御免なさい。
あけましておめでとうございます。
全部求めているのかもしれません。他人の優しさ、厳しさに私は慣れていません。求めているのに、いざ聞いたり接したりすると、戸惑ってしまう扱いにくい人間です。
ここは私にとって最後の砦です。もっと大事にすると自分に誓いました。無礼をお許し下さい。
100字以内は難しいです。 実の二親と妹とは絶縁しました。 結婚していますが、この様な二親と妹を持ってしまった私が妻で主人に申し訳ないのです。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
もっと単純に生きましょう。
苦しみが続いていく人というのは、普段の生活においてもここhasunohaにおいても「自分の思ったことばかりを優先している人」です。
そもそも大事なのが仏教なんかよりも坊主の説法なんぞより「自分」なのです。
それが、そもそものここでの矛盾でしょう。
分かりやすく言えば、医療の世話になっていて薬を飲まなければいけない状況なのに、医者に文句言って薬を飲まないようなものです。自分の体を医療に委ねなければいけないのに、薬も飲まずにいるようなものです。
坊さんたちから
①助言をしてもらったとしても
②キャッチする前に
③「こういうことは言われたくない」「こういう回答は気に食わん」「丹下なんぞに言われとうない」「100%言い当てているとは思えない」ということを思って、
①出会ったこと/言われたことに対して
②ストレートに受け止めるということを優先せずに
まず、自分優先なのでしょう。
③自分が思ったことを優先して自分の中で考えられてくることばかりを相手にしてしまっているのです。
ここに向きあえなければ、今後も変わっていかないということではないでしょうか。
実生活でもそうなのでしょう。
ご主人、犬、出会ったことに対して、そこで自分が思ったことの方を優先してしまうから
新しい人生観や新しい価値観、新しい心が受け止めることをせずに打ち返しているのです。
そういう姿勢ですと、誰が何を言っても「バットで打ち返す」だけです。
人の話をきく、人の話を受け止める、人の助言をわがものにするということは、まずそこに「自分を」優先させてはならないものです。
あなたが助言をして変えたい人、変わってもらいたい人、良くなってもらいたい人がいるとします。
ところが、その人が何を言っても一言一言揚げ足取ったり、メインで伝えていることを聞かずに「言い方が気に入らない・言葉遣いが気に入らない・態度が良くない」ということで反発して、肝心の「メイン」を受け止めもしなかったらあなたもやれやれと思うはずでしょう。
これをご覧になられる方は、この回答は皆さまに向けられているものだと思って受け入れて頂ければありがたいと思います。