祖父の死を受け入れられません。 入院中脚をさすってあげたり、お口の中を拭ったりしかしてあげられませんでした。もっと沢山お話をすれば良かった。ひ孫を見せたかった。 辛くて悲しくてどうしようもありません。立ち直れません。会いたいです。

有り難し有り難し 12
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友人の死を乗り越える

以前、親友の死について質問をさせて頂きました。そこにあった彼女の死から学び自分らしく生きていくことが大切だというご解答がとても心に響き、前向きに生きてきたつもりです。 しかし、今になってまた彼女を失った悲しみが押し寄せてきて辛いです。 もう3年も経つのに、一時は気持ちが落ち着いていたのにおかしいでしょうか。 彼女の携帯は動いていないのですが、SNSのアカウントが残っているので最近は連日そこにメッセージを送っては涙しています。もちろん既読になることはないのですが、近況を報告したりすると少し気持ちが落ち着くと同時にもういないんだということを再認識して辛いです。 こんなことはやめたほうがいいのは分かっているのですが、どこかまだ受け入れられていないのかもしれません。 さらに、最近また子供を授かることができました。そのことを親友に報告したかったという気持ちが大きいような気がします。 赤ちゃんが部屋の中を見回してニコニコしているのを見るともしかして会いにきてるんじゃないかと思い嬉しいと同時に悲しくなってしまい、涙が出てしまいます。 夜中にお墓参りに行けば会えるんじゃないかなど馬鹿なことを考えて主人を困らせることもありました。子育ては楽しいし、普段の生活は明るく過ごせていると思います。ふとした時に気持ちが落ち込んでしまうのです。 何度も繰り返すこと辛い気持ちは乗り越えることができるのでしょうか。

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叔母の死が心に引っかかっています

今年の三月に、お一人様だった叔母がガンで亡くなりました。 彼女は海外生活が長かった為、自己主張が激しく、他人への接し方も物凄く厳しかった上に人の悪口ばかりを言う人だったので、周囲の人達から避けられていました。また、実姉である私の母とも会えば直ぐケンカになってしまう事が多かった為、彼女一人では出来ない身辺の世話は、長年私の役割になっていました。 (私が思春期に入る頃に別の病気で帰国してきた時は勉強面でこちらがお世話になることが多かったのですが、こっちもこっちで反抗期だったのでやはり喧嘩の繰り返し…。落ち着いて接し合う事が出来るようになったのは、私が大学生になって彼女への接し方を学んできた頃からだったと思います。 クリスマスにはお手製のディナーを振る舞ってくれたり、紫陽花の季節には一緒に遠出をしたりと、いい思い出もだんだん作れるようになっていました。) ですが、8年前にガンが発覚して (たまたま私が家を訪ねた時に物凄く体調を崩している姿を発見し、「このまま死にたい」という彼女を泊まり込みで1ヶ月掛けて説得して病院につれていきました) 以降、入院中はほぼ毎日病院に通い、退院しても診察の度に病院まで送り迎えをし…。彼女がだんだんと弱っていくさまを一番近くで見ていました。昨年春に余命宣告された時には涙が溢れて止まりませんでした。 病状が悪化してからも、彼女は先述の通り我が強かったので、在宅介護の方に説得されても頑なに意思を曲げず最期まで自宅にいる事を選びました。最期の日、意識のあるうちに「私の叔母さんでいてくれてありがとう。大好きよ」とお別れをしました。 そして、息を引き取ったあとは、彼女から生前言われていたとおりの手はずを整えて葬儀も終えました。 …なので、何もかもを完璧に終えたはずなんです。終えたはずなんですが、私だけがまだ、叔母の死を受け入れきれてない気がするんです。 叔母が好きそうな猫のグッズを見つけたり、よく一緒に行った場所へ行ったり、出かけるために車の運転席に座ったり…。そんな一瞬にさえも、叔母の存在を思い出してしまって、なんとも言えない気持ちになってしまうのです。 他の人はもう、彼女の死を受け入れて前へ進んでいるのに、このままでは私だけが取り残されてしまったままになってしまう様な気がして、不安でなりません。どうしたら、私も前向きになれるのでしょうか…

有り難し有り難し 5
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父の死

回答頂けたらありがたいです。 先日、離れて暮らす74歳の父が4ヶ月間の闘病の末亡くなりました。白血病でした。 入院後すぐに医師から余命数週間から数ヶ月と家族だけに宣告され父に悟られないように平常心で接してきました。 父は「来年は~」と未来の話をしたりして私達家族は「そうだね!早く治さないとね」と苦しくて胸が張り裂けそうになりながら嘘をついて父を励ましていました。 変に優しくしたら悟られると思い4ヵ月の間お見舞いには行くものの、いつも通りの素っ気ない態度を取ったり、車で片道1時間半の病院だったのもあり毎日はお見舞いに行けず、でも毎日行っておけば良かったとか、もっとありがとうの言葉を伝えれば良かった、お父さん大好きだよって伝えれば良かった…と後から後悔が押し寄せてきて泣いてばかりいます。 息を引き取る前に「お父さんの娘で良かったよ、ありがとう」と伝える事は出来たのですが意思疎通も出来ない中で言っても…もっと会話が出来るときに何故言わなかったんだろうとグルグル考えては泣いての繰り返しです。 父が亡くなってからテレビを見て笑うのも、美味しいご飯を食べるのも普通の生活をしている事自体、申し訳ないような罪悪感があり辛いです。 父は私の気持ちを分かってくれているでしょうか? 生きてる時と変わらず見守ってくれているでしょうか? 本当に辛いです。

有り難し有り難し 33
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祖母の死が自分のせいではないか。

今月祖母が亡くなりました。脳梗塞からの誤嚥性肺炎で、死因は急性呼吸狭窄症候群というものでした。 ここ一年は、胃ろう生活で口から食べることを一切許されない状態でした。 その状態を、不憫に思った私は、施設に往診に来てくれている主治医に、何とか口から食べさせたい旨を伝えて、なんとか、検査入院させてもらえました。結果は、やはり、難しいとのことでした。丁度、胃ろうの交換の時期に当たっていて、いつもはA病院でして貰っていた物を、今回は検査入院できる、B病院で、胃ろうの交換をすることになりました。 入院中は、意識もはっきりしていて、ハナセハしない物の、手は動かせたりしてました。しかし、胃ろうの交換の時、胃の内容物が、逆流してしまい、肺に入ってしまったと主治医からの説明がありました。極めて危ない状態であると言われました。交換から帰ってきた祖母は、とても、苦しそうな呼吸にかわっていて、私は大変なことをおばあちゃんにしてしまったと思いました。主治医は、簡単な処置だから付き添いも要らないですよ、と言われてたので、とても、納得出来ませんでした。そこから、六時間後には、もう、祖母の意識は薄れているようで、マスクタイプの人口呼吸器などを付けて貰いましたが、翌早朝、いきをひきとりました。 私が、口から食べさせたいなんて、思わなければ、相談しなければ、こんな結果にならなかったんじゃないか。おばあちゃんは、息が出来なくて、苦しみながら亡くなったんだと、母や、母のお姉さんに、申し訳ない、いろんなきもちがわっと来て、胸が苦しいです。 ネットとかで調べても、そもそも、胃ろうしてる時点で、延命治療なんだから、とか、胃ろう交換に、耐える体力がなくて、病気や老いの方が、何枚も上手なだけだったとか、でてくるのですが、いつもの、A病院で、いつも通り交換を、していたら、まだ、おばあちゃんは、生きてて、あんな苦しい死に方しなかったんじゃないかと、自分を責めてばかりです。 おばあちゃんは、今どう思っているのでしょうか。

有り難し有り難し 12
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