弟への嫉妬

初めてご相談させて頂きます。

以前は介護福祉士として10年ほど老人ホームに勤めていましたが、現在父の会社にて経理をしております。(ずっと母が経理をしてきましたが、年齢的にも精神的にも大変になってきたので)
実家の一室を事務所としている、ほぼ身内(父・母・弟)のみの小さな会社です。

こんな事を記載して良いのか迷いましたが...
数ヶ月前から仕事にて、電子マネーの遺失物の産廃処理を請け負いました。
中には割と高額な金額が入っている物もあります。
数日前に知ったのですが、どうやら弟が毎月コッソリと抜いて自分用にしているようなのです。
私は両親に言いましたが、父は「そんな微々たるもの、大目にみてやれ!」と言うのです。
でも月に3万〜5万をプラスαとして手にしていると思うと、何だか理不尽でなりません。
ズルをして手にしたお金...
私だってできる事ならもっと貯金したいし、少しぐらい贅沢したいし、欲しい物も我慢しているのに...私にとっては微々たる金額ではないです。
以前介護士をしながらアルバイトをした事もあります。
時給で働き、3万〜5万を手にするのにどれだけ苦労するか...それをあっさり手にする弟を見て、何だか自分の必死さや苦労はなんだったのか...と。
お小遣い的な弟の収入に関して「ズルい!」という腹立たしさを感じながらも、そんな風に考える浅ましい自分に対しても、腹立たしくて情けなくて...

また、弟は実家暮らしで他の職場で働いた事もなく、私から見れば考え方も性格も甘く思えます。
そんな弟に両親もとても甘く...
私に対しては「あなたはしっかりしているから...」「昔から全く手がかからない」とよく両親が口にします。
離れて生活している分には気になりませんでしたが、両親が弟や更には兄に対しても金銭的にも何もかも甘くて、仕事上一緒になると色んな部分が見えてしまい。
もちろん充分なくらい私にとっても優しい両親ではあるのですが、どうしても自分に対しての違いを感じて弟に嫉妬してしまいます。

私よりも次期代表取締役となる弟のほうが大事なんだなとか、両親にとって私は可愛げがないのかなとか...
初めてこんな気持ちがふつふつと湧いてきて、悲しくてなりません。
他は他、自分は自分という考えをしてきたのですが、何故か身内に関してそう考えられなくなってしまい、とても苦しいです。

有り難し 8
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

円通寺

邦元

弟であるが会社の上司として割り切る

家族であると付い、ご自分の我を押し付けやすくなるのですね。一般的に多くの人がそのようになります。
甘えてみたり、ワガママを言ってみたり、自分の気持ちがイライラしているのはあんたのせいだと感情的に家族に当たってしまったり。

一つ目として、家族であっても、人と比べたり、自分の思いを人のせいにするのをやめる事。我を押し付けるのをやめる事です。
また、仕事上では、家族であっても、立場、役割で割り切らないとうまくいかない部分が出てきます。
弟であっても、仕事上は上司。そこは、プライベートとはわけて、ご自分の立場を全うすればいいです。

2年2ヶ月前

嫉妬・怒りは誰にでもある。いつか救われる。

仏教(インドのお釈迦様の教え)では、嫉妬や怒りなどの煩悩は、悩み苦しみの原因だから、嫉妬しないほうが平安な暮らしができると考えます。
なので、他人の幸せや成功を自分のことのように喜べる人、嫉妬しない人の方が人生ハッピーです。
一方で、日本で浄土宗を広めた法然上人は、人間に目や鼻があるのと同じくらい、煩悩や妄想雑念が起きてしまうのは普通のことだと言われます。
南無阿弥陀仏と念仏をとなえるだけで救われるんだという浄土宗の観点からは、嫉妬が起きても嫉妬したまま、生まれつきのあなたのままで念仏をとなえればよいんだ、それで人生合格だ(優等生ではないかもしれないけど)、と考えることもできます。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
あなたも弟さんもともに幸せでありますように。
仮に不幸な人生でも、最後の最後には救われますように。南無阿弥陀仏(合掌)。

2年2ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

邦元 様

ご回答下さいまして、ありがとうございます。
確かに家族に対しては我が強く出てしまうところがあります。
家族だから本音を言える、家族だから理解してもらえる...そのような甘えがあるのだと思います。
これからはなるべく自我を抑え、家族といえども人は人と割り切って考えるように努力してみます。

願誉浄史 様

ご回答下さいまして、ありがとうございます。
確かに、なかなか自身の本質を変えるのは難しいもの...
しかしながら努力はして参りたいと思います。

お二方にお言葉を頂き、感謝しております。
人はそれぞれ、以前成し得なかった課題の中から、今世で勉強するべき課題を自身で決めて生まれてくると聞いた事があります。
人生は勉強の場であると、常日頃から思っております。
ご相談させて頂いた内容のように、他愛もない小さな事で感情が乱される出来事がある時に、ふと立ち止まり「自分の何がいけないのか」「どのようにしたら気持ちに折り合いをつけられるのか」色々と思案し反省する事で、未熟ながらもほんの少しずつでも自身の魂を成長させていけたらと思っております。
足りない何かを数えるより、与えらている恵みを数え感謝しながら歩んで行こうと、お二方のご回答を読ませて頂き改めて思わされた次第です。
ありがとうございました。

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