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会いたくない人に会った。

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少しぼかしますと、前置きしつつ。

突然ですが、努力の結果、一週間後、就職面接が決まりました(お坊さんはもしよかったらプロフィール見てください職種書いてます、でも職種は回答では伏せてください。お願いします)
そのため面接の練習の為、昨日ある場所に行ったのですが、年下で女性のよく見知った(ある程度は親しかった)人物が、そこに勤めていました。

久しぶりに会い、しっかり勤めて立派な彼女を見てすごいと思うも、フリーターしかしたことがなく、今事実上プータローの私は、火を噴くような恥ずかしさ、女性差別での意図はありませんが男として情けなさ、置いて行かれた感、どうせ心の中で馬鹿にされているなどでいっぱいでした。
ちなみに嫌いな人物とかではないです。
ヘラヘラと取り繕って強がるので精一杯でした。
道化になったような気分でした…。

もうそこには行きたくはないと、帰り道ずっと思っていましたが、状況的に、行かないといけないので行って面接の練習します。

無心になるしかないのかな、でも辛いなと、思っちゃっています。

お坊さんたちの意見を聞かせてください。お願いします。

面接対策に疲れた際に、気分転換で見たいと思います。
返信自体は遅れると思います。すみません。
それでも大丈夫なお坊さんは、回答ください。
あとエールや仏さんの教え、良い言葉、お経とかくれたら嬉しいです(笑)

ぶっちゃけ寺というTV番組で知った言葉、「人人、夜光の珠を握る」「「一隅を照らす」ようになりたい」を心の支えにその職種を目指してきました。
一週間後に向けて頑張ります!
面接駄目だったら、駄目で、またいずれ、その時の心の持ちようについては、後日質問しようかなと思っています。

急いで書いたので、文章不備、まとまりなさなどはご容赦ください。
よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

無様な姿は見せたくない。そんなエゴは捨てましょう。

  一般的な雇用の流れからちょっと外れてしまった。竹丸さんはそのことに少々コンプレックスに感じておられるようですね。自分よりも年下の知合いの方が希望する職場の先輩となるかと思うと、引け目を感じてしまうのかも。失礼ながら、そういう感情はあなたの中のちっぽけなエゴから生じているのだと思います。

 大学に入るのにも就職するのにも浪人するケースは昔から結構有ります。ですから職場の先輩が同年齢だったり、年下であるということも決して珍しくないと思います。最近は中途採用やヘッドハンテイングという形で就職するケースが増えてきてます。相応の人生経験があっても、違う会社違う業種違う職種に変わって、悩んでいる人も少なくないと思います。10歳以上も20歳以上年下の同僚から指示指導を受けるということは決して珍しくありません。数年後輩の方が職場の先輩としていることは珍しいことではありません。多くの人が経験していることです。ちっぽけなエゴは捨てましょう。

 私はいろいろと回り道したので修行道場に入ったのが30歳の時でした。同期の修行僧の大部分は6歳か7歳下。先輩の多くも年下です。でも修行道場では一日でも早く道場に入った方は先輩です。その先輩から指示があれば、口答えせず合掌した状態で「はいっ!」と答えるだけの世界です。年齢も学歴も無関係です。さすがに年下の先輩に怒鳴られると。私自身のちっぽけなエゴが反感を覚えムカッとすることも結構ありました。でも、会社には会社の秩序があり、修行道場には修行道場の秩序があるんだということを自分自身に言い聞かせ、自分を抑える日々でした。
 
 人は本来平等でありますが、身長体重が異なり、年齢が異なり、性の違いがあり、記憶力理解力の違いがあり、処理が早い遅いの違いはあります。職場には職制が敷かれ、役職上の上下関係が敷かれます。どんな集団にもその集団内の秩序があり、上下関係が構築されております。今後、仕事をする上でも「情けなさ、置いて行かれた感」を感じることがあるかもしれませんが、それは当然のことだと思います。でも、あなたが仕事を習得して行く中で解消していくことも出来る筈です。

 最後に、次の言葉を贈らせて頂きます。詳しく説明すると字数を越えてしまうので、意味についてはwebで検索して下さい。
 「松に古今の色無し 竹に上下の節有り」

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 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...

自分の思いにとらわれない

恥ずかしさ、プライドなどは、ご自分の頭の中で作り上げた妄想です。
そんなものに振り回され、やりたいことを諦めるのは、愚かな事だと思いませんか。^_^

日頃から人やものと触れた時に、そのまんまを受け入れているにもかかわらず、そこに思いを付け足してしまっていることに気づきましょう。その付け足した思いがあなたを苦しめる原因です。

思いの付け足しをやめ、その思いが出てきても振り回されないように生活してみてください。それが坐禅です。

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禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺副住職。 悩みを吐き出す事で、ちょ...

大丈夫、あるがまま、おたがい様

「大丈夫」という言葉は、本来は仏様のことを意味する言葉らしいです。
仏様を信頼すると、理屈ぬきで「だいじょうぶ」な気分になれる場合があります。
理由は要りません。大丈夫、平気へっちゃらです。

仏教の教えは、あるがままの現実、たまりまえのことをあたりまえに受け入れられる教えです。
十人十色、人それぞれに違う人生なのがあたりまえ。
ちゃんと試験を受けて頑張っているわけだし、あるがままの自分を卑下しないで堂々としていれば、相手だって「頑張ってるんだな」と認めてくれます。

人間、誰にでも弱いところやコンプレックスはあります。
だからこそ、お互いにお互いを慈しみ、尊敬するのが理想的な社会です。
これからどんな仕事に就くにせよ、「お互い様」と他人を尊敬して、あなたのようなコンプレックスを持っている人をサポートしてあげられる社会人になられることを、期待いたしております。
なお、面接では、和やかにニコニコお話しされるのが良いと思います。
息を深く吸ってみてください。酸素が脳や眼球にまで浸透し、ニコニコパワーがじわじわと涌き出てくるイメージで、内面からニコニコを出してください。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...

質問者からのお礼

返信遅れまして、申し訳ございません。
二次面接終わりました。でもまだ三次面接あるので気は抜けないです。

吉田俊英さん、回答ありがとうございます。

知り合いは、面接練習させて頂いた職場にいただけで、私の希望する職場ではありません。
文章が下手で混乱させてしまったみたいで、すみません。

ご自身の具体例などを出して頂きながらのお話は、心にスッと入りやすかったです。ありがとうございます。
「松に古今の色無し 竹に上下の節有り」ですが、調べたサイトのある老僧によると10月22日が竹切りの一番いい日だとか…。
実はその日が面接の日でした。
また、10月19日のぶっちゃけ寺でも意味が違う話ですが、偶然竹の話が出てビックリでした。
あと、中学の塾の先生に、竹のようになりなさいと言われた話が、今も心に残っています(大木は芯がないから強風で折れるが、芯ある竹は揺れるだけで、止めばピンとまた真っ直ぐに戻る。竹のようになりなさいとのこと)
自分はなにか竹に縁を感じました。ありがとうございました。

邦元さん、回答ありがとうございます。

「振り回され、やりたいことを諦めるのは、愚かな事」その通りだと思います。
ですが、「他人は他人、自分は自分」など自分でも思うようにしていても、さすがにその日は動揺してしまいました。
こういうの、お坊さん的には、修行が足らないとでもいうのでしょうか(笑)
どんな時でも、思いが揺るがない人間になりたいです。

願誉浄史さん、回答ありがとうございます。

自分は一年間振り返って、本当に色々な人に、支えられてました。
まだ支えられています。でもいつか、いつか支える側の人間になりたいと思っています。
面接アドバイスありがとうございます。面接会場のトイレの鏡前で、実行しました。ちょっと芳香剤の匂いがクサかったです(笑)

「就職・就活」問答一覧

自分の人生観、仕事観と親とのすれ違い

こんにちは。自分は今、就活の時期に入り始めている大学生です。  pそのため、両親が自分の就職について言及してくるのですが、その考えがどうしても理解できません。両親は自分に今大学生のうちに資格や公務員試験の勉強をして少しでも人より安定した、待遇のいい職場に就職しろと言います。自分は安定しているからといって興味のない仕事をしようとは思いません。それに自分にはどうしてもこれがしたいと思える分野があり、今その実現に向けて創意工夫する毎日なのでとてもそれを諦めることはできません。しかし、親は自分のしたい仕事なんて絶対にできないから出来るだけ楽でお金の稼げる仕事を探せと言います。それではあまりにも淋しすぎるのではないかと思います。ただお金を稼ぎながら延々と自分はこの程度だと思いながら生き続けるのは自分の性分には合わないように感じるのです。  それに両親は「大学のうちに辛い思いをすれば後から楽な思いができる」と言いますが、自分にはその考えがどうしても理解できません。自分にとって仕事とは設定した目標に向かって命をかけて精進していくものだと思っていてその結果貧乏になっても寿命が縮まっても構わないし、むしろそれが生きることだと思っているからです。だから親の言う楽に生きるという感覚が理解できないのです。もしこの世に生きる目的が両親のいうように少しでもお金を稼ぐことを真理とするならば自分は首を吊って死ななければならないほど悲しい気分になってしまいます。  もちろん、今自分のやりたいことがはっきりしている身としては全力で否定したいとは思っているのですが、今まで自分を育ててくれた分、強くいうことができません。それに今自分の興味がある分野に対して何の結果も出せていないという状況であり自分の仕事に対する思いも一方的で側からみれば大したことのないものかもしれません。それに両親がここまでいうのは年齢を重ねて経験を積んだからであり自分は若いから現実を理解できていないというのが真相かもしれません。自分の意見を主張するにはその部分で不安があります。  自分のやりたい仕事を目指すことは悪いことではないことを信じたいのですが、それを支えてくれるような言葉や教えがあればご教授いただきたいです。どうかお願いします。

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