母が亡くなったときの話。
私の母が亡くなった後は父親の家系のお墓には絶対に入りたくない!
あそこに入らなければどうなってもいい!と言ってました。
まだ50前半で元気ですが祖父母の愚痴を聞いていた時にそういう話になりました。
祖父が自分勝手で相当母も苦労しているので入りたくないだろうとは思っていました。
けど父より先に亡くなったら父が許すわけがありません。
父もですがどんなに正論を言おうが母の希望と言っても怒鳴り散らすと思います。
出来れば穏便に済ませたいけど無理なのかな?と今から悩んでしまいました。
20代の私にはまだ想像もつかずどうしたものか?とそれだけが頭のなかをぐるぐるしています。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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仏戒を受け仏弟子になれば、この世の恨み憎しみを乗り越える
すずさんはお母様を本当に大事に思っておられるのですね。それ故に、お母様の願いを尊重したいと思うと同時に、その願いをかなえてあげることが可能かどうか悩んで居られるのですね。すずさんにとっては、本当に深刻な悩みだと思います。
但し、hasunohaでは結構似たような質問はあるんです。例えば、「妻の実家の仏壇を守る人が亡くなったものですから、位牌だけ引き取り、私の家の仏壇に一緒に祀っています。ある人から「よそのうちの位牌を一緒に祀ると、先祖の霊が仲たがいする。」と言われました。一緒にするのは、いけないのでしょうか。」なんて質問を受けることは多いです。
そういう質問には
「「仲たがいをする」というのは人間の世界の話です。亡くなって戒名をいただき仏弟子となり、仏様の世界に行かれた方々をそんなレベルに貶めては、失礼です。仮に宗派が違ったとしても、仏様同士が仲違いをする訳がありません。他人の「忠告」に右往左往するのではなく、「亡き両親や先祖は仏様になった。」ことを常に心に留めていただく事です。そうすれば、悩む必要はないと思います。」とお答えしております。
これは、お母様と祖父母のことについても言えることです。祖父母もお母様もお亡くなりになれば、お葬式をすると思います。お葬式で故人は受戒して戒名を受け仏弟子となります。そして、仏弟子として日々仏道修行に励み、日々仏様に近づいて行くのです。生前、いろいろと怨んだり憎んだりしたことはあったと思います。でも、仏弟子となったからには、そういう怨みや憎しみをいつまでも引きずったりしません。怨みや憎しみを乗り越えていくのが、仏弟子です。
或る方からこんな相談を受けたことがあります。
相談者「うちの妻は重病で入院しており、いつ危篤状態になってもおかしくありません。いざとなったら、菩提寺さんに葬儀してもらわなければなりません。私の母親と女房は生前しょっちゅう喧嘩してました。同じお墓に入れたら、死んだ後にも喧嘩しそうです。女房のお墓を別に取りたいと思ってます。」
住職「この世では喧嘩して恨みつらみがあったかもしれません。戒名を受けて仏弟子になれば、生前の怨みや憎しみはなくなるんです。それに、別にお墓を作れば、怨み憎しみの歴史を形に残すことになります。却ってあなたの子供さんや孫さんに悪影響を残しますよ。」と申し上げました。
仏になればケンカはしない
すずさん、はじめまして。質問を拝読いたしました。
すずさんのお母さまは、父系のお墓には入りたくないと言っておられるのですね。しかし、すすさんのお父さまが許すはずがないことが目に見えていて困っているのですね。
亡くなったときに故人がどのような人生を過ごしてきたか、よく分かります。
わがまま放題に生きてきた人は、後の世に禍根を残すものです。
すずさんは曼荼羅(まんだら)という絵をご覧になったことがありますか?
真ん中には仏さまが描かれていますが、端の方には異形の鬼のような姿が描かれています。しかし、曼荼羅は一枚の絵として見てみると違和感なく目に入ってきます。とても仏と思えない鬼のような姿を描いているにもかかわらず、絵として完成しているのです。
人が亡くなると仏になるといいます。成仏(じょうぶつ)と言いますね。
仏になった者同士はケンカをすることがありません。ケンカをするのは生きている者同士です。
納骨の件は、きっと納まるところに落ち着くものです。経過を見守ることです。