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病気、人の死、自分の死が怖いです

回答数回答 2
有り難し有り難し 33

今から約8年前、自分が高校生のとき
事故で急に姉を亡くしました
とても仲が良く友達みたいな姉妹でした。

それからなのか人の死がとても怖くなり
家族が家に帰ってくるのが遅いと
事故にあったんじゃないかどっかで
倒れてるんじゃないかとか
異常なくらい心配になります。

また体のどっか気になることが
あったりテレビで色々な病気の
ドキュメンタリーを見るたび
自分もそーかもしれないと思い込み
病気になった気分になり
病気=死を連想してしまいます

少しどーかあると気になって気になって
色々検索してしまったり
今は卵巣に小さな奇形種があると
言われていてそれが気になってしまい
先生は経過を見ていくしかないと
いう風に言ってくれてるのに
それで大丈夫なのかとか色々
深く考えてしまいます。

もし病気が進行して手遅れに
なってしまったらとか
なんか病気だったらとか
考えるとキリがないです。

家族と笑いあってるとそのときは
楽しいのにいつかこの楽しさも
なくなるのかなとか
誰かまた亡くなったらとか
考えると悲しくて仕方ないです。

今年は結婚もし赤ちゃんも10月に
産まれる予定です。
嬉しい事が続いてると余計色々
怖くなってしまって
どーしたらいいか分からないです。

2017年5月2日 13:54

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

その為の仏教です。

私も学生時代に死にたくないと思ったり、死ぬのが嫌だと思っていた時期がありました。
仏教を学べば平気になりました。
ですから仏教を真剣に学べば大丈夫です。
本当に大丈夫です。
ですが、それを真剣に学ぼうという気持ちがあるかどうか。
死への恐怖というのは一念です。
「しにたくないー」って思う一念があるだけです。
ですが、死にます。
いくら考えても死にます。
考えなくても死にます。
今までこの世に生まれて死んでいない人はいません。
だから死んでも大丈夫になればいいのです。
万人を死んでも大丈夫にしてくれた人がお釈迦様の教えです。
それが仏教です。
ところがそういう教えがあるのに(私は逆に不思議にしていますが)何故人はそれを学ぼうとしないのか。
求めればちゃんと得られます。
このhasunoha内でも提供しているSICK HACK 四苦八苦 悲しみ 執着からの救われる方法はちゃんと提供しています。
押しつけがましいようで申し訳ありませんが、1000、2000問と回答をさせて頂く中で感じることは「なぜこの人たちは仏教を真剣に勉強しようと思わないのだろうか」という疑問がいつも沸きます。
「悩みはあるが、それが解決したらそれでおしまい。また悩みができたらまた悩む」という負のサイクル(現実輪廻)を繰り返している人の多いこと、多いこと。
もし、苦しみから救われたいと思われるのであれば、あなたをはじめ、これをご覧になられる方々はその道をたどってほしくありません。
死の恐怖に対して真剣に向き合ってきちんと仏教を勉強して根本的に解決した方がいいと思うのです。アレコレ多くを学ぶ必要はありません。
お子さんのためにも最高の教育になります。
あなたがそういう素晴らしい母親になればお子さんは安心して生活ができます。
お子さんのあらゆる恐怖を取り除いてあげる慈母となるべく、是非仏教を勉強してみてください。
禅仏教を学ばれるのであれば、ちゃんとやり抜いた人、悟りを明らかにされた老師の教えを通して仏教(自己)を学ぶことが最短の道です。
井上貫道老師という方がおススメです。世間ではあまり認知度はありませんが、曹洞宗では両本山の禅師様以上の力をお持ちの方です。
ブランドより、ネームバリューより、ちゃんと悟りを明らかにした仏教者でなければつかまされますので、医者を選ぶように仏教者も選んだ方がいいでしょう。

2017年5月2日 18:51
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

健全な偏らない考え

ありさん

突然、妹さんを亡くすショックな経験をしたことで、あなたにとって「死」が身近なものになったのですね。「人は死ぬんだよ」ということを妹さんから教えられました。それいらい、あなたは心配性になり不安になり恐怖を感じるようになりました。

あなたのどーしたらいいかわからない気持ちには、「死」そのものの怖さと、何か悪いことが起こるのではないかという「予期不安」という2つのマイナスの気持ちがあるようです。

ありさんは人は死んだらどうなると感じていますか?まっくらで怖いところに行くという感じでしょうか。一人ぼっちで寂しい感じでしょうか。死後どうなるかは誰にもわかりませんが、死に対するイメージが暗いだけだと怖くなりと思います。死んだらお花畑のきれいな世界に行くとか、妹さんと再会できるとか、何も苦しいことがなくなるとか・・・そういう明るい死後の世界を想定することも、怖さをなくす方法の一つではないかと思います。

悪いことが起こるのではないかという予期不安にたいしては、可能性としてはあり得るけど100%ではないので、例えば病気になるという方向だけに思考をもっていくのは偏っています。逆に自分は絶対病気にならないと考えるのも偏った思考です。正しく考えるとは「病気になる可能性もあるし、ならない可能性もある。だから病気にならないように気を付け、検診を受けよう。それでも病気になったら、そのときの最善を尽くして治療をしよう。」それが偏らない考え「中道」です。

あなたはいま妊娠中です。お母さんの心の状態は赤ちゃんにも影響を与えます。過剰な心配をするとお腹の赤ちゃんの居心地もわるくなります。お母さんの子宮が赤ちゃんのベッドです。穏やかでゆったりとした気持ちでいることが、いまのあなたの仕事です。そしてやがて赤ちゃんは泣きながら生まれてきます。そのときあなたは「大丈夫だよ」といって赤ちゃんを抱いて安心させてあげなくてはいけないのです。母になるのですからね。

いのちがけで出産して、いのちがけで守らなくてはいけないいのちを抱くとき、いまとは違うあなたになっているかもしれません。母になると変わる人けっこういますから。いまは心穏やかにお過ごしくださいね。仙如

2017年5月2日 17:19
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おきもち

お釈迦様の教えと瞑想法は苦悩の多いこの世を生きるための「船」のようなもので...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 40
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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
回答数回答 2

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