ペットとのお別れを受け入れるには

我が家の猫が不治の病でお別れが近いのですが、
未だに心の整理がつかず、覚悟もできておりません。
子供がいないので、ほとんど子供のような存在です。

一番つらいのは猫ですが、看病している自分もつらく、
食事はろくに取れず体調を崩してしまい
情けなくなります。

1日でも長く生きて欲しいです。
でも、同時にこんな辛い思いから早く解放されたい、
死んでしまえば、その時は悲しいが後は立ち直るだけ、など
不謹慎な事を考えてしまいます。

動物を飼う時点で、先に死なれることはわかっていましたが、
まさかこんなに早くこういうことになるとは思っていませんでした。
遺伝性の病気です、わかったのは病気を発症してからです。
この子の命は、通常の半分しかありません。

もっとしっかりしなくては、強くならなくてはと思います。
どうすればよいのでしょうか。。。

有り難し 33
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

思い出を大切にしていくためのアクションを起こしてみては

亀山純史と申します。私は今から20年近く前に、動物霊園を経営している石材店の依頼で一年間(月一回)、その霊園にてお経をあげていました。はじめに全体での読経を行い、その後、個々に読経をしてもらいたいとの依頼があれば、個々の墓前にて読経をいたしました。毎回多くの方が参列し、こうして亡くなってからもお参りに来てもらっている動物たちは何と幸せであることか、と思ったものでした。人間にしても動物にしても、生き物はいつかは死にます。自分より先か後かはわかりません。でも、確かに言えることは、いつかは死ぬということです。そして思い出が多ければ多いほど、悲しみも深いものとなります。あなたが流す涙の量は、その動物を愛していた証です。
もしここに、「これを飲めばペットとの思い出は一切消え去り、ペットが亡くなっても悲しまなくなります!」というキャッチフレーズの薬があったら、あなたは飲みますか。動物霊園に毎月訪れていた人のように、ペットとの思い出をいつまでも大切にしていくことこそが、ペットへの供養に繋がると思います。これは決して思い出に引きずられることを意味してはいません。定期的なお墓参り、あるいは下のサイトで紹介しているペットへの手紙など、思い出を大切にしていくためのアクションを起こすことです。そのようなアクションがあなた自身がペットロスから立ち直っていく力に、やがてはなるのではないでしょうか。
最後に、日本ペットロス協会
http://www5d.biglobe.ne.jp/~petloss/index.htm
という協会があるようです。一度、HPを訪れてみてはどうでしょうか。そこには「ペットを失った悲しみから立ち直るには」と題して、5カ条(1.悲しみを押し殺さず、素直に出す 2.早く立ち直ろうと、がんばらない 3.無理がない程度の作業をする 4.悲しみをわかってくれる人に思いを話す 5.周囲の無理解や偏見を気にかけない)が、また、「ペットとの別れに備える~ペットロスを重くしないために」と題して、4カ条(1.ペットは自分よりも先に死ぬものと自覚する 2.ペットに過剰に依存せずに、ほどよい距離を取る 3.ペットを介して友達をつくっておく 4.ペットロスの正しい知識を持つ)が挙げられています。

以上が私の回答です。少しでもお役に立てればと思います。

2年3ヶ月前

最後まで愛情を注ぎ続ける事

まず、そのペットちゃんはあなたではない。
彼そのものの命を全うしていくよりほかありません。
取って代われないからです。
気持ちを注ぎ過ぎると、❝ツかれ❞てしまいますから、一度上手な距離感を取りつつ、それでいて最上の愛を送って安らかに逝かせてあげてください。
人間の愛情でも、動物は受け取ることができるのですから。
動物たちは、元々大自然の一員です。
それを人間は切り取って持ってきて自分たちのものにしてしまう。
動物を所有することの責任を負うことは免れないものです。
ペットであろうが、最愛の人であろうが、失われても、❝失わせる❞べきものではないのです。
終局、終焉、ピリオドにさせないためにも、あなたの中で、その子にできる限りの愛情を注いであげてください。
愛情を注がなければ、どちらもドライな別れになります。
愛情を注いでいけば、あなたの中にも愛がはぐくまれ、その子の中にも愛が生まれ、安らかに眠っていけるでしょう。
仏教には諸法無我という教えがあります。
そのペットちゃんは、もともとあなたのものでもなんでも無かった。
乾坤ただ一匹、天地にたった一人の生命です。
あなたもそういう存在であり、全ての存在が支え合いながらも、そういう個々の独立存在であることを悟り、あなた自身の人生、生命を最上のありように導くべく、気持ちを自己の精神の向上に向けてください。それを菩提心と言います。
菩提心とは、悟り、心の安らぎを求める誓願でもあります。
亡くなった時、供養として誓願を立ててください。ストゥーパなど供養塔を建てるというのは、菩提心の誓願を立することが中心なのです。

2年3ヶ月前
回答僧

円通寺

邦元

依存と愛は違う

ペットを家族のように可愛がるお気持ちよく分かります。私も人生の中で可愛がっていた犬とのお別れが二度ありました。
悲しくて涙もこぼれました。しかし今は、懐かしい思い出ではありますが、悲しくはありません。もし、今でも悲しんでいたらそれは依存といいます。

あなたは最後まで、愛を注いであげてください。先に逝ってしまう可能性が高いのは、間違えない事実。だからこそ愛は伝えて、ください。

一つの大切な命として、全うさせてあげてください。所有物ではなく命として。

2年3ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

亀山様、丹下様、邦元様
お返事ありがとうございます。
確かに私はペットに対して距離感を持てず、依存しているのかもしれません。
猫には沢山の癒しと思い出をもらってます。
あとどのくらい一緒に居られるのかわかりませんが、最後まで感謝と愛を伝えたいです。

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