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人が怖いです

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有り難し有り難し 27

小学生の時にいじめられてました。
苗字に菌をつけて呼ばれてました。
30年以上たった今でも、当時のことははっきり覚えてます。
人が怖いです。
でも寂しがり屋で。
このまま一人で人生を送るのも寂しくて。
どう人と関わっていいかわかりません。
自分らしく生きるためにはどうしたらいいですか?

生きている意味があるのでしょうか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

現実の実際の自分 と  過去の記憶の自分は別物

大丈夫です。今日から救われます。
まずあなたが悩んでおられる事は、過去の記憶を思い出して、そこに評価や詮索、良し悪しを論ずる事で、自分を低評価してそのガスで苦しんでいるのです。
つまり苦しんでいる時間は、今。
今、苦しんでいるのです。そうでしょ?
ちょっと古いですが、林修風に、今でしょ?今?
その記憶も、思い起こされた時点ではただのメモリーです。
その思い出された瞬間に傷ついている人は絶対にいないという事は科学的にも証明されています。
ところがそのメモリーをあなたは二次的にあとからアレコレ調理している。出てきた思いそれ自体に良し悪しを論じて汚してカスタマイズしている事に気づいておられない。
過去に書いた絵に対して悪い評価をして、別の絵の具を塗って悪いもの、ダークな色を塗って別物にしているのです。
つまりあなたが苦しいのは、悪く言われる事。
そして、悪く思う事。
悪く思い返すことなのです。
大事なことをひとつ言っておきます。
「人は、過去の記憶で傷ついているのではない。それを思い返すと共に悪く思う自分のネガティブな思いで傷ついている。」
「人は現実で傷ついているのではない。その現実に対して自分が思ったネガティブな思いで傷ついている。」(二つじゃねーか)
笑う処です。
ですが、この二つはあなたにとって、とても大事なことです。よくよく気を付けてこの二つを普段の自分に照らし合わせてください。
今の現実のあなたはなんの思いにも染まっていません。

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今は菌扱いされてない

それは悲しいことでしたね。
子供の頃には、そうした心ないことばで、悲しい思いをしてしまう子供がよくいます。誰かを蔑んで見ることで自分を高い位置に置こうとする哀れな姿です。

しかし、大人になってまでそんなことを言う人はいませんよね。あなたを、そのように扱う人はいません。安心してください。
怯える必要もありません。今は過去のあなたも過去のクラスメイトももういないのです。

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質問者からのお礼

ありがとうございます

「人が嫌い・怖い・苦手」問答一覧

行きづらいです

私は生まれて少しして乳児院に預けられ、2歳の時母親が行方不明になりました。2歳すぎて児童養護施設に預けられ中学生の時、不登校になり学校へ行けませんでした。高校は私立受験して受かったのですが、対人恐怖でまた不登校になり高校を退学しました。高校退学後私はビジネスホテルの清掃のアルバイトをしてましたその後私はまた別の会社で清掃の正社員になりました。正社員になっても1年後精神的に辛くなりやめました私が居た児童養護施設は高校に行かない人は受け入れてくれないから私はそこを出て、自立支援ホームに行くことになったけどそこでも対人恐怖や幻覚などが表れ、そこの人に精神科に入院させられました。6ヶ月くらい入院してお金がなくなり生活保護を受けて独り暮らしをして今に至ります。私の父親は父親らしくない人でした父親は高齢で私が23歳の時になくなりました私は兄弟は兄がいて今、東京でヘルパーの仕事をして独り暮らししてます 現在の私は無職で精神科に通院してます彼氏もいますけど考え方があわなくて疲れます。でも好きなのは好きなんですが合わなくても一緒にいます。私は親もいないし兄弟はいるけどウマがあわなく頼るのは彼氏だけですから彼氏と縁を切ると誰にも頼るひとがいなくなってしまうので切れません。ひきこもりの対人恐怖だし意欲がないので何もできません。ご飯、洗濯、お風呂以外は。無駄に時間を過ごしててこのままこれからどうなるんだろうかって思います アドバイスお願いします

有り難し有り難し 19
回答数回答 1

なかなか治らない対人不安について

はじめまして、20代女性です ここには相応しくない変な質問かもしれません 私は精神科に7年ほど通っています 強迫性障害や不安障害など診断をされ、服薬と通院、カウンセリングの日々です 特に対人に関して問題があり、初対面では楽しく話せるのに2回目3回目と会っていくとどんどん恐怖が増します 同じ空間に人がいると頭の中で勝手に1人にターゲットを決めて、その人に対して過度に集中してしまいます その1人がとてもおぞましいものに見えて「見られてたらどうしよう」「付き合ってしまったらどうしよう」と思考が暴走し止まりません 手が震え、息を吸いすぎて倒れそうになり頭痛もします 次第にそのターゲットの方向が真っ暗に見えてジリジリと焼けるような感覚がします 到底この状態では社会生活は送れず、高校は中退仕事はしたことがありません そのことを病院に伝えて色んな療法などを試してきました 身近な所だと呼吸法もそうですし、作業療法や森田療法、認知行動、自分なりに社会復帰をしたくて習い事や塾や公共のサービスで人とお話しして治していこうと努力しました しかし症状は一向に治らず、頼りの担当医師には「どうすればいいかね〜」と言われてしまいました そんなときに仏教の本を手に取り、自分の思考の暴走と重ね合わせてみると少しだけ気が楽になるような気がしました 特に気になったのは「慢」の心です 慢の心が私の対人を不安にさせているのではないかと思ったのです 過去の体験などから人に対して過剰に反応してしまうのですが、もしかしたら、仏教や禅の心を学べば少しは改善できるのではないかと思いましてここに相談させていただきました 一番にお聞きしたいのは対人の時の思考の暴走をどうコントロールしていくのか、どう対処していけばいいのかを知りたいです よろしくお願い致します

有り難し有り難し 4
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もう、生きられない。

子供の頃から、人と話すのが苦手です。最初は恥ずかしがり屋なだけだと思ったのですが、今では人と話すのが恐怖になってます。 「相手を困らせるかもしれない。」「迷惑をかけるかもしれない。」「怒らせるかもしれない。」など、そんな恐怖から逃げて、自分勝手な行動をしてしまいます。そのせいか、周りから信用されないし、誰からも愛されない。それにより自分に自信をなくしてしまい、駄目な自分を責めてしまい、仕事や生活が思うように出来ません。 原因は脳の障害や病気かもしれない。最近、意欲や記憶力、決断力といった能力が低下してる。仕事や生活に支障が出てるのは自覚がある。 しかし、原因がわかっていても、それを誰が信用するのでしょうか? 「馬鹿にされるだけかもしれない。」「余計に追い詰められるかもしれない。」など、自信が持てないから、悩みを打ち明ける勇気もありません。 近日、心療内科に行く予定ではありますが、本当に脳の障害や病気だったとして、治すことが出来たとしても、これまで失った信頼は、二度と戻ってこないと思っています。 仕事で失敗ばかりしたり、迷惑ばかりかけているのは事実です。そんな人間が、本当に救われていいのだろうか? 今では、僕の存在そのものが迷惑な気がしています。「自分がいなかったら、誰も辛い思いをしなかったかもしれない。」「自分がいなくなっても、誰も悲しまないし、むしろ周りの人は幸せかもしれない。」と思ってしまいます。僕は生きてるだけで罪なのかもしれない。 しかし自ら死ぬことも出来ない。自分の思い込みだけで解決するのは良くないと思うから。っとはいえ、人間として何一つ良いことしてない自分が、本当に救われていいのだろうか? 正直、今書いてるこの文章の書き方も、伝わる気がしません。きっとお坊さんからも見離される。僕の苦しみは誰にも理解出来ないだろう。 何もかも自信を無くしてしまった。もう、生きる道は無い。 僕は・・・人間失格です。

有り難し有り難し 10
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人が怖くて喋れない

育った環境などが原因で、極度の人間不信で人が怖くて、本当に心を開いた相手以外に意見を言ったり、普通に話したりができません。 物心ついた頃から母は、あの人は人を平気で貶める人だ、とか、みんなお母さんの敵だ、とか、肉親も含めて母にちょっとでも嫌な思いをさせた人のことをいつも大げさに嘆きながら語り聞かせてきました。 幼かったわたしは真に受け、お母さんを泣かせるのだからその人たちはみんな悪い人だと思い込みました。 母は、祖母や祖父、はてには父の悪口まで言い続け、わたしは誰を信じていいかわからなくなってしまい、大人とまともに話すことができなくなっていきました。 そしてさらに、何か気に食わなかったのか近所の友達のお母さんの悪口も母はしつこく言い始め、聞かされ続けて、友達のことも信じていいのかわからなくなり、どんどん人間不信に陥り、保育園までは言いたいこともはっきり言えていたのに、小学生に上がる頃には、はい、いいえ、すらまともに言えないほど、人も、人と話すことも怖くなってしまっていました。 更に母は、極端なほどにわたしが反論するのを嫌っていました。 少しでも、「それは違うんじゃないかなあ」と意見を言えば、「あんたまでお母さんの敵に周るの!?お母さんに味方なんて誰もいないんだ!」と言い、泣き叫んだり部屋に引きこもって壁を叩いたり、と、気が狂っていました。 それを見続けて、意見を言うのは悪いことなんだ、黙っていればすべて丸く収まるんだ、と、わたしは何も喋らなくなりました。 とはいえ、中2くらいの頃にはお母さんの癇癪も収まり、ちょっとずつ人と話すことができるようになり始めたのですが、丁度そのころ、同じグループだったそんなに仲良くない子に強く嫌われ、いじめられました。 最終的に仲直りはしたのですが、意見を言うことはやっぱり悪いこと、嫌われることなんだ、と強く刻みつけられてしまい、それ以来そんなに仲良くない人がいる場面では意見を言うことができないままです。 正直、一番の要因になった母の言動に関しては非常に怒りと憎しみを覚えています。 母自体を嫌ってはいませんが、あれがなければもう少しまともに人とも話せただろうし、生きやすかっただろうと憤りを感じます。 いまは、とても、生きにくいです。 でも、過ぎたことです。 少しでも人間不信を軽減する方法を知りたいです。

有り難し有り難し 5
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