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心を乱さずに診断結果を待つには

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有り難し有り難し 23

ここ数年、自分や家族のことで診断結果を待つ機会が増えました。
特に癌や難しそうな疾患の疑いのある時などは、結果が出るまでがとてもつらく感じます。
家事が手につかず、食欲が減退し、眠れないこともあります。
こういう時に心を乱さず穏やかに保つ方法はないでしょうか?
ご教示のほど、よろしくお願いいたします。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死ぬときゃ死ぬ 

宝くじは当たるまでドキドキ夢を膨らまします。
ハズレくじは、ハズレ死刑宣告をされるまでドキドキ動悸がします。
どちらもどのみち、その時が来るまで分からないのですから、宣告されるまで考えても無駄だという事を知るよりほかありません。無駄に考えないことです。
「ガンじゃありません」大丈夫だった(-ω-)ワーイ。でも、いつか死にます。
「ガンです」と言われても、その場でポックリ死んじゃう訳でもありません。
どのみち死ぬまで生きるよりほかにないのです。
死ぬまで生きるのは誰でも同じ。
ならば悩まずに生きるが良いのです。
あなたが恐れているのは、診断結果の内容でもあるでしょうが、厳密には、無駄な思いを空ぶかしして無駄に苦しんでいるだけ、思いに苦しんでいるだけです。
食事が喉を通らない。
一食抜けたわ。ラッキー、ダイエットくらいに楽観的に考えましょう。(-ω-)
目の前のものを手に取ってください。
それを70センチくらいの高さに持ってください。
「落っこちたらどうしよう落っこちたらどうしよう落っこちたらどうしよう」と33回唱えてください。(99回)
そのうちに、分る事があります。
「手を放すまでは落ちるわけがない」と。
その時になるまでは、それはアタマの中でいくら思い起こしても、その事は起こらないのです。
aさんは「あれになったらどうしよう」とその時まで悩み続けます。
bさんはその時までは考えません。結果はその時に分かる訳ですから。
考えても無駄な事があるという事も知っておきましょう。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
💕禅ママ説法💗 禅ママの超簡単!不安消しテクニック! (*´ 艸`) 人生って、ちょっぴり不安がいっぱいよね? でも大丈夫! 「現実」と「頭の中だけ」をちゃんと見分けられるようになれば、不安なんてちっぽけなものよ! だって、みんな「もしも~」「もしかして~」って、頭の中で勝手にドラマ作っちゃってるだけなんだもん。 (˘ω˘) 「あれが起きたらどうしよう」とか「こんなことになったらどうしよう」って、まだ何も起きてないのに、勝手に心配しちゃうのよね。 だから、今この瞬間、目の前にあるものに意識を集中してみよう! ✨ 見えるもの、聞こえるもの、感じてること… そうすれば、どんなに不安なことがあっても、"今ここ" に戻ってこれるわよ! 心配事って、まるで映画の予告編みたいなのよ。 まだ何も始まってないのに、ドキドキハラハラしちゃうでしょ? でも、実際は、今この瞬間、目の前で起きていることだけをちゃんと見ればいいのよ。 そうすれば、心はもっと穏やかになるわよ。 不安を感じたら、ちょっと立ち止まって考えてみてね。 「この不安、本当に今の私に必要?」 「今、目の前で起きていることは、一体何?」 そうやって、現実と想像の違いに気づけば、不安に振り回されることも減っていくわよ。 だから、今日一日も、"今" をしっかり感じて、笑顔で過ごしてね! (*´ 艸`) じゃ、行ってらっしゃい!

背負う

愛するご家族のご病気
本人も家族も辛く苦しい。

僕がここでどんなに素晴らしい言葉を並べても、ご家族の愛情の前では無力。
苦楽を共にできるのは家族しかありません。その愛情にまさる支えは世界中探しても他にないのです。

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おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

ありがとうございました。
家族が気弱になる中、私がしっかりしなければならないのに、頼りにならない状態で困っています。
家事が怠り気味になり、ただでさえ暗くなりがちな家の中がさらにどんよりと…
せめて私だけでも気持ちを強く持ちたいと思ったのですが、甘かったのでしょうか…

丹下様、ありがとうございました。
昔、身内が救急搬送されました。それを見た当時幼稚園児の甥が「人間、死ぬときは死ぬんや」と狼狽する大人たちの中で一人落ち着いていたのを思い出しました。
考えても無駄なことはあると頭ではわかっていても、心がついていかないと言いますか…
考えるだけ無駄なことに捕らわれがちです。なるべくそちらへ意識が向かないように努力してみます。

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