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母の急死と心のあり方

はじめまして。

今年の1月に母が敗血症という病気で60歳で急死してしまいました。
母は昔に患った病気があり、持病はありましたが日常生活には支障もなく過ごしていました。
私は結婚をしているため一緒には暮らしていませんでしたが、普段から比較的会っており、亡くなってしまった1週間後も旅行に行く約束をしていたくらいでした。
そのため風邪をひいたので行けないようだと連絡があり電話で話したのが最後になってしまいました。

思ってもみない出来事だったので、どう自分の気持ちを整理させたら良いのか...こんなに急で辛く悲しい別れがあるのかと自問し、涙が溢れ、母が居ないことを認識して部屋で1人悲しむ自分。

反対に悲しいけれど、冷静に考え目の前の通夜、葬儀を行い、その後は仕事も通常に行き、父も支えたいから実家の手伝いをして日常をしっかり過ごさなくてはならないと思う自分。誰かの前では普通に振る舞い泣けません。
そんな時、気持ちのギャップに自分でも戸惑います。

あまりに突然だったので、母の気持ちを聞きたいところですが叶わないので、母が喜ぶ事を想像しながら日々暮らしています。
よい供養はありますか?

身近な人の死
有り難し 10
回答 1
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

あなたが幸せに生きることが最高の供養です。

なみさん、こんにちは。

お母様が急逝されたのですね。心からお悔やみ申し上げます。
本当に、生命を保つとは奇跡だとつくづく思います。
人は必ず寿命でなくなるとは限りません。病気でなくなることもありますし、健康でも事故で明日なくなるかも知れません。
だからお釈迦様は、
諸行無常;常に世の中は変化しているので、永遠と思ってはいけない。毎日毎日を大切に行きよという教え。
会者定離;人には必ず別れがあるので、人に頼らず、大切に付き合うことが大切である。
という教えを説かれ、いつ亡くなっても良いように行きなさいと説かれました。
私も、いつもこのような教えを知っていながら、いつも両親はいるものと錯覚していました。亡くなると、いろんな思いと、親孝行をしたかったという後悔の念でいっぱいです。特に子供ができると、親の気持ちもわかり、懺悔反省の毎日です。今は仏壇で朝夕の読経供養をするたびに遺影の両親とお話ししています。

気持ちが寂しくなったら、お寺で供養してもらうといいでしょう。母の供養だけでなくあなた自身の心の安心でもあります。
 そして一番の供養は子供であるあなたが幸せに生活することです。それが一番の供養ですから、家族を大切にするだけでなく、仏さまの教えである社会に対して貢献できる人間になっていきましょう。難しく考えることではなく、ボランティアに参加するのも一つですね。
まだお父さんもおられるので、親孝行の後悔のないように触れ合ってください。

合掌


質問者からの有り難し - お礼

染川様
お忙しいところ、また早朝より御回答いただきましてありがとうございました。
昨日は母の月命日でお墓参りに行きこの4ケ月を振り返っており、自分なりに出来る事はしてきていますが、実家に帰り母の居ない寂しさがこみ上げてきていました。
あたたかいお言葉をありがとうございます。
辛くなった時は読み返し元気をもらいます!

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