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座禅を始めました

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入門書を読み座禅を始めましたが、なかなか呼吸に集中できません。
10を数えるまでに何かしら考えが浮かびます。15分ほどの線香を使っていますが長時間に感じます。
ただ線香が無くなるのを眺めながら考え事にふけることもあります。
それでも、座禅を組まないよりは心が落ち着くので、習慣にしたいと思うのですが継続のコツや上達法などご指導いただけないでしょうか。

2017年3月13日 15:45

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

近所のお寺の坐禅会を利用する

こんにちは。

 坐禅を習慣にしたいとのこと、良いことですね。

 坐禅は長く感じますよね。考えが浮かぶのは仕方がないです。坐禅はそれにつきあわないようにします。つまり「考え事にふける」のでは坐禅にはなりません。

 坐禅を続ける最も良い方法は、近所のお寺の坐禅会に行くことです。
 ご自宅ですと、電話が鳴ったり来客があったり、なかなかゆっくりできないものです。
 その点、家から離れた所へ行けば、そのような事もありません。気持ちも切り替わります。一緒に参加している人の目もあるので、途中で「今日は集中できないからやめよう」ということになりません。また他の参禅者と一緒だと続けやすく、また励みになります。ご住職から坐禅の心得も教えてもらえます。

 禅宗のひとつ曹洞宗の寺院でしたら以下で検索ができます。
 http://www.sotozen-navi.com/index.cfm
 またこのような活動もしています。
 http://www.sotozen-net.or.jp/asakatsuzen

2017年3月13日 17:16
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有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/40歳代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが...

やってみるしかない

坐禅は集中するようなことでも、呼吸を数えるようなことでもありません。そんなことはお釈迦様も道元禅師も言ってません^ ^

足が組めなくてもいい、ただ今の様子にいるだけ、座っている時の様子にいるのです。考えたり思いを追うこともしない。つかまないのです。

掴みようもない現実に気づく教えです。それを目、耳、鼻、舌、身体五感で知るのです。見つめたり観察したりもしないのです。だから呼吸にも意識を向けません。

すると真実は今しかない、そして、自分だと思ってきたものが何にもないことにも気づけます。

そこに救いがあります。

文字だと伝わりにくいことは、実際に坐禅会で話を聞くのが一番です。考え、理解する教えではないことに気づけるといいですね。

2017年3月13日 22:44
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有り難し
おきもち

人間を開店休業

有名な禅の老師がおっしゃています。

「坐禅は、人間を開店休業する行である」

生命としては大開店しているが、人間としての考えたり解釈したりする行いはお休み状態、ということです。

解釈したり価値を与えたりする人間的考えが、生命としての自然さ、自由さを押さえ付けてしまっている。ので、それを開放してあげて、自然とのつながりに気付いていくのが坐禅です。そう言う「方向性」で坐禅を探究すれば、間違いはないかと思います。

2017年3月14日 16:12
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有り難し
おきもち

若輩者ですが、宜しくお願い致します。

質問者からのお礼

ありがとうございます。
一度参加してみたいと思います。

「坐禅について」問答一覧

坐禅接心の警策で師から痛打された理由

接心会で老師が検単に回られた時に警策で痛打されたのですが理由が判りません。 もちろん坐禅における警策について承知しているので打たれた事を云々言うつもりはないです。ただ通常より強く打たれたので意味があるのでは・・と思っています。 30代女。坐禅歴約10年。 臨済宗の某寺の接心会に一日だけ参加させていただきました。 約10年ほど地元のお寺の座禅会に通ってますが、初めての接心坐禅の参加で戸惑い周りを見ながらも何とか一日が終わろうとしてました。 最後に老師が検単に回られた時に出来事が発生しました。 老師が禅堂内を回られる時に一人の若い雲水と私の前に札を置いて行きました。 何??と思っていると、一周回った老師が札を置いた若い雲水の背中に警策を押し当てると思いっ切り振りかぶって背中を何発も激しく痛打しました。通常の警策は左右二発でしたが十発以上は打ってたと思います(正確に数えてません) そして私の元にも歩み寄り「体にさわりが無ければあなたも強く打ちますがいいですね」と確認があり、頷くと私にもおそらく十発以上の強い警策が打ち下ろされました。背中が壊れるかと思うほどの強い連打に声が洩れて早く終わって欲しいと願う程でした。 帰り際に周りの人に聞いても「女性にあんな警策するのは驚いた」と話すばかりで肝心の理由は教えてもらえませんでした。 老師を訪ねて直接聞けば良いのですが勇気がありませんでした。 心当たりは「痛かろうが足はしっかり組みなさい」とお声掛けがあったのに坐禅の足を結跏趺坐にしたり半跏趺坐にしてたこと? しかし、結跏趺坐の指定はなく隣の人はずっと半跏趺坐で坐っていたので違う気がしますが心当たりはこれぐらい。 一般論で構わないので私の状況で強く打たれた理由を教えてください。 厳しい言葉でも構いません。

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