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自ら死ぬ時、まわりを後悔させたくない理解してほしい

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2度目の質問を書きます。
お盆には彼の実家の手伝いをし、彼の四七日がありました。檀家さんへの挨拶では私との付き合いを再び話されました。葬儀でもそうでしたがすでに有名人です。家族のように存在するが家族ではない、彼の実家は孫が生まれて明るい光が差し込んでいるのを感じますが、それがまた私だけ とりのこされたようです。昨日から自宅に戻りましたが以前よりも孤独の苦しみを感じます。気持ちが落ち着いたと思っていたのに、冷たい顔、痛々しい跡。留守電に残った「電話に出てください、誤解なんだお願いします」と言う言葉を何度も聞いて、自ら死を選ぶ道しかみえません。ただ、急にいってしまう事はまわりに後悔する人を増やしてしまう、迷惑をかけたくないと思いますので、仕事を休みまわりにも楽になるために自分で選んだ道、誰に何を言われようと生きてはいけない。と言うことを伝えて死にたい。悲しませることは分かりますが早く楽になりたい気持ちしかありません。10月には百か日が終わりますので、それまでに片付けなどを済ませていきたいと思います。これからは辛い、苦しい悩みは他人には言わないようします。こういう道もあるのだと思いますが、仏教の教えでもよしとはされないのでしようか?
何か一言でも言葉がいただければ今日1日のちからとなれる気がします。
よろしくお願いします

2015年8月19日 21:26

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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

心は無常

まず、自殺願望は「うつ」が原因の場合が大半ですから、あなたの脳・神経の状態が健康に戻れば、
「死にたい」という願望自体が消えてしまう可能性があります。
風邪が治れば鼻水が止まるように、うつが治れば自殺願望が消える場合があるのです。
是非、心療内科など専門機関に相談してみてください。

仏教では、心は無常であると言います。
つまり、感情は時間とともに変化するのです。
しかし、自殺してしまえば事実は消せません。
自殺を決行してから、実際に息を引き取るまでの間にでも気持ちが変わって、「やっぱり死にたくない」と思う可能性があります。

仏教は自分と他人の悩み苦しみを減らすための教えですから、自殺することで周囲の他人を苦しませるとわかっている場合、自殺はおすすめできません。
ですから、自殺しないで、自分の悩み苦しみを減らす方法を探すのがベストです。
くりかえしますが、心(自殺願望)は無常(変化します)。
トイレでおしりをふく瞬間にも自殺のことを考えていますか?
自殺のことを考えない時間(秒単位にコマ送りで心をプレイバックしてみてください)は、
今日だってあったはず。
自殺願望が消えている瞬間の心を、うまくつかんでください。

人の欲求は独り歩きします。パズルのピースを手に持ってしまったら、型にはめこみたくなる。そこでは、なぜパズルをしだしたのかの理由が置き去りになり、欲が主導権をにぎり手を動かす。
自殺願望も、本当に自殺が必要かの理由を置き去りにして暴走する欲求になりますから、ご注意を。

2015年8月20日 12:42
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

死んでも償いにはならないと思う

あなたが死んでも正直、償いにはなりません。どうか貴女だけは生きてください。
あなたの家族も同じ思いをして、後追いで死んでしまいます。
どうか負の連鎖を断ち切ってください。
理解して受け止めてくれる人たちもここにもちゃんといます。
私も学生時代に自殺願望がありました。夜も寝られず、いいちこの一升瓶を立て続けに飲んで最後に遺書も書いて2日でウイスキー900ボトルを3本開けた時、血を吐いて、ああホントに死ぬんだ!と思いました。
その時、私はそれまで死にたかったはずなのに「私の命」はガタガタぶるぶる震えて生きたがっていることに気が付きました。死を選ぶ前にどうか、そこを感じてください。
死ぬ前に思い出してください。心臓はドクンドクン、目はかっぴらき、ああ、死んじゃだめだ!生きたい、この苦しみから救われたい!自分の意志は死のうと思っていても自分の生命の主は助かりたいと叫んでいる声を聞くことを忘れないでください。
あなたの死にたい意志に勝る、あなたの生命のSOSを聞いてください。
私も当時、ああ死んだらどんなに楽だろうと思いました。
死んだ方が楽だと思えて仕方ないのですよね。
人から誤解される事、冷たい視線を浴びる事、本当につらかったです。
丁度うちのお寺にも毎日のように自殺したいという方がお見えになっています。
家族を含めた3人が自殺。人も死に追いやってしまったそうです。
彼も今、生きることを頑張って選択してくれています。
人付き合いを思い切って変えるだけでいいのです。
彼を追い込んだのは、あなたと出会う前からの長い付き合いであった彼の家族と麻薬、薬の多量摂取こそが深く関わっています。あなたじゃありません。
もっと世界って、真実を理解してくれる、やさしい人たちって、沢山います。
彼は最後まで親の拘束に反抗できなかったのではないでしょうか。
もう、あなたまでもが命を絶つ必要なんてありません。
責任を感じるならばその分、誰かのためになってあげてください。
人間、一生、自分の命を生きるしかないのです。
あなたにはあなたの選択があります。
自殺をしたがっていた私も彼も、今も生きています。
生きて、生きてあなたのような苦しみを味わった人の力になってあげてくれませんか。
死ぬくらいの力があるなら、うちのお寺に来てください。是非ともお伝えしたいことがあります。

2015年8月21日 9:30
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

ご紹介と押しつけですが

 この「hasunoha」はインターネット上のQ&Aサイトですが、お坊さんと手紙でやりとりできるグループもあります。「自死・自殺に向き合う僧侶の会」といいます。担当のお坊さんが往復でやり取りして下さるそうです。私はそちらには属しておりませんが、コンタクトしてみてはいかがでしょうか。気持ちを文字にすることで、何か変化が起きることはあり得ますよ。

 もう一つは、私からの願い・祈りです。
 貴女の文章の最後、「何か一言」とは、とても良い問いかけだと思います。
千一夜物語をご存じですか。アラビアンナイトです。「続きはまた明日」「また明日」…。と、いつ果てるか分からない物語が続いていくのが特徴です。いくら「いい話」を聞いても、いつ「究極の答え」が来るかは分かりません。この「hasunoha」も、明日になれば、また新しい問答がなされている筈です。いつの日か、あなたが「早く…しかありません。」以外の思いを抱くことが起きるかも知れませんよ。明日も「hasunoha、今日はどんな問いかけが来てるかな」と、他の方からの問いも開いてみて下さい。そこに「何か一言」を発見するかも知れませんよ。

 こんな事を書くのははなはだ押しつけがましいと思うのですが、私は、貴女のことを祈っています。貴女が勇気を出して、ご自分に素直に、お気持ちを表明して下さったからです。有り難いことです。

2015年8月20日 22:52
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊...

悲しみを増やしてはいけない。

大変辛い思いをされているご様子。
お察しするに余りありますが、もう一度考えてみて下さい。

あなたよりももっと苦しい思いをされている方々があなたの目の前にいるのではないですか?
我が子に先立たれることは、親として想像を絶するほどの苦悩です。
出来れば身代わりになりたいとさえ真剣に思えるほどです。
何十年も手塩にかけて育ててこられたご両親、特に、お腹を痛めて産んだお母様の苦しみはあなたなどの比ではないはずです。

あなたは彼を自分のせいで死に追いやってしまったとご自分を責めているかも知れませんが、並の親ならば、それを聞いてあなたを恨んでもおかしくありません。

しかし、それを知って尚、あなたを温かく周りに紹介して下さるようなご両親です。
そのご両親は、あなたのことを我が子のように思ってくれているのではありませんか?

あなたがこの世を去られて、彼のご両親に追い打ちをかけるのですか?
あなたのご両親やご兄弟はどうですか?

あなたの事情を知っていながら何も出来なかったと、あなたと同じ苦しみを沢山の人が持つ結果にはなりませんか?

自死は悲しみしか生みません。
今の彼があなたやご両親の姿を見て、彼が後悔していないとでも思っていますか?
あなたなら、自分と同じように苦しむ人の姿を冷静に見ていられるのですか?

死んで寂しさや苦しさを逃れることなど出来ません。
安らぎを得るとか罪が償えるとかそんなことはあり得ません。

その辛さを知っているあなたが、同じ辛さを人に与えてはいけません。
苦しむ人を増やしてはいけません。

私にも長女に先立たれた経験がありますから、ご両親のお気持ちは痛いほどわかります。
20年も前の話ですが、今でも思い出すと胸が苦しくなります。
しかし、他のことに無理矢理でも目をやって懸命に生きるしか方法がないのです。

考えてみて下さい。
あなたを温かく迎え入れて下さった彼のご両親のご恩に背くようなことをしては、あなた自身がもっと後悔するのではありませんか?

年月や人との出会いが次第に普段の日常から消してくれる日が必ず来ます。
今の辛さに負けて逃げてはいけません。

百ヶ日という区切りを、あなたの人生の区切りではなく、彼の自死という現実との区切りにして欲しいと切に願います。

2015年8月21日 10:05
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有り難し
おきもち

日蓮宗。倉敷市受法寺住職・岡山市妙立寺兼務住職 1965年生。坊主歴35...

心を澄ませて…そっと耳を傾けて…

人間は死んだら何も無くなるのでしょうか?
もしそうであれば、葬儀も法要も必要ないはずです。

亡くなった彼は貴女に何を望んでおられるでしょうか?
自分の死が原因で貴女にも亡くなってほしいと望んでいるでしょうか?

今、貴女は本当に苦しくてお辛いことと思います。
泣けるだけ泣いていいのです。
泣きながら生きていいのです。

泣きつかれたら…深呼吸をして…胸に手を当てて…
心を澄ませて…亡くなった彼の言葉を聞いてみてください。

彼は愛する貴女に何を望んでいるでしょうか?

2015年8月21日 1:23
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有り難し
おきもち

仏道に入門して30年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

人を悲しませないでください

彼を亡くし悲しんだ人は多くいたはずです。今もなおあなたは苦しんでいるのでしょう。あなたが自殺しては同じ苦しみの連鎖を作り上げるだけです。様々方が悲しむことでしょう。

「彼がなくなったのはあなたのせいではないです」自分を責めないでください。彼はそんなことを願ってはいないでしょう。彼の生命は確かに途絶えてしまいました。しかし命の働きは形を変えて存在しています。
あなたの近くにある空気の原子の一つひとつ。空から落ちてきた雨。水道の水。植物など様々に存在しているのではないですか。

その命を感じながら生きる道もあるようにおもいます。

2015年8月20日 19:18
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有り難し
おきもち

質問者からのお礼

お返事ありがとうございます。
願誉浄史様
私は鬱なのでしょうか?昨日、仕事で水族館に行きましたがイルカのショーでテンションが上がりました。おしりをふくときにもそうですが、仕事の時には仕事のことしか考えていません。自宅に戻り休んでいた分厳しい勤務になり疲れ、体調面でも月経が近くなるとさらに気持ちが落ち込みます。恥ずかしい話ですが4月には彼から性器ヘルペスをうつされ、だいぶ落ち込みました。その時に看病をしてくれ支えてくれた、移されたことでもう彼で終わりにしようとお互いに決心をしました。一生大切にすると言ってくれたことを再発危険日になると思い出します。私はそういう意味でも女として終わりなんだと思います。自分の子どもを抱いてみたかった、好きな人の子どもを欲しかったと。

円通寺 邦元様
彼は形を変えて存在…そうなのかもしれません。今まで意識をしていなかったからなのか不思議な事が沢山あります。あれから彼の夢をみた朝には甥っ子から着信がありました。掛け直すと甥っ子が「⚪︎⚪︎ちゃん来てくれて嬉しかったよ!」と言われて驚きました。前日に会ったことは会ったのですが、そんな気が利いた事を子どもに言わせる姉では絶対にないですし、⚪︎⚪︎ちゃんと同じ呼び名で呼ぶのは甥っ子と彼だけでした。先日、中学生から会ったない男友達からLINEが入りました。私自身は好意も特に持っていなかったので「よっす!」と言う軽い挨拶に返事もしなかったのですが、何度もその人からのLINEが1番上に表示されます。何かを伝えたいのか分かりません。彼の実家の犬、妹夫婦の犬、2匹が相次いでなくなりました。偶然だと言われればそれまでですが、不思議です。

悟東あすか様
毎日泣きながら生きてます。職場では笑ってます。苦しい時には写真をひたすら見て、ジップロックに入れたTシャツの臭いを嗅いでます。子ども達を寝かしつける時にはなぜか涙が止まらなく出ます。こんなに小さいのに私よりも辛い人生を歩んでいる、そしてこれからも…この子達は純粋で死などは考えもしない。誰かに守られて生きて行くべきなのだと思います。子ども達は私を求めてくる、けれども今は十分に愛せない、愛することも恐いと感じます。

丹下覚元様
生きていて下さりありがとうございます。
「時間が解決してくれるから!」
と友達から励ましをもらうと、私の何がわかるのだろうか…となんだが冷めた気持ちになってしまいます。もう直ぐで1ヶ月、何が変わったのか分かりません。親や友達からの連絡もなくなりました、親と姉妹の縁が薄いのかもしれません。
死ぬ前に怖くなる、彼も同じように感じてはくれなかったのか。「恩は死んでも忘れません。本当に感謝!どこからか応援してるよ。」Psずっと大好きだよ。こんなメッセージを残して死ぬ気持ち、大型免許も残り講習5時間で取れたのに…気持ちが分からない事だらけです。母親から遺品を整理していたら、覚醒剤で服役している友達Nとの手紙が出てきた。最近、彼の友達Kが自殺をして、彼がおかしくなったこともあり母親は「昔から何か悪さをするとNが一緒だった。Nは厄病神、Kは死神や!」私もそうかもしれないと感じてしまった。人間関係が変えられなかったのは彼の優しさなのか、小さい頃から周りに流されてしまう弱い心が原因なのか…。彼は覚醒剤には手を出していません。なんだかよく分からなくなっています

佐藤良文様
手紙のやり取りも出来るのですね。私がここに相談したきっかけは、彼の父親も僧侶で、葬儀の時に主でお経を唱えていた方のお話が心に残っています。お坊さんも泣きながらお経を唱え、話をするのだと。父親も朝のおつとめで泣きながら彼の位牌に書かれた名前を呼んでいました。父親はお説教をする人でもありますので、一度聞いてみたい気持ちもあります。頼るならば父親なのか、とも思いましたがまったく知らない方とのやりとりが素直な気持ちを出せるのかと思います。お坊さんとのやりとりでなぜか穏やかな気持ちになっているのを感じます。参考にさせていただいたます。

小原観慈様
とても厳しい感じを受けましたがその通りです。彼の知らせを聞いて、初めて彼の家にいきましたが、まず母親に「すみません。」と何度も謝りました。母親の本心が怖くて、居心地の良さを感じつつも分からない怖さがありました。私には何が出来るのか分からずに必死で手伝いをするしかありませんでした。母親の気持ちを思うと、支えられなかった、電話できちんと話をすれば彼は死んでいなかった。とそう思うことの繰り返しです。彼からの留守電は家族には聞かせていません。私の立場が悪くなる、聞いてもした向きな気持ちになる。と私の都合のいいように考え墓場まで持って行こうかと思っています。聞いてもらうべきなのか迷います

9月には納骨がありますが今まで本堂にあった彼の遺骨がお墓に入ってしまうのもなんだかすぐに会えない、そばで眠れない、さらに遠くに行ってしまうような気がします。
なぜ死んでしまったのか…毎日夜が辛いです

「身近・大切な人の死・亡くした後悔」問答一覧

母が亡くなりました

一緒に住んではいませんでしたが母が亡くなるまで短い時間でもほぼ1日1回は顔を合わせていました。 そんな母と、一緒に同じマンションで暮らせる(階はちがいますが)ようになり6日目、私が作った朝ゴハンのおにぎりを喉につまらせ急逝しました。 私が仕事で急いでいて寝ていた母を起こしボオッとしていた母に食べさせたのがいけないんです。 私は今まで母の通院にも必ず付き添い買い物も一緒に行ったり買い出ししてきたり周りから見たらいい娘だったかもしれません。 でも実際実家では、寝てばかりで何もしない(病気のせいでダルかったんだと思います)母を怒鳴り泣かせタッパーのような物で頭を叩いたり本当にひどい娘でした。 手も悪かった母はシッカリ歯磨きできないこともあり口が臭うことがあると臭い!と怒ったり、シートベルトが出来ずモタモタしているとベルト出来ないなら乗せないよ!と怒鳴ったり、転んで腰が痛いと言っていた母に寝てばかりいるから悪いと怒鳴ったり・・・しかし母は腰を圧迫骨折していて痛かったのだと後々わかりました。 圧迫骨折の影響で歩くのが困難になり始め腎臓も悪くなり透析の準備の手術もし施設か自分の家の近くに住んでもらうか悩んでいたところ私のマンションの1階が空いたので母に施設と私と同じマンションに住むのどっちがいい?と尋ねたらマンションと言ったので契約をしトントン拍子に物事が進んでいきました。 実家の荷物は遺品整理屋さんで生前整理として片してもらった矢先、母が亡くなりました。 母の物はほぼ無くなって本当の遺品整理になってしまい喪失感がひどいです。 母が大好きだったし優しくしたいと常々思ってはいたのですが仕事と家のストレス等で母にあたってしまい以前の母なら出来たはずなのにナゼ出来ないとの戸惑いもあり日々会うたびに怒ってばかり。 母は言葉が出づらかったので反論もせず私に怒鳴られ叩かれ泣き毎日辛かったと思います。 今は何で優しくしなかったのか、なんで急いでおにぎりを食べさせたか、何で詰まった時にゴボゴボ吐き出す母のお茶を取り上げてしまったか後悔の毎日です。 仕事が早く終わると母に買い物に行く?と電話をしていたのに電話しても出てくれる人もおらず今は母がいなくなった時間で何をしたらいいか・・・。 遺影に毎日お母さんゴメンねと語りかけ涙する毎日です。 この喪失感と悲しみと絶望と後悔はどうしたらいいのでしょうか

有り難し有り難し 5
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叔父が亡くなりました

今月の7日に大好きだった叔父が亡くなりました。叔父は私の母の兄であり、片親の私にとっては父親のような存在でした。 生前、叔父は大病を患い奇跡的に回復し仕事を無理のない範囲で出来る程までになりました。亡くなる数ヶ月前から再び体調を悪くし入退院を繰り返していましたが、弱ったところを見せたくない心配させたくない、という叔父の思いから私と母やそれ以外の人にも内緒にしていました。叔父からの連絡がないので心配した母と私が叔父の元を訪ねて、体調が悪いことが発覚しました。 それからは心配で、定期的に叔父宅を訪ねていました。体調が悪い中でも、前向きに回復へ向かおうともがいていましたし私達もきっと良くなると思いながら叔父を見守っていました。 最後に会った時は、いつもより調子が良さそうで沢山お話ができて笑顔の時間もありました。それから1ヶ月経たないうちのお別れで後悔ばかり残っています。 私は祖母(叔父の母)と母の三人暮らしです。 祖母には叔父の病状を全く知らせていませんでした(叔父の意向もあって)。なので、久しぶりの対面がこんな形になってしまった事に後悔しています。祖母は滅多に泣かない人で、私は祖母の涙を一度も見たことはなかったのですが、斎場での最後のお別れの時間涙を流して悲しんでいました。母も突然の事でショックが大きく葬儀が終わるまで泣き続けていました。 時間が解決してくれるとは思いますが、2人の悲しみを少しでも和らげて支えてあげたいです。 私はどのように立ち振る舞い2人に声をかけてあげたらいいのでしょうか。 また、亡くなった叔父は私達のことも見守ってくれているのでしょうか。

有り難し有り難し 3
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母が旅立ちました 私は酷い娘です

母が20日前に亡くなりました 認知症と肺疾患を患っていた母 父からの暴力を受けてた母 主人が単身赴任していたこともあり 3年半前に私が引き取り 2人で暮らし始めました 話が噛み合うことも たまにはありましたが 認知症のせいで 人格障害 激昂や 私に執着したりする症状 子供返りに 悩まされました 私は母を引きとることに 躊躇していました パートで仕事に出ている間 母を1人で置いてくのが不安だったため デイサービスやショートステイを頻繁に利用していました ショートステイに行ってる間は 会社帰りに寄り道できたり 自由を感じていました 自分の事を最優先にして 母の事は二の次でした 亡くなる二、三ヶ月前から 肺機能が極端に悪くなり いつ亡くなってもおかしくない状態でしたが その頃から 夜中ベッドから私を大声で呼びかけるようになりました トイレに行きましたとか ベッドに上がらせてとか 私は知らんぷりを決め込み 母を手助けしませんでした 翌朝 母に 聞いても 覚えてないと言ってました 母が自宅にいる日は毎日続きました 失禁も多くなり 痰を洗面台に吐きっぱなしにしたり 尿の臭いがキツく ティッシュを無駄遣いしたり ご飯要るといいながら 食べなかったり 私は自制心が効かなくなり 母に酷い言葉を浴びせました オムツ交換の時も足を上げようとしない 母の足を何度も ペチペチと叩きました 母は二酸化炭素を排出できない病で 運動機能や記憶 排泄機能 いろんな ところに障害がでていたことに 私は気づきませんでした 私は小さな頃から 父が母に暴力を目の当たりにして 育ちました 母が沸騰したお湯を床に置いてしまった せいで 幼い私は足を突っ込み 火傷を負い 傷が残りました 先天性の股関節の病もあり 自分は母に 迷惑ばかりかけられていると詰りました 母が倒れる前の晩にそんなことを言いました これまで何度も母と離れたいと思ってきたけど 限界に近かった 本当に心底母から離れたいと思ってしまいました そして 母は倒れ 丸2日苦しんで 私は母を見送ることも出来ず旅立たせてしまいました 母に酷いことばかりして 母に優しくしてあげることができず 悲しい記憶ばかりが残ってしまいました 母に謝まりたい でももう届かない 苦しくて 辛いです 私はどうしたら良かったのか わからないままです

有り難し有り難し 16
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兄の死 後悔

兄が亡くなり3週間立ちました。兄は事故にあい、一度死にかけた命を一度とりとめ、必死でリハビリをして頑張っていました。私は出産したばかりで兄に一度も会うことができないままでした。会いに行けないのには理由があり、精神的に不安定で暴力事件をおこし拘置所にいたからです。両親が出産したばかりだから会うのは落ち着いてからと言われていました。しかし、時は立ちましたがなかなか会いには行けませんでした。兄はいつも妹を心配してくれていたと聞きました。なのに、私は兄を見離してしまいました。とても心が優しく綺麗で繊細な人なのに、助けを聴いてあげることもできなくなっていました。苦しんで傷ついて辛い時を、私はどうにもしてあげれませんでした。両親も自分を責めているから、私は親の前では泣けません。兄が一生懸命生きる事を教えてくれているのだと思いますが、兄に会って優しい言葉を何でかけてあげれなかったのか、毎日後悔しています。潰されそうです。兄はお前は幸せになれよ!って、いつも言っており、私は兄が幸せじゃないと幸せにはなれんよ!って。本当に優しい兄でした。精神的に病んでからは人格が変わってしまい、手をつけられず、家族も何度も 崩壊しました。生きるか殺されるかの瀬戸際で暮らしていました。兄を憎むこともあったけど、リハビリを頑張って必死で歩こうとしてるのに、私は会いに行かず優しい言葉をかけてあげることもしないまま、兄は病院で窒息死しました。兄を想わない日はなかったですが、なぜ一目会って話てやれなかったのかと申し訳なさでいっぱいです。私は両親も心配です。兄が因縁を全て背負い込みかわいそうなことをしてしまったと。今の私はどうしたらよいのでしょうか?涙で枕を濡らす毎日です。主人や子供もいるから、ちゃんとしなきゃと思いますが、後悔で潰されそうです。

有り難し有り難し 5
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叔母が亡くなり気持ちの整理ができません

1週間前に母方の叔母が亡くなり毎日のように叔母のことを思い出し涙が溢れてきます。 叔母は生涯独身だったため、家族がおらず私の家から1時間ほどの離れた土地で1人暮らしをしていました。 小さい頃は叔母と一緒に旅行に行ったり叔母が私の実家に来て泊まっていくということもありましたが、9年前に私が結婚してからは海外に住んだり出産育児で忙しく疎遠になっていました。しかし、1人で暮らている叔母のことはいつも心のどこかで気になっていました。 昨年の夏に叔母は骨折し入院していましたが、リハビリの甲斐あって4ヶ月ほどで自宅に戻れるようになりました。 その後、ヘルパーさんにご支援を頂きながら暮らしていましたが、母と父も高齢で頻繁に遠方の叔母の家に通うことは困難になってきたため私の実家の近くの老人ホームに呼び寄せようと思案していた矢先の突然の訃報でした。 退院の時に着る洋服を姉と一緒にプレゼントしたことが叔母にしてあげられた最後のことになりました。なぜ叔母に会いに行かなかったんだろう、会いに行けば良かった、元気なうちに会いたかった、ご飯でも一緒に食べに行けば良かった、美味しいもの食べられてたかな、何もしてあげられなかったな、などなど後悔の念が絶えません。 もうどんなに後悔しても叔母は戻ってこないし会えないことも分かっていますが、まだ気持ちの整理ができません。どのようにこの気持ちを整理したら良いでしょうか?ご教示願います。

有り難し有り難し 21
回答数回答 1

母への後悔

先月母が亡くなりました。 母は私の自慢でした。 いつも明るく少し派手で自由で…。 でも子供をいつも優先。 母と会話するのがとても大好きで…。 でもいつの頃からか… 母が病を患い、年老いていく姿に私の心はついていけなくなってしまいました。 ずっとそばにいて支えてくれた母を疎ましく思い、一緒に居て欲しかったであろう時ですら分かっていながら一緒にいてあげられませんでした。 入院した母が我儘を言う姿に苛つき、どれだけお金をかけているんだと罵り、母にあたる事で、私は精一杯しているんだと納得させていました。 優しさなんて1つもない、毎日嫌味しか言わない。それでも見舞いに行くといつも喜んでくれている母に苛つき、後悔しながらもその繰り返し。 亡くなるなんて思ってもいなかった。 急変し、最期ですら間に合わず。 後悔でいっぱいで苦しいです。 何故いつも見ていた母の様子が分からなかったのか、何故老いていく母を受け入れられなかったのか。 母の笑顔を奪ってしまった。 1人で寂しく逝かせてしまった。 私のために体を張ってくれる母だったのに 何故私は突き放してしまったのか とても苦しいです。 本当は変わらず大好きな母だったのに。 母に私の声が届いて欲しいと願い、母への懺悔ばかりを書き続けてしまうのです。

有り難し有り難し 47
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母の死

先日母が心不全で急死し、後悔、罪悪感、寂しさでいっぱいです。 とても優しく献身的で尊敬すべき母でした。自らの祖母の介護、結婚後は両親を含む家族の面倒、子供達の世話、子供達が巣立ってからは母の介護と看取り、夫の半介護と、生涯にわたって温かく献身的に家族を支えて来ました。 なのに私は、自ら家庭を持つことで改めて母の偉大さを感じ取ってはいたものの、晩年、特に半要介護状態となったいわゆる昭和の亭主関白な男である父との関係など色々と悩みを抱えていたことを知りつつも親身になって支えてあげるでもなく、また長年の家族への献身で体も疲れ切っていた母の状態に気づきもせず、近々訪れるであろう父の看取りが終わったらいよいよ母にたくさん親孝行しよう、などとボーッとした考えで、同居していないとはいえ母が限界に至る前に手を打つことができませんでした。 寿命を伸ばすことが出来たかは、多分出来たはずだとの思いが強いですがはっきりとは分かりません。ただ、早めに何らか少しでも手を打っていれば、少なくとも晩年辛く寂しい思いをさせずに済んだと思うと、自分の無能さ、薄情さが悔やまれてなりません。太陽のように明るく活動的で優しかった母の息子とは思えないほどに、優しさ、状況をしっかり感じ取る能力と行動力に欠けていました。自分の生活を維持することばかりに目が向いてしまっていました。 母の無念さを思うと涙が止まりません。 私自身が今取り返しのつかない後悔を抱え悲しい思いをしていること自体は、自業自得であり、一生向き合っていこうと思っています。 せめて母は、死によって全ての苦痛から解放されたのだと、今は天国で安らかに眠っているのだと信じて、母の供養をひたすらにし続けたいと思います。 質問になっておらず恐縮です、今からでも何か母のためにできることがありましたら、ご助言いただけましたら大変幸いです。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

死んだ母に心安らかでいてほしいです

3/6、54歳の母を突然亡くしました。アルコール依存症で、それでも普通の生活を取り戻そうと頑張っていた母です。 両親が離婚していたため離れて暮らしていました。 酒を飲んだ母が嫌で、辛いことをわかろうともせず冷たい言葉も投げかけたことがあります。 母が亡くなった今となっては、なんでもっと優しくしてあげられなかったんだろう、つらさをわかってあげられなかったんだろう、孤独を埋めてあげなかったんだろうと後悔ばかりです。 泣く回数は減りました。 けれど辛かったであろう母の晩年を想うと涙が出ます。 母の魂は救われるでしょうか? 生きているうちは恐らく辛いことだらけで、私がそれを除くこともできず、沢山寂しい悲しい思いをしたであろう母。 せめてあの世、浄土、言い方はわかりませんがその先では安らかでいてほしいと、毎日母に語りかけ仏様にお願いしています。 棺の中には「優しくできなくて、わかってあげられなくてごめん、大好きだよ」いうことを綴った手紙を入れました。私の気持ちは母に届けられるでしょうか? 手を合わせれば、気持ちは届くでしょうか? 49日が過ぎても、母に出来事を話したい、伝えられずにいた気持ちを伝えたいです。

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亡くなった母に後悔の念でいっぱいです

私は40代独身で、2012年に父を、2015年に母を亡くして姉と二人暮しです。 30代の時に隣に住んでいた親戚がアル中であたり構わず暴力をふるい、私も巻き込まれ、それから心を病んで対人恐怖症になりました。 その病気と容姿へのコンプレックスから結婚できず、また姉も性格のせいか結婚しないままです。 両親ともに兄弟姉妹が多く、それぞれの子供たち(私のいとこ)はほとんど結婚して子供もいます。 そのため私達姉妹は親戚から自立していないと蔑まれています。 母に何度も「孫の顔見せてあげられなくてごめんね、肩身狭いね」と言いましたが母は「一緒に暮らせるんだからいいよ」と言ってくれました。 母は若い頃から苦労し続けて私の父が暴力をふるってもずっと耐えてきました。 母に楽をさせたい、親孝行したいと思いながらも自分の病気が制御できず、母にあたったこともありました。 母は60代半ばで若年性アルツハイマー病と診断され、父が先に亡くなると認知症も激しく進行して晩年は一人では何もできないようになってしまいました。 そして最期は乳がんで亡くなりました。 何一つ親孝行できませんでした。 父が亡くなってからは母は仏壇に向かって阿弥陀経をあげつづけていました。 それを思い出して阿弥陀経をあげていますがまだ涙が出ます。 どうすれば母の死を受け入れられるのでしょうか。 母に恩返しができるのでしょうか。 母が親戚の間で肩身の狭い思いをしたことを思うと親戚にも会いたくありません。 母に会えるなら死んでもいいと思うこともあります。 どうしたらこの執着から抜け出せますか。 また、お釈迦様の教えをよく知って拠り所にしたいので分かりやすく読める本などありましたらお教えください。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 10
回答数回答 2

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