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年末年始、孤独で不安で押し潰されそうです。

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普段から人間関係は希薄でこれといった親しい友人もいません。
いつも一人です。
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しかしながら、この時期になると孤独感不安感に苛まれてしまいます。
年末年始と言ったら、厳かで賑やかで楽しいはずだと思います。
私は一人っ子で、両親は離婚しており家族でワイワイやることもありません。
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以前ご相談させていただきましたが、特に今年は、健康を害し、仕事を失いました。唯一くつろげる自宅アパートの部屋も他室からの騒音でくつろげません。来月から新しい仕事が始まりますが、難易度が高そうで尻込みしてしまい、不安です。
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そんな1年でして、心身ともに弱っているので尚更堪えます。普段は一人で平気なのに…。
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30日に従兄弟、叔父叔母、母が墓参りに行くと連絡がありましたが、私は明日行くつもりでしたので、そう答えてしまいました。孤独で不安なのに自ら一人になってしまい、後悔。
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なんだかまとまりなくなってしまいましたが、タイトルに耐えるにはどうしたらよいでしょうか?
よろしくお願い致します。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

孤独になりきると独りを楽しめる

孤独なのではなく、孤独になるのが嫌だ、という反発感情で苦しんでいませんか?
本当に孤独であると、開き直れて案外、楽なものです。
もちろん人とのかかわり合いは大切です。
孤独を肯定してみてください。
孤独が問題にならなくなれば、寂しさは生まれないのです。

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お悩み相談08020659278
💕禅ママ説法💗 禅ママの超簡単!不安消しテクニック! (*´ 艸`) 人生って、ちょっぴり不安がいっぱいよね? でも大丈夫! 「現実」と「頭の中だけ」をちゃんと見分けられるようになれば、不安なんてちっぽけなものよ! だって、みんな「もしも~」「もしかして~」って、頭の中で勝手にドラマ作っちゃってるだけなんだもん。 (˘ω˘) 「あれが起きたらどうしよう」とか「こんなことになったらどうしよう」って、まだ何も起きてないのに、勝手に心配しちゃうのよね。 だから、今この瞬間、目の前にあるものに意識を集中してみよう! ✨ 見えるもの、聞こえるもの、感じてること… そうすれば、どんなに不安なことがあっても、"今ここ" に戻ってこれるわよ! 心配事って、まるで映画の予告編みたいなのよ。 まだ何も始まってないのに、ドキドキハラハラしちゃうでしょ? でも、実際は、今この瞬間、目の前で起きていることだけをちゃんと見ればいいのよ。 そうすれば、心はもっと穏やかになるわよ。 不安を感じたら、ちょっと立ち止まって考えてみてね。 「この不安、本当に今の私に必要?」 「今、目の前で起きていることは、一体何?」 そうやって、現実と想像の違いに気づけば、不安に振り回されることも減っていくわよ。 だから、今日一日も、"今" をしっかり感じて、笑顔で過ごしてね! (*´ 艸`) じゃ、行ってらっしゃい!

「やっぱり…」ができればいいのに。

 お久しぶりです今晩は。人間、何にいちばん拘るかと言ったら「過去の自分の発言」でしょう。自分なりの統一感というか同一性を保とうとする。「一個の嘘は、100個の嘘の始まり」とかいう言葉もあるようですが、これ「いったん自分で言い出したことを撤回・修正できない」という人間の癖を土台にしているのだと思います。
 だから、もしお墓参りの日程が皆さんとズレたのなら、照れくさそうに「じゃあ、僕も同じ日に行くことにするよ」と連絡してみたらどうですか?あなたが死守してきた「同一性」が、多分あなたを苦しめているのでしょう?どうせ離れていく、どうせ独立していくのが家族です。だから、自分に変化を起こす(同一性に縛られない)練習と思って、練習台になってもらってはいかがでしょうか?
 多分あっさり「あ、そう。じゃ行きましょう」か「え?違う日って言ったじゃないの」のどちらかの反応が来るでしょうけれど、後者だった場合「イヤ、聞いたから予定を変えるよ」と言えば良いのです。言えますか?それ。

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一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

苦しみに耐えようとする姿

素晴らしい!
苦しみから逃げるのではなく、耐える道を求めて来られたことは立派な心の成長であり、大きな自信を持たれるといい!
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耐える中には必ず苦しみがあり、「自分は頑張ってるな」と確認できます。
孤独に耐える自分を捨てずに耐え抜くには小さな目標を作るといい。
と、妙法蓮華経化城喩品に仏様が説いておられます。
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道に疑問や不満不安を抱く者たちに、導師が仮の城を見せ「目標まであと少しだから歯を食いしばって頑張れ」と励ますように、仏もまたそうするのであるとお経に書いてあります。
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辛いことを誤魔化さない。それはその場限りでまた同じ苦しみが待っているだけだ。
壁に立ち向かうならば必ず打破でき、そして二度と同じ苦しみに遭うことがないように導くのが仏です。
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仏は耐え忍ぶあなたを励ましている。
あなたなりの目標、ご褒美を設定し仏の励ましの中、今の自分を必ず乗り越えてください。

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「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

丹下様、ありがとうございます。
”孤独”というとマイナスイメージがあるのですが、そうでもないですね。
基本はひとりが好きなので、肯定的に捉えます。
弱っているときは堪えますけど、持ち直しました(最近情緒不安定気味なので…)。
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佐藤良文 様、お久しぶりです。
ご回答ありがとうございます。
結局、29日にひとりで墓参りに行きました。
連絡すれば「じゃあ一緒に行こう」となったはずですが…。
自分が弱っているときというのは、「ひとりになりたい」という気持ちと、「孤独は不安だ」という2つの気持ちが交錯しますね。
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けんしょう様、お褒めいただき、ありがとうございます。
”生きること”とは一切皆苦!苦しみを我が物とします。
・・・といいたいところですが、本当のことを言いますと、逃げられるのであれば逃げたいですが、そうもいかないので、耐える道を選ばざるを得ないという消極的な考えなのです・・・。
小さな目標でもいいのですね。ありがとうございます。

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