皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

いつか笑うことが許されますか?

 何度もお世話になり申し訳ありません。
 私は一か月前、取り返しのつかない事をしてしまいました。
未だに、あの時こうしていればと悔やんで、もうどうしようもない事を考え続け、堂々巡りで先が見えません。

自分のせいで命を失ったと思うと怖くてたまりません。
飼い主に守ってもらえなかった愛犬を思うと、可哀想でなりません。

自傷行為を繰り返し、自分で自分を責め続け、心身ともにボロボロです。
また、何とか仕事には行っていますが無気力で家庭のことが手につきません。家族に心配と迷惑もかけています。

 苦しくて病院にかかりたい気持ちもありますが、自分が悪いのに、愛犬を理由にかかりたくない気持ちもあります。

心理学では罪悪感を手放さないと幸せを掴めないそうです。
ご飯を食べる事も、クーラーをかける事も水を飲む事も、愛犬に申し訳ないと苦しくなります。

でも楽になりたいです。幸せは望みませんが、この苦しみから抜け出したいです。許してほしいです。許してくれないのはきっと私自身です。

あんなに愛しい愛犬が今では死のイメージばかりです。それがとても申し訳
ないです。

どうしたら気持ちの切り替えが出来ますか?
罪悪感を捨てていいですか?許されてもいいと思いますか?
こう考えるには甘えですか?喝を入れて下さい。

後悔・自己嫌悪
有り難し 18
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

ご供養してますか?

こんにちは。私も小さい頃、飼っていたハムスターを死なせてしまった事を思い出します。あろうことか、3日くらい餌やりを忘れていたのです。鳴いたかも知れないけれど、それにも気付かず。メッチャ後悔して、それ以降5年は生き物を飼えませんでした。
今から後悔しても、命は戻りません、残念ながら。けれどあなたが身をもって「いのちについて真剣に考えている」姿が、一連の問答から分かります。
亡くなった後の本人(人ではありませんが)については仏様にお任せする。自分の精一杯ができなかった故にお任せもしにくいだろうとは思います。けれどお任せする。病院へ入院したらお医者さんにお任せするように、亡くなったら仏様にお任せする。どの宗派も「日常のお勤め」経本は求めることができると思いますから、それを毎日お勤めする。お勤めを行い、終わらせる。そして1日、自分の仕事をする。
そして…機会があったら、あなたの学んだ「いのちのこと」を、どなたかにお伝えください。私たちは、二代前なら戦争もあり、「生きていること・亡くなること」を身近でリアルな事として語れる親や親戚が多くいました。それらを聞いたことはありますか?これからは、少なくとも、あなたが語ることで、あなたの身近な人がそれらを少しでも知ることができたら、縁あり先だったいのちたちも、安らかでいられるのではないかと思います。

追記
「お礼」、拝読しました。お念仏お唱えしているのですね。それは大変よろしいと思います。人は、「自分にはこれ以上できない」と自らを見限ることで、「仏様にお任せする」こともできるようになると考えています。「お勤めを始め、終える」ということは、「そして自分の生活の中で、すべきことをする」という「生活に向かわせる」力を得ているのだと思いますよ。

大丈夫。きっと笑える日が来ますよ。。

あさがお様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

どうか自分をあまり責められ過ぎずに。

拙生も、アリなど過失、不注意で踏んでしまって奪ってしまった生き物の命は数知れずです・・ましてや、蚊やゴキブリなど・・ごめんなさい。

できるだけ生き物たち、有情に対しては、共に迷い苦しみにある者たちとして、慈悲を掛けて、過失・不注意に気を付けて、助けられる命は助けて参りたいものでございます。

仕方がなかった、やむを得なかった、とは思えないかもしれませんが、どうしようもできないことだって世の中にはたくさんございます。貴女様は十分に愛犬に愛情を注がれたと存じますよ。。

とにかく、それほどに貴女様に思われている愛犬は、誠に幸せであるかと存じます。

死後もあれこれと気にかけて、供養をしてもらえるということは、きっとその愛犬には仏縁があるということです。善き清らかな流れに乗りて、やがて迷い苦しみの世界を超えていけるようにと、どうか供養なさられて下さいませ。

そして、私たちも迷い苦しみを超えていくために、しっかりと仏教を学び修して参りたいものとなります。

是非、愛犬への思いを全ての有情たちにも向けることで、仏教を学び修していって頂けましたらと存じます。

大丈夫。きっと笑える日が来ますよ。。

三宝帰依・菩提心生起

すべての有情を救済しようという願いによって
仏陀・仏法・僧伽に
悟りの心髄に至るまで
私は帰依いたします

智慧と慈悲を持って精進し
すべての有情を利益するために
私は仏陀の御前に
完全なる菩提心を生起いたします

この虚空が存在する限り
有情が存在する限り
私も存在し続けて
有情の苦しみを滅することができますように

川口英俊 合掌


質問者からの有り難し - お礼

光圓寺 佐藤良文様 
ご回答ありがとうございます。
自分が死なせてしまった記憶は一生忘れられるものではありませんね。
私はこんな事があっても、犬の温もりを求めてしまいます、もう飼う事はないと思いますが。 
こんな私が幸せに出来るはずありませんから。

介護する期間を経て老衰で亡くなり、ありがとうと言ってお別れする、そんな最期を迎えさせてあげるつもりでいました。5年前に20才で亡くなった愛犬がまさにそうでした。全く後悔のない死でした。どちらの愛犬も家族みんなから大切にせれ愛されてきましたが、私のせいで全く違う一生にしてしまいました。
どんなに愛情かけても、愛犬の死の危険さえ気付けない馬鹿はどうしようもないですね。

供養はしていると言っていいのかわかりませんが、こちらで教えていただいた南無阿弥陀仏と朝、夜と骨壺に手を合わせ唱えています。もう愛犬のためにしてあげられる事はなにもない様に思います。

岩瀧山 往生院六萬寺  川口 英俊 様
優しいお言葉、ありがたい教えありがとうございます。

愛犬を幸せと言っていただきありがとうございます。
最近は、自分は愛犬に愛情をかけていたのか、それさえ信じられなくなっていました。
やっぱり私は愛犬を愛せていたんだと思えるようになりました。
こんなに愛しい存在に出会えたのだから、苦しい事はもうしばらく我慢しないとですね。
今はもう安らかにいてくれることを祈るばかりです。
生きとし生ける全てを愛せるような立派な人間とは程遠い私ですが、まず身近なものから優しく出来るようになりたいと思います。
ありがとうございました。

光圓寺  佐藤良文様
追記までしていただき感謝いたします。
毎日花を添え語りかけるもの、蝋燭を灯し手を合わせるもの、家族それぞれが、それぞれの思いで
供養しています。私も償いの気持ちを忘れることなく手を合わせていきます。

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