人生にリセットボタンはありますか
クソみたいな人生でした。
子供の頃に両親に逆らえなかったのが、いけなかったのだと思います。
「勉強」以外に価値を認めない両親。
「絵を描きたい。」「友達と遊びたい。」と言っても「くだらないことをするな。」と否定されました。
そして、両親に言われるままに「勉強」ばかりしてきて、気が付けば何のとりえもない、面白みもない人間に成り下がっていました。
吐きそうになるくらいつまらない毎日を、ただ生きるためだけに働いています。
正直、死にたいです。
両親からは他の子と比較され「お前はだめな人間だ」と言われて育ち 学校ではいじめにあい、逃げ場を探して苦しんで苦しんで 「死にたい」が口癖の哀れな大人になりました。
誰からも必要とされず、未来に希望も見出せない。 満員電車に揺られながら、毎日が苦しいだけ。 死ぬ理由に勝る生きている理由がない。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
スタートアゲイン
今日は今日で新しい再スタートです。
あなたは東へ行って駄目だった。
では西に行ってみましょう。
西に行っても駄目だった。
ならば北へ。南へ。
どこに行ってもダメならば、求める先を間違えていたと気づきましょう。
場所ではない。相手ではない。
自分の心がその事を問題にする。その問題にする自分の心のあり方を変えてみましょう。
心には習慣性みたいなものがあります。
その習慣性が自分を苦しめる習慣であるならば、それを変えてみましょう。
人生は外に楽しいことがあるんじゃないのです。
その事を楽しめるような心になることで何所に行っても楽しくなれるんです。
そういう道があります。興味があれば求めてみてください。
「すみなすものは 心なりけり」
迷える羊様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
仏教では、無常、無我(空)として、様々な因縁(原因と条件)によって、リセットしたいと思われようが、思うまいがに拘わらず、実は、一瞬一瞬において身体も心もリセットされ続けているようなものとなってございます。
まあ、死んでリセットするのではなく、リセットしたいと思った時がリセットされた時として、気持ち新たに、前向きに取り組んで参りたいものとなります。
高杉晋作氏の句である「おもしろき こともなき世を おもしろく」。
実は、下の句が別の人物(野村望東尼氏)によりつけられております。
「すみなすものは 心なりけり」
下の句の通りに、自分の心次第、心掛け一つで、つまらない世、毎日を面白くすることができていけるということを言わんとしている内容であります。
少しずつでも面白くしていくためにも、まずは自分にできそうなことから、前向きに調えて参りたいものでございます。
川口英俊 合掌
毎日、朝になったらリセットされています
いつも生まれ変わりっぱなし
リセットボタンはないですが、常に新しいことのスタートしか無いです。
歩くことを考えても、人生初の一歩の連続です。同じことは二度とおきません。
同じ歌を歌っても、同じダンスを踊っても、いつも生まれ変わったかのように新しいことダラケです。
質問者からのお礼
皆様、ありがとうございます。
いただいたコメントを何度も読み返し、数日、じっくりと考えてみました。
邦元さん、ありがとうございます。
これから起こるひとつひとつの出来事を楽しむ……ということでございましょうか。
確かに未来に対して、希望が持てなくて落ち込んでいたので、そうした考えでひとつひとつの出来事に新鮮さを見出してみるべきかもしれませんね。
光禪さん、ありがとうございます。
>今までのところをやりなおすことはできませんが、これからをかえることはできます。
>今日から絵を描き友達と遊ぼう。
私に必要なのは、過去を振り返って後悔するより、これからを考えることなのかもしれませんね。
まずは、ワクワクすることを探すところから始めようと思います。
川口 英俊さん、ありがとうございます。
>高杉晋作氏の句である「おもしろき こともなき世を おもしろく」。
>実は、下の句が別の人物(野村望東尼氏)によりつけられております。
>「すみなすものは 心なりけり」
いい句ですね。
私自身、己をつまらない人間であると劣等感を抱いているため、高田純次さんのように笑顔を絶やさず
周りも笑顔に出来るような面白い人間になれたらいいなというのは、日ごろから思っていることでございます。
心掛けひとつ一歩一歩とのことですので、まず、自分にできることは何か考えてみたいと思います。