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在家出家をしたいです。

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こんばんは。
以前よりこちらのサイトにお世話になっておりますゆうでございます。

さて、在家出家はずっと思っていたこともあり、そして長年悩み続けた悪縁とも縁がきれ、最小限の浮世のつながりとなりました。今もっとも心は自分が出家するタイミングなのではないかと思っています。

いっそ本当であれば何もかも捨てて、出家をしたいとは思いますが、まだ子供が幼いために、在家での出家を望んでおります。

私の実家の菩提寺は臨済宗ですが、なぜか小さなころからご縁があるのが真言宗です。臨済宗、真言宗、どちらも素晴らしい宗派と思っております。

真言宗とのご縁をとるか、臨済宗の教えをとるか悩んでおります。

この時点で悩んでいる私などが在家出家する資格があるのかとも思いますが、どちらかを選ぶ手段と在家出家の仕方など教えてください。

2016年1月18日 20:31

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

出家の本質を歩む

私は学生時代死にたくなるほど悩んでただの寺のムスコでしたが菩提心が沸き起こり、本気で出家を願いました。修行道場に身を投じたものの、そこはいじめの巣窟でした。仏道修行とは名ばかり、その実質はお作法をならう程度の事。優劣、能力のできるできない、デキないものが馬鹿にされる世界でした。
その後、私は矛盾を感じたまま、最終的にその疑問を拭えないままにそこを後にしました。
帰ってから家族と不和になり、自分の出家世界に求めていたものを全否定しました。
人間、何かを問題にするその自分の心が無問題にならなければいくらアタマ丸めようが衣来て出家しようが、何十年修行しようが、私は「それは出家ではない」と断言いたします。
あなたが実際に出家して僧侶の世界に身を投じたとしても、姿かたち、スタイルの上では出家と思われても、精神がまるで出家していない現実を目の当たりにされるでしょう。
私はこう申し上げたい。
出家とは、自分の思惑、想念の巣窟からの出家である、と。
自分ルール、自分意識、自分自分、エゴエゴした人間的な心を離れ得ずして真の出家はあり得ません。宗派問わず良い師匠を探してください。人間、肩書き宗派よりもその僧侶の中身です。
宗派にこだわりがなければ、そこのお寺は別にかた苦しい宗派がある訳ではありませんが、静岡なので浜松の龍泉寺の井上哲玄老師か、掛川の少林寺、井上貫道老師の坐禅会に参加される事を強くお勧めします。一宗の管長、禅師猊下より、実質的な力を持った真の禅師様です。
出家の本質は、自己の想念からの出家と申しました。
その為には悟りを得ている僧侶の下でないと、真に導かれません。
どういう心こそが❝出家・出離❞といえるのか、それを知らずして形の上で出家してもそれは出家とは言えない自己満足に過ぎないのです。是非、正師の元で学ばれてください。厳しく聞こえるかもしれませんが慈悲ゆえの真実です。

2016年1月18日 23:38
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2016年1月20日 15:32
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質問者からのお礼

1年間もお礼を放置しました。忙しいお坊さまにありがたいお言葉を頂いていたのになんと、不心得者でしょうか。
真摯なお言葉本当にありがとうございます。
結局ダメな私は出家という行動には移せませんでした。
しかし、宗教というものに深く興味を覚え、自分でお釈迦様の一生や教え、その他の宗教についてもマイペースに勉強しています。
きっと、出家とご縁がありましたら、ぽとりと熟した実が落ちるように自然とそういう運命がやってくるのだろうと思っています。
学んで行くうちに本当にお釈迦様が大好きになりました。(こんな軽い感情でしか表せられない無知をお許しください)お釈迦様の教えや生き様を辿ると心が満たされ清々しさまで感じます。
そんな風にお釈迦様と出会わせて頂いたhasunohaのすべてのお坊さまに感謝しております。

「出家・得度・僧侶になりたい」問答一覧

僧職を続けるかどうかについて

お世話になっております。 私は30代の会社員男性なのですが、 僧職を続けるべきかどうか悩んでおります。 元々仏道に御縁を頂いたのも 義父が地方の小さな寺院の住職を務めており 「棚経とか、休みをつかってやれば謝礼を出すから、得度しませんか?」と 副業感覚でお誘い頂いたので、深く考えず了承したという お恥ずかしい限りのものでございます。 (特に髪の毛に拘りも無かったもので(笑)) その後、棚経だけのつもりが… ・正月の会で、お経と儀式をやらされる(会前日の晩にやる事を聞く) ・本寺の副住職の「住職襲名の式」での役を勝手に受けてくる。  (その役が大変重要な役で、袈裟を3回しか着た事がない上、  お経を知らない者が出来るようなものでないものだった) ・「住職襲名の式」での内容に関しても、式の内容と問答が  書かれた本のコピーを頂くのみだった。  (その後、副住職のお寺での打ち合わせで、作法や動きの面で  知らないことが多い事が発覚、急遽義父に改めてお寺での  練習を依頼する) ・「襲名の式」当日にも知らなかった「やるべき事」がある事が  発覚。youtube等で検索して何とか乗り切る。 ・また私への確認無しに仕事を受けてくる。  (これに関しては「会社の仕事の都合があるから容易に受諾  出来ない」として保留にしています) というような事があり、会社の仕事もある中で 時間・体力の面と、何より義父の『報連相』の無さに 「これは続けるのは無理だ!」と考えているのが現状でございます。 その内、義父が勝手に「住職の修業の予約を入れてきた」などと言ってきそうで恐ろしいです… また、家内も家を空ける事に不満があるようで (お寺が地方の為、大体の場合は日帰りは不可能) 「やらないで欲しい」と言っております。 反面、文化的・歴史的な事が好きで、僧の儀式等に嫌な思いはありません。 「襲名の式」でお世話になった新命和尚様や 同年代の先輩の僧の方々には、大変感謝しており 他所者兼「にわか坊主」の私を仲間として受け入れてくれ、 大きな気持ちで導いて下さった事への恩も感じております。 (本来であれば師匠である義父が行う役割ですが(苦笑)) 「御恩や興味」と「現実」の間でどうするべきか悩んでおります。 また、厳しいご意見でも有難いので、ご助言頂ければ幸いでございます。

有り難し有り難し 15
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