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自分で決めることが出来ません

昔から自分で決めることがとても苦手です。

いつも誰かの決定に従って生きていきたい、と思うほど自分で決めることが出来ません。誰かに決められないと、何をすればいいのか分からず非常に不安になります。

高校のころまでは自分で決めなければならない場面が少なかったため、こんな性格でもなんとか過ごせてこれました。けれども最近は自分で決めなければならない場面に多く直面しています。そして周りの子が当たり前に自分で決めているのを見るたびに、自分もああならなくては、と焦っています。そんな風に焦ってはいるものの、結局自分で決めることが出来ず、友人にどうすればいいのだろうと決定を求めてしまっているのですが…。

自分で決められないのは、自分の決定に責任が伴うのを恐れているせいだろうと思います。また、何に対しても「そういう考え方もあるんだなあ」と疑問を持たずに受け止めてしまい、結局何が正しいのだろうかと悩んでしまう性格のせいだろうと思います。

責任を持てないふわふわとした自分に嫌悪感があふれ、このような性格のまま生きていけるのだろうか、と不安を抱える毎日です。どうすれば自分で決めることができる人間になれるのでしょうか。(こうして聞いている時点で人に決定をもとめていますね…笑)
長々と申し訳ありません。つまらない悩みかもしれませんが、何かお言葉を頂ければ嬉しいです。

有り難し 50
回答 5

質問投稿日: 2015年12月10日 0:28

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

大慈

決断力のある人ほど自分で決めない

今川義元の軍が攻めてきました。さて、どうしましょう?答えは「知るかボケ!」です。理由は『判断材料が何もないから』。

こんな情報が入ってきました。「敵の兵力はこちらの5倍〜10倍」。するとこうなります。「こりゃあ正面から正攻法で戦っても無駄やね。降伏するか、戦うなら籠城して援軍を待つか、一か八かで奇襲するかしかないね。」ハイ、判断材料がたった1つ出てきただけで「知るかボケ!」状態からプランが3つに絞れました。スンバラシイ!

さらに考えてみると…「援軍ってどっから呼ぶねん…反対側の斎藤家も北畠家もウチと紛争中やないですか!」ハイ、判断材料が1つ増えて2択に絞れました。さぁ、降伏か?奇策か?どうするどうする???

するとこんな情報が!「今川の大将が場所バレしました。しかも敵はV字型に展開してるから、真ん中突っ切れば他の敵を無視して敵の大将をピンポイントで狙えそうな感じ!」奇襲でなんとかなりそうなら、降伏する必要ありませんよね!かくして織田信長は騎馬隊でスピード勝負に出まして、あとは皆さまご存知、真ん中ぶっちぎりの桶狭間。

自分で決めるというのは、実は自分の意思を持つということではなくて、判断材料を探すことの積み重ねです。
判断材料を探す癖がないから何をしていいか分からない。判断材料を探す癖がないから他人の決定に従いたい。判断材料を探す癖がないから自分の決定という言葉に踊らされる。全部そういう所です。

なぜhasunohaのお坊さんたちはこんなに回答できるのか?自分で考えていないからです。仏さまの教えの仲介をしてるだけなのですよ。ご質問文(判断材料)を何度も読んで、仏教(判断基準)と照らし合わせれば自然と回答の方向性が決まってきます。
お坊さんにはそれぞれ宗派ごとに学んだ教えのタイプが違いますし、その教えの解釈も1人1人違います。この判断基準の違いが個性になります。で、それが自分の経験と混ぜっこしてこなれてくると、頭で考える判断基準から身体で覚えた判断基準になってきて、人柄であるとかその人なりの決断っぽくなるわけです。

だから自分で決めたいなら自分の性格と向き合ってはダメです。問題のまわりの判断材料を漁ること、先賢の教訓をよく聴いて心の片隅に留めておくこと、自分の専門分野を作ってよく学習すること、この3点が大切です。性格なんてのはその後から付いてくるモノです。

2年8ヶ月前

決断しないという事を選択してるじゃないですか。

人間、最終的には二者択一です。
私は、ここでの回答をするかしないかも、選択してるのです。
ああ、忙しい、難しい質問が飛び込んで来たなぁ、回答できなさそうだなぁ…。
→回答しなかった … これは、回答しないことを選択した姿でもあります。
回答しなかったにせよ、それも選択しているのです。
回答しないという事を選択した姿なのだということなのです。
あなたの場合も同じです。
・ためらっていることを選択している。
・安全地帯にとどまることを選択してる。
・そっちを選ばない方がラクそうだ、傷つかなくて済みそうだということを選択しているから、それをしない。
という、だけなのです。いや、ホントよ?
だから、このカラクリを利用するのです。
このまま腐っていっていいだろうか?イヤ!
だったら、決断する!
という図式を設けてみてください。
行動せざるを得ません。
一番サイテーな選択は、
「やろうとはおもっているのだけれど」という言い訳です。
これも「やろうとはおもっているのだけれど」という事をいいながら、逃げている、やらないということを選択しているからなのです。今日から使ってはいけません。
大事な時に動かなかったならば、意味がないからです。
大事な時に「行こうとは思っているのだけど」では、あなたを幸せにしてくれる白馬の王子サマも、声をかけてもらえないから言ってしまいます。思っているだけでは、馬の耳に念仏以下。馬にすらその声は聞こえません。ヒヒーン(泣)。
今日は雨です。さて、どうしますか?お洗濯。
「雨だからどうせ乾かないしー」という選択と、
「室内干しで干せばいいや」という行動する選択肢。選ぶのはあなた。

2年8ヶ月前
回答僧

円通寺

邦元

あなたの好きなように選択してください^_^

人と比べようのないことではないでしょうか。
その人なりに考えで、みんな決断しています。ただ時間のかけ方が違うだけではないでしょうか。その人なりに考えがあって決めているのです。人からは悩んでないように見えるのかもしれない。しかし悩んでいたりするものです。

レストランで何を食べようか。
正しい選択はどれか。

一番食べたいものを自分のお腹と相談し、メニューにある写真を見ながら、刺激されたものを選ぶ人。
量を大切にする人は、一番お腹にたまりそうなガッツリ系。
お金にゆとりがないからと、自分の懐を見ながら決める人。
ダイエット中でカロリー表示を気にしながら決める人。
等など・・・

人によって決め方もそれにかかる時間もちがいます。
どの選択が正しいということもないでしょう。
もともと、正しい、正しくないがないものに、
そういう判断で考えようとするから決められないのです。
友達はパスタを頼んだから、私はカツ丼をたのめないなんてことないでしょう。何でもいいのです。
なんだかんだあなたも決断しながら生きているでしょう。どうでしょうか。
大丈夫です。まずは人と比較することをやめましょう。

2年8ヶ月前
回答僧

立正寺

常在

失敗は宝

結果はいつも大したことはない。
出た結果が悪ければ、そからまたやり直すだけです。失敗をしない人は成長できないもの。失敗は人生で拾う宝なのです。

2年8ヶ月前

回答ではありませんが

大慈さんのおっしゃるとおりです。パーフェクト!(というのもおこがましいのですが)。数学の定理は勉強して、実際の試験ではそれを使って回答する。最初からオリジナルで考えなくていいのです。実は数学とは、その事自体を学ぶ学問だと思っている程ですよ。
私から付け加えさせて頂くなら。
子どもたちは、基本的に試行錯誤で行動パターンを身につけます。自分で何かアクションをおこして、その結果を見て、良いと思ったものは取り入れ、ダメだと思ったら止める。その膨大な繰り返しから、人間は行動パターンとか性格ができていくのです。
「自分で決めない」メリットは、「責任を取りたくないから」と推論されていますが、厳密に言えば「失敗したくない」からでしょう?それは、なんでも体当たりの試行錯誤の次の段階です。そりゃ失敗したくはありませんが、誰にとっても未来は不確かなもの。生きていく上で、失敗はつきものです。だから、「いかに失敗しないか」を追求するなとは言いませんが、より大切なのは「失敗を感知した時にどう対応するか」なのです。取り敢えずで始め、修正しながら進める。その身のこなしの軽さが、大切なのだと思いますよ。

2年8ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

お答えくださってありがとうございました。

頂いた回答を一つ一つ読みながら、自分は失敗を恐れるあまり最初から行動しないという悪い癖があることに気づきました。
「失敗したくない」という文字を見たとき、心にぐさっときて、これが図星というやつかあとなんだかおかしくなって笑ってしまいました。まさにその通りだなと。
失敗したときに笑われるのが恥ずかしい、なんて気持ちが後ろに隠れていたのです。けれどもいざ失敗したときにどう対応するかは、今までの積み重ねがなければできませんね。お恥ずかしいことに、失敗することを恐れるあまり全く気づいていませんでした。

また、判断材料を探す癖がないから何をしていいか分からない、のお言葉には前が開けたような思いがしました。確かに、いつもそれがあって悩むはめになっています。
決定しようにも材料がなければ判断なんてできませんね…。まずは判断材料を探す癖をつけてみようと思います。
経験と勉強を積み重ねてみてから、これだ!と判断することができたら、そのときは自分を褒めてあげたいです。

自分では見たくなくて隠していた悪いところに向き合う良い機会となりました。少し心が軽くなったように思います。ご丁寧にお答えくださって本当にありがとうございました。

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