生きてたいと感じない

現在専業主婦で、5歳の娘を育てています。間違いなく自分で産んだのに、自分の子供という感覚が薄く、産後2週間ほどで「どこからか預かってるんだ」という気持ちです。
自分がどう思うかより、娘がどう感じ考えるかを知りたい気持ちが強いです。幼いうちは母へのアピールが主で、意志を抑えたり無理をしていて、なかなか彼女心の内を推し量れません。
成長し自我が確立どんな思いを持つのか、楽しみでもあります。
なのに同時に、そうなったらすぐに離れて、さっさと消えてしまいたいです。役目が終わったら、もう特にしたいことがないのです。
娘は懐いていて、母親がこんな風に思っている事に気付いたら大変傷つくだろうと罪悪感がありますが、私は自分の問題に戻るだけだと感じています。
人生の大事な、こうしたいという気持ちが次々と壊れ、幼少期から抱えていた問題を先頭に、実家とも友人とも夫とも誰とも、もう繋がりたくないと思いました。私は普通に生きていますが、心が死んでいて体もだんだん麻痺しています。記憶も曖昧で、専業主婦のくせに家事をしていません。なにか始めると半日没頭し、急に冷めて、手順も何もかも忘れます。
生きるって、大事なんでしょうか。
こんな状態の私を、夫は優しくしたいのか家事全般を引き受けます。でも、私の心には触れません。うまくやる自信がない、と自分のことを考えているようです。
私がいなくても家庭は回ります。

有り難し 15
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

家の外で役割を

私は滋賀県の農村に住んでいます。旧来からの村ですが一歩そこから離れれば、新興住宅地やマンションがたくさんあります。

そうした「まちの人」のなかには、比較的大きな会社の転勤族の方とそのご家族も数多くいらっしゃいます。あなたのお悩みは、そうしたご家庭の奥さんの多くが抱えておられるものと軌を一にするもののように思います。

転勤族なのでいつも会って話せる場所に(バーチャルでなく)リアルな人間関係がない。会社が家賃などの大半をみてくれるのでパートなどに出る経済的な必要がない。家事といっても核家族なのでそれほどたいへんではない。ご主人が忙しく結果としてお子さんと二人の時間がとても長い。こうした状況にある奥さんは同じようなことに悩んでおられます。

もちろん私は全知全能の神でも超能力者でもないので、あなたの現在の状況とドンピシャだというつもりはありません。しかし、お尋ねの文章を拝読していて上のような奥さんたちとよく似たことで悩んでおられるようにみます。

要は役割喪失感やリアルな人間関係の乏しさからくる寂しさを埋めることではないでしょうか。たとえばパートの仕事に出るとか、ボランティア活動に参加するなでして新しい人間関係を作りそのなかで役割や責任を持ってみるのもよいのではないですか。

人間は社会的動物です。ある自殺志願者が相談窓口に行き、カウンセラーに話を聞いてもらいました。たまたま、大掃除か引っ越しかでバタバタしていたようです。カウンセラーが、「手伝ってくれませんか」と頼むと、汗を流して喜んで手伝ったそうです。帰り際、「私でよければ、また……」と充実感たっぷりに語ったそうです。窓口に来た当初とは別人のようだったそうです。

もちろんお寺の法要や行事に参加されてもよいです。実は私が上記の奥さんたちと出会ったのは、あるお寺が主催なさっている「子育て広場」に顔を出したのがきっかけでした。

2年4ヶ月前

悩み苦しみを減らすのが仏教

仏教は、自分と他人の悩み苦しみを減らすための教えです。
なので、「生きるって、大事なんでしょうか。」というのも、他人の悩み苦しみを増やさない・減らす観点で考えてください。
たとえば、「他人」を「娘」に置き換えて、あなたが生きるのをやめたら娘さんの悩み苦しみが増えないか、考えてみてください。

さらに、自分の悩み苦しみを解決するのも大事です。
ただし、仏教では一切は苦(不満)だと言われます。
子供が生まれたら育てなくてはならない、これは苦しいのが当たり前です。
でも、仏教では生きてれば苦しい(やらなきゃならないことに追われる)のが普通なので、普通に苦しいのを、特に不幸だとは考えません。
一方で、苦しみの連続である生き物の世界から解脱することが、仏道修行の最終ゴールの一つです。
いずれは生き物の世界から卒業しましょう。
でも、今は娘さんのために生きてあげましょう。

2年4ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

願誉浄史さま
ありがとうございます。娘のため。娘にはまだ母親役は必要ですね。娘にとって母親は、人ではなく世に出るためのクッション。その役目がいまの私の全てであり、私個人は消滅すればいいのかなと思います。私の実家も夫も、きっとそのように考えていると思います。

藤岡俊彦さま
ありがとうございます。私の生活は仰る通り人間関係が希薄で、寂しく、他人に必要とされていません。ただ、私自身は些細な人間関係のこじれで必要以上に落ち込むので、今は誰とも関わりたくない・人に迷惑ばかりかけると思います。なにかお手伝いができればと、幼稚園の係りにも参加していますが、空気の読めない自分は周りの方を困らせているでしょう。

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