偶然とは思えない事故
これはなにかの暗示ですか?
3年前、私は交通事故で頚椎捻挫をして後遺症で1年苦しみました。
その数ヶ月後、親戚が脊髄損傷で寝たきり。
そして今年。又しても後ろから追突されて頚椎捻挫。頚椎の一部分がヘルニアになりかけてると言われました。
これだけならたまたまと思えるのですが、なんと事故の数日前直属の上司が脊髄損傷で寝たきりに。その箇所が私がヘルニアを指摘された箇所がでした。
これはなにかの暗示ですか?ちなみに両方厄年です。
もしかして私も脊髄損傷になるのか?と考えると怖くて怖くて、、、
このような話はよくあるのでしょうか?
自分の運命に不安を感じている
お坊さんからの回答 3件
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全ての出来事は単独、単発、独立事項。
悪いことが続いてしまうと、これからも続くのではないかと心が折れてしまうものです。
ですが、ごあんしんください。
どんな痛々しい出来事も、そこでちゃんと完結しているものです。
私は昔、新狭山という駅の近くで事故をおこししばらく凹んでおりましたが、
「交通事故はぶつかった瞬間だけだ」と師匠から言われて、目が覚めた経験があります。
ああ、今もその事故・不運が続いているかのように感じていたが、自分がその時のことを今という時間を使って今の一念という「念=今+心」で過去のことを何度もリプレイ🔁リピートして、
今という今日のこの真新しいフレッシュな時間を台無しにしていた、と気づけたのです。
思いというものは、思いでありながら、思いもよらぬところに向かうものです。
だからこそ、上手にコントロールしなければいけません。
実際に起こっていないことは起こっていないのです。
過去の不運は不運であっても、今日何を思うかによってその不運は終わり、今日、悪く思えばその不運は不幸という精神作用となって、今日のフレッシュな一日を汚すのです。
今日はもう真新しい今日です。
それぞれはそれぞれの単独の出来事なのです。
心を不幸の雲で覆わせないように悪く関連付けないようにいたしましょう。
こんにちは。
ヘルニアになった場所について、私は専門家ではないので、断言はできませんが、ちょっとネットで調べてみますと、背骨の中にも「ヘルニアになりやすい場所」というのがあるようです。つまり、多くの人が同じ場所がヘルニアになっていると考えられます。
厄年は、加齢により、無理がきかなくなる年齢の目安とされます。年齢上、体調の曲がり角って事です。別に厄年だから呪いがかかるわけではありません。ヘルニアばかりでなく、厄年の頃には、様々な病気やケガに注意です。あまり無理をなさらないように。
偶然はありません。でも・・・
重ねての事故、心折れますよね。
さて、言われるように「偶然とは思えない事故」とあるように、言えることは、この世には偶然はありまえん。すべて必然の事です。
それぞれに原因があり結果がある。ということで、今回の一連の出来事も、その流れに一つでしょう。たしかに、似たようなことなので気になってしまいますが、では、どうしたら止めれたの?となると、まして他人の事です、どうすることもできません。
起きたことに対して、どう反応、行動するかが重要で、起きてしまったことを悔やむより気づきがあればいいと思います。
何事も関連づけると、そのように思えますが、もう少し視野を広げれ、見方も変わるかもしれませんね。
厄年については、諸説ありそれぞれを並べていくと絶えず厄年となると聞いたことがあります。ゆえに厄年だからというより、年齢を重ねれば誰しも体力も落ちます。立場や責任も変わります。ゆえに油断せず注意するようにということでしょう。
まずは、お身体を労わりください。