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また一緒にお経を唱えたい

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有り難し有り難し 12

私は数ヶ月前まで専修学院尼僧部に通っていました。
修行は自分の心を軽くしてくれ、余計なことを考えずにひたすら読経の練習や仏器磨きに勤しんでいました。

私は加行をしていて、辛すぎる!
と思ったことはありませんでしたが、
知らない人と行動を共に、私語は慎む、家族とは連絡が取れないという不安と心労、そしてご飯の量が多かったのも加え毎日トイレで吐いていました。
吐く事が辛いし親に会いたい家に帰りたいと、泣きながら修行に取り組んでいました。

見かねた幹事先生が親に電話して、停学といった形で家に帰らしてくれました。

専修学院の皆様や家族、檀家さんにはすごく感謝と申し訳なさが残っています。

家に帰ると親の仕事をついて回り、朝のお勤め、梵字の練習などをしていました。
加行を中断して帰ってきたのにも関わらず、親は変わらず優しくしてくれました。

父は癌を患っていて、何年にもわたって再発し続けています。
そのことをわかっていながら、私は家を飛び出してしまいました。
私は婚約者がいることを父に打ち明け、家を出て行くことを告げたのですが…
同じ日に再発がわかったことを父から告げられ、そこから婚約者を紹介し辛くなり、そのまま家を出てきてしまいました…

1ヶ月に1度程度は連絡が来ますが、返信すると父からの返信はきません。
私は父への申し訳なさ、とんでもない事をしてしまったという気持ちでストレスがつのり、ストレスが原因の病気を発症しました。
夢にも毎晩父が出てきます。
夢自体は様々で、前みたいに色んな場所をドライブしたり、朝のお勤めをしていたり、また怒っていたり…

父と喧嘩をしているわけではないのですが、仲直りと言いますか…
前みたいな仲に戻りたいです。
また一緒に読経をしたいです。
でも勇気がでないんです。

どうしたらいいですか?

私は、自分の精神状態よりも、修行を終えることを優先した方がよかったのでしょうか…

拙く長い文章となってしまい、申し訳ございません。

2017年9月22日 20:37

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

残された時間はあまりありません。勇気を出して会いに行ってください。
できれば、あなたがこれからどのような道を歩んで生きていくつもりなのかをはっきり伝えられたら一番いいと思います。
我が子が選んだ道ならば親はきっと応援してくれると思います。
修行を中断したのは先生が的確に判断したのだと思いますから、あまりそのことで悔やまなくていいと思いますよ。別の道を歩むも良し、再度修行に挑戦するも良し、道はたくさんあります。過去のことよりも、今からのことを考えていきましょうね。
ほんの少し勇気を出してください。
今はお彼岸の時期ですね。お彼岸の時期は仏道修行の時でもあります。仏様もあなたのご先祖様も応援しています。勇気を出すことが今のあなたの仏道修行と思って頑張ってくださいね。

2017年9月22日 22:35
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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

人生の2択問題は、どちらも正解の場合がある。

過去は過ぎ去りもう無い、未来は未だ来たらずまだ無い。
今・ここの現在のあなたが、幸せを感じられることが大切です。
もちろん、今後の人生のために、過去をふりかえったり反省したりするのは悪くはありません。
しかし、すでに起きてしまった過去に対して後悔して暗くなるのは、怒りの煩悩なのです。
怒りの煩悩は、悩み苦しみの原因。
自分の過去に自分で怒っても、苦しむのは自分です。
今・ここで幸せを感じてください。
どんな過去も、今が幸せだったら正解だったことになります。
人生の正解は、学校のテストより多いのです。
「加行を中断する」「中断しない」の2択問題の場合、学校のテストだったらどちらかが不正解ですが、人生の問題はどちらも正解にできるのです。

2017年9月24日 4:46
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

「お経・経典」問答一覧

【プロフィール参照】お経をあげる意味について

最近、疑問に思っていることがあり各ご僧侶様のご意見を頂きたく質問させて頂きました。 まだ小学校低学年の頃から、30年以上前に亡くなった曾祖父に会いたがったり、誰に教わるでもなく仏像をねんどで作ったり絵に描き起こしたり何かと仏教とご縁のある身なのだなとありがたく思っております。 大学でも仏教学部に在籍していたこともあり学問的な仏教にも大変興味があります。 この1か月間で無量寿経、薬師経、阿弥陀経、般若心経等、10以上の真言、経典を読んでいました。 釈尊の言葉をまとめたものがお経なのであれば、なぜ葬式や法事であげるか少し理解できずにおります。教えを書き起こしたもの(学校でたとえるならば教科書でしょうか)を故人にあげる意味とはどういうことなのでしょうか? ある本には六道の中で人間界でしか仏教を聞く事ができないと書いてありました。 人の思う天国も六道では天界というところだそうですが、苦しみもあるとのことでした。 葬式や法事等であげるお経は人間界でしか学べぬ仏教を、故人にもその教えをお経として聞かせ参列している人もまた教えを一緒に聞く、という意味合いなのかなと解釈しております。。 菩薩や天部のエピソードは多少脚色されたものもあるのかもしれないなと物語として楽しく学んでおります。 また各浄土にいらっしゃる仏様それぞれが得意とする分野をお持ちですが(薬師如来なら無病息災や病気治癒など)、病気になった時はお薬師様、強い心を持ちたい時はお不動様などそれぞれの仏様に拝んでもよいのでしょうか? 全ての仏様のお師匠様が阿弥陀様ということを本で見かけましたので基本的に元をたどれば一つであると考えればどの仏様にお祈りをしてもよいのかなと、、 仏様のご利益は願って叶うものではなく、願ったのち自身が前を向き努力した時にそっと後押しをしてくれる存在と最近は思います。 ご僧侶様のご回答ご意見を、宗派関係なくお聞かせください。 ※曾祖父時代は浄土真宗、現在は真言宗ですが私自身はどの宗派も元をたどればおおかた同じと思っておりますので気に入った仏様や宗派を勉強しているようなかたちです。

有り難し有り難し 72
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