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アカウントの『私の煩悩:』の変更

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初めてhasunohaを訪れた際、アカウントに『私の煩悩:』を記す欄があったので、何となく、ふと思い付いたことを書きました。
私が書いたのは、『よく「未来は自らの手で切り開くもの!」と言われるが、未来に希望が見出だせないでいる。』というもの。
ただ「解答用紙に、何か書かないと」というような思いだけで書きました。いい加減な書き方をして、すみません。
しかし、訪れて10日ぐらい経った今、「何か違う」「なら書き直そう」と思いました。ある投稿を読んだのがきっかけです。ここからが、私が未熟であるからこそ生まれた煩悩になります。

新しい『私の煩悩:』
(来世なるものを自ら決められるのだとしたら)次は男に生まれてみたい、という煩悩が生まれたこと

変更理由:①私が今、女であるから。②私は男として生きたことがないから。③なってみなきゃ分からないことがあるはずだから。

以上。

しかし、来世に、また人間として生まれてくる可能性も確率も分からぬまま、容易くそんなことを言えた義理じゃありません。もし人間になれたとしても、今の、現世の「女」の記憶が残っているものでしょうか。
以前、私は『プチトマト』というタイトルの質問を致しました。「私の前世はプチトマトだ!」と小2の私が直感的に思ったことを書きました。ですが、残念ながら「プチトマトの記憶」はありません。ただ「ハッ!」と閃いただけだったのでしょう。
今は、煩悩も「心境の変化は日常茶飯事」と同様の仕組みではないかと感じております。
哀しくも、女の私には、男のことは分かりません。それと同じように、男の人も、女のことは分からないのではないでしょうか。
「どちらが有利・不利」など、両者を経験した者にしか分からないことです。つまり、「そんなこと言っても仕方ない」「誰にも分からないのではないか」と思っています。
そんなことに腹を立てているから、「怒という煩悩」が生まれてしまうのではないか、と、只今感じております。
しかし、まず性別が「男と女しかない」と思っていること自体、『無知』であり『偏見』『差別』ではないでしょうか。
この時代に「男になりたい」「女になりたい」というのは、短絡的過ぎるような気がしてなりません。それなのに、私の頭にムダな煩悩が浮かびました。
どんなご意見でもご批判でも、受け止めます。皆様のお心の内をお聞かせ下さい。

2018年7月25日 13:37

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

猿侯の枝に伝うがごとし

拝読させて頂きました。
そうですね、私達の心はあなたがおっしゃるとおり様々に煩悩が渦巻いています。

法然上人は「心は物に従いて移り易し。譬えば猿侯の枝に伝うがごとし。実に散乱して動じ易く、一心に静まり難し。とおっしゃておられます。
私達の心は人の言ったことやあれこれと周りをみて常に振り回されています。例えば猿が枝から枝を渡っていくようにいつもばらばらにあっちいったりこっちいったりと動き回っているのです。一か所に静かにとどまっていることはなかなか難しいとういことです。

その様な煩悩や迷いだらけの私達だという事を認めることかと思います。

今思っているあなたの望みはあっという間に移り変わっていってしまいますからね。
その様な儚い愚かな私達なのです。

その様な私達ではありますが仏様は必ず正しくお導きなさって下さいます。

逆にその様な愚かな私達だからこそ仏様は余すところなく救い摂って下さるのです。

あなたもどうぞ仏様私を救い導いて下さいね、と心から仏様にお願いなさり「南無阿弥陀仏なむあみだぶつと」とお念仏おとなえなさって下さいね。

仏様はいつ如何なる時でも私達をお見守りなさってくださっています。そして必ず私達を正しくお導きなさって下さいますからね。

これから生きていく中でまた新たな迷いや煩悩が数限りなくあなたの心に湧いてくるでしょう。それをじっくりと見つめながらあなたの人生をしっかり生きていってください。その中であなたは必ず成長なさっていかれます。

そして必ずあなたは仏様が救い導いて下さいますからね。そしていずれは一切の迷いや苦しみや煩悩から離れて円満な心となるでしょうからね。

あなたがこれから仏様のお導きを受けて心お健やかにその人生を生き抜いていかれます様心から仏様にお願いさせて頂きます。

南無阿弥陀仏なむあみだぶつと

2018年7月25日 14:17
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Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして9年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

来世で男性に生まれる事を望まれるのであれば、なおさらのこと、現世では女性としての楽しみ、喜び、苦しみ、悲しみ等様々なことをしっかりご経験されて、貴重な女性としての人生を最後まで全うしましょうね。

2018年7月25日 14:16
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私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...

質問者からのお礼

Kousyo Kuuyo Azume様、お返事ありがとうございます。煩悩に翻弄されそうになりながらも、
今ある煩悩から目をそらさず、向き合いながら、成長していければと思います。瞑想は、自分に自信がない時や自分に煩悩が生まれた時に、「ちょっと、しばし」と行うようにしています。これからは、「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と繰り返し唱えることにも試みたいと思います。そうすれば、仏様をより身近に感じるようになれるような気が致します。精進して参りたいと思います!

三宅聖章様、お返事ありがとうございます。性別、年齢、人種、宗教、国境等々…はじめから
境目になるものなどないというのに、人間は直ぐに「壁」を造ってしまうものです。どこからが女で、どこからが男かも定かではありませんが、私の煩悩に「男に生まれたい」という産物が湧いてきたのなら、三宅様がおっしゃる通り、今は「貴重な女性としての人生を最後まで全うしたい」と思います!女を楽しみます!

「煩悩」問答一覧

煩悩について

お世話になっております。 浄土真宗では煩悩をどう捉えているのでしょうか。 煩悩を自覚することで慚愧し、内省するのですよね。具体的に、慚愧とはどういうことなのでしょうか? 例えばですが、僕も男(人間)ですから性欲というものはありますが、性に関する煩悩を自覚した時には性欲をどうするのですか?消そうと試みるのですか?(煩悩を否定的に捉える)まあ、いいやと開き直るのですか?(煩悩を肯定的に捉える)その辺がよく分かりません。 ちなみに、煩悩を消そうと試みる場合は、それはもはや「菩薩」という概念になってしまうように思います。 また、仏教においては分別心があればそれは煩悩ですよね。好き嫌い、善悪、優劣など。 しかし、そういうものに関しても慚愧するのでしょうか?僕達は人間ですよ。嫌いな人もいれば、好きな人もいます。そもそも、「好き」という感情が無ければ恋愛さえできないのではないですか。 僕はまだ学生ですが、将来仕事する時にも良し悪しを判断しなければいけない。もちろん、世間的(主観的)な善悪に過ぎませんが。でも生きていくためにはどうしても必要な判断ですよね。なので、人間の知恵も大切だと思うのですが...。 詳しい方、回答お願い致します。 南無阿弥陀仏

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執念との向き合い方

こんにちは。私は自分の執念深さに悩んでいます。 ある知人(知人Aにします)と交流してます。 その知人Aは私の事を馬鹿にしています。 というもの私は何をするにしてもうまくこなす事が出来ないので周りからも周知で馬鹿にされています。 一方知人Aは明るくて友達がたくさんで何でもうまくこなして自信に溢れているように見えますが、人の成功を喜んだり挑戦を応援できないので自己肯定感の低い人なんだろうなと私は勝手に認識しました。 私に対して今の言葉で言うとマウントに似た行為をよくされるのですが、これを言葉に出してしまうと倫理に反してしまうので黙って聞いていていつも自分の心が濁り怒りや悲しみ自己否定の沼に浸かっていました。 そして知人Aと会話をしていたある日、自身の嫉妬心やねたみで嫌な行動をしてしまい罪悪感を感じ後悔している事が過去にたくさんあると聞きました。 知人AはSNSをしています。 私は知りませんでしたが、別の方が私に知人AがSNSしているよと紹介してくれました。 見てみると私の印象が悪くなる嘘を何個か書いていました。 怒りが湧きました。そして私は知らないフリをしました。 とある日知人Aがマウントをとりながら曲がった事が嫌いだとか悪口が嫌いだと話し出しました。 じゃあ嘘ついた事ある?と私は犯意を持って試しました。 出来る事なら嘘はつきたくないと濁った返事をしました。 ふーんそうなんだと返しました。 私の心は確実に知人Aを侮蔑し馬鹿にしていました。 そして誰より私が一番ひどいマウントをしていました。 1人になった時に猛烈な自己嫌悪と罪悪感が湧きましたが、すぐに負の執念がやってきてそれを取り払い自分を正しました。 そして頭の隅に見えないようにして存在している『知人Aにも感情があり過去の行いで罪悪感で満たされている事実』を意識すると後悔するのですが、今までされて来た事を思い出すと怒りや悲しみが湧きまた執念で満たされます。 そして後悔と執念のループと思いきや私は執念ばかりです。 執念について理由を考えてみたら自分が一番自己肯定感が無く、自分を低くしてマウントを取ってるからと感情と向き合って出た答えでした。 相手も自分も大切にしたいです。 どうしたら執念を抑える事が出来るのか。 自分の行動の愚かさ、感情の醜さが苦しいです。 こんな自分にお言葉いただけたらと思います。

有り難し有り難し 15
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強すぎる独占欲、我が儘と向き合うには

はじめて相談させて頂きます。 現在「何もかもが自分の思い通りにならない不満感」そして「そんな自分に対する嫌悪感」に日々振り回されている状況です。 常に自分の世界に閉じこもる癖があり、他人に踏み込まれるのが嫌で仕方ありません。 誰かと楽しい時間を共有したり、趣味を通じて繋がるといったことが絶望的に下手で、他人と向き合うと必ず相手を消耗させてしまい、悪い結果に終わります。 自分の好きなものは独り占めしたいし、他人と好みが被ると不愉快な気持ちになります。 自分自身がコミュ障なだけでなく、他人が目の前で仲良く楽しげに振る舞っていると苛立ちを覚えます。 (私がこんなに嫌な気分なのに、何でお前達は笑ってるんだ!という感じです) 最近は他人の話し声そのものが不快になってきたので、聴覚過敏の傾向もあるのかもしれません。 幼少の頃から何度も指摘されてきましたが、私は非常に自己中心的な人間なのだと思います。 不満があるのに、それを表に出せずイライラしているので、いつも人に避けられてしまいます。 家族とも遠く離れて一人暮らしをしていますが、この状況はきっと今後も続くのだろうと思います。 時折「我が儘を通せる強い人」に憧れることがあります。 私と同様に自己中心的な性質であっても、パートナーや友人に恵まれていたり、社会で一定の役職についている人を見ると、この歳で何も得られていない自分にまた腹が立ちます。 すみません。何だか支離滅裂な文章になってしまいました。 物凄く生きづらい性格なのは承知していますが、それでも生きていかなければならず、自分の中でどう折り合いをつけたらいいのか分からないのです。 恋愛や結婚は諦めていますし、孤独死も覚悟の上ですが、せめてこれからの人生を心穏やかに過ごしていけたらと思います。 アドバイス頂けたら幸いです。よろしくお願いします。

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煩悩も欲も消さなくていい。

煩悩も欲も消そうとする必要はない。この世の理(ことわり)だから。 煩悩や欲はありのままの心の在り方であり、決して消えるものではなく、そのままを受け入れることでその縛りから解き放たれる。 辛い苦しい悔しい腹立たしいだけでなく、ありがとうと感謝の言葉を発することも、何か良いことをするという徳を積む行動も、お念仏さえ煩悩や欲のひとつである。煩悩と欲は人として生きるには逃れられないものである。 また、煩悩は108あるという。言葉遊びではあるが永遠(とわ)とも読める。 これは、煩悩や欲などはこの世の時空間が始まる時から(科学的にはビッグバンか)終わるまでの限られた「永遠」という中に存在することを意味する。 煩悩がこの世の物理的な法則決まりごと、欲が化学結合などを起こすエネルギーとして考えるなら納得してもらえる人もいるだろう。宗教や哲学、科学などは人のごく限られた能力の中で作られたものであり、大した差はない。 別の世、違う時空間には違った煩悩や欲があるだろう。 人は人としてこの世に産まれる前から生命体(あるいは物質)として遥か昔から存在し、煩悩と欲のおかげを受けながら、産まれてからだけでなく、死んだ後も物質やエネルギーとして森羅万象の中で存在しつづける。 自分とは?自分はなぜ?ということに捕らわれず、今の状態、周りの言動はその存在を認め、自分の感情をはじめ、他人の行動や起こった出来事は仕方がないと赦して労わり、その経験をありがたしと感謝しながら、経験を活かして自分の趣くままに行動する。 そうして、普遍的に存在する煩悩や欲にも感謝しながら、うまく活用できれば、自ずとこの世も極楽と気づくことができる。 悟ることができて仏になるであろう。

有り難し有り難し 10
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