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死が怖いと感じてしまいます

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有り難し有り難し 46

長文で失礼いたします。はじめまして。
去年の8月頃から、死ぬということに対して過敏に恐怖を感じるようになりました。
ふと、母親がいなくなったら恐ろしいと感じ、そこから、いつか誰もが死を迎えるということに気がつき、自分もいつかそうなるのだと強く感じて、「死んだら自分はどうなってしまうの?」といった恐怖で常にいっぱいになるような状態になっていました。
怖がるだけではどうしようもないと感じ、友人や母に打ち明けて相談に乗ってもらい、一時的に恐怖から離れられることもありましたが、安心できる状態がしばらく続いた後、ふっと思い出し、どうにもならないという思考になってまた怖くなるような状態の繰り返しになってしまいました。
忙しくすれば忘れられるという親の意見を元にアルバイトを始めてみたりもしましたが、バイト中に恐怖心が押し寄せてくることもあります。
不安のあまり、SNSで同じような悩みを持つ人たちの投稿を見た時に、そこで「産まれなければよかった」など不安を掻き立てるような言葉ばかりの人を見てしまい、恐怖が押し寄せてくるような事もありました。
産まれることは自分の意思で選べないことであり、この世へ産まれた以上は死を迎えるまでは懸命に、楽しく生きたいと思っています。就職も迫っているので尚更この考え方が大事だと思います。それなのに、まだ死が恐ろしいと感じてしまう自分がいることが不甲斐ないです。
こんな状態が続いて苦しいです。私はどうすればいいのでしょうか?

2018年3月7日 13:19

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死の恐怖は超えられる

死は死が怖いのではなくて、死に対してあなたが思ったこと、関連して思い起こされたゾブゾブした💀負の思いが恐ろしいだけです。
アナタは自分自身の思いに恐れおののいていたと知るべきでしょう。
人はこの自己というスクリーンに映し出されたものにテロップを添え、特殊加工、CGを駆使するように体感・体験したこと・思ったことを脚色します。
脚本家はあなたです。
CG加工するのもアナタ。
主演女優もあなた。
今のあなたは主人公で「死」という忍び寄る死神に対してホラーホラーしたイメージを思い起こしてスクリーミングな状態です。
( ゚Д゚)AH===!!!!!
その思いというものは、あなたが増幅させたものです。
人間は物事に対して二次的な想念で苦しむものです。
アナタが恐れているのは死ではありません。
死に対する自身の負の思い方なのです。
愛知でしたら足助の香積寺を下調べをして行ってみると良いでしょう。
昔、奕堂禅師という立派な禅僧が修行していました。
風外禅師という方に就いて仏法を明らめんと修行されておられました。
お若い頃禅師さんは「誓って二念を生ぜず」と誓願を立てられました。
死ということも、死に限らずとも、何ごともモノをみるにただそのものを見てそこに余分な見解を添えずに居てみてください。
死によって食品業界では生活が成り立っています。
スタバは豆の死によって商売が繁盛しています。
大工さんは木を活かして家を作ります。
そこに死というマイナスやネガティブな意味は添えられていません。
死の本質には、死ということすらなく、負の意味も、悪い意味さえもないというところがあります。坐禅修行、禅修行してここで申し上げております道理を明らかにしてみてください。
死に対する恐れが無くなれば、失うということがなくなり、人生はとても軽やかで快適で涼やかであたたかなものになりましょう。
立派な人はみな死を恐れました。
賢い人ほど、そこに気づくのが早いのです。
生死を明らかにする、生死を超えるということがあるのです。
いまこうしてここにいるとき、生もなく死もない、一切の人間の見解を飛び越えたバッチコイな真実不虚の今があることが明らかになるまで、ここはテーマとなさってください。
人間は人間界の想念に動ぜざれば、ただ実相を生きるのみです。
思考以前の確実なる今がいつでもそこにある。

2018年3月7日 14:34
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 坐禅会 法話・提唱会 毎週...

怖くて当たり前。

初めまして。
私も、よーく分かります。でも、一人の時は気付きませんでした。因幡さんはすごいなと思います。
私は、子供が生まれて「この子が死んだら…」と思ったら怖くて仕方なかった。
家から出なければ安全か?etc色々な事を考えましたが、ここはシャバ。どこにも100%安全な場所はありません。
「生かされている」という言葉に出逢って数年、それが身に染みて恐怖が薄れました。
子供に「僕が死んでもずーっとは泣かないで。ママが泣いてたら、いけんことしたなって僕も悲しくなる。ママが死んでも、今よりずーっと一緒にいられるから、僕頑張る」と言われて「この言葉を聴けたらもう何もいらない」と思いました。「この命」が死んだらおしまいと思うから怖い。浄土真宗は「この命」が死んでも仏様となって、ずーっと一緒にいてくださると聴かせて頂きます。
私は自分が家族に会えなくなることを怖がっていたけれど、息子は悲しむ私を心配してくれた。
因幡さんも、家族や友人に願われている命。
因幡さんが、願っている命。
「この命」終わるときは、意味があります。
きっと阿弥陀様が「よく頑張ったね。あとはあなたが仏様になって、周りの人を包んでいく番だね」と抱き抱えて下さる瞬間。
怖くていいんだよ、怖かった分、あなたが怖くない、無意味じゃないと伝えるんだよよ教えて下さっている気がするんです。
明日の命の保障は誰にも出来ません。
因幡さんの恐怖をなくすことは私には出来ませんが、「また会える世界があるよ。今のあなたのまま仏になれる世界があるよ。」と約束して下さった阿弥陀如来のことをお伝えすることは出来ます。
大丈夫。生かされている間は人としてやるべき事がある、死んでも仏としてやるべき事があるのではないでしょうか(^^)

2018年3月7日 17:23
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有り難し
おきもち

普通のOLから、結婚をきっかけに仏教に興味を抱きお坊さんになりました。 ...

仏教の世界へ、ようこそ!

因幡さま、はじめまして。

すごく共感しますよ。世の中。たとえば安定した生活を得るためにいい会社に就職を、そのためにいい大学へ入学を、そのために塾に通って勉強を…等々、この現世の生活を安寧に送るための努力ばかりが注目されますが、しかし、どれだけたくさんのお金や地位や名誉を得ても、たとえオリンピックで金メダルをとっても、死の際には、必ず手放さなければならないのです。

そして、因幡さんのおっしゃるように、

死んだあとは、私たちはいったい、どこに投げ出されてしまうのだろう?
いつか死んでしまうのに、私たちはなぜ、今を一生懸命生きるのか?

このような根本的な問題と、正面から向き合っている人は、世の中、ほとんど、いない!のです。

しかし、ほんとうに!後先のことを考えるのであれば、たとえば、これから山登りをしようとする人が、山をよく知る人にアドバイスを受け、身体を鍛え、道に迷わず山を登るための道具を用意するように、必ず「死」を迎えると知った人にとって、死んだあとのことも考えて生活するのは、とても有意義なことであるとわかるでしょう。ただただ、幸せな家庭をもってそれなりの生活を送ることが出来れば万事OK、というわけではないと知るでしょう。

そうであるから、因幡さん、あなたが今、死に対する恐れを抱き始めたというのは、とても善いこと!なのだと思います。

これら、生きることと死ぬことについて、知り尽くした人(なのかどうかは、因幡さまが確認することになるのですが)、といわれるのが、仏さま、お釈迦さま…なのでしょう。

ですから、因幡さま、ぜひ、様々なお経に触れて、仏教について学んでみるといいと思います。仏道修行者たちは、まさに、因幡さんのおっしゃる生死の問題と、正面から向き合ってきた人たちです。

あと、1点だけ…

「産まれることは自分の意思で選べないことであり…」

仏教では、無明(因果に暗いこと)によって生まれてきた、ということになるので、意志でコントロールできる、と見ます。以下、文字数制限により割愛します…

死の問題は、世間ではネガティブなことと、あるいはタブーであると捉えられてるかもしれませんが、私としては、真のポジティブ!(笑)を得るためには、こういうことを考えることは、欠かせないと思いますね。死を知って、死を乗り越える…それが、ほんとうの「安心」だと思います。

2018年3月8日 11:18
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有り難し
おきもち

田舎のお寺の副住職です。 菩薩になりたいです。 仏教は、ほんとうに...

質問者からのお礼

丹下覚元さま
回答していただき、ありがとうございます。一つ一つの言葉がスッと腑に落ちていくのを感じました。紹介していただいたお寺さまの方も近いうちに行ってみようと思いました。

緇川杏美さま
回答していただきありがとうございます。
死の後も、仏としてやるべき事がある…怖くてもいい、読んでいて安心する気持ちになりました。「生かされている」ということを念頭に、生きているうちにやるべきことを見つけて実践していきたいです。

Shunkaiさま
回答していただきありがとうございます。
無明…初めて聞きました!私もまだまだ仏教について知らないことばかりなので、さまざまな書物や情報に触れてみたいと思います。その上で、死について考えさせていただきます。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死を具体的に感じて怖くなりました

40を迎えて人生折り返しを過ぎ、死を具体的に感じるようになって怖くてたまらなくなってしまいました。 全てのものはいつか滅びてしまう、今のこの世界が有限でいつか終わってしまう寂しさ、悲しさ、恐怖 この前まで楽しみと喜びばかりだった我が子の遊んだり笑ったりする姿も辛く悲しく思ってしまいます。 日々の食事も自分の口にしているものが生き物の命をいただいているという事を実感してしまい恐ろしくて悲しくてたまりません。 これから終わりまでに満足な人生であったと自分自身が思えるように生きたいと思うものの自分が何をしたいのか、何をすべきなのかもわからず、全てが無意味に感じてつらいです。 娯楽も生活も仕事も何もかもが、今こんなことをして時間を浪費している場合ではないのでは、という焦りでいっぱいになってしまい手につきません。 パニックのようになってしまい、睡眠障害、摂食障害、不安と恐怖に苛まれて身体が動かないなど心身に影響が出てしまい、先日から精神科に行き始めました。 こうしている間にも全ては死に向かっているのにどうすれば穏やかに生活して人生の終わりに向かって生きていけるのかわかりません。 長くなりましたがお返事は急ぎません。 何卒ご助言などいただけましたら幸いです。

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 31
回答数回答 1

怖いもの

私は父母両家の祖父母も健在で親戚なども元気に暮らしています。 今まで身内が亡くなったことがなく その実際のつらさがわかりませんが 幼少期の思い出を振り返ったり もしものことを考えると涙が止まらず 想像以上の辛さがのしかかります。 私の父方の祖父母は小さい時から同居をしていて 特に祖父はとても元気で90近いのに今まで大病もなく 現在も身体の数値は異常なく至って健康体です。 そんな祖父ですが、ここ1週間で 1人で起き上がることが出来ないほど老衰してしまいました。 祖父がとても心配で近くで見守るのですが、 どうしても後先のことを考えてしまい 1人になると勝手に涙してしまいます。 祖父だけではなく家族みんなも 私の命には代えられないほど、かけがえのない大切な人たちで 誰一人として失ってしまうのがとても怖いです。 これから祖父だけでなく 皆順に離れていってしまうことは 充分わかっています。 ですが、そのつらさに耐えられる自信がありません。 正直誰かをなくしたら到底明るくなれる自信がこれっぽっちもありません。 これから来る別れの連鎖に立ち向かう自信がありません。 周りの方々はどう乗り越えているのでしょうか。 どうして乗り越えられるのでしょうか。 私はこれからどうなればいいのでしょうか。

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

親が死ぬのが怖いです。

私は今大学4年生です。親や祖母がいつか死んでしまうという事実が恐ろしく、不安で仕方ありません。ずっと思っていたことなのですが、今日両親と会って余計にその思いが強く、辛くなって相談致しました。 親は高齢出産だったもので、平均まで生きたとしてもあと20数年です。しかし、母は大病をしていて、1年や2年で死んでしまうというわけではないのですが、そう長くも生きられない可能性が高いそうです。父も生活習慣の面から長生きは難しいだろう、という感じです。 私は両親が大好きで、心の支えであり、いなくなってしまうことを考えると涙が止まりません。祖母に関しても同じで、恐らく両親よりも早く死んでしまうのだと思うと悲しくて仕方がありません。最近は、「私を置いていかないで。一緒に連れて行って」とまで思ってしまったり、いずれ来る別れが辛く、もういっそ自殺してしまおうかとも考えるのですが、その考えが最も親不孝なのは分かってはいるのです。 大学4年生つまり22才で、良い大人になって何を言っているんだ、弱い奴だ。と思われるかもしれません。しかし恐ろしいものは恐ろしくて堪らないのです。どのように考えていけば良いのでしょうか。

有り難し有り難し 43
回答数回答 3

死後の罰が怖い、吐き気が止まらない

すみません。もう想像が全然消えなくて相談させて下さい。 最近、昔した悪いことを沢山思い出しました。小学校の時に借りた本を返せなかったこと、露店でメロンをお店の人が間違えて二個も渡したのに黙っていたこと、観光地で恐らく100円を拾って自分のにしたこと、中学生か高校生頃恐らく7年ほど前、近所で1万円を拾ったのに自分のものにしたこと、試食を多めにとったこと…多分これからまだまだ出てきます。全部謝れなきゃ死後に罰が下るんじゃないかって怖いんです。 もちろん、これは私の1つの想像です。誰から聞いた訳でも皆さんがそんなこと言っている訳でもないことは理解してます。でも、死後のことは誰にもわからないのでもし、もしあればって怖いんです。今、謝る努力をしなくてとても後悔したらどうしようって。凄い罰でずっと苦しんだらって。 家族には死後のことはわからないんだから考えても仕方ない。それなら皆罰を受けることになるよって言われました。でもわからないからこの想像があってるかもって思ってしまって、皆が罰を受けるのも嫌で怖いんです。 皆だったら怖くないかもしれないって自分を慰めたりしたんですが、いや個室かもしれないずっと1人かもって怖くなります。 友達の連絡先は必死に探してます。でも中学校が違うこともありなかなか見つけられません。露店も同じお祭りにいったり、イベントを実施した場所に連絡して探すべきではと思ったりします。何年も前なので確かな情報はありませんが。試食は手紙を出そうと思ってます。拾ったお金は今からでも郵送したり近所の交番に行ったりして返しにいくべきかと思っています。 上記の行動は多分普通の人よりオーバーな行動だってわかってます。でも死後の罰が怖いんです。すごく痛くて謝れなくて後悔したらって。 反省は何度も何度もしてます。もうしないって誓いたいんですが、もし忘れたらって思う自分もいて誓えてないです。 家族は全然死後の罰なんて心配してなくて、自分もしたことあるよと明るく言ってきます。でも、私はそんなあったらあった時なんてなかなか思えなくて。吐き気が止まらないです。ずっと吐き気がします。心配で吐き気が止まりません。 全部謝って回るべきですか。皆さんも謝れなかったことありますか。死後の罰が心配になりませんか。怖いのと吐き気でおかしくなりそうです。自分が大罪人に思えてきました。罰が怖いです。助けて。

有り難し有り難し 28
回答数回答 3

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