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手元供養につきまして

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手元供養についてお伺いします。

私は、物には大切な人の魂のカケラがこもっているという信念に近い想いがあり、幼少より物に対して強い依存心を抱いて育ちました。

そんな私にとって、遺骨は故人を偲ぶ一番のよすがで、両親や愛犬が亡くなったらアクセサリーに埋封して肌身離さず手元供養したいと願っております。

ただ、両親は手元供養には強く抵抗があるようです。

愛犬に関しましては、好きなようにしていいと言ってくれるのですが、自分たちはきちんとお墓に埋葬してほしいと言われています。

勿論、手元供養をする場合には、自分が亡くなった時の事も考えて最後は土に帰れるよう遺書に書き残すつもりですが、両親はそれでも絶対に嫌だと言います。

遺骨だけでなく、遺髪を手元供養する事も拒否されました。

この状況では、やはり、両親の想いを無視して遺骨や遺髪を手元供養する事は許されない事ですよね…

また、上述しましたように、愛犬に関しては手元供養しても良いよと両親は言うのですが、そもそも手元供養する事で愛犬の魂を苦しめるような事はありますでしょうか?

以前聞いた話で、手元供養をすると、その時土に帰れなかったお骨のせいで、輪廻転生の際に身体に不具を負って生まれてくる事になると聞きました。

最後は自然に帰れるようにするつもりとは言え、やはり、両親はもとより愛犬も手元供養しない方が良いのでしょうか?

両親に関しましては、日常使っていた物などが形見として残りますので、手元供養がダメならば形見を両親を偲ぶよすがと思おうと思うのですが、愛犬に関しましては、普段身につけているものは首輪くらいで、それはおもちゃなどと一緒に火葬してあげたいと思っており形見がほとんど残らないため、遺骨がダメならば遺毛を少し頂いてそれを手元供養できればと思っているのですが、それも許されないでしょうか?

どうか、ご教示頂きたく、宜しくお願い申し上げます。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

魂が死後に苦しむのでなく、トラワレで心が今苦しむ

ご相談拝読しました。

仏教では魂(その人の中にある本体のようなもので、死後も何らかの形で相続されるようなもの)というものの存在を基本的には認めません。

なので手元供養により遺骨や遺髪の全てが土に還れないからといって何か実体的な意味で悪影響があるということは全くありません。
また確かに、仏教においては輪廻転生・業報輪廻思想というものがあります。しかしその思想をもとに、生まれにおける障害や境遇の原因とするような言説をするものは私個人としては教義上も信仰上も信用しません。そのように説く僧侶がいたとしたら仏教者としても人間としても私ならば信用できません。

さて、しかしながら手元供養についてはご両親は強く反対なされているとのこと。そしてあなた自身は手元供養を反対されることによって強い不安を抱いているご様子。

この原因は仏教的にいうならば執着(しゅうじゃく)です。モノ・コトへのとらわれですね。

あなた自身においては「物に対する強い依存心」を認めていいらっしゃるそれ。ご両親にとっては「手元供養されると何か良からぬことが起こるのでは?」というような考え。

それぞれにおいて執着・とらわれがあるということです。よく言えば信念、わるくいえばコダワリ・トラワレですね。

これがあるから苦しみの原因になると仏教では説きます。しかし世俗的にはこの執着・コダワリ・トラワレが満たされることが喜びともなります(仏教においてはその喜びは苦の枠組みの中と考えますが)。

ですからここはご両親とよくご相談なさり、お互いのコダワリの妥協点を探ることだと思います。
手元供養する事でご両親や愛犬の魂を苦しめることはありません。そもそも魂はありませんので。
しかし、そのことへのトラワレが死後ではなく今、生きている人の心を苦しめることとなります。
どうしても話し合いが平行線となるならば、ここはご両親の主張にお譲りいただき安心させてあげて、いつか来るその時に、あなたが手元供養できないことでどうしても耐えられないほど苦しいのならそうなさるという選択もあるかもしれません。

お互いのトラワレを自覚しながらよく話し合ってみてください。

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有り難し
おきもち

はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
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 こんにちは。

 ご両親は遺品で、ワンちゃんは手元供養でというのが、良い方法じゃないのかなぁ。

 手元供養については、過去の問答もご覧下さい。
 私も回答を入れていますが、浦上師の回答に賛同します。
 https://hasunoha.jp/questions/5187

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有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/50代 平成27年鳳林寺住職。平成28年hasunoh...
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良いかと思います

拝読させて頂きました。
大切な方や子をしのぶ為に手元に置いて供養なさることは私は良いかと思います。
魂は仏様に導いて頂きますから別に全く問題は生じません。
あなたが大切に思う気持ちがあるのですから身体の一部を身近に置くことはあなたの心のケアにもなります。
あまりそのことばかりに執着しないようになさってくださいね。
そしていずれは土に返しましょう。

あなたはいつでもこれからも永遠に大切な方々や子達とつながっていらっしゃいますからね。

共にそのご関係を大切になさり、お互いを思いやり守っていってくださいね!

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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

早速のご回答をありがとうございました。

手元供養をする事で凶事が起こる事はないとの事でまずは安心致しました。

そして、執着、トラワレ、コダワリのお話、とても分かりやすかったです。

私は物事に囚われやすい性格で、それが供養という大切な場面でも出ているのだなぁと思いました。

両親は、手元供養に関しては生理的に嫌悪感があるようなので、話し合いにもならないかもしれませんが、折を見て、もう一度だけ話し合ってみようと思います。

両親の気持ちが変わらないようであれば、両親の想いを一番に尊重しようと思います。

手元供養をするにしてもしないにしても、手元供養をする事で凶事があるのでは?という不安がなくなり、とても気持ちが楽になりました。

愛犬に関しては、手元供養をしたいと思います。

あまり執着しすぎず、個人の冥福のための供養を心がけたいと存じます。

ありがとうございました。

「供養の仕方」問答一覧

どのようにご供養したらよいのでしょうか…

精神科の看護師をしています。 ずっと心に引っかかっていること、そう思いたくないですがそれが原因…?かとも思えてしまっているできごとも現在起きていて、でも身近でこのようなことを相談できる専門の方がいないので、悩んでいます。こちらのサイトをみつけ、相談してみようと決意しました。 担当していた患者さんが、治療を始めた矢先に亡くなってしまいました。(原因は医学的に説明できるもの) その患者さんが治療を選択したり、治療を受けられる手配を整えるのを、担当である私は看護師としてできることはしようとその時は全力であったのは、誓ってうそではありません。 ただ、亡くなったあとで、専門的な部分にもなってしまうのですが、私の行った言葉がけや行動でその治療に患者さんが望んだならば、結果的にこの患者さんの寿命を私が短くしてしまったのだと思えます。もっとしっかり日頃から勉強する姿勢を持ち、知識を持ち、情報を集められていたならば、別の選択肢を選ばせてあげられたのではないか、それをできてこその看護師だと思います。精神科であるならばなおさら、なのです。 だから、その患者さんは、そのようなことを思う方だとは思っていない反面、私のことを責めていてもおかしくないと思います。 そしてさらに私は、この仕事をしているにも関わらずご遺体を目の前にするのにはいつも怖さみたいなものがあり、上記の経緯もあり、この患者さんへ最後にあいさつができたであろう霊安室にも、足を運ばなかったのです。最後にごめんなさいと、ちゃんと伝えず、お見送りも避けたのです。 後悔しています。 この患者さんへ、今できるご供養があるならば、どのようにさせてもらえればよいのでしょうか。お墓参りやご自宅に行くことは、難しいです。 教えていただければありがたいです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 12
回答数回答 2

先祖供養について

お世話になっております。 種々の僧侶様が、先祖供養の重要性を説いていらっしゃいます。 「布施」の概念だったり、施餓鬼における「回向」の概念だったり、先祖による「守護」の概念だったり、「滅罪生善」の概念だったり…。 素晴らしいと思います。 祈願が叶わないときには、まずは回向をと言われる方もいらっしゃいます。 それほどまでに供養・回向というものは仏教にとって重要な概念かと思います。 私自身もお寺に供養をお願いしたり、施餓鬼を申し込んだりしております。 ですがその際、少し疑問が生じるのです。 ①「●●家先祖代々の霊位」だけで仏さまに通じるのか?同姓同名がたくさんいるなかで、どこの「●●家」なのか特定する必要はないのか?というものです。 ここには、一応「自身の思いがあれば特定はそれでよい。仏さまはわかってくれる。」と解釈していますが、それでよいのでしょうか。 ②もう1点、上記①がそれでよいとすると、専ら供養の本質は「供養したい」という施主の主観によるものになると思いますが、そうすると、世間を騒がせている霊感商法まがいの「壺を買って先祖供養」などのものも、施主が「供養したい」という思いから出ているため、実際に功徳は生じ、回向されるものなのでしょうか? (もちろん、この結論とは別に、社会悪として霊感商法は駆逐されるべきですが。) 法外な値段をとるかどうか、供養の動機付けが恐怖心に漬け込むものなのかどうかは別として、霊感商法もお寺での供養も「施主の思いをかたちにする」という意味では変わりはないのではないかとも考えてしまいます。 これに関しては、お寺では「如法」という確立した方法論があるという結論になるのでしょうか。 決して先祖供養を否定するつもりはないのですが、どうもそのところが腑に落ちません。

有り難し有り難し 6
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どう供養するのが良いのか教えてください

岡山県に住む50代女です。男の子3人の母です。 子どもたちは皆独立、現在は夫と2人暮らしです。 わたしの母の実家(広島)のおじ(母の兄)夫婦のところに子どもがなく、祖父母が亡くなった後、夫とわたしとで、養子に入りました。 兄おじ夫婦と棟続きに住んでいる弟おじ夫婦のところにも子どもがなかったからです。 9年前に弟おじが、7年前に兄おじが亡くなり、残ったおば2人はあまり折り合いがよくありませんで、両家の間には長い歴史の中いろいろなことがありました。 3週間ほど前に養母である兄おじの奥さんである姉おばが、自宅階段の手すりで腰紐を使い首をつり自死しました。発見した妹おばはいまだにその場面がフラッシュバックして眠れないと言いますし、わたしも姉おばの支えになれなかったことが残念で気持ちの整理ができません。 養母である姉おばは3月に転倒し左肩を骨折・手術し、その後肺水腫、さらに心臓にペースメーカーを入れるなど次々と不調が続き、薬の副作用などで先行きが不安になったと思われます。骨折までは1日に一万歩歩くような元気なおばで有名でしたから、どんどん体が衰えていく自分のギャップは苦しかったことと思います。 養子とはいえ隣の県に住んでいたので、おばもわたしが病院に付き添いで広島まで行ったりすることを申し訳ながっており、そばにいる弟おじの奥さん(妹おば)にも、弟おじが膵臓がんで闘病中などでも手を貸すことがなかったからか、助けを求めることはほぼありませんでした。 だから、わたしたちに助けを求めることなく何の遺書もなく、自ら命を絶ったのでしょうか。 やるせない気持ちでいっぱいです。 お尋ねは ・亡くなった時に来ていたパジャマなど(警察から返してもらった)をわたしも、そして妹おばにも見せたくなくて、ゴミで捨ててしまったことがとても気になっています。どうすればよかったのでしょうか。 ・自死した階段に何かすることはありますか。 ・遺品はどう処分したらいいのでしょうか。 ・警察から返された結婚指輪などお骨と一緒にお墓に入れてあげたらよいでしょうか。 姉おばがちゃんと成仏できるように、わたしができる限りのことはしたいと,四十九日までは七日毎の法要を営むことにしておりますが、他にちゃんとしてあげられることがありましたら教えていただきたいと思います。 どうぞよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 5
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ご供養の仕方について。

ご供養の仕方について質問です。 私はとある新興宗教に以前入っておりました。 今は経済的に厳しいことや、菩提寺のお坊さんの助言もあり、脱退しましたが、過去帳というものを作ったので日めくりにして、毎日般若心経を読んで、お線香をあげています。今年は月命日という習慣があるんだと知り、月命日にはお墓参りをしようと目標をたてたのですが、母が倒れたショックと、家を売却した環境の変化に耐えきれず入院してしまい、お彼岸にも行けなかったので、先月やっと退院してお墓参りできました。以前はお墓が歩いていける距離でしたが自転車で2時間以上かかるので休みにしか行けなくなってしまったので彼岸とお盆と新年には行こうと思いますが、命日や月命日は行けたら行くので良いんでしょうか。それとはまた別なんですが、うちの仏壇は造花が飾られていてまえから気になってはいたのですが、やっぱり生花のほうが良いのではないかと。言っても、生花はお金がかかるからダメだと親がいうので。 仏教を通して、座禅や写経や読経やお地蔵様のお掃除など作務を行ってきましたが、遠くなってしまっては。よく分からない文章になってしまいましたが、宗教嫌いな人は沢山いるけど、私は仏教が大好きです。仏様が墓参りしろと言ったんじゃないことは知ってますが、お墓参りというのはしたほうが良いと私は思ってますが、宗教はいけないことなんでしょうか。

有り難し有り難し 4
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位牌も遺影もない祖父母の供養

お忙しいところ、失礼いたします。 祖父母の供養方法について心にモヤがあり、相談をさせてください。 当方、結婚を機に実家とは離れた県で暮らしております。 実家で一人暮らしをしている父は片付けができず、家は現在、ゴミ屋敷のようになっています。 恥ずかしながら、祖父母の位牌があるお仏壇も埃を被っており、帰省の際には私が掃除をいたしますが、日頃からお茶やお水、ごはんやお線香などがあげられているわけではありません。 また、私が今パートナーと暮らしているのは賃貸で、お部屋には神棚もお仏壇もございません。 祖父母、特に祖母はお茶がとても好きなひとでしたため、せめてお茶だけでも、と思い、 毎朝窓辺に淹れたてのお茶をお供えし、手を合わせております。 ただ、心の中には 「祖父母が案じるとすればおそらく父のことであるし、 実家の方のお仏壇を綺麗にして、そこに毎日お供えをしなくては意味がないのではないか」 という思いがございます。 頻繁に実家に帰ることも難しいのですが、やはり縁もゆかりもないような場所で、 位牌も遺影も置いていない窓辺に何かをお供えし手を合わせる、という行為だけでは、 故人には届かないものでしょうか? 遠方に暮らしている時の、日々の供養の方法について、何かよりよい方法がございましたら、お教えいただきたく存じます。 なにとぞよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 10
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ