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家族の自死

回答数回答 2
有り難し有り難し 20

数年前に、家族を自死で亡くしました。
原因はうつ病でした。
一時、残された家族はどん底まで突き落とされましたが、
穏やかな日々を送れるように、前向きに頑張っています。
それでも、数年経った今でも「○○(私や他の家族)のせいでこうなった」と家族から言われる事があります。
精神的に不安定なのが理解できますので、
何も反抗する事無くその発言を聞き入れ、じっと耐えています。
精神科の受診も勧めましたが、気が進まないのか今まで行った事はありません。
なるべく刺激しないよう、あまり連絡はとっていませんが、間違った行動を起こさないか、いつも心配です。
どのように接していけば良いでしょうか。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自死を選択をしたのは亡くなった本人

質問からでは真相が良く分かりませんが、
人は何もなければ自ら命を絶たないわけですから、周りの人は誰かのせいにしたい、何かのせいにしたくなるものです。
そういう心理が働いてしまっているだけでしょう。
やり場のない怒りがあなたに向かってしまっているのでしょう。
あなたに非があるならばそれは受け止めるべき事。
ですが、こういうことは、直接的にその自死した人を追い詰めてしまったという事でもない限り、誰のせいにもしないことが望ましいです。そうでないと次なる犠牲者が生まれるからです。
ご本人様の最終的な選択が、自ら命を絶たれてしまうことを選んでしまった。
仮に最後にあなたと口論の末、そうなってしまったにせよ、あなたはもう十分にその責任を感じてきたはずです。責任を感じていながらも、家族の前でそういう姿勢が示されていないと反省を促す為に、あなたにそれを求めるために、責めたてられることはあるでしょう。
あなたが責任を感じているのか、それとも自分のせいにしたくないから目を向けないのか、それは私にはわからないです。
反省をして懺悔はしても、自分を徒に責めることは懺悔でも反省でもありません。
ならばこそ、相手を否定するような発言も控えると共に、自分をも否定するようアウトプットは事は控える。反省すべきを反省する。
反省とは懺悔と今後二度と同じことをしないという事です。
今あなたにとっての誠意は、家族にこれ以上犠牲者をうみださないことと、あなた自身が自責の念から自分を苦しめないことです。自分も家族も、泣きかたへの気持ちも大事になさってください。
もう、攻撃や責める事、否定する事それ自体を家庭から無くすことです。
亡くなった人を死に追いやったのは、❝それ❞だからです。

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有り難し
おきもち

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💕禅ママ説法💗 禅ママの超簡単!不安消しテクニック! (*´ 艸`) 人生って、ちょっぴり不安がいっぱいよね? でも大丈夫! 「現実」と「頭の中だけ」をちゃんと見分けられるようになれば、不安なんてちっぽけなものよ! だって、みんな「もしも~」「もしかして~」って、頭の中で勝手にドラマ作っちゃってるだけなんだもん。 (˘ω˘) 「あれが起きたらどうしよう」とか「こんなことになったらどうしよう」って、まだ何も起きてないのに、勝手に心配しちゃうのよね。 だから、今この瞬間、目の前にあるものに意識を集中してみよう! ✨ 見えるもの、聞こえるもの、感じてること… そうすれば、どんなに不安なことがあっても、"今ここ" に戻ってこれるわよ! 心配事って、まるで映画の予告編みたいなのよ。 まだ何も始まってないのに、ドキドキハラハラしちゃうでしょ? でも、実際は、今この瞬間、目の前で起きていることだけをちゃんと見ればいいのよ。 そうすれば、心はもっと穏やかになるわよ。 不安を感じたら、ちょっと立ち止まって考えてみてね。 「この不安、本当に今の私に必要?」 「今、目の前で起きていることは、一体何?」 そうやって、現実と想像の違いに気づけば、不安に振り回されることも減っていくわよ。 だから、今日一日も、"今" をしっかり感じて、笑顔で過ごしてね! (*´ 艸`) じゃ、行ってらっしゃい!

手応え

僕は少し格闘技を習っています。
稽古にミット打ちがあります。
グローブをはめた相手のパンチは自分のミットめがけて飛んできます。 
このときただ、パンチを待つのではなく、ミットもグローブめがけて打ち込みます。
すると「パーン!」といい音がします。ミットで迎え撃つ人間、グローブでパンチを打ち込む人間。どちらも十分な手応えを感じ満足が得られるものです。
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腫れ物に触るような扱いをされるほど侮辱的なことはありません。
言葉を尽くしぶつかり合ってください

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

ありがとうございます。
以前ぶつかり合った末に家族の自死がありましたので、ぶつかり合うことに臆病になっています。
穏やかに生きたいのに、難しいです。

丹下様

ありがとうございます。
何度も読み返しました。

わたしは、まるで犯罪を犯した者のように、毎日を送っておりました。
自殺原因は鬱ですが、鬱になった原因は様々です。亡くなる直前、わたしが原因で悩んでいるのではないと言われましたが、自殺という結果となった時は、なぜ助けることができなかったのか、いつまでも自分を責め続けました。もう自身を、責め続けて、責め続けて、死んでしまいたいと思う時もございました。ただ、亡くなった家族の死を無駄にせぬよう、今日まで、家族のために精一杯やってまいりました。それでも、◯◯のせいで…という事を言われ続ける事は耐え難く、悲しいです。しかしながら、私自身も、人を恨んだり責めたりしないこと、もう二度と同じ事を繰り返さぬよう、暮らしております。わたしがそのような思いで生きても、残念ながら、他の家族は同じ思いでいてくれているとは限りません。ただ、同じ事を繰り返したくなく、責められ続けても、ただただ受け止めているのです。わたしは、そのような家族と、どのように付き合っていけば良いのか分からなくなるのです。

なんだか、生きる気力が、今ふっと、切れそうになりました。でも、自殺した家族の気持ちを考えたら、わたしは死ぬわけにはいきません。でも毎日が苦しい、苦しいです。

ちなみに、わたし自身は、責められている家族を責めたりしたことはございません。ただただ、一方的です。辛いです。

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