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在家出家をしたいです。

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こんばんは。
以前よりこちらのサイトにお世話になっておりますゆうでございます。

さて、在家出家はずっと思っていたこともあり、そして長年悩み続けた悪縁とも縁がきれ、最小限の浮世のつながりとなりました。今もっとも心は自分が出家するタイミングなのではないかと思っています。

いっそ本当であれば何もかも捨てて、出家をしたいとは思いますが、まだ子供が幼いために、在家での出家を望んでおります。

私の実家の菩提寺は臨済宗ですが、なぜか小さなころからご縁があるのが真言宗です。臨済宗、真言宗、どちらも素晴らしい宗派と思っております。

真言宗とのご縁をとるか、臨済宗の教えをとるか悩んでおります。

この時点で悩んでいる私などが在家出家する資格があるのかとも思いますが、どちらかを選ぶ手段と在家出家の仕方など教えてください。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

出家の本質を歩む

私は学生時代死にたくなるほど悩んでただの寺のムスコでしたが菩提心が沸き起こり、本気で出家を願いました。修行道場に身を投じたものの、そこはいじめの巣窟でした。仏道修行とは名ばかり、その実質はお作法をならう程度の事。優劣、能力のできるできない、デキないものが馬鹿にされる世界でした。
その後、私は矛盾を感じたまま、最終的にその疑問を拭えないままにそこを後にしました。
帰ってから家族と不和になり、自分の出家世界に求めていたものを全否定しました。
人間、何かを問題にするその自分の心が無問題にならなければいくらアタマ丸めようが衣来て出家しようが、何十年修行しようが、私は「それは出家ではない」と断言いたします。
あなたが実際に出家して僧侶の世界に身を投じたとしても、姿かたち、スタイルの上では出家と思われても、精神がまるで出家していない現実を目の当たりにされるでしょう。
私はこう申し上げたい。
出家とは、自分の思惑、想念の巣窟からの出家である、と。
自分ルール、自分意識、自分自分、エゴエゴした人間的な心を離れ得ずして真の出家はあり得ません。宗派問わず良い師匠を探してください。人間、肩書き宗派よりもその僧侶の中身です。
宗派にこだわりがなければ、そこのお寺は別にかた苦しい宗派がある訳ではありませんが、静岡なので浜松の龍泉寺の井上哲玄老師か、掛川の少林寺、井上貫道老師の坐禅会に参加される事を強くお勧めします。一宗の管長、禅師猊下より、実質的な力を持った真の禅師様です。
出家の本質は、自己の想念からの出家と申しました。
その為には悟りを得ている僧侶の下でないと、真に導かれません。
どういう心こそが❝出家・出離❞といえるのか、それを知らずして形の上で出家してもそれは出家とは言えない自己満足に過ぎないのです。是非、正師の元で学ばれてください。厳しく聞こえるかもしれませんが慈悲ゆえの真実です。

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おきもち

お悩み相談08020659278
💕禅ママ説法💗 禅ママの超簡単!不安消しテクニック! (*´ 艸`) 人生って、ちょっぴり不安がいっぱいよね? でも大丈夫! 「現実」と「頭の中だけ」をちゃんと見分けられるようになれば、不安なんてちっぽけなものよ! だって、みんな「もしも~」「もしかして~」って、頭の中で勝手にドラマ作っちゃってるだけなんだもん。 (˘ω˘) 「あれが起きたらどうしよう」とか「こんなことになったらどうしよう」って、まだ何も起きてないのに、勝手に心配しちゃうのよね。 だから、今この瞬間、目の前にあるものに意識を集中してみよう! ✨ 見えるもの、聞こえるもの、感じてること… そうすれば、どんなに不安なことがあっても、"今ここ" に戻ってこれるわよ! 心配事って、まるで映画の予告編みたいなのよ。 まだ何も始まってないのに、ドキドキハラハラしちゃうでしょ? でも、実際は、今この瞬間、目の前で起きていることだけをちゃんと見ればいいのよ。 そうすれば、心はもっと穏やかになるわよ。 不安を感じたら、ちょっと立ち止まって考えてみてね。 「この不安、本当に今の私に必要?」 「今、目の前で起きていることは、一体何?」 そうやって、現実と想像の違いに気づけば、不安に振り回されることも減っていくわよ。 だから、今日一日も、"今" をしっかり感じて、笑顔で過ごしてね! (*´ 艸`) じゃ、行ってらっしゃい!

仏縁

いずれを選んでもあなたの仏縁。心配ご無用。
一番よいのは心惹かれない方を選ぶのです。人間は楽な方に流れそれはいつも間違っています。
ですから、魅力の少ない方を選べば吉。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

1年間もお礼を放置しました。忙しいお坊さまにありがたいお言葉を頂いていたのになんと、不心得者でしょうか。
真摯なお言葉本当にありがとうございます。
結局ダメな私は出家という行動には移せませんでした。
しかし、宗教というものに深く興味を覚え、自分でお釈迦様の一生や教え、その他の宗教についてもマイペースに勉強しています。
きっと、出家とご縁がありましたら、ぽとりと熟した実が落ちるように自然とそういう運命がやってくるのだろうと思っています。
学んで行くうちに本当にお釈迦様が大好きになりました。(こんな軽い感情でしか表せられない無知をお許しください)お釈迦様の教えや生き様を辿ると心が満たされ清々しさまで感じます。
そんな風にお釈迦様と出会わせて頂いたhasunohaのすべてのお坊さまに感謝しております。

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